第17話、嘘つきの強がりが詳らかであったのならばしょうがないから



そして僕は、引き攣る全身の激しい痛みで再度目を覚ます。

そのすぐ目の前には、先ほどの衝撃波で僕の力を全て消し去り、まるで変わらない様子のブラック・ロックがいて。


ブラック・ロックは、僕がもう何もできないってことを悟ったんだろう。

ゆっくり、あざ笑うように一歩一歩近付き、その巨大な口をゆらりと開く。



……演出まで凝ってるんだな。

このまま噛み砕かれたら間違いなくお陀仏だろう。

当確されてきた死が、目の前にあるというのに、僕はそれでもギブアップすることはしなかった。

僕を主と慕う子たちの、悲鳴に近い声に、心臓握られるほどの胸の痛みを感じながらも。


(僕は、少しくらいは強く、なれたんやろか……)


呟く本音。

それを確かめるすべがないのが、ちょっと残念だな、なんて思った時。



―――天井まで届く、青白い光線が、ブラック・ロックを包み込んだ。



「吟也くんっ!」


そして、聴けるはずないと思いつつも。

心のどこかで待っていた……すぅの声がした。

しかし、僕がそれにリアクションをする余裕はなかった。

光線の直撃を受け、顔を焼かれたブラック・ロックは、痛みに悶え僕を踏みつけようとしてくる。


「【月の閃、下弦】っ!」


そこに割り込み、目にも止まらぬ抜刀と、そこから生じる爆塵で、ブラック・ロックを弾き飛ばすセツナ。



「……ふう、何とか間にあったね」


そう言ってセツナの隣に並んだのはヒロだった。

どうやらさっきの青白い光線はヒロがやったものらしい。

今まで塞がっていたはずのゴールへと続く扉ごと、破壊しつくした跡が見て取れた。


「あ、あんさんら……な、何で来たっ?」

「しゃべるな、死にたいのか! すぅ……すまない、こいつの治療をする、手伝って欲しい」

「は、はいっ」


いつもよりも大分高いトーンでサユは僕を怒鳴りつけ、すぅを促した。

サユは、治療の心得があるようでその動きはスムーズだった。

何かの薬草とか包帯を取り出し、何の迷いもなく服を脱がせ……。


「……って、まてやっ! そ、そこまですなっ……げほっ」

「動くな! 喋るな! そんな事言っている場合ではない! 右踝の瘴気による火傷が酷いな。……すう、すまないが、頼む」

「はい、頼まれたですっ。吟也くん待ってて、すぐ治してあげますから!」


サユは再びそう言って、そのまますぅに任せるべく、下がる。

僕はされるがままで、それでも吹っ飛ばされたまま動きを見せないブラック・ロックが気になって仕方がなかった。

急死に一生の援軍を得たはずなのに、何故だか焦燥感がまるで拭えなかった。


「星々の力よ、我の器もて……今この地へ記す名は、【豊穣の女神・アクアリアス】っ!」


しかし、その不安にも似た焦燥感すら洗い流すように。

すぅの力ある言葉から生まれ出た巨大な水がめから流れ出た冷水が、僕の痛みを全て洗い流し、癒すがごとく包み込んでいく……。


「っ? ちょっと、何で! 全然効いてないよっ!?」


だが……その時聴こえてきたのはこんなヒロの叫び。

その言葉通り、僕らから少し離れた所で悠然と立ち上がるブラック・ロックの姿が見えた。


「やっぱり……あれは、ブラック・ロック。まさかとは思っていましたが……」


セツナが少し緊張した面持ちでそう呟く。


「ブラック・ロック……貴様、そんなものに一人で敵うとでも思っていたのか?」「……」


敵うなんて思ってなかった。ただ、彼女らを危険に晒すことが分かっていたからこそ、黙っていたのに。

これじゃあ何のために黙ってウソ吐いてたんか分からないじゃないか。


「だからっ、何で来たんやって……言うたんやっ。あんさんらには何のメリットもない言うたやろ!」


助けに来てくれたのは、すごく嬉しかった。

でも、それ以上に何で来たんだっていう疑問の方が大きかった。

傷つかなくてもいい時は、傷つかなくていい。

僕だけで十分だって黙っていたのに、どうしてみんなはここにいるんだろう?


「だって、吟也が危ない目にあってるのに、ほおってなんかおけないですっ!」


器用に自らの力を維持しながら、すぅは訴えるように叫ぶ。


「何でや、何でそんなん知って……?」

「大嘘つきの貴様に、どうこう言われる筋合いはないな」

「……っ」


僕の呟きを押さえつけるようにぴしゃりと言い返すサユ。

それはつまり、僕のウソがウソだってバレてたってことで……。

一人カラ回りしていた自分が情けないやら悲しいやら、複雑な気分だった。


一体いつからバレてたんだろう。

それなのに、知らないフリしとるなんてみんなして人が悪すぎる。


「メリットがないですって? 本当にそうでしょうか。……私自身の損得は私自身が判断します。あなたにそれがないと決め付けられる言われはありませんことよ」「……何か、メリットでもあるような言い方やな」


僕が、セツナの言葉の意味を図りかねていると、ヒロが明るい声で付け足した。


「つまり、わたしたちが助けたいと思ったんだからしょうがないってことだよ」

「貴様の天邪鬼ぶりには理解に苦しむが……悪くはないなと思った。だからここに来た」


サユはそっけなくそう言い放つと、ブラック・ロックに立ち向わんとヒロたちの隣に並んだ。


「すぅは、吟也くんのこと絶対助けるって、決めてたですっ!」


治療を終えたのか、意気込んでそう言うすぅには、損とか得とか超越した何かがある気がした。


「……どいつもこいつも、ほんましょうもないお人好しやな」


僕は、苦笑を浮かべて無理矢理にでも立ち上がる。

いつの間にか女の子に助けられるなんて情けない、だから強くなってやる、守られるんやなくて守るもんなんだっていう考えはもうなくなっていて。


彼女たちと肩を並べて、彼女たちを背にともに戦うことが。

支え合えることがとっても素晴らしいことなんだって気付けたのは、その時だったのかもしれない。



「そんなん言われたら、ますます寝とるわけ、いかなくなったわ」


本当はそんな関係をずっとずっと続けられればいいと思っていたけど。

それより先に、強い気持ちがある……。


彼女たちの力は成長途中の未知数だ。

このままここで頑張っていれば、ブラック・ロックほどの伝説クラスの化け物だって倒せる力を持つことができるんだろうと思う。

あるいはもう持っているのかもしれないけど。


それでも今はまだ早いと思った。

今はまだ、こんな所でその力を使うべきじゃないと思ったんだ。



だから、一番確実な方法を取ろう思った。

本当は……僕がカッコつけたいだけなのかもしれないけど。



             (第18話につづく)






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