第25話、もしも立場が逆だったのならば、始まらずに終わっているのかも




身体中の軋みを、多大なるやせ我慢でシカトすると。

僕は反動をつけて起き上がり、なんのためらいもなく気配のある……声の聴こえるほうへと歩いていく。




「何やこれ? ヒトダマ……それともプラズマか?」


僕の視界に入ってきたのは、人でも魔獣でもなく、圧倒される存在感を放ちながらも、今にも周りの闇にまぎれて消えてしまいそうな……白い炎のような光だった。



「……」


僕はそれを見据え、無言のまま手を差し出す。


すると。

その光が、それを待ちわびていたかのように、吸い込まれるように近付いてきて。

すぅっとかすれ……消えてしまった。


それはまさしく蛍のようにはかなくて。

結局なんだったのだろうと、わけの分からないまま半ば呆然としていると。


しばらくして電力が復旧したのか、そんな立ち尽くす僕をいつもの無機質だけど嫌いじゃないライトが僕を照らしだす。

先程までの存在感も、もはや跡形もなくなっていて。



「んー? 確かに誰かが助けを求めとるように感じたんやけどな。そんな幻聴まで起こるなんて、やっぱ疲れたまっとるんかな」


僕は頭をかきつつ、気だるい身体を引きずるように、その部屋を後にする。

だから僕は、気づけなかった。


自らが既にこれから起きる、騒動の中心に立ってしまっていることを……。





          ※      ※      ※





『あの……すみません。話を……話を聞いてくれませんか?』

「んあ?」


そして次の朝。

僕はまるで耳元……いやもっと近いところでそう言われて寝ぼけ眼のままそんな声を漏らした。


『あの……お願いです。わたしの話を聞いてくれませんか?』


今日、学院は休みだったはずだと思い出し、再び瞳を閉じかけようとする僕に、追い打ちをかけるかのように聞こえるそんな声。


一瞬、カインの性質の悪い悪戯か何かだとも思ったが。

たとえカインに声帯模写の特技があったとしても、こんな小鳥のさえずりのよう、なんて比喩が恥ずかしげもなく言えるような……そんな澄んだソプラノの声は出せないだろうと僕は確信していた。


それならばこの声は誰だろう?

少なくとも学院の生徒の誰かじゃないなと、くだくだ考えているうちに、これは確かめたほうが早い事に気づいた僕は、あくびをしながら上半身だけ起こして、辺りを見回した。


部屋の反対側には、完全熟睡しているカインが大いびきをかいている。

他には当然、誰もいなかった。

僕の愛すべき『もの』たちも、まだ覚醒している感じじゃなくて。



「何や? 誰もいないやんけ……」


僕は独り言のようにそう呟き、それじゃあおやすみと再び惰眠をむさぼるため身体を倒す。


すると、その瞬間。

どこからともなく遠慮がちな先程の小鳥のさえずりを思わせるような少女の声が聞こえてきた。



『あの……聞こえていますか?』

「うおぁっ!?」


普段から人ならざるものの声を聞いていたから、どこからともなく聞こえてくる声ってのには慣れていたはずなんだけど。

なんていうか、その声はやっぱり物凄く近かった。


耳元で囁かれる……そんなレベルじゃないその声に、僕は飛び跳ねるように驚きの声を上げ、そのままベッドから転げ落ちてしまう。

そして無様に腰を打ちつけて、うぐぐと呻いていると、再び申し訳なさそうな声が聞こえてきた。



『だ、大丈夫ですか? ご、ごめんなさい。わたし……』

「いや、気にせんといてな、ベッドから落ちるんは慣れっこやから。……えっと、それよりつかぬ事聞くかもしれんけど、どこから語りかけていらっしゃるの? テレパシーか何かですか? 姿が見えへんのやけど」


どこへ向けて喋っていいのか分からなくて。

視線を彷徨わせ、地べたに落っこちたままそう言うと。

その声の主は、ちょっと躊躇うような素振りを見せて。


『ええとですね。テレパシーとはちょっと違うと思います。なんて説明したらいいんでしょう。あなたの中というか、瞳の中って言えばいいのかな……そこにいる感じです』


なんてことを囀ってくる、相変わらずダイレクトに脳を揺さぶってくるその声。

ただ、何となくその声色から、僕と同じ程度には、状況をうまく把握できていない感じなのが分かる。


「テレパスやのうてオカルトやん。あーっと、つまり君今、ロボを乗りこなす操縦者のごとく、僕の視界を共有しとるってことでいいんかな? 目の前の……爆睡しとるアクマみたいな大男は見えとるか?」


なんとなく、そのような都市伝説というか、ホラーを思い出してちょっと混乱気味にそんな事をのたまう僕。

それに対し、ちょっと不思議そうにしながらも見えます、と頷く声の主。


それは……本当に、自分の中に他人が入り込んでしまっている感覚だった。

普通だったらそこでおおいに慌てふためき、醜態を晒すところであるが。

どうやら女の子らしいその声の主にこれ以上ヘタレな所を見せられないという、僕のつたないプライドが勝った。


意識して自らを落ち着かせるように努めて。


そもそもが。

どうしてそんな事になったのかを考えてみることにする。



             (第26話につづく)






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