第22話、時を戻せるのならば、何度でも願い歌おう
SIDE:??
気づけば少女は……知らない世界にいた。
見たことのないような綺麗な花たちの庭と、どこまでも澄んでいる茜色の空。
どこからか聴こえるのは。
異国の鐘の音と、野鳥の声。
少女の立っているその場所は、小高い丘になっているようで、遠目には大きな大きな赤煉瓦の長く連なって伸びる建物の姿が見える。
少女がそれを目の当たりにして。
真っ先に思い浮かんだのはファンタジーのお話に出てくるような、魔法使いたちが通う学院であった。
そんな、幻想めいた考えを証明するかのように。
遠い空の向こうにはラピュータ島のような浮島が見える。
時間の概念が少女のいた世界と同じならば、今は夕方だろうか。
生まれたばかりの夕陽を背に受け、浮島に見え隠れするようにぼうっとした三つの月が見える。
(ここは……死後の世界なのかな)
それとも、夢だろうか。
呟き……考えてみても少女にはわからない。
だから彼女はこれがなんなのか、自分がどうしてここにいるのかを知るために、歩き出す。
目指すのは、あの赤煉瓦の大きな建物。
そこになら誰かいるかもしれないし、自身の疑問を解決してくれるかもしれないそう思ったからだ。
そうしてまもなくたどり着いて。
思っていた通りその場所には、たくさんの人たちがいた。
少女とほとんど変わらないように見える人たちが。
けれど、それはすぐに間違いだったってことに気づかされる。
普段から人見知りする彼女が、勇気を出して声をかけてみても、誰一人気づいてくれる人がいなかったのだ。
初めは、言葉が通じないのかもとか、そう思ってもいたが。
少女にも分かる言葉で談笑している、紺色の……魔法使いのような、シスターのような格好をした女の子二人組は、呼びかけにも答えず、少女の存在に全然気づかない様子で、それに驚く少女を気にも留めず、その身体をすり抜けて通過していってしまって。
どうやらは少女は人に見えない、いわゆる幽霊のような存在のようだった。
やっぱりわたしは死んでしまったのだろうかと。
少女はそんな事を考えて……ゆるゆると首を振る。
何を今更、そんなことを確認しているのかと。
そんなことは……分かりきっていることで。
問題はそんなことではなく。
ならばどうしてこんな知らない世界で幽霊みたいなことをやっているのか、と言うことだ。
仮に幽霊であるならば、その世界に未練があるからこうして彷徨い留まっているんだと説明がつくが。
(未練……か)
ないと言ったら当然嘘になる。
一つだけ、大きな未練が彼女にはあった。
彼女は死の間際で、大切な人とお別れをした。
でも、それは相手の知るところのない、一方的なもので。
きっと、知りたかったのだろう。
大切な人が……少女がいなくなった後も、幸せでいてくれているのかどうかを。
その人が幸せで過ごしているのか、確認して実感して、安心したかったのかもしれない。
だからここは、その人がいる少女の知らない場所である可能性はあって。
「探しにいかなくちゃ……」
相手に自分の姿が見えないのは少女にとって都合がよかった。
その人が幸せに暮らす姿をそっと眺めてから、安らかに逝こう。
少女はそう決めて。大切なの姿を求めて再び歩き出す。
それから……。
しばらくあてもなく彷徨って。
もうすっかり日も暮れて夜の帳も降りて。
少女は、この大きな欧風の建物の中でも、一番奥まっていて一際大きく連なっている建物のところまでやってきていた。
何のことはない。
単純に目立つ大きいところ、人のたくさんいそうな所からしらみつぶしに探していこうと思っただけだ。
と。
少女がその、ひときわ大きな……どこかしら生活感漂う建物に踏み入れようとした瞬間だった。
それはどこか馴染み深い気がする、周りの空気までそっくり入れ替わってしまったかのような感覚。
本能的に身を引いたのは良かったのか悪かったのか。
それから間髪置かず、今まで少女のいた地面が、沸騰するマグマのように熱く盛り上がって大爆発を起こした。
「か……あっ」
聴覚がその一瞬で潰れるほどに凄まじい爆発。
聴こえたのは初めの一瞬と、少女自身の乾いた声だけだった。
それは残酷なまでに……やさしい一撃。
対人地雷のように、ギリギリまで殺傷能力を抑え、悶え苦しませるのではなく、余韻すら残さず、消し去ろうとする一撃だった。
世界が今までいた場所から別次元に変換した瞬間。
その相手と同じ力で対処していなければ。
もう少女はここにはいなかっただろう。
「大人しく消えていれば……何も辛い事などなかったのに」
「……ごほっ」
そして、完全にやられたはずの耳から聴こえてきたのは、極力感情を押し殺したかのような……そんな声だった。
それは、間違いなく少女に向けられたもの。
その声の主には彼女の姿が見えているのだろうか?
いきなり訪れた理不尽な出来事に少女は声をあげようとしたが。
爆発の時に起きた煙を多く吸い込んだせいで、言葉にならない。
だから代わりに、きっと顔だけを上げるが……煙と闇に紛れ、その人物の姿ははっきりと見えなかった。
僅かに見えるのは、流れるような黒髪の残滓だけ。
「これ以上は抵抗しないでください。苦しまずに、元の世界へと環してあげますから」
まるで赤子をあやすように、打って変わってやさしげな、そんな声。
少女はゾッと身を震わせた。
元の世界に還る場所などもうないことを、知っていて敢えてそう言っているような口ぶりだったから。
少女はこの時。
とにかく逃げなくちゃいけないって思っていた。
ここに来て、まだ何もしていない。
このまま還ったら、ここに来た意味がないんじゃないかと思って。
ただがむしゃらに、ここから離れようと、その人に背を向けて駆け出していた。
だが。
今いる場所が、隔離された閉鎖空間であると思い知らされたのはすぐのことだった。
無限ループのように。
続くのはいつまでも同じ煉瓦と夜星に囲まれた草地の道。
「逃げても無駄です。ここに……あなたの居場所はありません」
そして、頭上から唐突にそんな声が掛かって、はっとなって顔を上げ見えるのは。
眩しくて目を開けていられないような。
まるで太陽の光のような、巨大な『力』の塊だった。
その向こうにいるであろう声の主は、なんのためらいもなく少女に向かってそれを振り下ろしたのだろう。
「……っ!」
今度ははっきりと、それが叩きつけられ、暴発する音が彼女の脳天に突き刺さる。少女の悲鳴は掻き消され、生身の身体であったならば全身の骨が砕けるような衝撃が体中を走った。
彼女にできるのは。
轢かれた動物のように、叩きつけられてその大地へと這い蹲るだけ。
「眠りなさい。彷徨えし魂よ。そして忘れなさい。……これは、一夜の悪夢だったと」
「……ぅ」
もはや少女は動くことすらもままならなかった。
そっと……髪に添えられるのは、予想していたよりも細く小さな手。
そこから温かい熱が伝わり、『力』が流れ込んでくるのが分かる。
少女を壊し、消し去ろうとする『力』が。
その人は、これは悪夢だと言った。
少女は、自身を形作るもの、記憶、感情……そして思い出、その全てを解かれ、分解されていくのを感じながら。
その残ったかけら……魂で、本当にそうなのかな、と考えてみる。
これは、最期に与えられた不思議な夢なのだ。
走馬灯とも違う、きっと何か……意味があるだろう、夢。
それが、そんな悪夢で終わるなんて、とても悲しいことだと強く彼女は思う。
このままじゃ、終われない、と。
―――助けてっ、助けてよっ、誰かっ!
だから少女は叫んだ。
言葉になっているかも分からない、その言葉を誰かに向けて。
「……」
彼女を消そうとするその人は答えない。
聞く耳を持っていないのではなく、聞こえていないのだろう。
それでも少女は……ただそうすることしかできないように、助けを請う。
他力本願だって、それこそ都合がいいって思われるかもしれない。
でも、このまま何もしないで消えるのはいやだって。
最後の最後まで、あがいてやりたいって、彼女は思っていて。
それはきっと。
今まで自分のことばかり考えて、独り最期を迎えることになる、少女の後悔。
そして……。
そんな少女の思いが受け容れられたのか……奇跡は起きた。
(第23話につづく)
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