三章
「早いな。昨日は羽目を外しすぎていたぞ」
「……
寝惚けたまま乱れた髪を掻き上げた。珍しいこともあるものだ、瑜順が煙を
悪い、と
「緊張してんのか?らしくねえ」
「……韃拓。小福の
韃拓は
「それは構わねえけど、他が無事に通るのを確かめなくて平気か?」
次は自分の番とばかりに差し出してきた手に
「あいつらが特に官府と繋がっているような動きもない。食局の旅人にも訊いてみたが皆口を揃えて大丈夫だと言っていた。食行や互儈はなにより
「お前がいいならいいけど」
吐き出した煙の輪を目で追う。「
「なんとかこのまま進むようにと。あちらはあちらで一泉主に俺たちの現状を伝えてくれる。とはいえ敵にいつ見つかるかも分からないから、一刻も早く朴東を出なければ」
二人は鏢行の数人と麻姑を連れて朝の開門を待ち再び郊外の雑木林に戻った。小福もついてくる。韃拓はそれを見て怪訝な顔をした。
「おい、棨伝を貸してもらってありがたいけどよ、お前ここに入り浸ってると仲間だと思われて一緒に捕まっちまうぞ」
「つれねえな。いちど首を突っ込んじまったんだ、最後まで見届ける」
麻姑が笑った。
「まあまあ、この
それを聞き流してさらに不機嫌そうに歩み去ってしまう。小福は瑜順に小声で訊いた。
「なあ、あいつなんであんなに偉そうなんだよう」
「韃拓は角族の現当主だ。単純だが考えなしではない。機嫌が悪いのはお前を心配しているだけだ。見ず知らずの子どもに助けてもらったことに少しはバツの悪さを感じている。別に本気で怒っているわけじゃないさ」
瑜順は主の後姿を見て少しばかり微笑んだ。「なによりこれ以上誰かを巻き込みたくないのだろう。今あいつは仮にも二百人を預かる長だからな。俺に采配を任せているが、大事なところはいつも決断できる」
「おれにはあんたのほうが当主らしく見えるけどね」
言えば歯を見せる。「俺は
そう言うと彼も仲間たちのもとへ合流していく。その背を見送り、小福は横に立つ女を見上げた。
「いまいち掴めねえ奴ら。あんたはなんで協力したんだ?」
麻姑は笑い含んだ。
「こういうのは気運というものがあるのさ。一言で言えるようなもんじゃあない」
「とか
首を振りながら言った小福もまた薄ら笑いを浮かべた。麻姑はそうさ、と得意気に胸を反らす。
「あたしは商人だよ。どれだけ自分が得できるかを一番に考えるのさ。今回の件は危険も多いがなにより国が関わってくる重要事だ。角族を上手く助ければ報賞もありうる。そうなればあたしの
「おれも
「したいなら今のうちにあのぼうやたちに恩を売っておきな」
良民には必ず位がある。
大抵の民は第一級か二級、士階級である
しかし奴婢階級である
「でもさ、あんたなら国から褒美を与えられなくても腐るほど金を持ってるだろ?」
「まあ、お偉い官吏連中はあたしらが手広く私腹を肥やすのを薄汚いものとして見ているから肩身は狭いやね。しかし金は金でも国からのものなら箔が付く。正攻法で得たものならなおさら価値がある。それで名が挙がるからね。同業はいくらでもおれど、こちらとてあえて売名の為に国と取引して金を注ぎ込むなんてことはしないしつまらないことだからそういうのは滅多にないことだよ」
古くは商人とは地に根ざして暮らす良民とは異なる営みを行う者たちとしてより蔑視され、
小福は先を歩む麻姑にさらに問う。「……
「まあ、淮州に住んでいる者ならそう思うかもしれんな。だがあたしは常にここにいる人間じゃないんでね。いつも大物狙いさ」
そう、と俯いた小さな頭をしばし眺め、口角を上げる。
「話は聞いたよ。親父さんは残念だったが、いまさらあれこれ悔やんでも仕方ない。お前にはお前のやり方があるんだろ。良いと思うことをやればいいさ」
そう慰めたが、小福は曖昧に頷いただけで顔を晴らしはしなかった。
四不像を数頭ずつ荷台に乗せ、または目立たないよう偽装して朴東その他の近場の郡県へと移送し、全頭の
しかし調整を済ませいよいよ人員が出発するとなった時分、韃拓は瑜順に異議を立てた。
「やっぱり、俺は最後に通る。もし麻姑の運ぶ荷を止められて泉賤が角族だと知られたら、俺はそれを無視して先に行くことはできねえ。全員通過したのを見届けてからにする」
対して瑜順は腕を組んで睨んだ。「もし万一そうなったとしたら、その時点で関門が封鎖され、徹底的に仲間が郷内にいないか調べられるだろう。お前が
しかし首を縦に振らない。「お前が先駆けしろ。どの時点でばれても後ろに続く奴はここで捕らえられる。なら、先行するのは
「だめだ。お前を一人にはできない」
しばらく説得を試みたが、それでも言を曲げなかった。
「もし仲間がここで殺されたら俺は一泉を許さない。見つかったら後戻りして朴東を滅ぼす。そんくらいに思ってる」
背に負った剣の柄を握ってみせ、それで瑜順は盛大に溜息を吐いてとうとう折れた。「……わかった。だが殿軍をするのなら俺と一緒だ。前も言ったが、お前は
途端に主はころりと破顔した。
「おう!そうと決まったらとっとと抜けちまおうぜ!」
期日は翌日の朝から、関の開門と同時にまず麻姑の預かる隊を先行させる。泉賤になりすました仲間を五十人ずつに分け複数の荷車で通過させた。その間に偽の棨伝を持っている者は旅人その他に混じって単身で抜け、全員の通過を確認した最後に韃拓と瑜順が通る。
泉賤のふりをした仲間の最終の車には請負主の麻姑自身が乗り込む。
「合流地で待ってるよ」
「ああ。俺たちにもしもがあったら仲間を頼んだ」
麻姑は頷き、一瞬瑜順に視線を流すと、そのまま発進の号令をかけた。ごとりと車輪は動き出し、檻の中でわざと身を汚した、小声で武運を祈る配下たちに韃拓は軽く手を挙げた。
二人と小福は北門が見渡せる近くの高楼から息を詰めて荷を見送る。麻姑が気安そうに門卒と話すのが見えた。やがて再び重そうに動き出し、
「行った……」
韃拓がほっとして小福の頭をぐしゃりと撫でた。それに嫌がりながら瑜順を見る。
「いよいよだな。すぐに行くのか」
「ああ。長居は無用だ。今のところ勘づかれた様子はないが、各所の厩舎に置いている四不像にもしかすれば誰が気づくとも分からない。早いところ出よう」
小福は少し寂しそうに頷いた。「ぜったい棨伝を返しに来てくれよ。おれはここにいるから」
「必ず」「任しとけ」
声を揃えた青年二人を硬い表情でもう一度交互に見て、
「じゃあ、目立たないように見てる。……さよなら」
そう言うとあっという間に階を降りていった。韃拓が腰かけていた欄干から立ち上がりつつ、変な奴、と不思議そうに首を傾げた。
関はやはり朝のうちに出入りする者が多い。なので二人も麻姑の荷車が出て行ったすぐ後に門前の列に馬を並べる。検問を待つ人の波は
「瑜順、先に行け」
「お前な……」
「お前だって全員のうちの一人だ。怪しまれるから距離を取る。じゃあ後でな」
口を挟む隙を与えず、韃拓が離れた。瑜順は息を吐いて向きなおり、門を窺う。場に緊張はさほどない。しかし、と上を見る。
衣服も着替え、髪も
ついに巡ってきて、検兵は横柄に棨伝を見せるよう命じ、裏表を確認し、積んである荷を開くよう言った。食行で
――――越えた。瑜順は馬に跨り歩みながら、振り返りそうになるのを我慢してゆっくりと壁を抜ける。抜けた先は剛州、門前には反対側と同じく道を挟んで
門前には人も多い。誰かを待っているのか、門から出てくる者を確認するように伸び上がる者や、実際に再会した者と合流したのか喜色を浮かべて抱き合う一団などもいる。その中に紛れ、韃拓の通過を待つことにした。
一方、三つある門のうち、韃拓は瑜順から二十人ほど後ろの隣の門列で彼が
そう思い馬を曳いて進み、自分の番になって言われるままに棨伝を差し出した。
検兵は退屈そうに目を細めながら札を見て、動きを止める。裏表を凝視して持ち主の顔とを見比べた。
「
「そうだが?」
兵は表情を一変させた。棨伝を返すことなく他の兵に目配せする。
「――ちょっと来てもらおうか」
密やかなその言葉に韃拓はぽかんと目を見開いた。
見知らぬ男が走り出てきて後ろを指差した。
「大変だ、関抜けだ!」
慌てた叫びだけでもう何があったか分かった。瑜順は馬に打ち跨ると混乱し始めた門前に飛び込み先ほど進んできたばかりの暗い門洞の向こうを
それで壁沿いの坂を目指す。方向は門に向かって左、入口には兵がいたが小門は開け放たれていた。油断していた兵卒たちを蹴散らし、一目散に壁上へ駆け登った。
思った通り、主が姿を現した。後ろから追われている。向こうもこちらに気がついた。荒く鞭打って近づいてきたのに厳しい目を向ける。
「――なぜばれた」
「分からねえ!棨伝を見た途端連れて行かれそうになったんだ!」
「なに?」
馬を並べながら眉根を寄せた。
「棨伝の
韃拓は追ってきた捕兵をみとめて外套の中に隠していた剣を抜いた。やむを得ず倣って瑜順は、いいや、と返す。
「それなら小福の父親のものを持っていた俺も捕まったはずだ。しかし妙だ。人相書きが伝わっているのなら顔を見るはず。それなのに姓名を確認する理由が分からない」
「瑜順、矢が来る!」
二人は北に向かって駆けながら後ろを振り返る。「殺す気なのは間違いねえ!」
「前からも来る!」
待ち構えているのは歩兵だ。槍を構えた姿に韃拓が舌打ちした。「俺が道を開ける!お前は後ろの矢を落とせ!」
舐めてもらっては困る、と不敵に笑った。手綱を離すとそのままの速度で歩兵に斬り込み槍を奪った。馬上で振り回す。同心円内で首を撫で斬りされ、頭蓋を真横から叩き割られた兵卒が後ろ向きに吹き飛び、巻き込まれた数人が勢い余って壁から落ちていった。瑜順も腹を括る。もう後には
角族は騎射で知られる。馬を駆るまま振動をものともせずに半身を使い、四方八方に矢をつがえ使うことを得手とした。一泉で掠奪をはたらくときも必ず騎乗して戦った。手綱を離して馬を操る技術と進行方向に左右されない体捌き、揺れのなかで敵を精確に射抜く腕と眼は幼い頃から鍛え上げなければ得られないものだ。
交戦して嵐の包囲を駆け抜け、二騎はただひらすら北へと逃走した。
追っ手を散らし、適当なところで馬を捨てて壁上から霧界側へと飛び降りた。北東辺の見張りの兵はまばらで二人を挟撃することさえ
「韃拓……‼」
前を行く背に突き立つのは折れた一矢。同じく汗だくになった韃拓は膝をついて肩越しに頷く。「抜いてくれ」
瑜順は力を込めて食い込んだものを引き抜いた。肉を千切る音がしたが血は溢れない。外套を
やはり、と内心息を飲む。この光景は何度見ても慣れない。矢が刺さった肌は裂けていたけれども出血は少量で、まるで
いてて、と韃拓は背を丸めたが、本当に痛みを感じているのか信じられない。
「……大したことはないようだな」
内心とは裏腹に無感動に言うと笑う。「さすがに近すぎた。ちょうど骨の間に刺さっちまったけど、
「悪い。俺が阻み損ねた」
只人なら謝るだけで済まない傷に問題ない、とさらに朗らかに笑って後ろを振り向く。「随分走ったな。どうせ泉人はここまで来れねえだろう」
陽はすでに傾き霧に包まれた森は薄く
「あいつは俺の行くところにはどこでも
何度か指笛を鳴らし、言葉通りいくらも経たないうちに断崖から黒い一点が駆け下りてきた。
獣は一目散に走ってくるとそのまま腕を広げた主にじゃれつく。すっぽり覆われ全身が見えなくなるほどの巨体に押し倒されて韃拓は笑いながら荒く毛並みを撫でた。「やはりいたか。さすがは俺の相棒だ。けどどいてくれ。めちゃくちゃ重い!」
赤い舌で舐め回されている様子に瑜順もふと微笑み、薄暮を見上げた。「さてしかし、どうしたものか。これで壁は易々とは通れなくなった。皆と合流しようにも難しいが」
「どうしてだ?北は守りが薄い。夜に紛れて壁を越えればいい」
瑜順は首を振ってしゃがんだ。「壁上で州境を越えてしばらくしても剛州から応援の兵が向かってきた。それも初めから矢を射掛け、襲ってきたということは剛州も俺たちを保護するつもりなんかないということだ」
藍を帯びていく空を見つめながらつまり、と続けた。「剛州へ内密に入れても州内は安全とは言い難いということ。どころか淮州と同じくすでに捕縛するよう手配されていると考えたほうがいい」
韃拓は睨む。「じゃあ、他の奴らもまだ大手を振って歩けねえってことだよな?捕まってるってことか?」
「いいや、それは何ともいえない。大人数の集団を警戒していたならたとえ見知った麻姑の荷車とはいえもっと検めに時間をかけたはずだ。使節団が消えたとなれば尚更。それが、朴東関で見咎められたのはお前ただ一人。敵は小福の棨伝を持ったのが角族の韃拓だと知っていた」
「それって、」
やはりな、と瑜順は再度首を振った。「最初から怪しいとは思っていたんだ。里を焼き討ちされたのなら兵の包囲を掻い
「あの
「どの時点で敵と通じたのかは知らないが。しかし少なくともあれの助けのお陰で皆が関を越えられたのは確かだ。ただ角族の首長だけは捕らえて殺せという
「なんで俺だけを」
「俺たちの戦い方は泉人にとっては異質だと聞く。角族の勇士二百人全てを捕縛しようとすれば犠牲がかなり出るだろう。それならとにかく頭を押さえたほうが確実だ。同盟を潰そうという魂胆ならお前を見せしめにして仲間の反感を
韃拓は歯噛みした。
「そういう事かよ。くそ、絶対許さねえぞ。でもじゃあどうする、下手に
「そうだな。何梅さまは泉畿を目指せと
どうにか連絡を取れればいいのだが、と悩む。
「追われてるのが俺だけならお前は戻れる」
言ったが憮然と否定された。
「俺とてもう面が割れた。前回の同盟に随行した者らの話によると、泉畿へ入るのにはもう一度門があり調べがある。いま剛州へ戻れてもそこで足止めになる可能性がある」
韃拓は苛立たしげに頭を掻きむしった。
「どうするってんだ。もうこのまま狛で
「……無謀にもほどがあるが一理ある。だが、一泉に入ってからどうもあちらの動きは変だ。俺たちを仕留めたいならば淮州に入ってからすぐに包囲して滅ぼせば簡単な話だった。なんなら
「じゃあ、本当は淮封侯は俺たちの味方ってことか?」
「結論するのは早いが、可能性はある。考えるに、一泉の勢力は二分されている。角族との同盟に賛成か反対かで分かたれているんだ。仮に淮封侯が賛成派、その他が反対派としても、力の差は歴然としている。反対派は表面上は封侯に逆らえない立場だからこんなことになったが、隠匿してまで俺たちを潰したい。そしてそれを実行出来る力がある。…………とはいえ別の疑念も浮かぶ。はたしてなんの後ろ盾もなくそんなことをやるだろうか。角族主であるお前を殺しても処罰を免れる算段があるのでは、と。後援が淮封侯よりももっと上の権力だとすれば」
韃拓がさらに眉間に皺を寄せた。
「一泉主が俺たちの敵だってことか?だが媽媽がそんなことを見誤るはずがねえ。それは考えにくいぞ」
「俺もそう思うが、現に剛州兵からも攻撃された。俺たちを迎えるようにとの通達が届いてないんだ。剛州は首都州、泉主の膝元だ。一泉主が俺たちの味方なら剛州でも追われるのはどう考えてもおかしい。泉主も寝返ったのかもしれない。たとえ泉主が
「初めから一泉主が同盟の
「人質を取って一族の反発を防ぐ…とか」
「それにしたって悠長すぎる」
暗闇のなか二人で頭を捻る。一泉の自分たちに対する扱いにむらがあってどうにもよく分からないのだ。とにかく、と韃拓は座り込んだ岩場を拳で叩いた。
「俺はここまで来て尻尾巻いて逃げ帰るなんてごめんだぜ。なによりみんなを敵地に置いたままにできるか。どういうことなのかきっちり説明してもらう」
「そうだな。だが最悪の事態を想定して行動した方がいい。どのみち今日の騒ぎが収まるまでは国内へ入れないから、霧界で日を待とう。あちらが泉畿に入るのと同じくらいに合流して、
韃拓は首を傾げた。「乗り込まないのか?一泉主が敵なら、正攻法で宮城まで行けてもそこで捕まるかもしれんだろ。拝謁なんて到底無理だ」
瑜順はじっと考え込み、それから逃げてきた遠くを見据えた。「……実は、もうひとつ気になることがあってな。一泉主も我々との同盟に本当に反対なら、さっきお前が言った通り再度の同盟締結の話が出た時に断ればいいだけのことだった。もしくは無視するとかな。仮にも一国の王だ、本気なら誰にも止められない。しかし、それならば反対派はたとえ封領で淮封侯の権が強いと言っても、王の命だと押し通して俺たちを堂々と排除出来るはずなのに、それをしなかった。俺がいま悩んでいるのは淮州での俺たちに対する攻撃の仕方と、辿った動機の
「意味が分からない。どういうこった?」
「何梅さまはお前も知っての通り
「否定はしないぜ。媽媽は昔からあんな感じだ。いつも薄気味悪い笑顔で表情を崩したところを見たことがない」
韃拓はおおよそ
「媽媽は俺たちを大事には思ってくれている……それはなんとなく――まあ時おり分かるんだが、如何せん何を考えてるのかさっぱりだ。悟らせねえ。弄ぶってのはまさにそうだ。いきなりなにか大事を言って
性格悪いぜ、と毒づいたのに瑜順は続ける。
「俺は何梅さまの言っている『一泉主』が今回、どうも前回同盟した泉主と同一人物でない気がしてならないんだ」
韃拓が驚いて口を開ければ、さらに困ったように眉を寄せる。「麦飯石を一泉に卸している
「本当か、それは。でも俺たちには何も知らされてないぞ?新しく泉主が即位したなら礼物とかを贈ったはずじゃないのか?」
瑜順は額を押さえた。「何梅さまが一泉と同盟を組んだのは『選定』をお受けになり戴冠してすぐあとのことだ。
「はっきり泉主は同じ奴だと言い切ってたのは憶えてるぜ?」
「ああ。だから俺たちはそれを信じて拝謁まで漕ぎつけられると思うしかないんだが……この状況では盲信としか言えないか……」
二人は黙った。泉地に入ってからまったく順風とは言い難く、まして韃拓は命を狙われている。このまま泉畿へ行って無事で済むのか、瑜順でさえ分からない。迷う。やはり、仲間を見捨てでも主を領地へ連れ帰るべきなのか。
「じゃあ、一泉主が俺たちにとって敵なのか味方なのか、それから誰なのかはっきりさせる為にも絶対に会わねえとな。味方なら嫁をもらうし、敵なら殺す。それでいいよな?」
すっぱりと言ってのけたのに瑜順は一拍無言になり、それから口の端を震わせた。
「お前は、まったく……」
「なんだよ?」
稀有にひとしきり笑うと頷いた。頭の中が軽くなった。
「――俺は当主に従う。必ずお守りして泉宮にお連れする」
韃拓もおう、と笑い返し歯を見せた。
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