一緒に寝よう
放課後。
よく分からなかった紅葉の反応と、遠藤のアドバイスでなんの効果も得られなかった俺は成果もなく一日を終えてしまった。
遠藤は「むふん! 流石、私────予想通りの反応なんだよ!」と胸を張っていた。
何も成果が得られてなかったのに、胸をはられても鼻の下が伸びるだけである。
そして、いつも通り学校から帰ってきた俺は────
「もっと頭を撫でてくださいっ! これは罰なんですから!」
────紅葉に頭を撫でることを要求されていた。
「……今日はやけに甘えたがるんだな」
渋々……というわけではないが、ため息を漏らしながら膝の上に座る紅葉の頭を撫でる。
「春斗が悪いんですもんっ!」
「身に覚えが……」
あったわ。そういや、泣かせちゃったっけ?
それなら仕方ないのかもなぁ。
「廊下で話しかけてくれた時も、春斗が悪かったんですっ!」
そっちは身に覚えがないかもなぁ。
「だから、春斗は私を甘やかす義務があります!」
頬を膨らまし、背中を預ける紅葉。
まぁ、後者は身に覚えがないとしても、前者は身に覚えがある。
だったら、仕方ないと思わないといけないだろう……こうして紅葉の家に来てるのも。
「今日はめいいっぱい甘やかしてもらいます! ずっと一緒です!」
ぷりぷりと、紅葉は頬を膨らませながら要求をしてくる。
その姿は、制服ではなくピンクを基調とした部屋着。
部屋着のカラーは、視界に映るファンシーな小物類とマッチングしていた。
────今日は、紅葉の家でお泊まりをすることになった。
互いの両親共に仲のいい関係である俺達は、それぞれの家に泊まることに抵抗はない。
紅葉も、親の許可なく突然にお泊まりのお誘いをしてくるし、俺の両親も「楪さんのお家だったらいいわよ〜」と言って快諾をくれたりする。
そういった感じで、互いに泊まらせることに抵抗はなく、今日以外も今まで何度か互いの家に泊まったりしている。
「……泊まるのは別にいいが、俺はどこで寝ればいいの?」
「ふぇっ? ここでいいではないですか?」
ここの部屋────ということは、ファンシーば小物類が並び、ほのかに甘い香りが漂う紅葉の部屋だということだろうか?
これはまた……高校一年生にとって中々ハードルが高いことだ。
「お前はいいの? 俺、男だよ?」
「知ってますよ? 春斗はちゃんとかっこよくて、優しくて、頼りになる男の子です!」
「よし、お前がよく理解していないということが分かった」
いくら付き合っているとはいえ、まだそのステージには足を踏み込んでいない俺達は、同室就寝という行為は危険である。
こっちとら、思春期真っ只中の男子高校生。
そりゃあもう、人並み以上には性的欲求もあるわけなのだが────紅葉はそれを理解していないらしい。
そして、それによる身の危険も。
……一緒に寝たくないわけではないが、リビングにはソファーもある。そこで寝ればいいだろう────腰が痛そうだが。
「今日は下のソファーで寝ることにするよ。紅葉のお袋さんには了解をもらっておくさ」
「えぇっ!?」
紅葉が驚き、信じられないという顔でこちらを向いてくる。
本当に、驚かれるのは少し女の子としてどうかと思う。
「一緒に寝てくれないんですか!?」
「男の子だからな。流石にわきまえなきゃいけないところはわきまえるさ」
「そ、そんなぁ……」
俺がそういうと、紅葉はあからさまにしょんぼりとしてしまう。
その姿を見て、罪悪感が湧き上がってきてしまった。
(けど仕方ない……流石に一緒に寝ることはアウトだ)
それ以外であれば、今日は極力応える。
俺だって、紅葉に甘えてきてほしいとは思っているから。
だが、一緒に寝ることだけは許されない。
この若さで何か問題でも起こったら、紅葉の両親に顔向けができなくなってしまうし……紅葉を傷つけてしまう可能性もある。
だから、ここは心を鬼にしなければ────
「あ、あの……どうしてもダメですか?」
そんな決意の中、紅葉は俺の服の袖をひっぱり、上目遣いでこちらを見てくる。
その可愛らしさに、思わず顔が熱くなった。
「ダメ……だ」
「どうしても、ですか……?」
必死におねだりする子供は、こんな感じなのだろうか?
上目遣いのまま顔を近づけ、そのまま自分の願望をか細い声で伝えてくる。
罪悪感と、庇護欲がこれでもかという駆り立てられてしまう。
「私……一回でいいですから、春斗に添い寝してほしかったです」
「マジか」
「本当です……」
マジかぁ……添い寝かぁ。
一緒の空間で寝るよりもハードルが高そうな気しかしないんだよなぁ。
だけど、「一回でいいから」なんて言われたら、余計に叶えてあげたくなってしまう。
今日は甘やかしまくるって決めてるし、添い寝は俺も紅葉としてみたいんだよなぁ……。
しかし、どうしても間違いが起きてしまいそうで────
「はるとぉ……」
うるうるとした瞳が向けられてくる。
縋るような猫が、脳裏に連想された。
目の前の可愛らしい猫。
己の理性とリスク。
頭の中で、その二つが天秤にかけられる。
(ぐぬぬ……っ!)
そして、しばらくの葛藤が続き────
「……今日だけ、だぞ」
「わぁっ! ありがとうございます春斗!」
そう絞り出すと、紅葉は嬉しそうに抱きついてきた。
(まぁ、理性さんに頑張ってもらえればなんとなる……と、信じよう)
己のことなのに他人に期待しているような複雑な心境を抱きながら、俺は苦笑しながら紅葉の頭を撫でた。
普段はお淑やかで清楚な彼女、俺の家でしか甘えてくれない〜が、学校でも『甘えたい』って思ってしまったら……その、春斗に甘えますっ〜 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012
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