第24話、少年らしく、楽しくも危険冒して強く強くなるために




学院にやってきてから数ヶ月はたっただろうか。


もうすぐ、このファンタジーな世界にも四季があるとするのならば夏が訪れる……そんな時期。


生徒の数もとりあえず安定し、学院の生活にも慣れてきて。

自らの信念を確立させた僕にとって、彼らとのトレーニングは非常に有意義なものだった。


模擬戦闘とはいえ、相手は手加減なく強く。

実戦ならばもう何度死んでいるか分からないくらいで。


そのギリギリの感覚がなんだか楽しくて、同室のカインが心配するくらいのめりこんでしまっていた。

それは、バーチャルとはいえダメージが全くないわけではないせいもあるだろう。

例えばそれこそ死ぬような一撃を受ければ、その次の日一日は重病人のような有様になってしまうのだから、カインには迷惑をかけているなと思わないでもない僕である。



「別に根つめとるわけやないんやけどな……」


いくら努力しても、自らの目標には足りないと、そう思ってしまうだけ。

いや、それがよくないのかもしれないけれど。

僕は苦笑しながら、足元にあるスイッチを押した。


すると、目の前のモニターが迫り、視界と一体化する感覚。

瞬きして再び目を開ければ。

そこには三色の人型の影を落とした発光体が現れた。


相手にもきっと、僕自身がそう見えているのだろう。

ちなみに、僕を識別する色は赤だ。

互い互いが認識したことを感じ、僕がスパナを構える構えないかのタイミングで、試合開始を告げるような、ゴングの音が鳴り響く。


チャットなどと言ったが、実際に語るのは口でもメッセージでもない、その拳同士だ。



「いったるでっ!」


僕は体勢を低くして、鋭く呼気を吐く。

試合形式は、なんでもありの四人対戦、デスマッチだ。

相手の三人が攻撃をやめるか、自らが動けなくなるまでひたすら戦いは続く。

今のところ対戦成績はダントツとまではいかないがビリである。

ままならないからこそ、楽しくやれるというのもあるだろうが。


そんなわけで。

ルームメイトのカインを除いて、誰に知られることもなく。

日課のトレーニングが始まって……。



それからきっかり三時間後。

僕はぜぇぜぇと止まらない荒い息を宥めながら、大の字になり寝転がって。

鉄板とで囲まれたその部屋の、まぶしい天井のライトを眺めていた。



「ぐはっ……めずらしく、か、勝ったで」


大量に流れる汗を、持ってきたタオルで顔を洗うように拭いつつ、誰にともなくそう呟く。

見た目通り満身創痍で、しばらく動けそうにないが。

この終わった後の、胸のつかえがとれたような、スッキリとした感覚が好きで。

このトレーニングが続いているのだと自分では納得していて。




「……ふう」


だが、それもほんの束の間のことだ。

光に透けるタオル越しの天井を見ていると。

自分が学院に通う目標、確固たる意志を植えつけた、ある情景が浮かんでくる。


それは、非道という言葉すらおこがましい、たった一人、世界の責を負わされたもののトレーニング風景。

いや、トレーニングなどという言葉など、甘っちょろすぎてそれの表現には値しない。


地獄と、悪夢。

そんな表現のほうがよっぽどしっくりくるだろう。



―――思えば現実にそんなことはなくて。


本当にそれは僕のただの悪夢にすぎないのかもしれないが。

僕はそれ以来、その光景を忘れることはできなかった。

今いる部屋も、その心象が現れそれを模すように作られている。

だからこうしてトレーニングを終えても、すぐに僕はどうしようもない乾きのようなものを覚えるのだ。


それは、果てない強さへの渇望。

自らの目標を……夢を叶えるためには、まだまだ足りないという魂の訴え。



「あかん。ここにずっとおるとほんまにカインの言う通りになってまう」


ただひたすらに強さを求め続ける修羅とは少し毛色が違うから。

力に溺れてしまうような、カインが心配しているようなことにはならない自信もあったけど。

ここで汗だくのままでいるよりは、シャワーでも浴びて早々に寝てしまったほうが余程有意義だろう。


僕がそう呟き、苦笑いをして部屋を出ようとした、その時だった。




「ん? ライトが……」


突然明滅を始めるライトに、思わず顔を上げる。

自らで制御しているのだから、普通にそんなことありえないはずだと。

そう思って首を捻っていると。パチンと軽い音を立ててあたりは真っ暗になってしまった。


そしてさらに、いきなり吸い込まれるような風が吹いて、辺りの空気が今までのものとは違う、別の世界に入り込んでしまった感覚に、僕は息をのむ。


別の異世との、突然のリンク。

それはとかく珍しいことでもなく、この世界ではよくあることだと言えばそれまでなのだが。



「何や? なんか、おるんか?」


その空間同士の接触に反発するかのように、紅い電流がかんしゃくを起こし。

風の流れ行く闇の向こうから何かの強い存在感というか、プレッシャーを感じて、思わずそんな呟きがついて出る。


相手の反応は……ない。

僕はそれが何であるのか、考えを巡らせてみる。


「ま、まさか。クリッター……じゃ、ないやろな?」


異世の入り口同士をつなぐはざ間に棲まう、出会ったら最後生きて帰れないとまで言われる都市伝説レベルの魔獣。

自らのセリフに戦慄し、おののいたが。

すでに腰は引けているどころか起き上がるのもしんどい状態だ。

僕は、その最悪な想像を極力考えないようにしながら、暗闇の向こうにいるものがなんであるのか、見極めようとじっと見据え続けることくらいしか術はなかったんだけど。



―――助けてっ!




「……っ」


その瞬間、確かにそんな助けを求める声が聞こえた。

それも少女のものらしき声に、それまで八の字に下がっていた眉がすっと上がる。



「よっ……だっ!」


そして、かさかさのゴムがねじれてひび割れるような。

そんな身体中の軋みを、多大なるやせ我慢でシカトすると。


僕は反動をつけて起き上がって。

なんのためらいもなく気配のある、声の聴こえるほうへと歩いていく……。



            (第25話につづく)







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