第16話 探検章6…【言葉の責任】


「なんだ?…あれ。」


 何やら、黒いモヤ『ゲート』みたいなのが目の前に現れた、と思えば、中から2人の人影が姿を露にした。


 モヤから出てきた女性と女の子が『ゲート』から出てきて早々、2人で話し込んでいる。


 目の前で何が起こっているのかわからず、俺はただ呆然と立って、見ていることしかできない。

 思考が追い付いていないのだろう。

 『これは、現実なんだろうか?』と疑ってしまいたくなる。


 もしかして、『自分だけがこの時間の中に囚われているんじゃないか?』これは、夢なんじゃないのか。


 そんな、悠長ゆうちょうなことを考えていたとき、事態は動き始め、これは現実なんだと意識が引き戻される。


 ゲートから出てきた女の子が、右手の人差し指を『ゼブラ』と思われる繭へ向けたとき、繭の中から何かが突き抜け、目の前の女の子を弾き飛ばした。


『はっ!?』


 とてつもなく早い、鞭のようにしなる『何か』の攻撃。

 しかし、速すぎるのに目で追えてしまう事に疑問が湧かない。


 何が起こるかわからないからとあらかじめ準備していた『天』と魔装を施していたからこそ、初動の動きに躊躇ためらいがなく、自然に体が動く。


 全力での受け止める体制。


 吹き飛ばされ勢いの乗った少女は、まるでラグビー選手の全力のタックルのように重い。


「ぬおぉーーーっ!!」

『ブチッ…ブチブチッ』


 足腰から聞いたことの無い悲鳴が声をあげる。

 それでも、転ばないように足に力を込め、吹っ飛んできた少女を俺の腕から逃げないように必死に離さず受け止める。


 『獄』のリズムに入る余裕は微塵も無い。

 いや、そんなことを考える余力すら残っていない。


 全力で受け止め終わった『俺』に映った光景は、彼女を受け止める為に踏ん張っていた俺の足跡が2本、綺麗に直線をえがいて地面に残されていた。


「はぁ、はぁ、フゥー…。

 き、君っ!

 大丈夫っ!?」


 受け止めてからの第一声だいいっせい

 立っているのも辛かった俺は、受け止めた少女をお姫様抱っこのように抱えたまま膝が崩れて少女に向かって投げ掛ける。


『ひっ!!』


 俺がそう声を掛けた少女は、首が曲がってはいけない角度まで曲がり、左腕は折れて身体の胸の部分は陥没かんぼつしていた。


『無理だ…。

 これじゃ、助からない…』


 心の中で、呟いた俺とは対照的にその少女は気さくに自分の頭をつかみ、首をもとの位置に『ゴキッ』っと右手で治してから話し出す。


「ん、大丈夫。

 受け止めてくれて…ありがとう。

 君の名前は?」


「はっ?

 えっ、れ、レイナだけど…それより君、からだ大丈夫?」


「んっ!

 余裕っ。」


 そう言うと、左手に握っていた人形らしきものを見せてきた。


『ヒィ!?』


 見た目が、もう骸骨がいこつの『ソレ』としか思えない物を躊躇なく目前に押し付けてきて、目がないのに視線が合ってしまう錯覚に恐怖し、少し驚きと恐怖の混じった言葉を口にしてしまう。


 声をあげてから『ソレ』をマジマジと観ようと視線を戻したとき、顎先から頭のてっぺんにかけて砂のように散っていく『ソレ』は、役目やくめを終えた切符のごとく当然のように姿が塵になり消えていく。


 少女は、まるで使い終わった『ティッシュペーパー』を捨てるかのように、『ソレ』があった手元を見て『パンパン』と両手でうと自己紹介をしてくる。


「僕は、ドレカヴァ。

 よろしく。」


 そう笑顔で言うなり右手で握手を求めてくる。


「えっ、あ、はい。

 レイナです。

 よろしく。」


 なされるがまま、こんな状況なのに出された手を握って焦りながらも笑顔を返す自分に『あぁ、やっぱり俺って根っからの社蓄なんだなぁ…』っと思いに伏せってしまう。


 少女から差し出された『てのひら』に握手あくしゅを返す、そのにぎった『手』は、直前まで頭蓋骨ずがいこつを握り締めていた『手』だというのに。


 だが、そんな中でも少女『ドレカヴァ』を改めて見つめると先程まで、ボロボロだった少女の体が何の事もなく傷や凹みがなくなり、服さえも無傷な状態になっていることに気付いた。


 ほんの十数秒少女を見ていない間に、身体の傷や凹みが見当たらず、吹っ飛んできたのではなく、初めから歩いて此方まで来たかのような錯覚さえした。


 まるで、一流マジシャンのマジックを見せられたような、はと豆鉄砲まめでっぽうを喰らったような気分だ。


「ってか、えっ?

 傷は?

 なんで治ってんの?」


 不思議に思ったとたん口にした言葉を無視して、少女の握り終わった腕の中には、俺『レイナ』にそっくりなオーガニックコットンでできているような『ふわふわ』で可愛い人形が、抱き締められている。


『はっ?

 それ、いつ出したの?

 ってゆうか、俺に似すぎじゃね?』


 思っても、口には出せない。

 何故か、『言ってはならない』と、俺には持っていないと思っていた第六感だいろっかんがそう告げた。


 少女は笑顔で俺を見ている。

 しかし、目だけが笑っていない。

 いざ、目にすると違和感しかなかった。


 その瞳は黒く塗りつぶされたように輝きがなく、まるで深い洞窟に手招きされているような…。


 1度入ってしまえば、掴まれて永遠に脱け出せない…。



 そんな気がしたから…。



「レイナがくれた人形・・

 大切にする…。

 もう、離さない…。」



『あっ、この子…。

 間違いなく地雷女ヤベェ奴だ…。』



 あげた覚えの無い人形を抱きしめ、都合のいい解釈、言葉が一方通行で話を聞こうとしない。


 俺が内心で核心的かくしんてき確信をしたとき、少女とは別のもう1人の大人な女性が立っている場所から強烈な爆発音と爆風が俺達に突然襲い掛かる。


「うわっ!?」


 急に舞い上がった爆発の土煙と爆風のせいで、土埃つちほこりなどの『ゴミ』が目に入ってしまい痛くて開けられない。


 爆風が去ったあと、目を何度も擦り、ゴミを取り払おうと躍起やっきになっている俺に少女は構うことなく話を続ける。


「助けてくれたお礼。

 僕が友達に…なってあげる。

 ねっ、嬉しいでしょっ?

 嬉しいよね?

 これからは、ずっと…一緒だから。

 『フフフっ』」



 まるで、少女の話が入ってこない。

 目が痛い…。

 涙が馬鹿みたいに出てくる。

 此方こちらの心配は、何もしないんだなと少し『イラッ』っとさえした。


 ろくに少女の話も聞かず、俺はりな言葉で返してしまう。


「ん?

 あぁ、よろしく。」


 周りが騒がしい音を立て始め、何が起こっているのか分からず焦り始める。


 『ジャラジャラ』

 『ドカッ』

 『バキッ』


 効果音がひしめき合う中で、『キャンキャン』と犬の助けを求めるような、けを認めるような鳴き声が聞こえてくる。


 焦りだした俺は水魔法で目を洗うことを思い付き、さま実行に移す。


 チンタラしていられないっ。

 おそらく、犬の鳴き声は『ゼブラ』の声だと確信していたから。


 回しきった蛇口のごとく、掌から勢い良く出てくる水の曲線に躊躇ためらいなく汚れた瞳をさらけ出し、素早く洗い落とす。


 目を開けると、目が笑っていない笑顔の少女『ドレカヴァ』が俺にそっくりな人形を抱えて立っていた。


 不意に、人形の目を見たとき…。


『あれ?

 この人形、こんなに目が赤かったっけ?』


 っと思いはしたが、その考えはすぐに消え去る。


 少女『ドレカヴァ』の奥を覗くと『ゼブラ』の姿はなく、黒い霧に包まれている大きな物体。

 その横では、黒い執事服で身を整えている男が姿勢良く腕をくみ、右手を顎に添えて不適に笑い立っている。


『えっ、誰っ!?』


 その男の前では、『おでこ』に土が付いているのも気にせず涙を流したのだろう、目から頬にかけて汗にも似た液体が滴り落ちている女性が地べたに伏して顔を見上げていた。


「誰だよ、あのイケメン。

 彼女泣かしてんじゃねえよっ!」


 まったくの的外れな言動。

 しかし、目の前でイケメンの男に対し、女が土下座して泣いていた後の姿を見れば、別れ話で彼女が謝り、復縁を望んでいる光景としか『俺』には捉えようがなかった。


「ん?

 レイナ…どうしたの?」


 俺の吐き捨てた言葉を聞き、目の前の少女は誰に言ったのかと後ろに振り返る。


 ほんの、まばたきの一瞬。

 コンマ数秒にも満たない、限りなく一瞬に等しい時間。

 目をつぶっていた瞬間に柔らかい風が身体を吹き抜ける。


 目前にいた少女『ドレカヴァ』が背を向け、身体ごと振り向くのと同時に俺が瞬きした後には、少女は男の前で膝をつき頭を下げている最中になっていた。


「『えっ?』

 あれっ!?

 ドレカヴァ!?」


 ほんの一瞬の出来事、目を離す度に事態が急激に進んでいく。


 現状を理解したくても、頭が着いていかない。


 だが、向こうで男に膝まずいている少女は間違いなく『ドレカヴァ』だ…。


 膝まずくって事は、どんな経緯があるか知らないけど『ドレカヴァ』の知り合いなんだろう、っと恐る恐るゆっくり3人の居るところまで歩きだす。


 筋肉が切れて歩くだけでも『激痛』が走るはずの体には、何の異常もられないことに疑問を持つ事すら忘れて。


「サタン様。

『オノケリス』と共に、探していました。

 今後のご予定はございますか?」



「おやっ?

 ドレカヴァ、随分ずいぶん口調が大人びましたね。

 前までは私に甘えてばかりだったというのに。

 成長しているのを見れて、私は非常に満足ですよ。

『クフフっ』」



「はい。

 私も驚いています。

 守られるだけじゃ…、嫌だと…。

 初めて、誰かのためにを使いたい。

 守ってあげたいと…。」



「あぁ、なるほどっ♪

 人形がわっているのは、その為ですか。」


 サタンとオノケリスの会話をさえぎる形で、『ドレカヴァ』はここまで来た経緯と心境を押し付けるように話を進め、『サタン』もドレカヴァという目の前の少女の変化に気付き、納得するようにうなずく。


 その間、サタンからある言葉を告げられた『オノケリス』は放心状態で置物と化していた。



「でしたら、ドレカヴァの人形・・に選ばれた者にも少し興味がありますねっ。

 いたぶっても何ら支障は無いでしょうしっ♪」



 その言葉が言い終わるのと同時に、『サタン』に襲いかかる筈の無い『殺意』が目の前の少女から向けられる。


 顔も変わらず、体勢も変えず、ただ少女の周りだけが黒く歪んで見える。


 サタンの刻印がきざまれているのにも関わらず、なおも抵抗する意思を見せてくる少女に『サタン』は感動すら覚える。



「サタン様でも…

 それだけは許さない…。

 レイナを守っていいのも、傷つけていいのも、僕だけ…。

 僕だけでいい…。」



 今まで、自らに刻まれた刻印を無視して、抵抗をしめした悪魔など極一部ごくいちぶ

 刻印の制御に意識を向けていなかったのも原因ではあると思うが、それでも抵抗出来る者は限られている。


 一種の悪魔にとって、越えるべき壁と言ってもいいだろう。


 だからこそ、自分の配下である『しかも、甘えてばかりで、なにも期待していなかった』少女が1つの壁を越えたことに『サタン』は歓喜かんきしていた。



「『クフフフフフ』

 わかりましたっ。

 では、手出し無用としましょう…。

 今日は実に気分がいい。

 素晴らしい1日ですっ♪

 あぁ、こんなに喜ぶ日は久しぶりな気がします。」


 そう言いながら、サタンは少女『ドレカヴァ』の腕に刻んだ刻印に意識を向ける。


 刷り込まれた恐怖が再来し、平常心を装うも冷や汗が止まらない。


 少女は人形を強く抱きしめ小刻みに震える身体を押さえ込もうとする。



「あのー…。

 会話中すいません…。」



 放心状態で地面にへたり込んでいる美人な彼女…。

 黒い執事服のイケメン彼氏…。

 俺にそっくりな人形を抱えて小刻みに震えている少女…。




 この混沌カオスの原因は、間違いなくイケメン彼氏だと誰でもわかる。


 多分、痴話喧嘩で別れ話になり、当たり散らしているんだろう…。


『めんどくせえ…。

 こんな場所で、する話じゃねえだろっ!

 他所よそでやってくれよっ!』


 そんなことを思いつつ、穏便おんびんに済ませれるように話を続ける。



「痴話喧嘩で友達にあたたりするのは止めて貰えますか?

 私が言うことでは無いと思うのですが…

 彼女さんも泣いてから放心状態ですし…。

 別れるにしても、復縁するにしても、一度ハッキリと話合いをされた方が良いと思うんですが…。」



 かすかに少女の周りが黒く濁って見える。

 この状況『夜中にも似た現状』なら目の錯覚だとしても仕方ない。

 小刻みに震える少女の肩を抱き寄せ、DV彼氏にがんばす。



『……………。』



 あれだけ事態が急激に進んでいく状況だった中で、俺『レイナ』の発言は、まるで世界が凍るがごとく、ゲームの『pauseポーズ』ボタンを押した画面のように、辺りが静まり返り3人共が俺へと目線を移すのだった…。



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奴隷に興味ある俺の心(志)は荒んでる。でも、『奴隷商人の愛娘』なのに冒険者で成り上がりを夢見た俺が、必死に足掻いた結果…気が付けば、皆が俺を【聖女】呼ばわりしてバカにするんだけど、これってヤバくねっ? 亜美朱 健灰 (アビス ケンカイ) @abisukenkai

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