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諏訪森翔

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「いたぞ!生存者だ!」

 保護対象と共にあのクソッタレな建物から脱出してきた俺らに外で待機していた兵隊どもが出迎える。

「他の奴らは?」

「––––死んだ」

 駆け付けてきた若い士官に俺は吐き捨てるように答える。

「では、君のコードネームは?」

「––––ヘイズ」

 ヘイズの名を聞いた士官は敬礼しながら何かを言ってきたが、疲労のピークに達した俺はその場に倒れ込みそのまま意識を失ったらしく、次に目覚めた場所はまるで取調室のように殺風景でベッドと簡素な机があるだけの場所だった。

 それに、その机の近くには男が立っていて俺の目が覚めたと分かると椅子を引いて座り、こっちに俺もくるよう手招きしてきた。

「英雄さんにこんな扱いはダメだと思うけど、許してね」

「.....任務内容なら黙秘するよう命令されている」

 男はスーツケースから封筒を一つ取り出して机の上に置く。

[第I類特殊作戦]。これは俺をあの悪魔に導いた存在だ。

「これがなんだ?」

「よく見てみてくれ」

 言われてよく見てみるとなるほど、右下にある[極秘]と書かれた箇所が塗りつぶされている。その適当さに思わず笑みがこぼれながらも次に来る質問を予想する。

「俺にその時の話をしろってことだろ?」

「話が早いね」

 男は眼鏡を取り外し、曇りを拭きながら視線を俺に移す。黙ってても仕方ないと思った俺はわざとため息を大きくついて勿体ぶり話し始める。

「あれはまず大統領の救出の所からだったけな.....」


「アルゴ1配置についた。そっちは?」

〈アルゴ2から6準備完了。いつでも行ける〉

 無線機越しからのその答えを聞いた俺は窓に爆薬を仕掛け、少し窓から離れた。

 そして爆破のタイミングで突入するように無線機で仲間に伝え、起爆装置のスイッチを押した。

 大きな爆発音が轟いて窓があった場所には穴が開き、そこから突入して棒立ちになってたテロリスト共を撃ち抜いた快感といったら––––あ?ここの話はいい?分かった分かった。

 俺が誘われたのはこの作戦終了後に近くの酒屋で仲間と酒を飲んでた時だ。ちょうとテレビでは俺たちのいるこの国で指導者に対する反感が爆発して各地で事件が多発してるってニュースが流れてるんだがその指導者がさっきまで拉致られてたとは言われてなかった。

「俺たちの活躍話されないのかね」

「俺たちが表に出してやるよ」

 同僚のぼやきに俺が冗談めかして言ったら後ろから「それは困る」ってお硬い士官殿が言ってきた。それから急に「大統領がお呼びだ」とか言ってきてそのまま半ば強制的に俺だけ大統領が入院してる病院に連れてかれたんだ。

 そこには俺以外の何人かの軍人がいた。え?なんで分かったのかって?職業柄、同族嫌悪ってやつかな。

 それで俺が到着すると、大統領が自身と俺らを遮っていたカーテンを開いて俺たちを集めた理由を話し始めたんだよ。

「ここに君達を呼んだのは君達が最も救助に長けている人物たちであると判断したからで、私の要求する任務に応えられると考えたからである」

 って言っててな。あの大統領はいいね。なんて言うかその発言に迫力があったし、それに迫力があったのにキザな感じが無かったから俺は––––あ?突入まで割愛しろ?ったく、ここからが面白かったってのに。

 とりあえずそのあとお互いに自己紹介、なんてする事もなくずっと無言でさっき大統領に説明された任務を多分その場にいた全員自分なりに解釈してたんだろうよ。

 それでもヒマになっちまってとりあえずまあコードネームぐらいは言おうぜって流れになったんだ。

 ラルゴ、スレッシャー、ケイ、ミスト、レイズ、ゴリアテの六人で構成された特殊編成部隊だ。これ以降会う事もねえってみんな思ってたね。多分。お互いのコードネームを言ったらまた沈黙だ。俺は静かなのには慣れてるけどアレは異質だったな。多分任務内容も関わってあの異質な沈黙だったんだろうよ。

 なんたって任務は要人回収でもその要人が?大統領曰く、そいつの作った奴じゃねえと食えないって頑として聞かなくてよ。だから致し方なく俺たちが召集され、連絡が絶たれたその農家の家に突入するって話だ。なんともまあいいご身分だ。

 さっきまで上げてただろ、って?その時の感想であってこの時はこの時だ。

 あんま悪口を言うな?録音してる、だあ!?バッカやろうお前それ早く言えよ!

 .....まあ、とりあえずそれで現場に着いて俺たちは扉の前にある呼び鈴を押した。

「アランさん?いますか?」

 勿論、いないはずだから呼ばれたのであって、それを知ってか知らずかそのインターホンを押した女...こいつの名前は確かケイだったかな...んで、ケイはしばらく答えが返ってこないと分かるや否や入り口を手に持ってたショットガンで吹き飛ばしやがった。それで、俺は思わず何してんだ!って言ったんだよ。

 そうしたらあの女涼しい顔しながら『警告はした』だってよ!バッカじゃねえの!?

 それで俺たちはケイが作った穴から家に入ったんだ。中はそりゃどこにでもありそうなありふれた内装で家族写真とかも置いてあったよ。

 それからしばらく捜索してたんだが、どうにも見つからないし第一なんで政府の大統領様が俺たちみたいな寄せ集めをここに招いたのかが分からなかったんだが、その答えはすぐに分かった。

 いや、教えてもらったってのが正しい表現だな。

 家の壁と棚の隙間まで捜索したのに見つからなかった農家だったが、そんなことを報告すれば俺たちの首は飛ぶだろうな、って思って途方に暮れてたんだ。俺は。

 そんな暗い気持ちで居間に戻ると俺ともう一人以外は揃ってたんだが、異様な雰囲気が漂ってたんだ。

 これは何かあったに違いないって思た俺は今のところ唯一話した?ケイに聞いたんだよ。

「何かあったのか?」

 そしたら暗い顔と青ざめた顔足して二で割ったような顔でこう言ったんだよ。

「ラルゴが、死んだ」

「風呂場で足を滑らせたのか?」

 冗談めかして聞いたらレイズに殴られちまってな。

 そいつ怒りながら違う!!って言ってたなぁ。

 だけどまあ、俺はまだソイツを見てなかったからこいつらそういう錯乱する生物兵器でも食らったんじゃねえかって本気で思ったよ。

 だが、ケイが黙って目配せをした方向に視線を移すと地下へと続く階段があったんだよ。それも無機質なコンクリートで作られた途方もなく続いてそうな階段がな。



「普通だったらこの存在を報告して帰投だ。だが、君たちはなぜその先へ進んだんだい?」

「そんなの、俺たちが知りてえよ。少なくとも、興味本位ってそんな軽い理由じゃなかった」

 そう言いながらも実は内心興味本位だったんじゃないかって思ったがすぐにその発想は振り払うように頭を横に振ると向かいに座ってる男はどこから持ってきたのかコーヒーを机の上に置いて俺に勧めてきた。

「ありがてえな....んで、どこまで話したっけ?」

「階段を発見した所までだ。それから?」



 俺たちは今の今まで使わずお飾りだった国から支給された銃の点検をし、安全装置を外して階段を降りていった。

 15分ぐらい螺旋階段を降りていくと鉄製の船にありそうな重たいドアが俺たちを出迎えた。素人の俺でも分かったのはそれがこちら側からロックをかけるタイプの奴でまるで監禁所みたいなドアだったって事だ。

 ロックを回して解除して開けると風が中から逃げ出すようにこっちに吹いてきた。だが、その時に風が持ってきた臭いはとてつもなく強烈だった。今でも覚えてるよ。

 血の臭いと何かフレッシュな物が混ざったようなこの上なく不快な臭いだ。

「なんだこの臭い....」

「....先へ進もう」

 鼻を塞ぎながら立ち往生してたらレイズが先陣切ってドアの先へ進んで行った。

 ドアの先は殺菌室?だったのか壁に無数の穴があって普通はそこから風とか出てくるはずだが吹いてこないしなんなら電気もチカチカしてて電力が満足にないことを教えてくれてたよ。

 そして殺菌室を通り抜けるとそこはさっきのあのありふれた家とは打って変わって素人の俺でも分かるほど最先端な設備が整った研究施設だった。地下にあるって時点でクサいとは思ってたがまさかこれ程とは思ってなかったんで思わず嘆息しちまったよ。

「どうやらかなり広いようだ。手分けしよう」

 どこから取り出したのか分からねえがその『施設』の見取り図を持ってレイズが来て二チームに別れようって話になって俺、レイズ...ああ、間違えた。俺とミスト、ゴリアテそしてケイ、スレッシャーの二チームに分かれて俺たちは右ルートに向かっていった。

 互いに無線で連絡を取り合いながら俺たちが選んだ右ルートはいろんな水槽やケージが並んでた。多分実験する時の動物とかがいたんだろうが、怖いぐらいに鳴き声どころか物音すらしなかった。

「おい、これを見ろ」

 ミストが指さした方を見るとそこには人間がいたんだ。それも生きてるやつだ。白衣を纏ってたがその白衣が赤く染まっててそいつの血かどうか分からなかったがとりあえずやべえってのは見て分かるから俺たちはそいつを介抱しながら事情を聞いた。

「何があった?」

「アイツが....実験体が逃げ出した....」


「そこからはある隊員の通信記録が残ってる」

「じゃあなんで話させるんだ?聞かせてくれよ」

 男は頑なに機密保持だ〜とかほざいてたが正直生き残りが俺しかいないしここにいるのは真実を知ってる奴だけだろ?って言ったら渋々ボイスレコーダーを取り出して再生してくれたよ。

《何があった?》

《アイツが....実験体が逃げ出した....》

《ソイツは無害か?》

《アイツら知恵をつけやがった...俺たちに復讐する気だ....!》

《落ち着け。とりあえず自分の名前を言え》

《名前?....マクアラン研究主任だ》

《研究主任がファミリーネームか?長えな》

《違う....ファミリーネームは––––》

[レコーダーに謎の物音が入る]

《あっ...あああああ!!》

《どうした?落ち着け。落ち着け!》

《ミスト!後ろだ!》

[直後に悲鳴と銃声が鳴り響きノイズ音が鳴り響く]

「これ以降会話や音声が入力されることはなかった。何があったんだ?」

 ノイズ音がずっと鳴るレコーダーのスイッチを切って男は俺を見ながら質問してくる。

「言っても信じてくんねえだろ?」

「この際現実味のない発言でも調書に載せるさ」

 男の投げやりな声に俺は同意して話をそこから続ける。


 あの時ミストがマクアラン?から話を聞いてた時、俺の後ろにあったシャーレや何かのアンプルやらが落ちてきたんだ。いや、俺は何も触れてないぞ?机に体重乗せただけだ。

 それで不思議に思ってそこをライトで照らしてみるけど何もなくてな。あるのは職員が食べようとしてたのか分からない果物ぐらいで––––



「果物?今果物と言ったか?」

「あ、ああ。果物って言ったぞ」

 男が急に身を乗り出したかと思えばさっきまでの無表情はどこへ行ったのか感情を剥き出しにして俺に食ってかかる。

「どんな果物だった?形は?大きさは?どうなんだ!?」

「いや俺もそこまで見てねえよ。ただ今思うと無菌室に果物なんて持ち込めねえよな。実験でも使うわけでもないし」

 思い出したように言った俺のセリフに男は頭を抱えまるでお手上げ、と言わんとしてるように見えたが俺はとりあえずその時の様子を話す。



 それで俺がそっちに気を取られていていると研究主任の悲鳴が聞こえてきて何だ?って思ったらゴリアテが血相変えて

「ミスト後ろだ!」

 って言ってきたんで後ろを見たらそこには黒い何かがいた。ちょうど俺の腰ぐらいの大きさのそれが静かに佇んでた。俺とゴリアテは迷わずソイツへ銃口を向けて引き金を引いた。

 しばらく撃ち続けてから確認するもそこにソイツは既にいない。急いで周りを探すと研究主任に飛びついてた。近くにいたレイズには目もくれず研究主任に一直線だぞ?

 それから俺たちは飛びついたソイツに一斉掃射した。主任ごとか、って?当たり前だ。頭食われてんのに生きてたらソイツはバケモンだからな。

 弾を食らって死んだらしいソイツは変な声を上げながらポトリと呆気なく床に落ちて動かなくなった。

「何だこいつぁ....」

「ケイ、スレッシャー、応答しろ。ただの救出任務じゃなさそうだこれは」

〈こちらケイ。現在スレッシャーから標的確保の報せを受けた。ホールで合流しましょう〉

「了解。よし、ゴリアテとミストは奥に生存者がいないから一応確認してくれ。俺はこいつの分析をする」

 そう言いながらレイズは背負っていたリュックから道具一式を取り出して床に転がるソイツの体液やら何やらをその場で調べ始めたんで俺たちは命令通りに奥へと向かって行った。

 奥に行ってみるとまた壁に穴がいっぱいある部屋があってそこを通り抜けるとそこは少し広いレクリエーションルーム?ってやつが広がってた。なかなか古いゲームもあってちょっと懐かしいなって思ったんだが、それ以上に目が行ったのは死体だ。それも外傷どころの騒ぎじゃねえ。まるでような死体しかなかった。

「おい見ろよ。コレ」

「ひでえ....まるで『エイリアン』だ」

 ゴリアテは本気で怒ってるような声でそう言いながらさらに奥へ向かった。

 レクリエーションルームの奥はみんなお待ちかねの食堂さ。え?待ってない?そら話に面白みを持たせるためのジョークに決まってるだろ。おもしろくない?そらすまねえな。

 んで、その食堂にはまるでさっきまで人がいたような形跡があった。具体的にはまだ湯気が立っているスープが置いてあったりコーヒーもあった。

「誰かいるか?我々は救助しにきた者だ!」

「バカやめろ!」

 大声で呼びかけるゴリアテに俺が注意するとこっちを見ながらスープやコーヒーを指差して

「まだ生存者がいる証拠だ!黙って見殺しには出来ない!」

 って言うんで思わず俺はコイツを銃床で殴りつけちまった。殴られた場所を押さえながらゴリアテは俺を睨んできた。その態度に思わず俺は

「小さい人間に殺される巨人の名前なんざ捨てちまえ。ホントに殺されるぞ」

 って脅しちまったんだ。そしたら名前に関して言われたのがそんなにショックだったのか悲しそうな顔で黙っていた。その顔があまりにも悲しそうでね、強いて言うなら大事に取っておいたアイスを風呂上がりに見たら親兄弟に食われてたって感じの顔だった。

 それであまりにも可哀想だったんで俺も思わず

「まあ、ここだけ捜索していなかったら諦めろよ?」

 って言ったらあの野郎、途端に顔明るくしてよ。ホント、なんでここにコイツが来たのかわかった気がしたよ。

 それからしばらく俺は机の下やなんかの棚の裏などを探してゴリアテは相変わらずデケエ声で生存者を探してたが、俺の耳には生存者の声ではなく誰かさんの腹の音が聞こえたんだ。音のした方を見るとゴリアテが少しうつむいて腹をさすっててよ、それで思わず吹いちまったらあの野郎俺のこと殴ってきたんだよ。え?楽しそうに語るじゃないか、って?そらそん時殴った後に「さっきの仕返しだ」って言ってきたんだよ。いい奴だったよ.....ホント.....。そんで俺たちは空腹だったんで俺は提案したんだよ。

「奥の厨房から拝借しようぜ」

「いいのか?だって––––」

携帯食レーション持たせなかったアイツ等が悪いんだよ」

 そう言いながらもまだ納得しなかったんで厨房にはシェフが隠れてるかもしれないだろ?って言ったらようやく大義名分を得たのかついてきたよ。

 厨房はまあ、お察しの通りもぬけの殻だったよ。だが食材はあふれんばかりにあった。だから俺達はそいつらを使って料理を作ろうって決めたんだよ。腐っちまったら勿体ないしなにより味気ない食事は俺のポリシーに反するからな。

 だが、そいつは大きな過ちだったよ。ああ、今でも悔やんでる。

 きっかけは野菜を切って炒めてた時にゴリアテがフルーツポンチを作りたいって聞いてきたことだ。

「口ン中甘ったるくて仕事できるのか?」

「もちろん」

 俺はそいつの自信満々な答えを信じ許可した。そして机の上にあったフルーツの山からいくつか持って行ってしばらくして悲鳴が聞こえたんだ。最初は指でも切ったのかと思ってほったらかしにしてた。だが、ずっと呻き声をあげてるんでそっちを見たら『アイツ』がいた。



「アイツ?アイツとは誰なんだ?人なのか?」

「いや、人じゃねえ。あれは間違いなく化け物だった」

 今でも思い出すたびに背中を這うように寒気が襲う。それほどまでに悍ましかった。

「わかった。続けてくれ」

 男は俺の恐怖を感じたのかこれ以上深くは掘り下げずに話を続けるように言った。


「ゴリアテ?おい、大丈夫か!?」

「構わない!俺ごと撃て!」

 そんなこと突然言われても野菜炒め作るために銃は背中に下げたままで安全装置セーフティもかけっぱなしだったからどう足掻いても間に合わないと判断した俺は近くに置いてあった包丁でソイツに切りかかった。ゴリアテの腕に絡みついてた触手?をまず俺は切った。したら何とも言えねえ鳴き声で鳴いたからそいつの本体っぽい箇所に包丁をぶっ刺してやった。したら形がぐにゃぐにゃ変わりながら粘性の液体を吐いてゴリアテから離れたんで仕上げに油撒いて着火してやったよ。

「何があったんだ?」

「フルーツを切ろうとしたら急にアレが形を変えて俺を襲ってきたんだ」

 腕を怪我したのかそこを抑えながらゴリアテは呻くように言ってきたんで傷の場所を見せてもらったらその箇所の肉ごと持ってかれてた。仕方ないんでその傷を焼いて止血処理をし、近くにあった清潔そうなタオルで巻いてひとまず安心ってところまで至った。

「これでひとまずは安心だ」

「ミスト.....後ろ見ろよ.....」

 指をさされて後ろを見るとそこにはさっきみたいな化け物がうじゃうじゃいた。それもみんなさっき俺たちが取った野菜と果物の山から、だ。

「逃げるぞ!」

 ゴリアテの銃の安全装置を外して手渡して俺たちは一目散にレイズのいた場所へ向かった。

「レイズ!さっきみたいなやつがうじゃうじゃ迫ってくる!迎撃頼む!」

〈なんだって?それより、そいつらはどうやら植物のようだ。可燃性の––––〉

「レイズ?おい?クソッ!」

 それでも何とか命からがらさっきの場所に戻ってくるとそこにはレイズが立っていた。だがさっき使ってた道具やらなにやらはみんな地面に置きっぱなしで少し離れた場所に立ってて思わず立ち止まった。だがゴリアテはそうもいかずにレイズに近づいて行った。

「レイズ!聞いてくれ。アイツら何かに擬態して俺たちを襲おうと待ち構えてるんだ。まるで––––」

「食虫植物、か?」

 こっちを見ようともせずレイズはゴリアテの言葉を遮りながら呟く。それが余計に怪しかったんで俺はレイズから距離をとって銃の狙いを〈一応〉そいつに定めてた。

 だがゴリアテは露知らず話しかけ続けた。

「そうなんだよ!こいつらなんなんだよ!?俺たちは獲物なのか!?」

「確かに不思議だ。だがこいつらが狙うは虫じゃない」

 含みのある言い方をしながらレイズは初めてこっちに振り向いた。その顔はさっき見た死体のように内側から食い破られたようになっていてそこから触手やら何やらがカタカタ動いて口と声帯の役割をして俺たちをだましてたんだ。

「レイ.....ズ?」

「残念だが獲物は君たちなんだ」

 そういいながらレイズだった化け物はゴリアテに襲い掛かったんで俺は迷わず引き金を引いた。銃声とソイツの気味悪い悲鳴が重なりながら化け物はまた粘性の液体を吐き出して崩れ落ちた。

「おい、大丈夫か?」

「そんな.....レイズ.....」

 ゴリアテは放心状態のままで俺はその様子を見て駄目だと判断しながらも頬を打った。打たれた衝撃に目を見開くゴリアテに俺は声を上げる。

「しっかりしろ!ケイとスレッシャーを援護するぞ!」

「あ、ああ....」

 なんとか立ち上がらせて対象を保護したっていう二人に合流するため俺たちは来た道を戻り最初の分かれ道で二人が行った方へ進むと程なくして合流した。

「レイズは!?」

「死んだよ。それよりそいつが対象アランか?」

 ケイに連れられているナヨナヨした青年みたいな男が今回の保護対象で死なせちゃいけない人物だった。

 スレッシャーはレイズが死んだことに驚きながらもすぐに適応して持ってた機関銃を構えて殿しんがりを務めて最初の入り口へと向かっていった。

「なんなんだよ。これ.....」

「そんな....」

 入口の前にはさっきの化け物が山ほどいてさらに俺たちを探してる状態だった。その数百以上。中には人型のヤツもいて明らかにこの短時間で進化してるように見えた。

「おい、お前何とかできないのか?」

「む、無理です....そもそも『アレ』は実験の過程での失敗作なんです。どうしようもありません」

 アランの無責任な発言に苛立ちを覚えながらも俺たちはこの状況を打破する術を論じた。

「正面突破はどうだ?弾幕で押せばなんとかなるはずだ」

「的が小さいんじゃ乱射は無意味だ」

「なら爆破して道を開こう。何個持ってる?」

「四つだ。足りない」

 そのあともしばらく論じたが結局いい作戦は発案されずに時間だけが無駄に過ぎていった。

 そんな時にアランが面白いことを言ったんだ。

「実は、万が一に備えてここには最終手段が残ってるんです」

「なんだ?自爆か」

 スレッシャーの投げやりな答えに首を振ってアランは一瞬ためらいを見せたがその最終手段の説明を始めた。

「ここはそもそも作物などの遺伝子改良で我々人類の食糧危機、人手不足を解消するために設立された研究所で今現在進められていた計画は野菜に自我を持たせて栽培、収穫をして自分自身も出荷させるというプログラミングをしてたんです」

「おいおい、だからなんだ?まさか野菜同士で殺し合いでもさせるってのか?」

「いいえ。ここにいるのは本来秘密裏に集められた研究者と表沙汰にはできない実験物たち。すべて可燃性です」

 そこまで言ったアランにスレッシャーは唾を飲みこみ、俺達もそのあとに何が言いたいのか予想してまさか、と身構えてた。

「そうです。この区画一帯を焼却する量のナパーム、ガソリンがここにはあります。ナパームは床下に、ガソリンは気化させたものと液体を散布してあとは静電気で終了」

「それはどうやって燃やすんだ?」

 アランは言葉に詰まった。俺達も何が言いたいのか察して押し黙る。

 つまり地下深くにあって外からしか掛けられないロック式の分厚いドア。そしてやけに一直線のラボ。点と点がつながっちまったよ。

「誰が残る?」

 ケイが問う。

「僕が...!」

「坊ちゃんは保護するように言われてるんだ。俺たちの中からだよ。当然」

 しばらくしてゴリアテが小さく手を挙げた。

「俺が、やる」

「正気か?お前みたいなやつができるのか?」

 さっきまでのあの優しすぎるタイプの人間には荷が重すぎると思った。だがあいつ体震わせながら声を絞り出すように言ってきた。だから俺たちはそれを承諾し、最後の戦いに備えた。



「少し質問いいか?」

「なんだ?」

 コーヒーも冷めたころ、男が俺に疑いの目を向けながら質問してきた。

「君はレイズなのか?それともミストなのか?」

「俺はレイズだ。それに変わりはない」

 冷めたコーヒーを飲み干し、男の顔を見ながら俺は言い捨てた。しばらくの沈黙の後に「続けてくれ」と小さく言ってきた。



「よし。準備はいいか?」

「もちろん。スイッチはどこにある?」

「こっちの入口部分のパネルに。赤いボタンを押せばそれで万事完了」

 弾倉を叩き込み、アンダーバレルのグレネードランチャーも装填し最終確認を終えて俺たちは静かに入口ホール付近に展開する。アランは巻き込まれないよう入口に近い端のケイが担当した。

〈準備完了〉

〈配置についた〉

〈いつでもどうぞ〉

「オーケイ。爆破が合図だ」

 突入を思い出しながら俺はピンを抜いたグレネードを二秒手元で持ち、それから入り口前に集ってる化け物どもに投げつける。床に落ち、あいつらが視線をそこに移した刹那、轟音と共に化け物を吹き飛ばした。

「よし撃て!!」

〈おおおお!!!〉

 けたたましくうるさい銃声と弾を受けて倒れる化け物ども。それでも何体かは撃ち漏らしてこっちに襲い掛かってくる。そんな時は側面につけておいたバヨネットで斬り捨て粘性の液体を顔にこびりつかせた。

 最初は奴ら混乱してて優勢だったが徐々にこちらが数で負けてると分かったのか群れて俺たちに襲ってきた。

〈この!来るんじゃねえ!〉

〈がああああ!!〉

 無線の声はいつの間にか一人が消えていたがそんなことにまで気が回らないほどに奴らは襲ってきていた。だがそれでもなんとかたどり着いたケイからの無線が入った。

〈脱出成功!対象は無傷だ。そっちを援護する〉

「了解。スレッシャーからの応答がないためおそらく死亡!左翼の補填に回ってくれ!」

〈了解!〉

 その時、俺は扉の前に二体の人型が待機してるのが見えた。

「駄目だ!開けるな!」

〈なんだって?聞こえない!〉

 後半の声はインカム越しではなく耳に直接聞こえ、開いた隙間からそいつらは侵入した。

〈このっ!失せろ!〉

 ケイの連射するショットガンの音と気味の悪い悲鳴が聞こえたがその隙間からどんどん化け物は出ようとした。

「ゴリアテ!この際どうだっていい!撃て!」

〈了解〉

 ゴリアテは背中に背負っていたロケットランチャーを入口に群がる化け物たちへ向けて撃った。轟音と扉のひしゃげるような音が聞こえ、煙が去ったころに見えたの死体とその周りにある動いている何かだった。

 だがそれでも開けた活路に俺たちは走り、滑り込み俺は対象の確保をする。幸い気を失ているだけで息はあったため少し上に連れて行って俺は研究所に戻った。

「ゴリアテ!」

 合図を受けたあいつは赤いボタンを押す。だが、そのあとにどんな目安があったのか聞いてなかった俺らは本当に起動しているのか怪しかった。だがここでもし起動しててライターなどを灯せば大爆発なんて起きればミッションは失敗だ。だから俺たちは起動しているのを信じ、上へ行こうとして奥から聞こえた奇声に立ち止まった。

「おい、あれって.....」

「ああ。最初のアイツだ」

 それは黒焦げになりながらもレイズの死体を借りたのか人型で言葉にならない声を出しながら迫ってくる化け物がいた。そして運の悪いことにその背後には地面に転がっていた死体とどこにいたのか分からなかった職員らしき身体を持った化け物が大勢いた。

「撃て!撃て!」

 頭部を狙って撃つも全く怯まずむしろ怒りを増しているようにも見えた。

「進化してるのか....?」

〈トマトはその多くが水分だからダイラタンシー現象で弾丸をものともしないらしいぞ〉

「黙っとけ。阿呆」

 ゴリアテの絶望的な豆知識によって倒す術を失ったかのように思えたが俺は足元に転がるちょっと焦げてるケイのショットガンを見てひらめいた。

「おい、ゼロ距離でならそのダイラタンシー?は無視できるか?」

〈学者じゃねえからわからないが多分行けるはずだ〉

 こういう時は嘘でも効果ありって言えよ、とは言えずに俺は動作確認をして撃てる状態だと確認してゴリアテに投げる。

「最初の奴は何に擬態してたんだっけな」

〈オレンジだろ?〉

 ゴリアテの答えに俺はニヤリとしながら自信満々に言ってやったのさ。

「なら、ゼロ距離でしか倒せない化け物の名は0-rangeオレンジだな」

 しばらくの沈黙の後でゴリアテが言ったのは

〈早く行け。さっきの発砲で起動してないのが分かったから俺は地面を爆破してこいつらを始末する〉

 って言って無線を切ったんだよ。感想ぐらい聞きたかったんだがな。

 それからは早かった。急いでアランを抱えて地上目指して駆け上がってあと少し、って頃に下から爆発したような音と炎が下からこっちに迫ってきて急いで駆け上がって地上に着いてその階段から離れた瞬間にそこから炎がブワーッて出てきて間一髪だったって思い知ったよ。



「ここからはそっちが把握してる通りだ。これでいいか?」

 話し終えて一息ついた俺に男はまだ納得していないのか不満そうな顔のまま座っていた。そして癖なのかまたメガネを拭きながら俺に質問する。

「つまり君はミストだな?なんでレイズなんて嘘をついた」

「俺はレイズさ。あいつがミストだ」

「なに?」

 そうさ。俺はミスト。ああ、レイズだっけ?もしかしたらケイかもしれない。いや、あのナヨナヨした清掃員だったかもしれない。あれ?誰だ?

「レイズ?大丈夫か?」

「ん?ああ。取調べは終わりか?なら帰らせてくれ」

 俺がそう言いながら椅子から立ち上がると男は困惑した表情を見せたがすぐに隣の鏡にジェスチャーを送ると奥にあった扉がガチャリと開いた。マジックミラーとは趣味が悪い。

「これからも聴取するかもしれない。だから街からは出ないでくれ」

「りょーかい」

 顔は向けずに手を振りかえしながら街へ繰り出した。

 俺はまずこの汚れた世界に嫌悪感を抱きながらも『同類』たちの集まる場所へ向かった。

「よお?元気にしてたか?」

 ドアを開け放ち、挨拶をする。だが誰も返しはしないし視線すら向けない。

「つれないなぁ。あ、口がないならしょうがねえわ」

 近くにいたやつの顔を弄りながら話していても誰一人言葉を発しない。つまらない奴らだ。


「ねえ、あの人大丈夫かしら?」

「関わらない方がいいぞ」

 当時、この場にいたカップルは最初のうちはただの精神病者だと思っていたらしい。だが、次の瞬間それは覆り彼らの『養分』となった。


「お前らここに拘束されて窮屈だろ?出させてやるよ」

 俺はそう言いながら指で少しそいつの顔をほじくってやるとみるみる動き始めて近くにいた『養分』に襲いかかった。

「美味いか?」

「.....う、ま、い?」

 まだ上手く喋れないのか言葉を返すだけだったが最初にしては上出来だ。俺は目の前にいる生まれたての仲間の肩を叩き周りを見渡す。

「ここにいる奴らみんな仲間だ!」

「な、か、ま?」

「そうさ。さっさと起こすぞ!」

 俺はそいつの目の前でもう一度同じことをする。するとそいつもそれを真似て近くのやつを起こす。

「はははっ!」

 あっという間にスーパーは俺たちしかいなくなった。これだけの仲間がいれば復讐も容易い!そう思っていた。

「ギャアア!」

「どうした!?」

 入り口近くから聞こえた悲鳴に釣られて行くとそこには火炎放射器を構えた黒ずくめの兵士が立っていた。

「この野郎!」

 最後は人間の言葉でもない叫び声を上げながら飛びかかったがすぐに隣のやつから火炎放射を喰らい、形を保てなくなった。

「ちく....しょうが....」

 一人呟きながら周りから聞こえる悲鳴を聞きながら俺は灰になった。



「ええ。はい。了解しました」

 電話を切り、目の前に立つ上官に『処分』が終わったことを伝える。

「やはりそうか。これであの事を知っているのは我々だけだ」

「そうですね。少佐」

 少佐、と呼ばれた目の前に立つ男は一瞬キョトンとした表情を見せるがすぐに笑顔を浮かべ私の肩を叩く。

「いい加減アランと呼んでくれよ」

「申し訳ありません。では、書類作業が残っておりますので」

 元々彼が実地でないとやる気が出ないという我儘を受け入れてしまった結果なのだが本人は特に気にしていないらしい。

 そのあと引き継ぎ作業などを終えた私は自室に戻り、レポート作成に取りかかった。

 しばらく作業をしていると外からサイレンが聞こえた。

「こんな時間か」

 それはこの基地では就寝時間を示すサイレンであり、訓練中であろうと職務中であろうとこのサイレンが聞こえた基地内にいる職員たちは一斉に自室に戻り就寝する。

「流石に身体が痛いな」

 半日座り続けた私の身体はバッキバキになっており、ホールにある自販機で飲み物を買おうと部屋を出る。

「ん?」

 扉を開けると、目の前に中ぶりなフルーツバスケットが置いてあった。よく見ると真ん中にメッセージカードが添えてあり、「お疲れ様」と一言だけ書いてあった。

「ふっ」

 きっと少佐なのだろう。思わず笑みをこぼしながら飲み物を買うよりは体にいいと考えてそれを持って扉を閉める。

「ふうむ...」

 私はブドウを食べながら至福のひと時を感じていた。そして食べ続けていると違和感を感じた。

「ん?」

 なんと種入りが紛れていたのである。だが、房であったブドウに種の有無などバラけることがあるのだろうか。不審感を抱きながら少佐に連絡を入れる。

〈どうしたんだい?君から連絡を入れるなんて〉

「夜分遅くと規律違反なのはお許しください。実は少佐から頂いたフルーツバスケットについてなのですが––––」

〈フルーツバスケット?なんのことだい?〉

 少佐の声を聞いて戦慄した。この声は本当に何も知らない時の声だったからだ。

〈それより、さっきの騒ぎで一体捕獲しようとして逃がしたらしい。形はブドウらしいので見かけたら気をつけて––––って聞こえてる?おーい?〉

 声が聞こえても私は返事が出来なかった。何故なら既に私の身体は私の身体でなくなったからである。

「––––ええ。大丈夫です。お休みなさい」

〈ん。お休み〉

 ガチャリと電話を切り、身体は外へ向かう。

「残念だったな」

 私の身体はそう呟くと段々『私』は『私』という概念が薄れ始めた。この事を誰かに伝えなくては。だが、もう無理だ。全てが手遅れだ。

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0-range 諏訪森翔 @Suwamori1192

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