五十四章



 頭の上で蝙蝠こうもりに似た鳥が周囲を嗅ぎまわりながらせわしない。顔の前に垂れる尾には構わず、胸の下で組んだ片手に長い煙管きせるを持ち、物思いにふけりつつ吸口を含んだ。ふう、と吐き出した紫煙は同じ色の霧に紛れ、まるで自分がこの毒霧を生み出しているかのような錯覚に囚われる。まあ、己が害悪なのは間違いない、と吸殻を湿った黒い地面に落とし踏みにじった。

 感傷に浸ったのを自嘲していれば、がさりとすぐ近くの林が揺れた。咄嗟に腰の短刀に手を伸ばす。が、見知った姿に鼻を鳴らした。


「ツイてない」

「なにがあ」


 現れた人影はでっぷりとした腹を屈めて魚籠びくと釣竿を降ろす。汚らしく振り乱したちぢれ髪の頭をこれまた粗野な動作で掻いた。

「最初に顔を合わすのがあんたでさ」

「そりゃあこっちの科白せりふだ」

 返して男は襤褸ぼろの懐から向かいの女と同じく煙管を取り出した。

「火ぃ貸しなあ」

「そのまま咥えてな」

 女は相手にせず次なる気配に顔を上向ける。岩峰の柱の間から風を切る羽ばたきが聞こえ、やがてまた下生えを踏みしめる足音がして、今度は少年と老爺が現れた。


「おお、もう来ていたか」

 老爺が笑む。「ごう州から出てくるのは難儀したじゃろう」

「そうでもないさ」

「強がり。自慢の爪が欠けてるのをみるに着の身着のまま転がり出てきたんだろ」

 せせら笑った少年には眼光鋭く「黙んな」と一喝した。

「雀が調子に乗るからこのザマだ。今回失敗したのはお前だけなんだからね」

「出来ればって話だった。正規の仕事じゃなかったし」

「そんな言いわけが通じるほど小童ガキじゃないだろ。猫かぶるのもいい加減にしな」

「雀なのに猫お?狐なのに虎みたいだあ」

 太った男が己の発言に笑った。女はそれにもじろりと睨む。これ、と老爺は制止した。

「よしなさいな。麻姑まこ、なにをそんなに苛立っておる。宗成そうせい、お前も失敗したのは事実じゃ。反省しなさい」

 厚ぼったい前髪に隠れた少年の顔色は分からない。まだ幼げな外見だが、ふん、と可愛げなくわらった。

「麻姑はいつもそうだろ」

「しかり。おおかた気に入りを逃したのさあ。金と男にしか動かんアバズレよ」

寒山かんざん、あんたみたいな不細工のために骨を折るなんてことほど興醒めな仕事はないだろ」

 寒山は不気味に生え揃って黄ばんだ歯を見せ、にい、と笑った。

「あんなものと乳繰りあって股座またぐらが腐り落ちねえかと見ものだったぞ。節操を学べ」

「言ってな醜男すっとこ。図体ばっかり大きくて糞の役にも立ちゃしないタマなしにどうこう言われる筋合いはないんだよ」

「なんと不毛な奴らよ。麻姑、それできちんと取り分は頂いたんだね?」

「当たり前だろう」

 袋を投げて寄越す。開いた中には青く輝く石が入っていた。確認して老爺は頷いた。

「いまや一泉は国軍と角族が盛り返し趨勢は決した。我々の任はこれにてひとまず終わりじゃ。ほとぼりが冷めるまでしばらくはかかろう。一度ねぐらへ帰る」

 待ちな、と麻姑がいまだ機嫌の悪そうに異議を唱えた。

「それなら巌嶽がんがく邸店みせを畳まなきゃならない。それに帰ってどうするってのさ。今回のことをバカ正直に話すのかい」

「罰を下されはしまいよ。どのみち黙っていても伝わる。それに」

 老爺は束の間耳を澄ます。遠くでひづめ駈歩かけあしが聞こえた。

 来たな、と岩に腰掛けた寒山が呟き、残りも到着を待つことほどなく、姿を現した残りの一人は穏やかな微笑みを浮かべた。しかし全員、彼の乗ってきた見慣れない麋鹿おおじかに眉を上げる。

「おいおい、まさか盗んできたんか。足が付いたらまずいぜえ」

「大丈夫、途中で離すよ」

 人物はいそいそと下りる。少年に笑いかけた。

「そのぶん宗成くんには無理を言ってしまうけど」

「ええ、俺がその大荷物を運ぶの?」

 括り付けられたものを見て嫌がるのにそこをなんとか、とさらに苦笑し、佇む老爺には拱手きょうしゅしてみせた。

八百父やおふ。ご無沙汰しておりました」

「そちらは上手く事が運んだようで何よりじゃ。やれやれ、儂ではこやつらをまとめるのは手に余る。あとはお前に放り投げさせてもらうよ、拾得じっとく

「ご冗談を。あなたともあろう御方が」

 終始うやうやしい態度を崩さない拾得と飄々とした八百父のやり取りに麻姑は舌打ちした。拾得は尊敬してやまないが八百父は自分のいいように彼を使っているだけにすぎない。

「虫唾が走るんだよ」

 けなした麻姑に拾得は眉を下げた。

「麻姑どの、老翁ろうおうないがしろにしちゃバチが当たりますよ」

「じゃあ訊くが八百父が何をした。今回のことで一番危ない橋を渡ったのはあたしだよ。あたしにも礼を尽くしな」

「八百父は我々の取りまとめを引き受けてくださった。礼を払うのは当然」

「あんたは何か憧れでもあるんだろうが、むかつくことにこのじじいは高みの見物をしてただけだ」

 渦中の老爺は皺だらけの顔にさらに深く線を重ねた。はんの浮いた死人のような肌に曲がった鷲鼻。なんだってこんな奴を敬うのか気が知れない。

 いや、分かってる、と麻姑はなおも拾得を睥睨の眼で見た。こいつは信じているのだ、あの話を。


 肚裡はらのうちで何を考えているのか分からない老人。噂によれば、八百父はかつて一度死に、よみがえったという尸解しかい仙――らしい。

 馬鹿馬鹿しい、と内心手を振った。たとえ百歩譲ってそうでも媚びるつもりはない。


「謀叛軍に手を貸したと打ち明けて、はたしてあたしらは無傷でいられるもんかね」

「心配はない。そのぶん拾得が貢献したから相殺じゃ。それに我らがである、というのも重々承知しておられる」

 八百父が髭をしごく向かいで寒山が魚籠に手を突っ込み、のたうつ魚をそのままむしった。

「まあ、そう考えると宗成よ、族主を手に掛けず正解だったんじゃあないか。やりすぎたら何をされるか分からんぜえ」

「あいつには俺の駒をられた恨みがあんの」

 これには麻姑が嗤う。「馬鹿だね。ただの人が剣で打ち合って角人に勝てるわけないんだよ」

「仮にも宴会の席であそこまで暴れると思わないでしょ、ふつう。どれだけ野蛮なのさ。拾得、角族あいつらのアジトまで行ったんならなんでお得意の発明品を試さなかったんだよ」

 やれやれと拾得は袖の中で腕を組んだ。

「あのね、俺はただ煉丹れんたんの心得があるだけ。試すとしても死んで困らないものを使うよ。それにあのおっかない状況で下手なことを出来るわけがないでしょう」

楊何梅ヨウカバイね。あれはもうだめだな。朴東ぼくとうでちらっと見たが、すでに鋼兼ハガネの力が失われてきていた」

 麻姑は再び煙をくゆらす。「言ってたのは本当だったってことだ。ならやっぱり韃拓ぼうやを殺さなくて正解だった」

「しかし依頼主は当代が脅威になると判じておる」

「どのみちもうあたしらに手出しは出来ない。この件はこれで終わりさ」

 肩を竦め、羅宇くだを持ち直した。と、いきなり頭上の小鳥が耳をつんざく高音で鳴き喚いた。何かが長い爪の先をかすめ、次の瞬間には身を反らす。背後に倒立し回って木の幹に隠れた直後、その盾を穿うがつ破砕音に目をすがめた。握ったままの煙管に目を落とすと先が短くなっており、雁首がんくびを失っていた。舌打ちして割られた爪を噛む。

「ああ、ちょっと待って、待って!俺は丸腰だよ!」

 悲鳴が聞こえ、相変わらず鈍臭どんくさい奴、と溜息を吐き窺う。拾得は四不像しふぞうに縋りついて震えていた。

 暗器の飛んできたほうから踏みしめる足音が止まる。怯える男と佇んだままの老爺を睨んだ。


「お前もこいつらの仲間だったのか……呉顕賢ごけんけん


 憎々しげに言った影は拾得に棍仗こんじょうを突きつけた。

「……八洞行はちどうこう‼貴様らいったい何が目的で一泉を混乱させた!」

陸郁りくいくどの」

 顕賢は両手を挙げる。「ね、どうか、落ち着いて」

「これが落ち着いていられようか。重州刺史じゅうしゅうしし、あんた自分のやっていることが分からんのか。お前たちが持ち込んだ毒のせいでどれだけの民と兵が失われ、一泉の水と土がけがれたか」

 糾弾して破れた笠を放る。炎が宿ったかと見紛みまがうほど怒り狂った眼で睨みつけた。

「貴方には助けて頂いて感謝しています。けど効薬を作ったのも俺ですよ」

「それがせん。お前たちはどういった理由でなぜそんな矛盾したことをしている?誰の差し金だ」

 問えば顕賢の傍らの老爺が口を開いた。

「我々はただ自らの利得となることを極めておるのじゃ。一泉の攻防において誰の敵でもない」

「なるほど。だが味方でも有り得ないというわけだな」

「味方になる理由がないからじゃ。我らはただ依頼を受け、見合った報酬をもらって務めを果たすのみ。それがたまたまそういう役割だっただけのこと」

「言ったでしょ、小父おじさん。俺たちは金で動いてんの。理由なんてそれだけでいい」

 宗成が八百父の横に並ぶ。「あんたこそ何?何のためにそこまでして義を貫こうとするの?そうまでして国と他人に尽くして何が得られるの」

 お前たちには、と陸郁は憎しみの中にやるせない悲しみを滲ませた。

「当たり前にあるべき人の心がないのか……」

 自分たちさえ良ければそれでいいと。

「――――ならば、同じ人では有り得んな」

 人のふりをした別のもの。

「害をもたらす悪鬼だ」


 駆けながら接近し、飛刀を放つ。同時に棍仗を構え老人めがけて突き出した。


 しかし、突然後ろ向きに勢いが逆流する。そのまま前進していればいたであろう位置に立て続けに矢が刺さったのをみとめ、次いで視界が大きな羽で遮られた。


「冷静ンなれ、陸郁」


 覆ったものがさらなる矢の追撃を容易く吹き飛ばす。木陰から連弩れんどを抱えた女が立ち上がった。

 いつの間にあんなものを、と歯噛はがみ、腰帯を掴んだ者を振り返る。

遠志おんじ、助かった」

「あんたはすぐ熱くなるンだから」

 羽を生やした男はそのまま風を仰いで敵と距離をとった。

「――――人」

 呟いた宗成が髪の合間から睨む。

「なんでこんな北に南蛮なんばんが」

「お前に言われたくねえなあ。桐州来癸どうしゅうらいきをはじめ各地で噂を吹聴して回ったンはお前だろ。お前なら舟も馬も使わず毒を運べるしなア?」

 少年はせせら笑う。

「たまたま良くしてくれた泉人に懐いたのか。それともり込みかな。どっちみち、雑種は嫌い」

 指のない手をかざした。「あんたの飼い主にはこのとおり借りがある。そうだな、意趣返しは……その羽でもいで売ろうかな」

 はっとして陸郁が振り返る。


「遠志‼」

「‼」


 見えないものに絡め取られた。遠志の腕に血の筋が走る。いや、――見える。いつの間にか細い釣糸が巻きついている。

 横から図体の大きな男が釣竿を掲げて引く。しかし魚釣りというよりは蜘蛛が捕食の為に糸を吐き出したかに見えた。

 遠志がもんどりうって転び、宗成が高らかに笑った。

「無理に動くと傷つくよ」

 すでに糸に切られた羽根が舞う。陸郁はやめろ、とがなって近づこうとしたが「来たらだめだ!」という本人の制止の声に立ちつくした。

「意外と冷静だね。陸郁、あんたがそれ以上寄れば飼い鳥にわとりの首が落ちる」

 食い込んだ肉を見て陸郁は憤然と向き直った。

 麻姑はいしゆみで狙いを定めたままふっと息を吐き出す。

「なあ、勘違いしないで欲しいんだが。あたしらは別に謀叛軍に賛同してるわけじゃあないのさ」

「たわけろ。毒を持ち込み、大量の武器を流したろう!」

「あくまで互儈ごかいの仕事のうち。あたしらは依頼を受け、客どうしを仲介するだけの中継ぎなんだよ。恨まれる筋合いなんてありゃしない」

「後ろめたくないと言うならどうしていくつもの手を渡らせて物品を運んだ。身分を隠匿している時点でやましいことがあるからではないか」

 否定はしない、と髪を耳にかける。「でもあたしらは八洞行として仕事をするが一人一人でも動いてる。裁量はそれぞれに任されてるのさ。あたしは金よりもい男がいたらそっちの依頼を優先するってだけだ。たとえ品を流した結果、何らかの矛盾やいざこざを生んだとしても知ったことじゃないさね。それは客どうしで解決すべきだ。ま、けどあんたみたいなのに絡まれたら厄介だから大っぴらに尻尾を出して歩いたりしない」

「――――亡氏ぼうしとは誰だ。そいつもお前たちの仲間か」

「客の身上はしゃべったら信用を失くすんだぜ」

 寒山が遠志に馬乗りになる。「さあて、どうする。このまま見過ごすのはまずいよなあ」

 麻姑は頷く。「まずはその棒切れを棄てな」

「だめだ、陸郁。逃げろ」

 遠志がくぐもった声を上げ、無理に身体からだよじる。赤い線がはしり糸に滴がつたった。寒山がおいおい、と呆れる。

「ほんとに首がもげるぞ」

が死んだっテ陸郁は変わらない。信ずるモノを貫く。必ずお前たちを裁く」

「裁く?」

 成り行きを見守っていた老爺がようやく呟いた。

「陸郁どのは、我らに何がしかの罪があると?」

「当たり前だ。そんなことも分からないのか」

「なれど我らはおのが手で誰かを痛めつけ、殺したわけではありませぬ」

 馬鹿が、と陸郁は血唾を吐く。

「直接手を下さなければ良いと?どうやら救いようもなく頭の足りない集まりのようだな!」

「あんただって同じようなもの、いいや、俺たちよりよほどタチが悪いじゃないか」

 遠志に近づいた宗成が頭を踏んだ。

「なんだと?」

「こいつのように、自分に心酔させていいようにタダ働きさせてる。子供を懐かせて道具として使ってる。見返りはなにか?上手く出来たら褒めてやるとでも?目に見える報賞を与えない分、よほど汚くて罪深いと俺は思うけど?」

 ね、と見下ろす。同郷者はさらに抵抗した。

「陸郁は、義のために戦ってきたンだ。皆を守るために」

「それがあれば何しても許されるのかよ。従う者に危険を冒させ死なせても謝れば済むのかよ。裁く?一体何様だ。仁徳を標榜ひょうぼうし笠に着て、その実やってることは自分に寄せられる好意の搾取と独善だろ。泉国の大義とはこれだから嫌いなんだ。反吐へどが出るね」

 そして酷薄の笑みを浮かべる。

「お前はそれでいいんだな。この男のためなら何をしてもいいってんだ?」

「陸郁はたちに非道なことを求めたりしない」

 もういいよ、とさらに足に体重をかけた。動けないままの陸郁を振り向く。

「武器を全部出して腹這はらばえ」

「だめだ、だめだ陸郁!」

 泥が口に入るのも構わず遠志が叫ぶ。汗を滴らせた陸郁は眉間に皺を刻んだまま、ゆっくりと棍仗を放る。衿内えりうちと袖に潜ませた暗器を全て地に落とし膝をついたところで、麻姑が近づいて黒縄くろなわで後ろ手に縛りあげた。

「といっても、あたしらは軍兵でもなければ刺客でもない。ただの互儈にんだ。さて、どうするか」

 とりあえず、と寒山が足下の男の羽を掴んだ。

「これは高く売れそうだよなあ」

 陸郁は戦慄して青褪めた。

「おい……おい、待て。遠志はもう用済みだろう。俺がお前たちの鬱憤を受けてやる。だから手を出すな。解放しろ」

「誰がいつそんなこと言ったの」

 少年はこちらに近づいて来て指のない拳で額をつつく。ふと何かを思いついたのか、そっか、と振り返った。「拾得」

「な、なんだい?」

 怯えて四不像の背後に隠れたままだった顕賢が恐る恐る顔を出す。

「なあ、せっかくだ、お前の丹薬たんやくを試してみろよ。ずっと誰かに飲んで欲しいと言ってただろ?」

 顕賢はぽかんと目を見開き、それから一時、状況を忘れて顔をほころばせた。「え、いいのかい?」

 しかしはっと元に戻る。

「いや……いやいや、陸郁どのが飲んでくれるわけが」

 宗成は口の端を歪めて見下ろす。

「あんたが飲めば鳥は離してやる」

「信じるな陸郁!俺のことはほっとけ‼」

 すでに片羽はなかばまでがれようとしており、痛みで呻き声を上げながらそれでも陸郁を止めた。

 顕賢は八百父を窺う。「あの、どうなさいます?」

「……宗成、我らは匪賊おいはぎでも破落戸ごろつきでもない。無駄に怨まれるのも本意ではないよ」

「分かってるよ。言ったことは守る」

「信じ……られるかっ……‼」

「しなくてもいいけどあっちが死んじゃうよ?いいの?」

 麻姑が陸郁を仰向けに転がす。

「こいつとお仲間のお陰で西に毒を運べず損した。そのぶんくらいは体で払ってもらおう。……もっとも、本当に死ぬかもしれないけどね」


 顕賢が期待と申し訳なさ半分の表情のままいつも持ち歩いている壺を抱えて近寄ってくる。ついにやってきた禁断の機会に生唾を飲み込んだ。


「きっと、成功してるはず……俺の薬は完璧ですよ」

 興奮した荒い息で蓋を取る。

「相変わらず気持ち悪いな拾得は」

「ところで丹薬を誰かに使ったことは?」

 ない、と顕賢は緊張で震える手で裏返した皿に中身を注ぐ。もう一度被験者を覗き込んだ。

「陸郁どの……申し訳ない……でも……」

「本当に遠志を自由にするんだろうなっ……⁉」

「商人は約束を守る」

 女に襟首を引っ張られ、足の間に頭を挟まれた。長い爪が顎に掛かる。

「噛んだら承知しないよ」

「……売女の指など、誰が食むものか」


 顕賢が常軌を逸した瞳で皿を捧げ持つ。肩を揺らして笑いながら、大丈夫です、と繰り返し、確信めいて傾ける。


「次に目が覚めれば、あなたは仙だ」


 黒いねっとりとした液体が舌に触れると同時に、絶叫が響き仲間の背から片翼が引きちぎられるのが見えた。

「なっ――――‼」

 抗おうとしたが、がちりと歯を鳴らして口は閉じられ、鼻は塞がれる。意思に反し喉骨は上下して口に溢れたものを胃に通した。



 その後は、味をはじめ、何もかもが認識するまでには至らなかった。




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