六章



 澄むまで磨いた黒御影くろみかげの塵一つ無い石床と一面に獣面紋様をあしらった太い柱を抜け、開け放たれた大扉の中へ飛び込む。叫んだ怒号が正庁ひろまに大反響して中は水を打ったように静まり返った。


「裏切り者の一泉主。首をもらい受ける」


 剣鞘で指されて金の座で身を強ばらせた男は何が起こったのか状況を掴めていないようだった。その前面で兵が集い、槍を突き出して威嚇する。韃拓は睨んだまま動かず、周囲は大変な事態になったことだけを把握して次第に混乱し始め、妃嬪ひひんたちが悲鳴をあげた。


「一泉主!隠れてないで出てこい!」


 羽林郎ごえいの壁ができ王の姿が見えなくなり苛立って再び一喝したところで、後ろから、お待ちください、と冷静な声がした。後を追ってきた瑜順が軽く乱れた息を整えながら両手を挙げる。

「どうか一泉の方々。剣をお収めください。我々とあなた方の間でなにか誤解が生じてしまったようです。――お前も剣を捨てろ」

「嫌だ」

「当主」

 冷たく言われて韃拓はようやく少しだけ刃先を下げた。彼が自分に対しあえて名で呼び掛けないのは怒髪衝天の時だけだ。しかしこの状況で剣を手放せはしない。


 膠着する空間、泉主は隣に座した湶后きさきと抱き合って怯えた表情をしている。いま韃拓を討てと誰かが号令をかければ終わりだ。息を吸い込んだ瑜順はゆっくりと膝をついた。

「この者はこの度新しく角族族主になった者、わたくしはその従者。どうか一泉主、皆様、不遜をお許しください。何卒お怒りを鎮められてください」

 韃拓は重ねて陳謝する瑜順と泉主の狭間で、目線を外さないまま、ようよう完全に柄を握る力を抜いた。それを受けて突きつけられた穂先も迷うように揺れる。大扉から階下を守っていた衛兵と先ほどの男がなだれ込んで来て、不法者を捕らえよ、と叫ぶ直前に、ふいに混乱した場に静かな声が降った。



「皆、静粛に。剣を収めよ」



 ひどく感情の読めない指図だったが一言で兵たちが完全に武器を退く。すっと波が凪いだようにまた別の無音が訪れた。


郎中ろうじゅうも持ち場に戻れ。使者を傷つけることまかりならぬ。破った者は厳罰に処す」


 それで駆け込んできた男は一瞬悔しそうに唇を噛んだものの、迷う素振りも見せず即座に頭を下げるともと来た道へときびすを返した。それを見送り、韃拓は声の発されたほうを見上げる。壇上、玉座のすぐ後ろに紗羅簾うすまくの垂れた上座がある。彫像のように動かないが確かに人の気配があった。


「…あんたは誰だ?」

 雑に問うた途端引き倒された。床におもいきり後頭部をぶつける。

って!」

「いい加減場を読んでくれ。これ以上は庇えんぞ」

 ぼそりと瑜順に言われ、頭をさすりながら渋々言い返さず起き上がる。御簾みすの中の人物がまた口を開いた。

「泉主、いつまでそうしている。角族主に迎えの言葉を」

 言われて妻に縋ったままだった男が慌てて離れる。ひとつ咳払いをすると裏返った声で韃拓たちに儀礼にもとづいた挨拶をした。


 いかにも凡庸そうな覇気のない男だった。色白の肌と下がった眉尻がいっそう頼りなげで、韃拓と瑜順はこんな男と何梅カバイがかつて同盟を組んだ筈がないと一目見て分かった。それほど歳とも思えない。では、やはり泉主は新しくなったのだ。


 二人は床に蹲り、瑜順が何も言うなという目線を韃拓に投げて顔を上げないまま口を開いた。

泉帝陛下せんていへいかの御前でいたずらに和を乱す暴状を働きましたこと、重ねてお詫び申し上げます。しかし、非礼は重々承知の上ではございますが、我々はもとより争う為にまかり越したわけではないことをどうかご理解頂きたく存じます」


 まわりでひそひそと声を交わす囁きが聞こえる。御座ぎょざの泉主は戸惑いながらも頷いた。それで瑜順はもう一度頭を深々と下げたが、一拍のちに、さて、と声音を変えた。

「そもそも、なぜ我が主がこれほどまで憤っていたのか、ということですが。この場をお借りして申し開きを致したいと思う次第でございます。まず我々は泉畿までの道すがら、わい州におきまして不当に襲撃を受けました。――そのことは?」

 ざわりと周囲の空気が乱れた。疑問と戸惑いの声を聴き取って目を伏せる。

「どうやら、泉宮におわします方々には存じ上げないことのようです。私どもは賊の追撃をなんとか逃れ、巌嶽がんがくまで上って来たのですが、また今度は別の噂を耳にいたしました。いわく、我々が貴国に隷属することを承諾し、今回の上京は前回の同盟の更新ではなく、あなた方に奉承を示す為のものであるという根も葉もない話です」

 瑜順は恭しい態度を取りながらも泉主をひたと見据えた。

「我が角族の先代当主から直々の慶賀文もお送りしたはずなのですが、我々が貴国に入国してから国府に到着を告げるまで、そちらからの使者も迎えも、全くの接触がございませんでした。正直戸惑っております。一泉国はいったい、我々のことをどうなさりたいのか、それを明確にご説明して頂きたく存じます」


 物音一つなく、しん、と静まった。臣下は互いに互いを見交わし、一様に自分たちの主を窺った。

 当の泉主は白面を赤らめて顔を歪ませ、視線はどこか下のほうをさまよわせている。隣で湶后がぽかんと口を開いた。


「さてこれは、どういうことだえ」


 再び姿の見えない声が響き、場の温度が一気に冷えた。

わらわはたしかに胡仙こせんの――先代角族族主何梅の文を受け取った。朝議にもかけたはずじゃのう。……大司徒だいしと、申し開きはあるかえ」

 泉主の脇に控えていた白髪の男が瞬時にひざまずいた。

せつはたしかに決議で承認したと記憶致します。三公九卿さんこうきゅうけい全ての印をもって角族との同盟の再約は確定されました。しかし、淮州でのことは従者どのの今のご説明で初めて知りました。誓って真実でございます」

大司空だいしくう

 今度は恰幅の良い男が膝をついた。

地掌三卿府ちしょうさんけいふ、その他諸司台、いずれも淮州、剛州での変事や内乱その他に関する奏讞そうげつは上がっておりません」

「二日の猶予を与える。至急淮州牧、朴東ぼくとう太守その他各郡太守に問い合わせ、早急に事態を把握せよ。さて、大司馬だいしば

 まだ若い小男が床に頭を垂れた。

「申し開きのしようもございません。角族の皆様はご内密に泉畿入りされましたゆえ、関わる奏上は全く聞こえて参りませんでした。ただ、剛州台足たいそく、淮州朴東間の関で大規模な捕物があったことは報告を耳にしております」

「なぜ使節団だと確認しなかった。言うてみよ」

「伏してお詫び申し上げます。淮州からの緊急の要請であり事由は後回しにされておりました。しかし、仔細がいくら経っても通達されず、結局内々のまま淮州牧がご解決されたと聞き及んでおりました。淮州からの民の関抜けは近年増加しており、今回のこともそのひとつであると軽んじてしまいました」

「各郡都尉といと連繋を取りいまいちど綱紀を粛正せよ。淮州が封領ほうりょうだからといって忖度する必要は皆無である。――大司徒、使節団の一連の道程に関する全ての奏上を五日以内に纏めて朝議で報告するように」

「すぐさま通過なされた郷里全ての調書をご用意致します」


 簾の中の人物は息をついて呆れたような気を醸し出す。

「結局は皆、知らぬ分からぬか。百官の長たる三公が腑抜け揃いとは目も当てられぬぞ。はてしかし、そんなことがあったのなら使節の方々は何梅にも報告して当然だの。じゃが妾はあれからは最初の文だけしか貰っておらぬ。どういうことだと思われる、泉主」

 どこか酷薄の響きに泉主が目に見えて恐怖した。

「わ、我はなにも命じてはおりませぬ」

「ではなぜそのように狼狽うろたえる」

 今度は蒼白になった。唇をわななかせ立ち上がり首を巡らす。

「た……太后たいこう様。我は、我は何も」

「阿呆でなければ知らずとも分かろうもの。残念ながら泉柱せんちゅうには王たる泉主を罰する文言はない。しかし妾が命ず。今後一切、角族の弊害となる邪魔立てをしようものなら許さぬぞ」

 泉主は力の抜けたように玉座で座り込んだ。


「あとで司隷校尉しれいこういを呼ぶように。訊きたいことがある」

 姿の見えない人物はさらにいくつか指示を飛ばす。そのさまを韃拓と瑜順はまじまじと見つめていた。他に並ぶ者のない、黎泉から神勅を受けた泉主を言葉ひとつで黙らせた。異様な光景に常には冷静な瑜順までもが半ば混乱しつつ、そして麻姑の噂した話を思い返し納得した。確かに、一泉には泉主が二人いる。


「角族おん族主。この度の多大なる非礼、それを把握さえ出来ていなかったことは一泉の過失じゃ。心からお詫び申し上げる。下劣な襲撃の際に出た損害と負傷兵の救護はこちらがうけたまわる。騙し討ちに遭ったも同然の所業に耐え巌嶽までお越し頂いたこと、一泉を代表し御礼申し上げる」

 淡々とした声だけの詫びに、韃拓はじっと上座を見据えた。

「……あのよお。謝ってくれるのは嬉しいが、そんなところで顔も隠したまま言われて素直に許すと言えると思うか?それに、あんたは泉主じゃなく泉太后だろ。一泉の代表が詫びるなら泉主がそうするべきじゃねえのか」

 泉主が諸官の影で怯んだ。瑜順はいさめようと口を開いたが、先刻たけっていたとは思えないほど落ち着いた主を見て思い直し、自分も様子を窺う。さらに韃拓は再び降りた沈黙を破る。


「よく分かんねえけど、法螺話は本当にただの噂で、同盟の更新はしてくれるんだろ?しかしよ、ここまでひどい仕打ちの行軍は初めてだ。しかもこっちはなにも悪くない。それを詫びの言葉ひとつで済まそうとするのか?俺たちを馬鹿にしてないか?」

「言葉を慎まれよ御族主。太后陛下は損害を補填するとおっしゃっておられる」

 官のひとりが言ったが、揺らがない。

「もしこの件で俺の仲間に死人が出てたら、金を払われても絶対許さなかった。補填できる類のものではないだろ。……まあ、俺たちは素人の襲撃で死ぬようなやわな奴はいねえけどよ」

「では何が望みかえ」

 太后がいまだ姿を見せないまま問うた。「おぬしが気に入らぬのはこちらがなにもかも決めてしまうからであろ。確かに対等ではないの。であるが角族、一泉どちらにも等しく利害の一致を成す同盟の約定は変えられぬ。追加の条件を望むなら一から草案を組み直さねばならずこれには膨大な時が要る」

 韃拓は口端を上げる。腕を組み太后と呼ばれた者の影と目を合わせた。

「俺はそんなにがめつくない。そうだな、こっちが決めて良いというなら……」

 何を言うつもりだ。瑜順は息を詰めて主を見る。まったくはらはらさせる。


 しばらく考えて満面の笑みで頷いた。


「俺の嫁を自由に選ばせてくれ」


 呆気に取られた間が満ちた。


「公主の降嫁は条件にあるだろ?なら、俺のさいになる女を自分で決めさせてくれ。それで今回のことは貸し借りなしだ。どうだ?悪い話じゃないだろ?」

 な、名案だ、と瑜順の肩に手を置いた。そちらは頭痛がしてきて額を押さえる。

「突飛なことを言わないでくれ」

「そんなに変か?俺たちはここまで来るのに邪魔されながらも自分たちの金で貢物を守り、護衛を雇って来たんだぞ?嫁を選ばせてもらうくらい、安いもんだろうがよ」


 満足気に言った顔に耐えられなくなったのか、ふいに品の良い高笑いが響いた。誰かが、太后様がお笑いに、と目をみはって呟いた。


「……面白いことを言う族主だ。何梅とは似ても似つかぬ」

 隔てられていた垂幕がゆっくりと巻き上げられていく。人々は開かれた上座に堂々と腰掛けた姿に反射で思わず跪拝きはいした。


 美しい、どこか氷柱を思わせる冷たい印象の女が姿を現した。結った黒い長髪も少し厚ぼったい紅唇も若々しかったが、目元に薄く浮かぶ皺だけは相応の歳を感じさせた。かんざし珥瑱みみだまもすべて黒玉、衣は黒と金で顔と指先だけが白く浮かび上がる。ややけ気味の頬線を描きつつ形の良い顎は尖って余計に彼女の鋭い雰囲気を増していた。


 金屏風を背景にした姿は威厳が溢れ、神々しさに思わず目を逸らしてしまいそうなほど。ゆっくりとした動作で薄墨色の扇を口元にかざす。


「それはそうと申し遅れた。我が名は一泉国摂政せっしょう、泉太后崔梓葛斎さいしかつさい。韃拓とやら、良いであろ。公主と言わずこの場にいる全ての婦女から相応ふさわしい妻を選ぶが良い。残念じゃが、同盟締結の当事者である妾以外でな」


 その言葉に一泉の者全員が耳を疑った。

「太后様!それはあまりに……」

 異議を唱えた者は涼やかな表情に言を尻すぼみにする。

「公主に限らず?」

「そんなばかな。もし湶后陛下が選ばれたら大変なことになる」

 官たちが小声で苦言を呈した。泉主も湶后も慌てている。湶后が扇で顔を覆ったのを皮切りに我先にと倣い、他の妃嬪たちも袖や円扇うちわに隠れて恐々として縮こまる。その様子に韃拓は大笑した。

「あんたも大概だな。でも俺は乗っちまうさがだ。ほんとに自由に選んじまうぞ。あとで文句を言っても連れて行くからな?」

「無論、二言はない」

 ああ、と瑜順は妙に納得した。かつて、確かにこの太后が同盟を結んだのだと分かった。どこか何梅と同じ種類のにおいがする。


「じゃあ、遠慮なく」

 韃拓が再び笑って女たちを見渡した。無遠慮に近づいて扇をどけてまわる。宮の者にとっては非常に礼を欠いたともすれば野蛮な行為に次々に悲鳴があがったが、葛斎はどこまでも無慈悲だった。

「衛兵、太承たいしょう殿の全ての扉を閉めよ。妃嬪、女官共に逃げることは許さぬ」

「あんまりでございます!わたくしどもは泉主の妃にございます!」

 一部が叫んだが他官はどうすることも出来ずに女たちと葛斎を見比べておろおろとするばかり。韃拓に顎を掴まれて検分されたひとりがまた喉を引き絞った。

 見かねて瑜順が立ち上がり、嫌がる女の顔をよく見ようとしていた肩を掴む。

「韃拓、これは俺の個人的な願いだが、子のある女と病にかかりやすいまだ幼い者はやめておけ。あと、嫁選びはあくまで同盟の条件のひとつだ。位の低い宮女も示しがつかない。好みだけで選ばないように」

「て言っても、誰が子持ちかなんて分かんねえよ」

 瑜順は葛斎を見上げた。「太后陛下はお分かりになられるでしょう?まずその選別をして頂きたい」

 最高権力者はいいだろう、と扇をあおぐ。すぐさま群衆から除けられたほうは一旦殿を出され、後に残った者たちが泣き始める。


「そんなに嫌かよ。傷つくぜ」

 あたりを見回し本心で言ったところで、ふと視線を感じて振り向いた。銀の椅子に腰掛けた妃嬪と公主のうちで、ただひとりだけ顔を覆っていない少女が険しく自分を見ていた。ひどくしかめ面だったが、泣くでも怯えるでもなく冷たくこちらを睨んでいる。気になって近づいたのをみとめてようやくいとわしげに顔を背けた。


 その少女の前に下官が庇うように進み出てきて、韃拓は青褪あおざめた女を見下ろす。「退け」

 ぞんざいに押しやり、よろめいて倒れ込んだ下官はお許しを、と叫ぶ。構わず椅子の前に立った。両耳に珊瑚玉を揺らす少女は果敢にも目線を上げる。きたならしい髭面の男がこちらを品定めしていた。肌はよく灼けた褐色で、同じく陽に晒した暖かみのある黒髪は編んで背に垂らしていた。粗暴に見える容姿のなかで猫のような瞳だけが炯々けいけいと宝珠のごとくきらめき、それはきゅ、っと細まる。

「お前、歳は?」

 答えずにつんと逸らし、覆おうとするも突然顎を掴まれてもう一度同じことを問われた。無礼極まりない扱いに思わず気圧けおされて小さく答える。


「…………十七」


 ふうん、と視線が全身を眺めた。肌が粟立つ。まさかこの男、自分を連れて行こうとしてないか。

 そのことにやっと思い至り、縋るように葛斎を見たが向こうはなんの表情もない。ただ退屈そうに脚を組んで頬杖をついた。


「わたくしは絶対行かないわ」


 焦燥に駆られて気がつけば思いを口に出していた。睨み据えた相手は片眉を上げる。

「絶対、絶対泉外地なんて行かない。行くくらいなら死んでやるわ」

 韃拓は可笑おかしくなってしゃがみ込んだ。「威勢がいい。肌も健康そうだ。歳も問題ない」

 瑜順を振り返った。

「こいつならどうだ?」

「無礼よ!夷狄いてきが、身の程を知りなさい!」

 言うや否や立ち上がった。ひどくいきどおろしい。こんな男に自分の命運を決められるのはごめんだった。席を立って出て行こうとしたが、厳しい声音がその足を止めさせる。

「よもや妾のめいに逆らう気かえ?出て行けば明日からおぬしは暴室ぼうしつ行きぞえ」

 恐ろしい言葉にその場に固まった。体を震わせ、沈黙し涙を滲ませる。恨めしげな視線を投げた。

「……ひどい」

「そなたが母のことを覚えておるなら二代にわたって独房で悶死するような愚行は犯さまいな?」

 母はまだ少女が幼い頃に罪を問われて孤独に死んだ。その場所が後宮に置かれた暴室だった。

「お祖母ばあさま。それほどわたくしが憎いのですか」

 聞いていた瑜順が嗚咽おえつ混じりに訴えた少女に声を掛けた。

「では、公主でいらっしゃいますか」

 髭面の男とは対照的に穏やかな物腰の従者に、警戒しつつも答える。

「……そうよ」

 銀の椅子に座す二十余人はいずれも王族の子女だ。瑜順は膝をついて礼を取った。

わたくしは瑜順と申します。御名おんなをお伺いしてもよろしいでしょうか」

 少女は再び下官に庇われて隠れる。請願にはその女が答えた。

「この御方は一泉国きょう王家第十三公主、慈清鶯慶豊命女玉雲綺君じせいおうけいほうめいじょぎょくうんきくんであらせられます」

「玉雲綺君さま。いきなり騒々しく場を乱し不躾な振る舞いをしてしまい、大変ご不快なことと思います。しかし私どもは一泉と共に協調し、新たな時代を築くためにこうして参上致しました。我々には一泉と角族の架け橋となる方がどうしても必要なのです。どうか前向きにご検討願えればと思います」

 真摯な瞳に戸惑った。半泣きでやはり顔を背ける。

「すぐに返事をお願いするわけではございません。我が主は貴国から一族の王妃となられる方を貰い受ける為、本日より二年間、泉宮で奉仕致します。どうかその間に様々なことを吟味して頂ければ嬉しく存じます」

 少女は害虫でも見るかのように韃拓を見やり、そちらはまるで面白い玩具を発見した幼児よろしく生き生きしている。


「――決まりじゃな。気に入った者がいてようござった」


 ぱちりと扇を畳んで葛斎が宣言した。黒漆のくつで静かに壇を降りて来る。それでようやく、本来進めるはずだった儀式になんとか戻り、葛斎と一泉主、それに韃拓は再同盟の証書に判をし、予定されていた全てのことを無事に終えたのだった。




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