第2話 追跡開始

 襲撃者の難から逃れたものの、優子は少し腑に落ちないでいた。

 ジンと名乗った白髪の男は、名乗り出してからは全く話さず、ただ優子の歩みに併せて歩いているだけで、特に何も詮索する風でもなかった。

 今まで優子に寄って来る男は皆、優子の美貌や生い立ちに擦り寄って来る者ばかりで色んな事に根掘り葉掘り聞かれることには慣れていた。

 しかし、ジンはまるで聞かないどころか、まるで優子の事を護衛対象以外まるで興味を見せる素振りを見せない。

 それ以上でもそれ以下でもないという態度に、優子はどういうわけか苛立ちを感じていた。

 今まで擦り寄って来た男どもは、先程の襲撃者を除けば皆手玉に取れていた。

 だがジンはまるで靡く風ではない。


「あなたは全く私自体に興味ないのかしら?」


 苛立ちから我慢出来ず、思わず優子はジンに聞いた。


「今まで寄って来た男達は私の事を知ろうとして近寄って来たけど、あなたみたいな人は初めてよ。

 女性に免疫がないのかしら?」


 棘を含めるかのように、優子は聞いた。

 初対面ならまずこんな言い方はしないだろうが、内心優子はジンに興味を持ち始めていた。しかし、


「俺はお前の護衛依頼を受けただけや。それ以上の事はもそれ以下の事もどうでもええ」


 ただ一言だけ、目線すら合わせずに返した。

 しかし歩速は優子にさりげなくあわせている。


「通りに出るからマスクしろや。

 してない状態で出れば目立ってしゃーねえ」


 まだ振り向かずジンは後ろ手に黒い不敷布のマスクを手渡す。

 全く視野に入れていないのに、マスク自体ほ優子の手近に、ちょうど良い距離感にまで翳されている。

 闇に映える白に、優子はやはり魅入られていた。




 2年前の11月より、世界に未曾有の流行病が蔓延した。

 現在でもマスク自体が手放せず、何かにつけて消毒液と言う神経質な風潮になっていた。

 しかし、このような状況になって助かっている人間もいるのもまた事実。

 顔を人に見られたくないとする者達の一部は、今のこの時代の空気を有難がった。

 遠目に見ても、直ぐに認識されることが無い。

 マスクに帽子にサングラスの組み合わせでも、職務質問をほとんど受けなくなった。

 容姿に自信のない者は人目を気にしなくなり、後ろめたい者は太々しく堂々とし、そして影に生きる者は制限されていた行動の範囲を広げる。

 ジンはそんな、影に生きる者だった。




 通りの人混みに紛れたジンと優子は人の流れに乗って練り歩き、地下鉄への階段を降り、再び人混みを縫って歩き回り、何かの通用口に立つ。


「ちょっと、ここいくら何でも関係なくない?」


 小バカにするように鼻を鳴らす優子は聞くが、ジンは全く答えず無言で無骨な通用口を乱暴に押し開ける。


「……ここは地下二階、その上階にさっきのヤツらの仲間が紛れ込んでるわ。

 表通りはあかんからここ使って出るだけや、安心しい。

 一応お前の自宅近くには着ける位置になってるわい」


 ジンはぶっきらぼうに言い放ち、入るよう促す。

 腑に落ちない優子はジンの後ろにつき、倉庫内を抜けて行く。抜けた先は地下駐車場。車も十数台は停まっているが、誰一人いない。


「車の運転は出来るんか?」


 不躾にジンが問う。


「免許は一応持ってるけどペーパードライバーよ。執事が私に運転させないもんだから、無茶な要望には答えられないわ」


「へ、資格上運転できるなら問題ねえ。このフロア中にヤツらがウヨウヨしてやがるから、ヤツらの駆除で俺は運転出来んわ。

 死にたくなきゃオメエが運転しろや」


 ただ冷静に分析を伝えるジンは、歩くのをやめず、先程と同じく武器も構えずに悠然と歩く。


「まあ安心しい。今時流行りのEV車やし、ちぃとジャジャ馬なだけや。

 ただ外装は防弾仕様にしよるから、馬力つけるんにアクセル二本同時に踏めば凄まじく加速するわい。タイヤも防弾仕様にしよるから、万が一撃たれても弾いてまうわ」


 そう言い、不意に手近の真っ黒なセダンに近づき、運転席側のドアを開けた後に優子を座席に押し倒した。

 優子の小さい悲鳴が飛ぶも、すぐに周囲の騒音に搔き消される。

 どこから取り出されたのか、ジンは小ぶりのマシンガンを両手に携え、水平に絶え間なく掃射していた。

 周囲の車に弾痕が刻まれ、駐車場の内壁のコンクリートが小刻みに爆ぜる。

 優子は気を取り直してエンジンをつけようとするが、今まで運転してもらっていたのが災いして、エンジンのかけ方がわからず戸惑う。


「ソイツはEV車やから普通の車と違うわ。

 ハンドル左手奥にパワーボタンがあるから、ブレーキ踏みながらそれ押せ。

 そいだら勝手につくわ」


 怒鳴る事なく、変わらず冷静にジンが指示する。

 言われた通り、優子はブレーキに足をかけてパワーボタンを押す。


「よっしゃ、それなら行こうかえ」


 まだ撃ちつつ、ジンは運転席のドアを蹴飛ばして閉め、ボンネットの上を滑り出して助手席側に回り、乗り込む。

 乗り込んで掃射が止んだと同時に、今度は周囲から跳弾が飛び交う。

 ジンの言った通り、フロントガラスは傷一つつく事なく全て弾き返している。


「さて、俺はヤツらにやり返すから、お前そのまま運転しいや」

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