手に入れた自由は愛に近いものでした。

青いバック

第1話手に入れた自由は愛に近いものでした。

 落ちこぼれ。それは人生において最底辺を示す言葉だ。


 俺の人生は落ちこぼれと言われ、夢すらも追うことを許されなかった。夢みることは悪では無いのに犯罪じゃないのに。

 俺はそれを許されずに敷かれたレールをただ走る電車となり、操縦士の思うがままの人生を生きていた。


 でも、俺にも夢はあった。捨てた夢だ。

 いや、捨てたと思ってた夢だ。否定されなじられ馬鹿にされた夢だ。


 そんな夢をまだどこか心の奥底では見ていた。

 俺の夢は好きに生きること。


 普通の人からしたら、お前何言ってんの?と思われるような夢だろう。

 敷かれたレールを走ってきた俺にはこれが夢なのだ。どんなに馬鹿にされようが変わらない夢なんだ。


 そんな夢を笑わず真正面から肯定してくれた君。


「好きに生きたい? 良い夢じゃん。 生きなよ。 この長い人生の中で一回ぐらい親とぶつかっても、大丈夫だよ。 だからさ、俺は俺だ! お前らの玩具じゃねえ!って大きな声ではっきり言ってやりなよ! ねっ?」


 胸をトンと叩き、背中を後押ししてくれた。

 そうだ。俺は俺なんだ。


 今まで演じていた俺は、俺であって俺じゃない。

 今からの俺が俺だ。


「俺は俺だ! お前らの玩具じゃねえ!」


 親にそう言うと、驚いた顔を数秒したが直ぐに、怒りの顔へと変わった。


「なんだその口の利き方は!」


 机をバンと叩き、椅子を勢いよく引き俺の元へ迫ってくる。


「もううんざりだ! 俺は好きなように生きる! なんで俺がお前らが叶えられなかった夢を叶えないといけないんだ! 叶える事が出来なかった昔の自分を恨めよ! 俺を昔のアンタらにはめて、俺をお前らにするな!」


「もうお前なんか、俺達の子じゃない!出て行け!」


 胸ぐらを掴まれ、押され尻もちをつく。

 出て行け。そうかよ分かったよ。


 二階へ行き、鞄に持てるだけの荷物を全て詰め込み家を飛び出す。


 夜空が綺麗に光り、自由になった俺の心も光っていた。

 これで自由だ。少し自由のベクトルが違うかもしれないが解放されたんだ。


 でも、今夜寝泊まりする場所ないや。

 ポケットに入れたスマホを出し、時間を確認すると十時五十分と表示されていた。


 補導されたら、またあの家に戻されるだろう。

 それは嫌だ。泊まれる場所……。


 トークアプリEin《アイン》を開き、1番上に表示されている齋藤飛鳥さいとうあすかをタップする。


 彼女は、俺の夢を後押ししてくれた。

 しかし、女の子にこんな時間にEinを送るのは如何なものか。


 近くの公園のベンチに座り、送るかどうか迷っていたら後ろから、声をかけられ肩がビックリして飛び上がる。


「中島君じゃん! どうしたの?こんな時間に」


 Einを送るがどうか迷っていた、張本人齋藤さんがベンチに座っている俺に話しかけてきた。


 こんな時間にと齋藤さんは言ったが、それは齋藤さんもだ。


 女性がこんな時間に出歩くなんて危ない。危なさの塊だ。


 深夜に近い時間は、変な奴らがウロウロしている。特に家の近辺はよく裸の変質者や、女子高生に急に話しかける変態ジジィなども出没している。


 そんな所を女性一人で歩くなんて。


「齋藤さんこそ、こんな時間にどうしたの?」


「私? アイス食べたいな〜と思ってコンビニ行ってたの! あ、ちょうど二個買ったし中島君にあげるよ」


 手に持っていた袋をガサガサと漁ると、チョコレートアイスをくれた。

 他にも袋の中には、お菓子やジュースなど色々なジャンクが所狭しと入っていた。


「え、悪いよ」


「いいの、いいの。 食べなよ。 好意には乗っとくもんだよ?」


「なら貰っとく」


 好意には乗っとくもんだよ。 この言葉には少し賛成だ。


 良く、人からの好意を悪いです〜と言って断る人がいるが(自分もそうなんだが)それは相手の好意を踏みにじる行為だから、あんまししない方が良いと個人的には思っている。


「それで、中島君はこんな時間にどうしたの?」


 一番最初の問いに、話は巻き戻った。


 なんでここにいるか。その理由は簡単だ。

 親と喧嘩し、家を出たが寝る場所が無く、齋藤さんの家に泊めてもらえないか交渉する為のEinを送るかどうかをここで悩んでいた。という傍から聞いたら気持ちの悪いものだ。


「え、えっと」


「ん〜?」


 少し吃りながら、話す俺を楽しそうに笑いながら見てくる齋藤さん。


「実は、親と喧嘩して家を出たんだ。 それで寝る場所がなくて」


「親と喧嘩して家出てきたの!? 根性あるねえ中島君」


 根性なんて無かった。齋藤さんに背中を押されなかったら親と衝突し喧嘩することも無く、公園のベンチに座り齋藤さんに、Einを送ろうか悩むことも無かっただろう。


「根性なんてないよ」


「あるよ〜、親と喧嘩出来るなんて私なら出来ないよ」


 齋藤さんは毎回肯定する言葉を発する。

 人気な理由も分かる。こんなに人柄がよく人当たりも良ければ、必然と周りに人は集まってくるものだ。

 カリスマ性というものだろう。


「そうかな?」


「そうだよ」


 肯定されすぎて、自分にも根性があるのでは無いかという幻覚に陥り始めた。

 しかし、本当は根性などない。それが現実だ。


「それで泊まる場所が無いと。 なら私の家おいでよ」


「えっ!?」


 俺があんなにも悩んでいた、家に泊まらせてくれたという言葉を齋藤さんは、軽々しく言ってしまった。

 どこまで凄いんだこの人は。


 齋藤さんは、俺には無いものを全て持っている。


「どうする?」


 どうすると聞かれても、男が女性の家に泊まるのはなんか色々と駄目な気がする。付き合っているのならまだしも。


 しかし、家には齋藤さんの親御さんもいるだろう。

 迷惑ではないだろうか?そこまで考えていなかった。


「親御さんとかに迷惑じゃない?」


「あぁ、大丈夫。うち両親二年に一回とかそんな感じでしか帰って来ないんだ」


 齋藤さんは。悲しそうに喋る。

 こんな顔もするんだ。


 待てよ、親御がいないとするともっとやばいんじゃ?

 屋根の下に、思春期の男と女性が二人きり。


 考えすぎか。


「そっか。 ならお邪魔させてもらうかな?」


 スマホを確認すると、時間が補導の五分前となっておりここでウダウダと考えていたら、補導されしまい家に強制送還されるかもしれない。


「よし!決定! じゃ行こうか」


 アイスも食べ終わり、ベンチから立ち上がる。

 横に並んで歩く齋藤さんに着いていき、家へと案内させてもらう。


 齋藤さんの家に着くと、石の表札に、齋藤と書かれており立派な一軒家が立っていた。


 凄い家だ。この家に一人で住んでいるのか。


「ここが私の家! 中へ入ろ」


 銀色の取っ手を引き、扉を開けるとスリッパが二個玄関に置かれていた。


 靴箱の上には、うさぎの置物やぬいぐるみ、パパママと書かれた絵が置かれていた。


「靴はこの中に」


 言われた通りに、靴箱に靴を入れスリッパを履きお邪魔する。


 スリッパを履き、横を見ると二階に続く階段があった。


 玄関を真っ直ぐ行くと、リビングの扉があり開けると綺麗に片付けれていた。


「ここに座って、今お茶出すから」


「あ、ありがとう」


 ソファに座って待つように言われ、つい周りをキョロキョロと見渡してしまう。


 ソファの前には、机が置かれその一つ先にテレビが置かれている。


 後ろには、キッチンがあり齋藤さんがお茶を淹れてくれてるところが見れる。


「中島君〜麦茶飲める?」


「あ、うん!」


 麦茶が飲めない可能性まで考慮してくれるなんて、どこまで気が利くのだ。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 齋藤さんは横に座り、麦茶を飲む。


 机に置かれた麦茶を取り、喉に入れると喉が潤う感じがした。


 あぁ、俺あの時緊張してたんだ。

 極度の緊張で、喉がカラカラになっていることすらも気付けないくらいに俺は緊張していたんだ。


 まあ、そりゃそうか。親と喧嘩なんて産まれずっとしてこなかったし。


「どうする?明日学校だけど」


 学校がある事を考え、学校の教科書セット一式は持って来たが肝心の制服を持ってくるのを忘れてしまった。


 取りには帰りたくない。


「教科書は全部持ってきたんだけど。 制服を忘れた」


「あらあ。 あっ、ならちょっと待ってて!」


 齋藤さんはそう言うと、ソファから立ち上がり扉を開け、二階へと上がって行ってしまった。


「ジャーン!」


 扉を勢いよく開け、齋藤さんが見せてきたのはうちの学校の制服だった。


「それは?」


「お兄ちゃんの! もう家を出て海外に居るから使っていいよ」


 齋藤さんは、強引に座っている俺の膝に置く。


「いいの?」


「いいよ! 制服もしまっているより使われた方が嬉しいよ」


「そうだね使わせてもらうよ」


 これで学校へ行く準備は整った。

 齋藤さんに全てを助けてもらってるな。


 夢に始まり、家、制服。いたりつくせりだ。

 なんか、悪いな。


「じゃ、明日学校だし寝ようか。 中島君はソファで寝ていいよ。 暑いけどそこにあるブランケットを被って寝て、お腹冷えちゃうとダメだし」


 ソファにかかっている、紫と青色のブランケットを指さしながら言う。


 寝るところを確保出来て、お腹の心配までしてくれるなんて。


「私は二階で寝るから。 あっ、それとトイレは廊下を右に行ったところにあるからね。 それじゃあおやすみ」


「うん、おやすみ」


 齋藤さんは、二階に行き自室へと帰って行った。


 俺はソファに横になり、使っていいと言われたブランケットをお腹に被せ今日の一日の振り返りをしていた。


 親と喧嘩し、家を出たら齋藤さんにたまたま出会って家に泊めさせてもらうことになるんて。

 予想も出来なかった。


 自分で行動を起こすと、こんなにも色々な事が起こるもんなのか?

 いや、多分これは奇跡と奇跡が重なっているだけだな。


 でも、奇跡とは言えありがたいことばかりだ。

 徐々に瞼が重くなり、気付いたら寝てしまっていた。


 何かを焼く音と食器を出す音で、目が覚めると齋藤さんが何かを作っていた。


「齋藤さん……?」


 寝ぼけた頭で、齋藤さんに声をかける。


「あ、起こしちゃった? ごめんね。 朝ごはんを作ってたら」


 朝ごはん……?もうそんな時間なのか?

 眠い目を擦り、スマホを確認すると六時五十分と表示されていた。


 六時か……。


「え?齋藤さん朝ごはん作ってくれてるの?」


「当たり前だよ。朝はご飯食べないとやる気出ないよ」


 泊めた友人の分まで、当たり前と言い作ってくれる齋藤さんは本当にいい人だ。


 良い人とはどんな人ですか?と聞かれたら迷いなく齋藤さんと答えるだろう。


「なにか手伝う事ある?」


「そうだな〜。 あっ、歯磨いておいでよ。 洗面所は廊下を右に曲がってすぐにあるからさ。 歯ブラシは適当に下から新品のやつ出していいから」


 手伝う事が無いかと聞いたのに、歯磨きをしておいでと言われてしまった。

 しかも、新品の歯ブラシまで用意されてときた。


「わ、わかった」


 手伝うことでは無かったが、朝起きたら歯磨きはしたい派の人だったから、歯を磨きに行く。


 リビングを出て、すぐに右に曲がると洗面所があり、洗面所の下の扉を開け持ち手がピンクの色の歯ブラシを開封する。


 歯磨き粉はこれだよな?

 ミント味と書かれた歯磨き粉を、適量歯ブラシにつけ歯をシャコシャコと磨く。


 口の中に、ミントの歯磨き粉が広がる。

 ある程度磨き、口を濯ぐ。


 タオルで口を吹くのはあれだったので、服の袖で口を吹く。


 リビングに帰ると、机の上に卵焼き、味噌汁、白米と朝ごはんにしては、豪華絢爛なご飯達が並んでいた。


「これが全部齋藤さんが作ったの?」


「もちろのん! 親がいない分自分で作ってたらメキメキと上達しちゃって」


 少し照れくさそうに言う齋藤さん。


「ささ、座って。 食べよ」


 床に敷かれた座布団に座り、手を合わせ


「いただきます」


 と言い、朝ごはんを食べる。


 卵焼きを一口食べると、程よい甘さが口に広がる。

 美味しい!


 味噌汁を飲むと、バランスが取れた味噌の味が口いっぱいに広がる。


「美味しいよ! 齋藤さん!」


 あまりの美味しさに興奮気味に言ってしまう。


「そ、そう? そんなに美味しいそうに食べれるとなんか照れるなあ……」


 耳がちょっとだけ、赤くなり照れくさそうに頭を撫でる。


 箸が止まらず、気付いたら俺の目の前から全てのご飯が消えてしまっていた。

 おかしいなあ……。そんなスピードで食べてたのか?


「ご馳走様でした」


 齋藤さんも食べ終わり、食器を片付ける。

 朝ごはんも作ってくれて、家にも泊めてくれたんだ。


 食器洗いぐらいはしよう。


「齋藤さん、俺が食器洗うよ」


「え、悪いよ。 私が洗うから大丈夫だよ


「いや、俺がやるよ。 泊めてくれたり色々としてくれてるし恩返しさせて?」


「そんなに言うなら」


 齋藤さんが折れてくれたおかげで、食器を洗う権利を得た。


「スポンジは青色のやつ使って」


 と言われたので、青色のスポンジに洗剤をつけて、お皿を一枚一枚丁寧に洗っていく。


「終わった〜?」


 洗い終わると同時に、制服に身を包んだ齋藤さんが終わったかどうかを確認しに来た。


「うん、今終わったところ」


「なら、中島君も早く制服に着替えちゃいな」


 時計を見ると、七時四十五分を指していた。

 学校の始業開始は、八時三十分だからまだ余裕はあるが、早いことに越したことはない。


 齋藤さんから貰った、制服に着替える。

 幸い、俺の通っている学校は防犯対策と銘打って、制服に名前が刺繍されていない為他の人の制服を着てもバレない。


 しかも、サイズもバッチリだった。

 後は、鞄に教科書を詰めてと。


 準備が完璧に整う。


「中島君出れる〜?」


「あ、うん! 出れるよ!」


 玄関から齋藤さんの声がし、慌ててリビングから玄関に向かい靴を履く。


「よし、学校へ出発〜!」


「お、おう〜!」


 玄関の扉を開けると、眩しいほどの太陽が俺達を照らす。


 暑い……。太陽もうちょい静かにして。


「暑いね〜」


 横に並んで歩いている齋藤さんも、汗を流し暑そうにしている。


 ん……待てよ?

 同じ家から出て、同じ学校へ横に並んで歩いている。


 この状況ってかなりヤバいのでは?


 大体こういう状況を見られたら、付き合ってるだのなんだの面倒臭いことを言われるのがオチだ。


 しかし、今更俺こっちから行くね!等言えるはずもなくこのまま二人で仲良く学校まで登校した。


 校門に着くと、周りの生徒も増えてきて俺達を見て何かを喋る者も少なからずはいた。


「あっ、中島君! 今気付いたけど、同じ家から出て来て学校に行ってるのかなりやばいね……」


 齋藤さんは今その事に気付いたらしく、今更ながら恥ずかしがっていた。


 遅いよ……齋藤さん。もうちょい早く気付いて?


 周りの目線凄かったよ?もう痛いほどにバチバチやったよ?


 齋藤さんはモテるため、好意を持つものが多くこの学校には存在している。

 風の噂だが、親衛隊とファンクラブが設立されているとか。何とか。


 下靴から上靴を履き替え、教室へと向かう。


 齋藤さんと俺はクラスは同じの為、家からここまで全ての行動を共にしている事になる。


 誰かに家から出ている所を見られてしまったらアウトだが、見られてなかったら言い訳のしようはいくらでもある。


 教室に着き、扉を横に引き開けると、一気に視線がコチラへと集まった。


 そんなに見ないでくれ……誤解なんだよ。


「ねぇねぇ、中島君なんか凄い見られてるよ」


 俺の裾をクイクイと引っ張り、小声で俺に話しかけてくる齋藤さん。


 やめて!その行動は色々とまた誤解を生むから!

 てか、さっき気付いてたけどこの視線の正体には気付かないのね……。


 齋藤さんの裾クイを見た、教室が一気にざわめきだす。


「おい、やっぱりアイツ」


 違うんだ。信じてくれ。と言っても叶わぬ願いだろう。


「齋藤さん、これは俺達が一緒に来たから付き合ってるんじゃないかって噂されてるんだよ」


 何も分かってない齋藤さんに、そう説明すると耳から首まで赤くなっていく。


 赤くなっていく瞬間を見たクラスメイト達が


「おい、やっぱり」


「絶対そうだよな。 じゃないとあんなに赤くならない」


 と言い始めた。誤解がどんどんと加速していく。


 もう止めようが無い。


「齋藤さん席に座ろう。とりあえず」


「そ、そうだね」


 諦めて自分の席へ行こうとすると、一人の男に首の襟を掴まれ首が締まりかける。


「ゴッホ……ゴホッゴホッ……。 何するんだよ急に」


 首の襟を掴んだのは、さっき噂をしていた男だった。


「あぁ? お前齋藤さんに何吹き込んだ? さっきも赤くなってだろ?齋藤さん」


 な、何を勘違いしているんだこの男は。

 頭にお花でも咲いてしまっているのか?


「何もしてないよ。 ただえっと……」


 さっきの事をどう説明したらいいか分からなく言葉に詰まっていると


「言えねえってことは、言えねえ事を言ったんだよな?」


 ますます勘違いを加速させた、思考回路になっていってしまった。


 どうしようかな……。と悩んでいたら。


「やめて!」


 と齋藤さんが声を上げてくれた。

 齋藤さん……!


「中島君は何もしてないよ。 私が注目されてたからどうして?っ聞いただけ。 だから離してあげて」


 齋藤さんがそう言うと、男は「そうだったのか……悪かったな」と言って離してくれた。


 齋藤さんの言うことは素直に聞くんだな。

 男は欲の塊だと言われても、否定が出来ないかもしれない。


「ありがとう。 齋藤さん」


「いいよ。 私こそごめんね」


「齋藤さんが謝る事ないよ。 誰が悪いとか無いからね今回の事は」


 そう、誰も悪くないのだ。

 だから、今回の話はこれで終わりだ。


「だから、今回はこれで終わり。 はい終わり」


「そ、そう」


 半ば強引に話を終わらせ席に着く。


 少しすると、担任が入って来てHRが始まり午後までみっちり授業を受ける。


「ん〜疲れた」


 午前の授業が全て終わり昼休みになる。


 ずっと座っていると背中と、尻が痛くなりつい背伸びをしてしまう。


 しかし、この背伸びが堪らなく気持ちがいい。


 全ての疲れが吹っ飛ぶような感覚だ。


「中島君! お昼ご飯食べよ! 作ってきたんだ」


 背伸びをしていたら、机の前に齋藤さんがバスケットを持って立っていた。


 その様子を、クラスメイト達がチラチラと横目で見ていた。

 もうなんか、手遅れだし気にするのやめよ。


「いいね。 食べよう」


 齋藤さんと一緒に、中庭に行き大きな木の下にあるベンチに座りご飯を食べる。


 ここは大きな木が木陰を作ってくれ、太陽も凌いでくれる為屋外でも比較的涼しいポジションだ。


「作って来たのはこちらです」


 バスケットの蓋を開けると、綺麗に敷きつめられたサンドウィッチ達が並んでいた。


 卵、ハム、ツナ。色々な味がありどれも美味しそうだった。


「美味しそう」


 齋藤さんの料理の腕は、朝ごはんで知っている為美味しいのは確定していたが、口からは美味しそうという言葉が出ていた。


 俺は卵のサンドウィッチを手に取り食べる。


 卵の味と、卵白の味がいい感じにマッチしており最高の味のハーモニーを演奏していた。


「最高に美味しいよ。 齋藤さん」


「本当? 嬉しいなあ……」


 齋藤さんは、照れると頭を撫でる癖があるのか頭を撫でいた。


 サンドウィッチの数は多かったが、齋藤さんの手料理は美味しすぎるため数など関係なしに、全てを食べ尽くしていた。


「ご馳走様でした」


「よく食べたね。中島君」


 空になったバスケットを覗きながら言う。

 齋藤さんも全て食べるとは思っていなかったのだろう。驚いた様子でバスケットを覗いていた。


 サンドウィッチをたらふく食べた後は、午後の授業を受ける。


 しかし、サンドウィッチを食べ過ぎたせいで満腹中枢が完璧に満たされ、眠気が俺を襲ってきた。


 普段なら、学校で寝たら親に怒られる為寝ないが、今は家出中だ。怒る人もいない。

 だから、寝てしまおう。


 眠気に従い寝る。


 起きると、授業は終わっていた。

 これが授業寝るってやつか。


 なかなかの背徳感が得られる。癖になる。


 授業中よく寝てる人の気持ちが理解出来る。これは癖になる。


「おはよう。中島君。よく寝てたね」


 齋藤さんが起きてたの俺に話しかけてきた。

 寝てるところ見られてしまったか。


「おはよう。 サンドウィッチを食べたら眠くなっちゃって」


「ふふ、授業寝るの気持ちいいよね。 癖になるよね」


 齋藤さんでも授業寝る事があるのか。

 人間だし当たり前か。


「分かる。 あれは癖になるよ」


「ね〜」


 齋藤さんと談笑をしていたら、チャイムがなり齋藤さんは自分の席へと帰っていった。


 次の授業は流石に、前の時間寝た為眠くは無かったが授業がつまらないと感じていた。


 外をぼ〜と見ていると、白い鳥が仲良く二羽飛んでいた。

 自由だなあ……。


 齋藤さんは起きているだろうか?と思い齋藤さんの方を見ると、腕を枕にし気持ちよさそうに寝ていた。


 寝てる。この時間で終わりだからこの時間寝て起きたら学校が終わってるのか。


 もしかして齋藤さんはそこまで計算をしてたのか。

 睡眠マスターだ……。


 その後は、齋藤さんの寝顔をずっと見ているのは気持ち悪いと思い外を眺めて授業の時間を潰した。


「おはよう。齋藤さん」


 俺は授業が終わり、帰りのHRが終わっても寝ている齋藤さんを起こす。


「……ん? おはよう中島君」


 まだ少し寝ぼているのか、目がタレ目になっている。


「皆んなもう帰ったよ」


「え!?本当!?」


 ガバッと起き上がり、教室を見渡す。


 教室を見渡してもいるのは、俺だけだ。

 その他の人達は、部活やらデートやら遊びやら各々の予定を潰しに帰った。


「本当だ……。 じゃ私達も帰ろか」


 そうだ。帰る場所は同じなんだ。


「そうだね、帰ろう」


 上靴から下靴に履き替える。


 靴箱から出ると、部活動生徒達の声やら、ラケットにボールが当たる音が、学校に響いていた。


「皆元気だね〜」


 部活動生徒を見ながら、おばさんじみた事を言う齋藤さん。

 そういえば齋藤さんは部活動には、入ってないのだろうか?


「齋藤さんは、部活動とかには入ってないの?」


「私? 面倒臭いから入ってない」


 意外な理由だ。

 でも、確かに部活動というのは面倒臭い。


 特に上下関係が。

 二歳とか三歳とかしか変わってないのに、そんなに偉そうにする権利があるのか?と俺は毎回思っている。


「面倒臭いよね。 分かる」


「分かってくれる!? 分かってくれるかあ」


 家に帰るまでの間、部活動は面倒臭い談義に花が咲き盛り上がった。


「ただいまぁ〜」


「おかえり」


 何となくだが、二年に一回しか親が帰って来ないと、齋藤さんが言ってたから、齋藤さんのただいまの後におかえりと言ってみた。


「ただいま!ほら中島君も!」


 もう一度齋藤さんは、ただいまと言い直し、俺もただいまと言うよう促される。


「ただいま」


「おかえり!」


 齋藤さんはおかえりと言われたのが、余程嬉しかったのか少しの間ニコニコしていた。


 俺は、リビングに齋藤さんは二階に行き部屋着に着替える。


 少しだけ疲れたなと思い、ソファに座る。

 ソファに座りゆったりしていると、部屋着姿に着替えた齋藤さんがリビングに入って来る。


「中島君、喉乾いてない?」


 この暑さで喉は乾いていたが、人様の家なのでお茶を飲まないようにしていたからこの提案はありがたかった。


「うん、乾いてる」


「なら、いれちゃうね」


 冷蔵庫の扉を開け、麦茶を出しコップに注いでくれ机に置いてくれる。


 置いてくれた麦茶を一気に飲み干すと


「よっぽど喉乾いてたんだね。 これから勝手に麦茶飲んでいいからね」


「いいの?」


「いいよ。 この暑さだし飲まないと脱水症状になっちゃう」


 確かにそれもそうだ。ここは好意に甘えて飲ませてもらうことにしよう。


「そうだね。これから飲ませてもらうよ、」


 俺齋藤さんにあの時背中を押してもらって無かったら、どうなってたんだろ?


「あ、じゃあそろそろ夜ご飯作るね。 なんか嫌いなものとかある?」


「え、ないない! なんでも食べれちゃう」


「わかった〜」


 齋藤さんは、キッチンに行きエプロンをつけ料理を始める。


 ただ座っているだけの居候な俺は、何か出来ることは無いかと思い齋藤さんに聞く。


「なんか、手伝うことない?」


「あ、食器と箸出しておいて〜」


「わかった」


 食器と箸は朝洗って、干したままだから干したやつを、机に並べる。


 よし、準備完了!と同時にやる事無くなったな。

 これ以上はやることないもんな。


 大人しく座っておくか。


 齋藤さんの料理が出来るまで大人しく座って待っていることにしたが、やっぱり居心地がどこか悪い。


 それもそれのはずだ。居候なのに何もしてないからだ。


 何かすることないだろうかと、考えていると齋藤さんが料理を作り終わり、サラダや肉、白米を運んで来た。


「完成〜」


 手をヒラヒラさせながら、完成した料理達を仰ぐ。

 それに合わせ拍手をする。


「食べよっか。 中島君」


「うん、いただきます」


 齋藤さんの作った、肉はソースがかけられており、甘く口溶けが良く美味しい。


 サラダもシャキシャキとしており、瑞々しさが凄く新鮮なのが伝わってくる。


「美味しい!」


「良かった〜」


 良かった〜と言ってるが、頭を撫でいるため照れているのが分かった。


 流石に夜ご飯は全て食べることは出来なく、少し残してしまった。


「残ったのは明日食べよっか」


「うん、そうしよう」


 サランラップをかけ、冷蔵庫に入れる。

 これなら、明日と言わず明後日ぐらいまではもつな。


 多分、明日全部食べると思うけど。


 お腹いっぱりなりソファで、休んでいると齋藤さんが立ち上がり何処へ行ってしまった。


 どこへ行ったんだろ?と思うとシャワーの音がし始めお風呂場にいる事がわかった。


「中島君〜お風呂洗ったから、沸いたら先入っていいよ〜」


 ご飯まで作ってもらっておいて、挙句の果てにはお風呂まで用意してもらうなんて……。不甲斐ない。


「ありがとう〜入らせてもらうね」


 お風呂が沸き、齋藤さんにお礼を言いお風呂に浸からせてもらう。

 お風呂のお湯加減は40度前後で、いい湯加減だった。


 しかも、浴槽がでかく足が伸び伸びと伸ばせるほどだった。


「中島君、タオルここに置いておくね」


「はい〜」


 齋藤さんがタオルを置きに来てくれ、俺は頭を洗う。

 シャンプーと書かれた容器を取り、フープッシュぐらいし頭に馴染ませ泡立てる。


 シャンプーの香りは、甘いいい匂いがした。


 身体を洗い、置いてくれたタオルで体を吹きさっきまで着ていた服に着替えリビングに行き、ソファに座っていた齋藤さんに「お風呂ありがとう」と言う。


「ううん、どういたしまして。 私も入って来ちゃうね」


「うん、行ってらっしゃい」


 と見送ったが、健全な思春期男子が妄想しないなんてことは有り得なく俺はずっと煩悩と格闘を繰り返していた。


 煩悩との格闘は、齋藤さんが出てきた事により終結した。


「いいお湯だったな〜」


 と言い俺の横に座る、齋藤さんからは俺と同じ匂いがした。

 当然だ。同じシャンプーを使っているのだから。


 そこからは、トランプをしたりと色々なことをし時間を潰した。


 時計は十時を指し、二人とも丁度いいくらいに眠くなってきたため寝ることにした。


「じゃ、おやすみなさい」


「おやすみ」


 俺はソファに横になり、齋藤さんに背中を押された日を思い出していた。


 ◇◇


 自由に生きたい。玩具として生きていくなんて嫌だ。

 うんざりだ。


 この頃の俺は、親の教育という名の洗脳に疲れ始めていた。


 昔はなんとも思っていなかったが、最近は自由になりたいという意思が強く前に出てくるようになった。


 それでも、親の前ではその意志を押し殺し無いものとしている。

 そうしなければ機嫌を損ね酷い扱いを受ける事になる。


 少し外の空気を吸おうと思い、開放されている学校の屋上へと向かう。


 決して自殺とかは考えてはない。

 自殺してしまったら自由かもしれないが、俺の望んでいる自由は違うからだ。


 屋上は、空気が澄んでいて街を見渡せて気持ちがいい。

 嫌なことを全て忘れさせてくれる。


 屋上に人は居ない。

 部活動の時間で放課後というのもあるけど。


 フェンスに近寄り、外を見ようとすると慌てた様子の女性が俺の肩を掴んできた。


「待って! 早まったらダメだよ!」


 女性の言ってる事は理解が出来なかったが、早まったらダメだという言葉で大体は察した。

 俺が自殺をすると思っているのだろう。


「えっと、自殺はしないよ。 ただ気分転換に来ただけ」


 慌てる様子の女性に、そう説明すると照れ臭いのかそれとも間違えて恥ずかしいのか、どちらかは分からないが耳が赤くなっていた。


「そ、そうなんだ。 早まっていたのは私の方だったね」


 そうだ。さっき言った通り俺は自殺なんかはしない。


「うん、しないよ」


「えっと、名前は……?」


 気まづいのか俺の名前を聞いてきた。


「俺? 中島澄風なかじますみかぜ


 澄風。アニメの主人公キャラのような名前だが、自分はカッコイイため気に入っている。


「中島澄風。 じゃあ、中島君だね。 私は齋藤飛鳥」


「そっか、齋藤さんか」


 俺を勘違いして止めた女性の名前は、齋藤飛鳥というらしい。


 齋藤さんはいい人だな。誰かをあんな反射的に止めれる人は少ないんじゃないかな?そんなことないかな?


「中島君は何でここに?」


「自由になりたくて」


「自由になりたい……? やっぱり!?」


 自由になりたいをそういう意味で捉えてしまったか。


「違う違う。 夢なんだよ。好きに生きることが」


 あ、喋ってしまった。こんな夢笑われて終わりだ。


「好きに生きたい? 良い夢じゃん。 生きなよ。 この長い人生の中で一回ぐらい親とぶつかっても、大丈夫だよ。 だからさ、俺は俺だ! お前らの玩具じゃねえ!って大きな声ではっきり言ってやりなよ! ねっ?」


 齋藤さんは、俺の夢を肯定してくれた。

 アドバイスまでくれた。


 笑えると思っていたのに、好きに生きることをいい夢だって。


 そっか……やっぱり好きに生きるって悪いことじゃないんだ。


「頑張ってみるよ」


「頑張って! あっ、ここで会ったのもなんかの縁だろうしEin交換しとこ」


「あ、うん」


 齋藤さんとEinを交換し、俺のEinの友達欄に齋藤飛鳥と書かれた齋藤さんが追加された。


 ◇◇


 ここから色々変わったんだよな。

 今もこうして齋藤さんと、居るのはあの時屋上に行ったからで、行かなかったら今頃俺は自由じゃなかったかもしれない。


 何かを変えるならまずは行動だな。身に染みて分かった。


 俺はいつまでここに居ていいんだろう。


 そう考えていたら、目が閉じ寝ていた。


 次の日の朝は、起きたら朝ごはんが出来上がっていた。


「中島君おはよ〜。 ちょうどご飯出来たから食べちゃおうか」


「うん」


 寝ぼけた頭で座布団に座り、ご飯を食べる。


 だんだんと頭が冴えてきて齋藤さんに、聞かないといけないことがあると思い出した。


「なぁ、齋藤さん」


「ん?」


 箸を止め、齋藤さんの方を見る俺。

 齋藤さんも箸を止める。


「俺いつまでいていいの?」


「ずっと」


 齋藤さんの口から出たのは、永久的にここに居ていいよという言葉だった。


「ずっと?」


「うん、ずっと。 私さ昔から家族の愛に触れて生きてこれなかったんだ。 だから今こうして誰かと朝ごはんを食べて夜ご飯を食べれてるのが凄く嬉しいの。 私に欠けていた物は誰かと一緒にいること。 中島君は、ここに居ると自由になれる。 win-winだと思うんだ。 だからずっと居てくれない?」


 齋藤さんの言っている事は確かだ。

 でも俺が、ずっと居ると親御さんが帰ってきた時に迷惑じゃ。


「親御さん帰ってきた時大丈夫?」


「大丈夫。 ちゃんと説明するしその時はうん。 大丈夫」


 何かを言いかけた気がするが、気にしない事にしよう。


「分かった。 ずっと居る」


「本当?」


 齋藤さんには色々としてもらっているし、これが嬉しいのならこうすることが恩返しになるのかもしれない。


 なら、いよう。ここに


「本当だよ」


 俺はここで、自由を手に入れたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手に入れた自由は愛に近いものでした。 青いバック @aoibakku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ