第19話、たった一つの答えを出せと言うのならば、自らの存在をデリートします
でもって、紅恩寺吟也さんはお星様になりましたってオチだったら小奇麗に纏まったのかもしれないけど。
当然僕がここにこうやってここにいるって事は、そうならなかったって事で。
さらに笑えることに、僕は試験を何故か合格していた。
しかもダントツの一位で。
僕が目を覚ましたのは、校舎の一角にある、保健室だった。
その脇には、保健の先生ではなく何故かジュアナ先生がいて、開口一番こう言ってきたんだ。
「紅恩寺吟也くん、おめでとーっ! 今回の試験、トップ通過ですよーっ。これで落第は免れたねっ」
そう言われた僕の顔は、何言っとんねん、訳分からんて感じだったと思う。
「え、なんでですの?……僕ズルしましたやん、反則やん。異世のシステム自体にちょっかいかけたんやで?」
だから不合格になるんじゃないかって僕が言うと、ジュアナ先生は疑問符を浮かべて言った。
「それって反則なの? 私、そんなこと言った覚えないけど。……それとも、不合格のほうが良かった?」
「いや、合格で全然構わへんっス」
確かに、不合格になるとは一度も言われてはいない。
僕は首を振って合格バンザイをアピールしていると、ジュアナ先生は加えて感心したように言った。
「そうは言っても、まさかブラック・ロックが倒されちゃうなんて思ってなかったわ。……良く気付いたね。ブラック・ロックがたくさんポイント持ってたの」
「え、マジですの?」
あれと戦おうなんて考える人なんていないだろうから、一万点つけちゃったと笑うジュアナ先生に、ウソがマコトになるってほんとにあるんだなぁって思ったりもした。
「それにしてもさー。紅恩寺くん、女の子たちといつの間に仲良くなったの? ちょっと前まではあんなに険悪だったのに。同じ班の子、みんなすごく心配してたよ?」
次の授業が始まるついさっきまでここにみんないたって聞かされて、何だかフクザツだった。
ここまで誰が運んでくれたのかなとか考えると、ものすごくカッコ悪い気もする。
「仲良うなったんかな? なんもしてへんし、なんも変わってへん気もするけど……」
強いて変わった事をあげるとすれば、それは僕の気持ちのあり方だと思う。
ただの天邪鬼でいるよりも、自分の本当の気持ちを言うことに戸惑ってる自分に、天邪鬼でいたほうが面白い。
そんな感じだろうか。
自分で言ってて良く分からんけど。
「先生にはそう見えたけど? なんだか良い方向に変わったなって思うの。今回の試験は、チームワークの大切さを問うものでもあったから」
そう言われても、あまりピンと来なかった。
どっちか言うと、僕一人我がままに動いてた気もするしね。
まあ、向こうは向こうで何かあったのかもしれないけど。
「……そう言うことでさ、紅恩寺くんの本命は誰?」
ジュアナ先生は瞳を輝かせ、そんなことを訊いてくる。
その表情は、性質の悪いことに、からかってるとかそんな気配の微塵もない本気だった。
そう言うことって、何やねん。話とび過ぎだよ。
「それじゃあ、全員って方向で」
だから僕は真面目にそう答えるのだった。
何故なら、それこそが僕の生きがい。信念のその先にあるものなのだから。
※ ※ ※
そんな、ある意味先生と生徒の会話としていいのかと問われる会話の後。
今回の試験の順位が張り出されとるということで、心配かけた顔見せのついでに保健室を出ると、順位表の張り出されている昇降口ホームへと向かった。
髪の毛もまだ銀色のままで、神経のしびれが残ってて身体が重く、さながら老人のようだったけど、まだここにいてもいいんだって実感を確実にしたいっていう逸る気持ちは抑えられなかったんだ。
順位表の張られている場所、校舎の玄関ホールにある、薄緑の細長い掲示板には、さらに細長い紙に、順位点数とともに、百人の生徒の名前が書かれていた。
そこには、当然のようにたくさんの学院生たちでごった返しており、人が少なくなるまで待っていたほうがいいかななんて思っていると。
そんな僕に気付いた清水が声をかけてくる。
「あ、吟也くん、見てよ。今回落ちた人、一人もいなかったんだって。何か嬉しいよね」
清水はにこやかに、それこそが最優先事項であるかのようにそう言ってくる。
「おや、どうやら今日の主役の登場みたいだね」
「あ、赤信号じゃなくなってる」
それにより僕に気付いたミャコと、晃が続けて声をかけてきた。
「そっか、そりゃええことやな。どうも主役です。信号ゆーなっ! ……って、疲れることやらすなや」
「流石芸人、三人に答えてさらに突っ込んだ」
僕がそんな晃の言葉をとりあえず無視し、もっと良く見ようと前に出ると。
それに気付いたみんなが割れた波のように道を開けてくれた。
「……何だかちょっとスター気分?」
僕が、そんなことを呟きながらいつも見ているのとは逆側のほうへ近寄っていくと。先頭の第一位のところに、でかでかと僕の名前があった。
点数は一万飛んで189点。
一万のとこは件のブラック・ロック、残りは魔物の撃破数とか諸々なんだと推測できる。
もちろん、二位以下を引き離してダントツだった。
「貴様、身体の具合がもういいならそう伝えろ。常識のない奴だな」
「うどわっ、き、急に今すぐ殺せますっていう首筋下に立つなやっ、ビビるだろがいっ!」
またまたいきなり至近距離の射程範囲に立つサユに、思わず飛び上がってしまう。
「そうか、済まないな。……癖なんだ」
何が癖なんかよく分からないが、大人しくそのまま間を取ってくれるサユに拍子抜けし、それと同時にサユって思ったよりも小さいんやなと失礼なことを思ったりもした。
だからちょうど首筋に頭がきて怖いんだって。
「ま、それは置いといて……ここに来ればみんないる思ったからな」
それでここに来たんやと頷いていると、今度は後ろからどふっと軽く……ない一撃。
「がふぁっ……て、てめっ! 病人になにさらすっ!?」
「何だやっぱりまだ全快ってわけでもないんだね。……髪もまだ銀色のままだし」
わー、針金みたーいとはしゃぐヒロに、僕は立ったまま悶える羽目になった。
こ、このっ……手加減知らずめっ!
「だからって殴ることないやろ! 殺す気か!」
「大げさだよ、ちょっと叩いただけじゃん、何かね、その頭見てるとお兄ちゃん思い出しちゃって……ちょっとつぶしてもいい?」
「な、何をやねんっ!」
そう言って花の咲くような微笑みで、手のひらをわきわきさせるヒロから脱兎のごとく逃げ出す。
「せ、セツナはんっ、助けてーなっ! ヒロさんを止められるんわあんさんしかいないっ、あいつ、おそろいは嫌やからって僕を消すつもりやっ!」
「尋さん、そんなことしたら吟也さんがつぶれたトマトのようになってしまいますわよ?」
「うぅっ、トマトきらーい」
さらりと怖いことを言うセツナに逆に僕は青くなったが、そう言ってヒロが手を下ろしたので、僕はようやく一心地ついて胸を撫で下ろす。
全く、見た目だけならどこのお姫様だって感じなのに。
「……そう言えば、吟也さん? あなた、人数の割合で難易度が変わるという話、私たちに黙っていたでしょう?」
僕がそんなことを考えていると、セツナはまさにこのタイミングしかないといった感じでそんな事を言ってきた。
「あれ? そうだったっけか?」
「あれ? じゃありませんわ。話していれば、あなたは一番になることはなかったかもしれませんのよ。……まさか、狙ってやったのではないでしょうね?」
とぼける僕に、セツナはそんなことを言うが、何か分かってて訊いているといった感じだった。
何となく、単純に負けたのが悔しいのと、理不尽とも言える配点に納得がいってないんだろう。
「狙ってできるわけないやろ。……そもそも条件の話なら、セツナたちやって他に何か隠してたやんけ」
ほれ、言ってみろやって顔をすると、セツナはぷいっとそっぽを向いて言った。
「それは。やっぱりもう終わったことですし、良しとしましょうか。……一位になったのは、吟也さんなのですし」
あれ? 何かうろたえとる?
惑わずの武士様が珍しい。
あんまりらしくない反応に僕も少し戸惑って、何か他に話題はないもんかと考えた所で。
すぅの姿が見えないことに気付いた。
何となく、セツナたちの近くにいる思ってたんだけど。
「まあ、それはそれでいいねんけど……すぅはどうしたんや? 一緒やなかったんか?」
「あら? そう言えばそうですわね。保健室を出てからはずっと一緒でしたのに……尋さんは知ってます?」
「ううん、知らないよ。……ほんとついさっきまではいたと思ったけど」
セツナとヒロが揃って首を傾げていると、サユがすっとやって来て、ぽつりと言った。
「時々……すぅは目を離した隙にふっといなくなるんだが、こういう時は中々見つからない」
いつも追っかけ回している? サユも分からないらしい。
ひょっとして僕、避けられてる?
「ふーん、そなら探してこよかな。おかげさんで無事なんも知らせなあかんし」
いろいろ話す事もあるしなって思い僕がそう言うと、セツナも頷いた。
「そうですわね、じゃあ私たちはここにいますわ。そのうち戻ってくるかもしれないですし」
「よろしく~。まだ全快じゃないんだから無理は駄目だよ」
キミのせいで余計に弱っとるんだとは言えず、そんなヒロの言葉には苦笑いするしかないわけで……。
「……貴様に任せた」
「ああ、ちょっくら行ってくるわ」
そして僕はそんなサユの簡潔なセリフに頷く。
サユがすぅのことに関してあっさり折れたんは少し意外だったけど、逆にそれだけ前よりか僕自身が認められたのかなーなんて、思ったりしちゃたりして……。
(第20話につづく)
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