第10話、実は嫌われムーブ続けているの、もうとっくに限界
それから、試験の日まではあっという間だった。
すぅは、僕の事を避けているようで、授業中に話すことはもちろん、特訓を二人でする事もなくなった。
でも、それは当然のことだろうとも思っていた。
いくら本音を隠す天邪鬼なセリフだったとしても(この事に気づいたのも最近だけど)、すぅの目の前で、女は苦手やとか随分失礼なこと言った気もするし……すぅが性別を隠していたせいもあるとはいえ、えっちゃんの言う通り女子寮を覗き、侵入までしたのは一応事実なんだから避けられるのは当たり前だと。
また、それとは別になんとしても次の試験で不合格にならないよう、自分一人だけで足掻いてみたかったって言うのもある。
多分、ここに来て本当の意味で真剣に、僕自身のことを考えたんだと思う。
僕が一体どんな力を持っていて。僕が掲げるべき信念は何なのかを。
そして……運命の試験が始まる。今回の試験は、魔法によって作られた『異世』と呼ばれる擬似空間、ステージごとに分けられているそれを、学院生各々の力で突破するという、実践実技試験だった。
僕ら学園生は五人一組のチームに分けられる。
その五人と協力、あるいは競争しあって提示された条件をもとに、様々なトラップや仕掛け、謎解き、魔物たちといった難関を乗り越えていく……といった感じらしい。
この試験の怖い所は、擬似空間とは言っても死ぬほどのキズを受けたら本当に死んでしまうってことだった。
さすがに完璧に死んでしまう前には先生方が助けてくれるらしいが、それはイコール不合格を意味する。
ギブアップも同様だった。
もし五人で協力する場合、言うまでもなくこの試験において大事なのはチームワークであることに間違いはないのだが。
いつものように、『異世』タイプ【木(ピアドリーム)】の、自分専用の入り口をくぐり、選別された五人が集まる機械の要塞のような広場までやってきて。
僕は思わず天を仰いでしまう。
広場の中心、試験の緊張などまるでない様子で話し込んでいるのは、三人の女の子たちだった。
一人は、長くしなやかな藍色の鞘つきの刀を帯び、凛とした(えらそうとも言う)気高さを発している菫色の髪の少女、セツナ。
もう一人は、そのすぐ傍でこれからの試験が待ちきれないといった様子で念入りに柔軟してる姿すら眩しいアルビノの少女、ヒロ。
そして、三人目は思ってた以上にそんな二人とも仲良さげに会話をしている、僕と同じ男子学院生用の制服に身を包んだ、まさに中性的って言葉が似合う少女、すぅ。
あまりにも出来すぎていて、滅茶苦茶を通り越してドキュウに気まずい。
「……あら、最後のお一人はどこのどなたかと思ったらあなたですか。せいぜい私たちの足を引っ張らないでくださいね」
「へいへい、分かってますよ」
それでも相手にしないわけにもいくまいと思ったんだろう。
ろくに視線も合わせずにそう言ってくるセツナに、僕はそっけない言葉を返した。
「ちょっと、吟也さんやる気あるの? 吟也さんが不合格にでもなったらわたしたちのせいになっちゃう場合だってあるんだから、ちゃんとしてよね!」
「分かっとる言うてるやろ」
僕の態度が気に食わなかったんだろう。
当たり前のようにつっかかって来るヒロに、ぴしゃりと言い返す。
こういう時、関西弁は(偽モノだけど)便利だなとつくづく思ったりもした。
一瞬騒がしくなったその場が、再び気まずい空気に支配される。
しかし、それをすぐに破ったのは、すぅだった。
「あ、あの……吟也……そのっ、おはようです」
僕がやって来たとたん俯いてバツの悪そうな顔をしていたすぅは、そんなんでも律儀に挨拶をしてくれた。
「ああ、おはようさん。……そうや、すぅ」
とりあえずこの前のこととか諸々の事で詫びを入れなあかんと思っていた僕は、それを言葉にしようと一歩近づこうとして。
スチャッ。
ごく間近で聴こえるナイフが添えられるような音。
それまで全く何の気配もさせず、僕の首に宛がわれたのは、赤銅色のナイフだった。
「……っ」
びびってそのままナイフに突っ込みそうになった僕を見上げ、睨み付けていたのはこれまた一人の女の子。
特徴的な、透けるような薄桃色のツインテール。
燃えるようなチェリーレッドの瞳には、隠密行動を生業としているかのような力がある。
確か名前は寂蒔沙柚(じゃくまく・さゆ)とか言ったかな。
彼女がそうすると四人目、か。
隠れて僕をお出迎えとは……これはまた随分と警戒されたものですな。
「なんやねん、い、いきなりっ」
「……それ以上すぅに近づくな。すぅはお前のような下賎の者が近づいていい存在じゃない」
「ち、ちょっと! 沙柚さんっ、何言ってるんですっ!?」
「すぅは黙ってて。こいつはすぅの心を惑わせた。そしてその意味を欠片も理解していない。だからこそ、許せない。あのときは邪魔が入ったが、今度こそ容赦しないから」
サユは、すぅの言葉を遮るようにして言いたい放題言ってくる。
っていうか邪魔って何? どうやら、サユは自分のことをすぅに仕えるべき忠臣か何かだと思い込んでいて、それを今まさに実践しているといった感じだった。
すぅ自身は、それをあんまりよく思っていないようだったけど。
それでもサユの言っていることは間違ってないような気がした。
多分、僕が色々やらかしたのを知ってるんだろう。
それに、前回までの成績で見ても、すぅを筆頭としてセツナとヒロが続いていたし、サユだって常にトップテン圏内をキープしている。
ドベから数えたほうが早かった僕なんかとは、正直格が違うだろう。
でも、だからこそ、そんなサユの態度は僕にとって都合が良かった。
「ま、その通りやな。言う通りしといたるわ。……にしてもええナイフやな。セツナの刀にも引けを取らん感じ? サユに愛されとるのがよう分かる。分かりすぎて首が飛んでしまいそうやから、ええ加減離して欲しいんやけど」
「そんなに褒めたって何も出ないぞ。そんなことで私が離すと思っているのか?」
僕の皮肉も通じず、そんなことを言ってくるサユ。
この反応を見る限りでは、自分にも冷徹な主のためだけってわけでもないらしい。
僕は、薄く笑みを浮かべて言った。
「いいから放しや、まだ始まってもないのに血なんか流したら自分が失格になるで」「……ふん」
やるなら中でやりゃあいいだろみたいな態度の僕に、サユはそう呟くとナイフを引っ込める。
あー死ぬか思った。
まだ首の辺りがひやひやする。
でも、こうなるとすぅに詫び入れるのも一苦労だな。
こいつら全員の前で謝んのもなんか恥ずかしいし、すぅ、ちょっといいか? なんて事はどう見ても無理そうだし……。
どうすっかなと思っていると、まさにそのタイミングで広場の縁にあるスピーカーから聴こえてくるジュアナ先生の声。
「はーい、オージーン班のみんな~準備はいいかな? 早速今回の実技試験を始めるよ~」
準備はいいかな、とは白々しいと思ったり。
きっと僕らの会話が終わるのを待っていたんだろう。
そんなことを考えていると、ポテっと頭の上に落ちてくる巻物タイプの指令書。
そしてそれは、魔力の塊であったのか。
そのまま吸い込まれるかのように頭の中へと消えていって……。
(第11話につづく)
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