第23話、依存とまではいかないけれど、現在進行形で燃えてます
何もない虚空にかろうじて動く指を伸ばしたその先。
亀裂なのか、ほころびなのか。
まるで硝子にひびが入るかのように、滲み出すのは紅の光。
少女は、その先に何があるかも分からないまま、それにそっと触れて……。
「消えた? ううん、逃げたのかな……」
一方、そんな彼女を追い詰めていた、もう一人の少女は。
消えた白光の思念体……いわゆる魂とかヒトダマという類のものを見て、半ば呆然と立ち尽くす。
今日の思念体は、思いのほかしつこかった。
ジャスポース学園は、現世とあの世の境にあるために、今のような大きな未練を持った思念体に限らず生死の概念から外れた存在が迷い込んでくることはよくある。
学園を含めたこの世界は。
そもそもそれらの思念体……あるいは霊魂に一時の安らぎを与える、療養地の意味合いが強いため、普通ならば今のような存在を通常拒むことはありえない。
だが、七つの災厄、終末の種植えられし世界、そこからやってくる存在ならば話は別だ。
この学園には、世界を終わらせないための最後の希望がある。
人間を滅ぼさんとする災厄の一つ、【完なる罪】に、その希望を悟られないためには。
その世界に住るものを、学園に入れるわけにはいかないのだ。
それなのに。
今、それをみすみす取り逃がしてしまった。
原因は不明。
……いや、もしかしたらただでさえ空間が安定していないこの世界。
自らの作った『異世』と呼ばれるパーソナルスペースが、他の空間とリンクしてしまったのかもしれない。
「一刻も早く、対応をしないと……」
今の思念体は、まるでその感情が伝わってくるほどの巨大なものだった。
あれだけの力があれば、人に憑き潜むことすら可能かもしれない。
他の生徒たちが心配だったが、彼女は走り出した。
その対策を講じるために。
そして、彼女にとって最優先事項である、世界の希望を。
―――大切な人を、守るために。
※ ※ ※
「カイン~。ちょっくら行ってくるわ」
「あぁ? 今日もかよ……あんま毎日毎日調子こいてやってっと、バカになンぞ?」
そこは、ジャスポース学園男子寮の一室。
藍色のタオルと、まるで竹刀のような長さのスパナを持って。
僕は寮の相方に声をかける。
それ対して、読んでいたヤングな雑誌から顔をあげ、呆れたように言葉を返したのは、二ツ柳(ふたつやなぎ)カイン。
鋭い針のような銀髪に、月を思わせる妖艶な瞳を持つ、一言で言えば魔界のプリンスのような……それでいて中身は悪いことをしようとしてもてんでうまくいった試しのない、究極な善人の異名を持つ男だ。
「関西人にバカゆーな言うてるやろっ、バカイン。しかもそういうおかしな言いかたすんなや。第三視点の妖精はんが、びっくりするやろーが」
「またわけの分からないことを。……にしたって、根つめすぎじゃね? あんま調子に乗ってっとマジ死ぬぞ?」
今度は完全に雑誌から目を離し、カインは自らのベッドにその大柄な身体を器用に詰め込んで座りなおしながら、ちょっと真面目にそんな事を言う。
それを聞いた僕は、思わず笑みをこぼし、すぐに言葉を返した。
「大丈夫やって。最近調子乗ってるっちゅーか、マジ調子いいねん。これもアイデンティティーっちゅーか、目標がはっきりしたからやと思うけど……楽しくて楽しくてしゃーないんよ」
すると、カインは半分呆れつつ再び視線を雑誌に落とす。
それから、諦めたように言った。
「幸せそうな顔しやがって。……そう言うキラースマイルはよそでしろっての。ああ、もういいや。さっさと行ってさっさと負けてこい。……オレは寝る」
まるで不貞腐れたかのように、そう言い捨てて。
ゴロンと横になって僕に背を向けるカイン。
「そんなカンタンには負けへんっつの。……んじゃ、ほなら、行ってくるわな」
口は多少悪いけど、何だかんだ言って気遣ったくれてるんだなあと思いつつ。
僕は自らにあてられたベッドの向こう、クローゼットの扉をおもむろに開ける。
するとそこには、ブラックホールのようにぽっかりと闇色を覗かせる二つの穴があった。
それは、【虹泉(トラベルゲート)】と呼ばれる古代の遺産を引っ張り出し、金(ヴルック)属性の魔法によって作り出さされたものだ。
二つの穴の向こうには異世と呼ばれる、異空間が広がっている。
簡単に言えば、それは前回の試験の会場となった場所と同じものだ。
もっとも、それは相部屋のカイン以外には秘密にしていた。
勝手にそんなものを作ってと怒られる気もしたし、それより何よりこっそり修練ができる場所が欲しかったから。
「おっしゃ、バトル開始っ!」
僕は自らを鼓舞するように、そう叫んで右側の穴へと入っていく。
その瞬間、覚えるのは軽い酩酊感。
異世の入り口を通過した、証拠の合図だ。
中に入ると、すぐに視界が開け……大きな鉄板に囲まれたような、秘密基地な様相を呈する部屋に出る。
目前には巨大なスクリーンと、申し訳程度に盛り上がった中央にある踊り場が、機械的な幾何学模様を形作り、発光しているのが分かる。
それは……実際に体験できるチャットとオンラインゲームの融合。
中央にあるお立ち台に立って足元のスタートボタンを押すことで、顔も知れない誰かとトレーニング、いわゆる模擬戦闘ができるというシロモノだ。
僕は、この大仰な装置を大いなる偶然で開発してから、毎日のようにトレーニングをしていた。
現在、というか始めてから変わっていないが、僕の他に、三人の人物がそれに参加している。
だとするならば、相手のほうにもこれと同じ装置があるのかと言えば、それはノーであると僕は思っていた。
おそらく一人一人、このトレーニングに入る方法は違うのだろう、とも。
何せ会ったこともないので確認しようもないが。
ただ、こうして四人で切磋琢磨しあうのに理屈など存在せず。
そんな細かいことはどうでもいい、なんて最近は思っていたりもする。
これも見えない友情というやつだろうって、納得してはいるけれど。
(第24話につづく)
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