急逝
ちくわノート
急逝
朝、目が覚めると妻が死んでいた。
妻は昨夜から苦しそうに咳をしていた。その時はただの風邪だと思っていたのだが、もっと悪い病気だったのかもしれない。
私は死人を見るのが初めてだったため、まじまじと妻の顔を観察した。顔色は悪いがそれ以外は普段の様子と何ら変わりがなく、ただ眠っているだけのように見えた。
腹の音がして、お腹が空いていることに気づいた。朝食をとろうとキッチンに向かったが、食事の用意はされていない。普段であれば妻が朝食を用意するのだが、死んでしまっては当然食事の用意などできるはずもない。私は妻が死んだことに腹を立てた。
仕方がないので私は空腹のまま仕事へ向かった。
仕事から帰ってもやはり妻は死んでいた。夕食の準備もされていない。
私は再び腹を立てて、死んでいる妻を蹴飛ばした。妻は力なくごろんと転がった。
私は近所の蕎麦屋へ行って腹を満たした。
翌朝、目が覚めて妻のほうを見た。昨晩と同じ格好で死んでいる。腹が鳴ってキッチンへ向かう。当然食事の用意はされていない。
私はもしかしたら妻はこのまま死んだままなのかもしれないという不安に襲われた。慌てて寝室に戻り、妻の頬を叩いてみた。何も反応はない。
これは困ったことになったぞ、と私は頭を抱えた。
私は会社へ休みの連絡をいれ、死体について調べてみた。どうやら死体は腐ってしまうらしい。いわれてみれば当たり前のことなのだが、その時の私はなぜだかそこまで頭が回っていなかった。始めに冷凍することを考えたが、私の家の冷蔵庫には入りきらない。焼こうとも考えたが、死体を庭で焼いているところを見られると後々面倒なことになりそうなのでやめた。
結局、埋めることにした。しかし他人から見られるとやはり面倒だということで、近くの人気のない山へ埋めることに決めた。
その日の深夜、私はシャベルを物置から引っ張り出すと車へ突っ込んだ。そして妻の死体を毛布でくるみ、車の中へ入れようとしたのだが、これがなかなかに重労働だった。生きているときに比べるとずいぶんと重い気がする。ひいひい言いながらなんとか車の中に運び終えるころには体力を使い果たし、へとへとになってしまった。しかしまだ作業は残っている。私は妻とシャベルを乗せた車に乗り込むと山へ向けて車を走らせた。
山に着き、この辺がいいだろうと私は地面を掘り始めた。
しかし、数時間掘っても、人が一人入るような穴は完成しない。私はすっかりくたびれてしまって掘るのを諦めてしまった。そして死体をこの辺に捨てて帰ってしまおうと考えた。
私はシャベルを再び車の中に入れ、代わりに妻の死体を引っ張り出して土の上に寝かせた。そのまま帰ろうと思ったのだが、妻の手首に巻かれていた腕時計に目が行った。私が新婚のころに妻に贈ったものだ。妻の手首から外して見てみると針は止まっていた。壊れてしまっているようだ。私はそれをポケットに入れると再び車に乗り込み、自宅に帰った。
翌朝、目が覚めて横を見る。妻はいない。私は妻の腕時計を修理してもらおうと時計屋へ出かけた。
時計屋の主人は腕時計を見るとしかめ面をしながら腕時計とともに裏の工房へ入っていった。しばらく時間がかかるということで、私は時計屋の中で待っていたのだが、私は妻がいなくなったために、これから料理をしなくてはいけないことを思い出した。そこで近くの本屋で料理本を買い、スーパーで食材を調達した。時計屋へ戻ると主人から申し訳なさそうに修理が不可能な旨を伝えられた。私はそうですか、とだけ言うと壊れた時計を受け取って自宅へ帰った。
自宅へ戻ると米を炊き、味噌汁を作った。米は固く、ぼそぼそとしていた。味噌汁はしょっぱかった。
私はなんだか妻に会いたくなった。
急逝 ちくわノート @doradora91
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