第15話 探検章5…【予期せぬ来訪者】


「待ってろよゼブラっ!

 俺が必ず連れ戻してやるからなっ!!」


 そう言って俺『レイナ』は、黒い霧の中に入っていった。


 強引に体をねじ込んだ感覚が全身に伝わる。

 まるでゼリーに全身埋まっていくような変な感じだ。

 俺が中に入り目にしたのは、霧で包まれた真っ暗な世界。

 まだ昼だというのに、霧の中は真っ暗で、まるで夜中ではないかと錯覚してしまいそうになる。


 目を慣らすために立ち止り、辺りの様子をうかがう。


 例えるなら、夜に月明かりが照らされていると言えばいいのだろうか?


「サングラスを掛けている気分だ。

 日中にっちゅうで良かった。」


 たぶん、太陽が月の役割をしているんだな、っとやけに冷静な自分がいる。

 非現実的な光景を前にすると、人間は驚きよりも冷静さが勝ってしまうのだと俺は改めて知った。


 自分の周辺しゅうへんは一応、確認できる。


 いや、そんなことより『ゼブラ』はどこに居るんだろう。

 暗闇に目が慣れた俺は、真っ暗になった森の中、『ゼブラ』がいたであろう場所に目を向けた。


 すると、目の前にドス黒い糸が重なり合い、卵にも見えるまゆが見えた。


『………。』

(ゼブラはこの中に居るっ!)

 

 俺の直感がそう告げている。

 何故なら、さっきまでその場所には俺とゼブラの2人・・だけしかいなかったからだ。


 その繭に駆け寄り、声をかけようと近づくにつれ、その卵のような物体は次第しだいに大きく急成長している。


 生後まもない子犬…。

 小さくて軽く、簡単に胸に持ち運べたゼブラの大きさは、この『卵』のようなドス黒い繭の大きさに比例してデカくなっているのかと不安に思えた。


 俺が黒い繭の前についた頃には、成人男性の1.5倍くらいの高さにまでなり、横幅は乗用車並みになっていた。

 俺の身長の5~6倍はある『それ』に近づき、俺は叫ぶ。

 

「ゼブラっ!

 そこにいるんだろっ!?」


「…ヴゥゥゥ………。」


 犬などの動物が威嚇いかくするときに使ううなり声が聞こえる。


 今まで『ゼブラ』は、俺に威嚇なんてしてきたことがない。

 いつもと違う『ゼブラ』の反応に、俺は咄嗟とっさに『中が見えない』黒い繭から後方こうほうに飛び、ゼブラが入っていると思われる『それ』から離れていた。


 

 もう…。

 意識をまれてしまったのだろうか…。



 言い様のない不安が『心』を襲うなか、俺の不安は予期せぬ形で現実になった。


 繭から聞こえる威嚇の唸り声に慌てて離れた俺は、これからどうするかを考えている最中だった。

 突然、繭の中から金属が複雑に擦れ合うような高い音が聞こえてくる。


 その音は、段々と大きく鳴り続け、大気を揺らし地面が震え、周りの木々が合唱している錯覚さえ覚えた。


 身体の芯にまで響く鳴り止まない轟音ごうおん

 

 耳を塞いでいるのに、鼓膜が裂けるのではないかとさえ思える。


 まるで、鎖が擦れ合っているような…。

 金属の塊を無理やりチェーンソーでブチ切っているような…。


 そんな音に近かった…。


 俺が耐えきれず、大声を出そうと息を吸い込んだ時、事態は動き始める。


 繭の周りに付いている糸と糸の隙間から赤い光がまばらに見え始め、繭の中が赤い光を包んでいる状態の頃には、森の木々が揺れ、地面の石は踊り、俺は耳を塞ぎ声を出す事や動くことも間々ままならず、息をするのがやっとの状態になっていた。



『一体…、どうなってんだよっ!』



 繭からは息をするのも忘れそうになるほどの重圧『プレッシャー』が押し寄せていた。

 俺は、この重圧に似たものを知っている。

 一度、師範代のセバスが『クリス』に向けて裏拳とともに放った純粋なる殺気…。

 それに酷似こくじしていたのだ。


 息が荒くなり、汗が滲む…。


 芯に響く轟音…。


 耳を塞いでいても意味がなく、騒音が俺の思考を鈍らせる。

 殺気と気づく頃には、どうやって息をしていたのかが、分からなくなる状態にまでおちいっていた。


(くっ、苦しい…。

 何で、こんな事になってるんだっけ?

 わからない…。) 


 俺は、地面にゆっくりとうつ伏せで倒れ込んでいた。


 鳴り響く轟音に、頭が真っ白になる。

 地面に倒れた俺の前にある石ころは、音の影響で小刻みに揺れている。


 すると、突然目の前から鳴り響いていた騒音が止んだ。


『っ!?』

「―――っぶはぁぁぁぁ―――」


 呼吸を忘れていた事に気付き、意識を取り戻すように慌てて空気を吸い込む。


 呼吸をして我を取り戻した俺は、何かわからない汗が顔から垂れているのを裾で拭いながら起き上がる。


 数歩先には、その元凶の繭が光輝いている。

 轟音がおさまり赤く発光する繭から向かってくるのは視界が歪む程の熱量を含んだ空気。

 それが、繭の全方位に拡散し目の前の俺にも押し寄せた。


っつ!!」


 少し服が焼けたのではないかと、錯覚してしまいそうになる程の熱気。

 まるで、目の前で火事でも起きているみたいに目の水分が一瞬で奪われ、とてもではないが目が開けれない。


 予想だにしなかった熱さに、俺は堪えきれず後ろに走って避難する。


 熱さがいくらかは、ましになった所までさがると不安が俺を襲う。

 

 ゼブラがこんな熱さの中を耐えられる訳がない…。


 繭の周りの木々は一瞬で枯れて燃え尽きている。

 山火事の心配は無さそうだが、そんなことを考えている場合ではないのは明白。


「こんなの…、どうしろってんだよっ!」


 何の策もなく、目の前の発光する繭に意味の無い言葉を投げ捨てる。


 当然、返事なんて返ってこない。

 ムシャクシャした感情を押し殺し、突然の攻撃にも対処できるように魔装を施し、リズムを【天】にととのえ、冷静であるように心がけた。


 【獄】にしなかった理由は、身の回りへの状況判断が落ちる点と攻撃が効かないかもしれないからだ。

 それなら、まず回避特化で状況を分析した方がいいと判断したからに他ならない。


 心なしか少し周りが遅くなったような気もする。


 そんな些細な変化を感じていたとき、俺と繭に包まれている『ゼブラ』との間に大人が2人くらいは入れそうなデカい霧のようなモヤのような『ゲート』が姿を現す。


「『っ!?』

 なんだ…あれ?」


 そう呟いてから、心の準備ができる間も無くゲートから1人の大人の女性が現れ、その後すぐに、また1人子供が歩いて出てきてモヤのようなゲートが霧のように消え失せた。


 1人は美人で髪が背中まであり、目がキリッとしていて出ているところは出ていて、へこんでいるところは主張していない。

 女性スーツにも似ているのを『パリッ』と着こなしている。

 まさに『the 秘書』と言わんばかりの見た目だ。

 眼鏡をつけていないのだけが残念でならない。


 後から出てきたもう1人は、俺『レイナ』と同い年くらいの女性と呼ぶには、まだ早いちで、目元が垂れていて髪型はショート。

 先程まで泣いていたのか、目が赤くタレ目でも分かるくらい濡れて少し腫れている。

 ゴズロリの服装はしているが、人形らしきものを大事そうに抱えて実に年相応で可愛らしい少女。


「『……。』

 サタン様の気配がしたので急いで来たのですが…。

 少し暖かいですね。

 服装も気を付けた方が良かったかしら。

 …いえ、そんな時間は無かったわ。

 やっぱり、急いで正解ですよわたくしっ!!」



「『ぐずっ』

 …どっちでも…いい。

 『ぐずんっ』

 サタン様…どこぉ…。

 『ぐずぅぅぅぅぅずっ』

 オノケリスも黙って…探してよぉ。」

 


「まあっ!!

 『ドレカヴァ』は少し年配をいたわるべきだわっ!

 誰のおかげで此処まで来れたと思ってるのかしらっ!

 向こうでは、サタン様が居なくなってから『アバドン』が物顔ものがおで威張り散らして不愉快、極まってますのに『こちら』では『ドレカヴァ』からの八つ当たりですの…。

 せっかく、微量びりょうですが『サタン』様の気配を察知したからずっと泣いていた貴女あなたに急いで声を掛けたのに…。」



「『ぐずっ…ぐずっ…はぁ~』

 分かってる。

 感謝してる…。

 僕を呼んでくれたこと。

 貸し3つは容認する…。

 向こうは『サマエル』兄様がアバドンを押さえる抑止力よくしりょく

 だから、下手な真似はできないと思う。」



「確かにそうですが、あの威張り散らした態度…。

 思い出しただけでも、虫酸むしずが走りますっ!!

 『……ふぅ…』

 しかし、そうですねっ。

 ドレカヴァの言うとおり『サタン』様をいち早く見つけましょう。

 あっ、これは借り1つではありませんよっ!」



「分かってる。

 『オノケリス』みたいにはケチじゃない。

 さっきからサタン様の微量な気配。

 探してたけど、あっちから強く感」


 ゲートから出てきてからしばらく何やら話していた2人。

 小さい女の子が右手の人差し指を繭の方に向けようとしたとき、繭から太い鎖が飛び出して女の子の体を鈍い音と共に勢いよく弾き飛ばした。



『っ!!??』

「ドレカヴァ!!」


 『オノケリス』の目前で吹っ飛ばされていく『ドレカヴァ』を目で追っている最中に、近くでただ突っ立っていた小さな『少女』が目に入る。



「『人間?』

 いやっ、そんなことよりも『あの子』は心配いらないから敵の目視が最優先っ!」



 みずからに誓った世界に1人しかいない代わりのいない主。


 サタンに会えると言う喜びに自身への怠慢が招き入れた失態。


 普段の己なら絶対に有り得ないであろう事態に、『オノケリス』はなげきではなく、怒りに満ち溢れていた。


 非情で冷静で冷酷に…。

 攻撃してきた『鎖』の元鞘であろう繭を睨み付ける。


「よくも、『ドレカヴァ』をってくれましたわねっ!

 わたくし、いまいち手加減の仕方がわかりませんの。

 お願いですから、1発で終らないで下さいましっ。」


 オノケリスが言い終わると、太い『鎖』が引っ込んで戻っていった繭の中から、鋭くて赤い瞳が薄気味悪くこちらを睨んでいた。

 

 『オノケリス』はその『瞳』を見た瞬間、敵の顔が何故か笑っていると確証した。



「殺すっ!!

 肉片を残すことさえ許可しないっ!!」


『えっ!?』



 オノケリスが言葉を発っしようと口を開くのと同時に、怒りで体が自然に動く。

 

 それは、人間には捕らえられない残像さえ残らぬ速さで。


 元々立っていた場所は、ダイナマイトでも埋め込まれていたかのように土煙を上げ爆散し、遅れて大音量の爆音と空気が振動する。


 この常闇とこやみの内であれば相手の行動が手に取るように認知できるのだが、それは『オノケリス』も同様であった。 



 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に…。


 ただ、突っ込むと言う行為は単調としか言えないが速さが音速を越えている点では、敵にとって脅威でしかなかった。


 繭の中から、音速で向かってくる『オノケリス』に太い鎖を反射的に放つが、難なく身をかわし伸びきった鎖を掴み、左手に一瞬で厳重に絡めてから握り、なおも繭に向かって速度を落とす事もなく右手の拳が青い炎をまとい出す。


 繭に握り拳を叩き込むまでの間に、拳の炎は2色の変化を遂げた。


 青から白へ、白から漆黒のほむらへと自身の怒りの感情に炎も呼応し答える。


 握り締めた拳を振りかぶり、『ドレカヴァ』を吹き飛ばして繭の中で引きもり、ほくそ笑んでいた敵めがけてより怒りが込み上げ、纏っている焔がより大きく、さらに強くなる。


 強く握った拳を振り下ろすのと同時に左手の鎖を勢いよく引っ張る。


 『ピンッ!』と限界まで引き出され、張りつめた鎖には『音』が発生せず、それに違和感はない。


 繭で覆われ鎖で繋がっている穴から敵の顔面があらわになる。


 地獄の門番ケルベロスにも似たその容姿。

 

 目が合った瞬間、『オノケリス』の拳に纏っている漆黒の焔が倍に膨れ上がりバランスボール並の大きさは有るであろう塊をその汚い顔面に目掛けめり込ます。


 毛と肉が焼ける独特の匂いと繭の殻を破り、吹っ飛ばされていく犬ッコロに左手に強く握った鎖を手前に勢いよく引っ張りまた殴打する。


 繭という殻を自らの身体で無理やり破壊しながも、頭が1つしかない『地獄の門番ケルベロスもどき…、その乗用車並みにデカい図体が意味をなさない。


 その数秒の間に焔を纏い殴り続けた回数は、現に100を越えた。


 辺りに独特な臭いが一瞬で漂い始め、『オノケリス』の拳から纏っている焔は、殴る度に少しずつ小さくなっていき黒煙と共に消えていた。


 殴り終わると、鎖を両手で持ち、何回も何回も大きく振り回し、勢いを乗せて地面に叩き付ける。


 『オノケリス』が「肉片を残すことさえ許可しないっ!」をいい終える頃には『犬ッコロ』は虫の息になっていた。


 左手に漆黒の焔を纏わせ、くくり着けた鎖が数秒で赤くなり溶解する。


 それを、『犬ッコロ』の胴体の上でやり始めた。

 溶解した液体が香ばしい音をたてて、その胴体に烙印を刻む。


『キャインキャンキャイン』


 敗者の雄叫びが響き渡る。

 

 死闘の『死』の字も出てこない圧倒的な制圧力。

 こんなに弱いのかと『オノケリス』は落胆しもう、いつ死んでもおかしくない『死に損ない』を眺めていた。


 顎が外れ、両手足は粉々に折れて辛うじて繋がっている程度。


 全身が焼けただれ、異様に陥没している箇所もあり、息をするのもやっとの状態。


 悪魔にとって力が全てであり、敗者は体の何処かに烙印を刻まれる。


 それは、悪魔にとって屈辱であり二度と歯向かわない戒めの烙印。


 それは、呪いでもあり敗者になれば決して抗えない誓約でもある。


 目の前の『死に損ない』に掛ける情など微塵も無い。


 せいぜい苦しんでから後悔しろ。


 その思いとは裏腹に、目の前の『死に損ない』からは2人の当初の目的であった『サタン』の気配が感じられた。


『えっ!?』


 思考が全く追い付かず、ただ突っ立って見ているだけの『オノケリス』を他所に『死に損ない』の体からは霧のようなモヤが全身を覆い、包み込んでいく。


「まさか…

 いやでも、そんな…。

 サ、サタン様なのですか…。」



 死に損ないの畜生に満遍なくモヤが掛かると、モヤの一部が人型に分裂し形成を整えていく。


 完全な容姿になったその相手は、悪魔の頂点に君臨し続けた私達が遣える存在。


 真っ黒な執事服に身に纏い、不適な笑みが素敵な唯一無二の存在。

 『オノケリス』は再開の感動に浸ろうとして、自身の仕出かした失態に気が付く。


 抑えられない震える体と今までに感じたことの無い言い様のない汗が体を伝う。


 平伏へいふくし額を地面に何度も擦り付け、反逆の意志が有るか否か、無い頭を使い精一杯の誠意を込めた態度と言葉で示す。


「もももも、申し訳ありませんっ!!

 まさか、サタン様があのような姿になっているとは露知らず。

 大変な粗相をしてしまい、挙句の果てサタン様のしろに烙印という暴挙まで…。

 ここここの不始末をどう償えばいいか、わたしには皆目かいもく、検討も付かず…。」



「『クフフフフっ♪』

 えぇ、構いませんよ。

 むしろ、感謝しているくらいです。

 この依り代は、少し厄介な人に狙われてましてね。

 烙印を施してくれたことにお礼をしたいくらいです。

 お礼ついでに、もうひとつ私のお願いを聞いてはもらえないでしょうか?」



「ははは、はいっ!!

 ありがとうございますっ!!

 わたくしにできることなら何なりとお申し付けください。

 必ず、成し遂げて見せますっ!!」



『クフフフフっ♪』


 自分のことを尊敬して好いている『オノケリス』にサタンは不適な笑みを浮かべながら、相手の答えが分かっている『願い』を口にする。




「私と一緒に暮らしませんか?」





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