魔女と世界の隠し事
長月瓦礫
魔女と世界の隠し事
雨の匂いとともに、湿った空気が頬を撫でる。
帰宅時間と被っていたからか、駅前のロータリーは人でごった返していた。
あらかじめ準備されていたタクシーに乗り、人気のない公園の前で降ろされた。
その後は軽自動車に乗り換え、黒のローブに着替える。
荷物もすべて預け、目隠しをつける。
数十分ほど経っただろうか。
目隠しが外れたのは、車が止まってからだった。ドアを開けた瞬間、白く光る蛍光灯に目がくらんだ。
目が慣れてくると、壁中に人形が貼り付けられているのが分かった。
フランス人形や藁人形、ありとあらゆる人形がずらりと並んでいた。
一足先に同じような黒のローブが待っていた。互いに会釈をする。
なるほど、挑戦者は複数いるのか。
奥の方は電気がついておらず、ぼんやりと何かで仕切られていることしか分からなかった。天井が高く、スピーカーが備え付けられていた。
人形裁判。巷で噂のデスゲームの会場はここでまちがいないようだ。
人形を交互に短剣で刺し、トラップで死んだほうが負け。生死をかけた勝負をし、勝者には莫大な報酬金、敗者には死が贈られる。
人形を調べたところで無駄だ。目印は何もつけられていない。
細工も技術もすべては運の前にはひれ伏し、すべては神様の気まぐれで決まる。
何十回と開かれたと聞いたが、未だに勝者はいない。
「えー、皆様お集まりいただき、どうもありがとうございます。
本日はお日柄もよく、裁判にふさわしい日となりました」
のんきな挨拶がスピーカーから流れた。
機械音声なので、性別の判断はつかない。
「私はオボロと申します。よろしくお願い致します。
それでは、今から点呼します。小林和馬さん」
「……はい」
俺は渋々手を挙げた。
なぜ、小学生みたいな真似事をしなければならないのだろうか。
「白木織恵さん」
「はい」
隣の白木が手を上げた。静かな女の声だ。
呼吸が荒い。緊張しているように見える。
「全員お揃いのようですので、これよりゲームを開始致します。
皆様、目の前に並んでいる人形が見えますでしょうか」
人形がライトアップされ、十数本の短剣が載せられたテーブルが現れた。
「これらの人形はいわば罪人です。今からそちらの短剣で彼らを処刑してください。
とまどうことなく、思い切り刺しちゃってくださいね~。
なお、何かしらの妨害行為をした場合、即失格となります。いいですね?」
短剣による殺人はできない。
お互いに刃の切っ先を見ながら、うなずく。
「そちらの人形の中に、魔女の呪いを受けた物が一体だけ紛れ込んでいます。
呪いの人形を刺した瞬間、プレイヤーの頭が吹き飛びます。
その時点で生き残ったほうがこのゲームの勝者となります」
実にシンプルで分かりやすい。
変な小細工を仕掛けられるより、よほどマシだ。
「途中でギブアップした場合は?」
「もちろんですが、降伏をされた方が敗者となります。
その場合も頭が飛ぶ仕組みとなっておりまーす」
「途中退室も認められないってか。いいね」
「ずいぶんと余裕じゃない? 慣れてるの?」
「そういう問題じゃない。まずは楽しまないとな?」
そうだ。どんな状況でも楽しむのがギャンブラーという存在だ。
後ろ髪のない女神を信じ、舞台を遊ぶ。
「それでは、先ほど点呼した順番でナイフを刺していってください。
パスは3回までオッケーです。それ以上宣言した場合も失格となります。
それでは、ゲームスタート!」
サイレンが響き、小林は迷いなく短剣を手に取った。
「じゃあ、俺からだな」
目の前にある犬の人形を刺す。
首は飛ばなかった。そう簡単に飛んでたまるか。
「私はこれを」
そう言って、隣のフランス人形を刺した。
首は飛ばない。まずは前哨戦か。
お互いにパスを宣言することもなく、人形を刺していった。
気づけば、人形は残り二体になっていた。
いかにも怪しげな藁人形と可愛らしいテディベアだ。
「さあ、どっちにしようかね?
丑三つ時……にはちと早いが、藁人形には五寸釘を打つってのが定番だな」
「ここまで来たら、どちらも何もないんじゃない?
結局、どちらかが死んじゃうわけだし……」
「なんだよ、ビビってんのか?」
嘲笑しながら、藁人形を刺した。
小林の頭が血しぶきを上げながら、吹っ飛んだ。
***
「まったく……こんな出来レースの何が楽しいのかしらね?」
織恵はフードを外し、奥の方を見る。
首が飛んだ死体はすぐに片付けられ、次の人形が並べられた。
「それを魔女さんが言うのかい? 考案者のくせに」
喉を鳴らして笑う。
機械音声が低い男性のそれに変わる。
このゲームの支配者は魔女である織恵だ。
人形と呪いを仕掛け、挑戦者を待ち受ける。
呪いは最後の二体になるまで発動しない。
すぐに発動してしまっては、ゲーム性がなくなり、面白味もない。
賞金が手に入りそうな場所まで追い込むのだ。
最後のターンで呪いはようやく起動する。
相手の動きを感知し、短剣に合わせて人形へ移動する。
短剣が刺さった瞬間、確実に相手を仕留める。
実質、術師とのタイマン勝負となるわけだが、挑戦者は勝てるはずもない。
何もかもが彼らの手のひらの上で踊らされる。
オボロ以外、知らされていない一番の隠し事だ。
チートと呼ばれるイカサマを平気で仕掛けるのがこの裏世界だ。
同業者でもない限り、この仕掛けを破れる者はいない。
「ネットでも有名になってるわ。死刑を免れない悪徳裁判ですってよ」
「まあ、それでも来る奴は来るんだがな。
今の小林ってヤツもその道じゃあ、かなり有名だったらしいしな」
大金に目がくらんだ命知らずのなんと多いことか。
織恵はこれ見よがしにため息をついた。
「そろそろ、退魔師に目をつけられてもおかしくない頃合いでしょう。
こんな遊びはやめたらどう?」
部屋の明かりがつき、ガラス板の向こうでオボロは笑っている。
二本の角が頭から生えており、橙色の着物を着ている。
マイクを片手に、能天気な司会を演じていた。
「悪いねえ、オレのわがままに付き合ってもらっちゃって」
話を持ち掛けたのはオボロのほうだった。
彼の目的は知らされていないが、とにかく派手に、自分のやっていることを世間に知らせたいらしい。
好奇心には見えなかった。このゲームを餌にして、何かを呼ぼうとしている。
正体不明の鬼に警戒心を抱いたが、オボロは大金を目の前に差し出した。
それこそ、デスゲームの報酬金なんて目じゃない。
問い詰める気も失せるほどの金額だった。
織恵はやむを得ず、このようなゲームを用意した。
初めはSNSで噂を流し、参加者を募る。
一人でも引っかかれば、ゲームは成立する。
やっていることとは裏腹に、作業は地道だった。
似たようなことを繰り返し、今に至る。
オボロが待っている人は未だ来ない。
その何かが来た時、彼女の役目は初めて終わる。
同時にゲームも終わりを迎えるはずだ。
「数百年前からこの国にいるけど、何も変わらないのね。
人間ってホントに愚かだと思わない?」
「魔女さんにだけは言われたくないねえ、その言葉」
オボロはシニカルに笑った。
大金に釣られたのは、彼女も変わりはない。
果たして、本当に愚かなのはどちらなのか。
誰も答えを知る由はなかった。
魔女と世界の隠し事 長月瓦礫 @debrisbottle00
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