第1話 アルビノのバウンサー

2021年7月3日 東京新宿区 歌舞伎町


 夜の煌びやかな喧噪が犇めく中、一人の女が駆け抜けていた。

 否、逃げていると言った方が良いか。

 女は何かに追われていると察して走り出し、その気配は逃げた事に気付いて周囲に悟られないように女を追跡している。軽く五人はいるだろうか。

 人ごみの中をジグザグに動き、途中で酔っ払いやチンピラに衝突するなどしていて、特にチンピラには絡まれそうになるも構う事無くすぐに走り去る。

 待て!とチンピラも追いかけようとするが、女を追いかける気配によって延髄に何かを喰らわされ、卒倒した。


 そして女は裏路地にまで逃げ込んだ。

 否、追い込まれたと言うのが妥当か。

 女はずっと人通りの多いところを目指していたはずだったが、気配達に誘導されていた。

 そんな気配がサッと、音を立てずに姿を現す。

 顔を覚えられない為の対策なのか、それとも別の理由があるのか。五人ともガスマスクをつけている。

 衣服、というより身に着けている装備品と言うべきか。普通の生活をしていては絶対に着ないような代物である。

 鈍い光沢のある厚手のベストに、刃物の形状をした金属板が全身に何本も宛がわれている。


 女の直感は当たっていた。

 気配達は女を殺しに来た。もしくは攫いに来た。

 かつて小料理屋やバーなどがあった、シャッター路地となっている閑散とした通路のど真ん中で、女は気配達に囲まれた。

 助けて!と叫びたくても声が出ない。恐怖を常に感じていたが、これ程までのレベルの経験はないようである。

 全身を竦ませて動けずにいたところ、同じく音を立てずに別の、六人目の気配が現れた。

 真夏なのにも関わらず黒のロングコート、中に着ている衣服もシンプルな黒で統一されている真っ黒な出で立ちの男だった。

 だが、特に目を惹いたのは、後ろ姿からでもわかる、白髪を通り越した純白な頭髪。

 身のこなしが老人にしては若々しすぎる。

 体格も二十代後半、と言ったところだろうか。

 その現れた白黒の男は気配達に冷たく言い放った。


「五人、今回はそこそこ手練れみてえやけど、まだ足りんわなあ。

 前回みたいに、テメーらの先輩方のような片付け方されるか?」


 風貌に似合わず、緊迫した空気の中で冷たい関西弁が響く。

 東京はやはり様々な地方の者が集まる場所。

 関西出身の人間がいてもおかしくはないが、それにしても風貌と話声が余りにもミスマッチしていた。

 気配達は何も答える事無く、全員武器を構えた。

 コンバットナイフが三人、少し長めの消音銃がニ人。


「けっ、ええやろ。二分だけ・・・、時間やるからテメーらの任務遂行、してみるんやな」


 これを合図に、気配達は一斉に飛び掛かった。

 女は我に返り悲鳴を上げるが、同時に突然視界が揺らいだ。

 白黒の男は女とダンスをするように気配達の攻撃を寸分の狂いもなく避けながら、同士討ちを誘発するという普通の人間では絶対出来ないような芸当を披露していた。

 気配の一人がナイフで女を刺突しようとすると、女は肩を掴まれて転倒する寸前で引き止められ、同時に刺突しようとした刃先は男が受け流している。

 隙なく二人目が男の白い頭目掛けてナイフを突き立てようとするが、その場から動かず相手の腕を肩に載せ上げて刃先を止める。

 女を振り上げ、反動で白黒の男は女の足先を一人目の男に衝突させる。かなり固めのピンヒールを履いていたのか、ヒールのかかとがガスマスクに衝突しレンズが割れ、相手の目にまで突き抜けたようだ。


 一人目が怯んだところで三人目が、下から振り上げて女を刺そうとするが、そのまま白黒の男は更に女を振り上げる。女は掴まれたまま、逆立ち状態になり視界が反転した。


 ただ驚くべきは、この三十秒もしない間でこれだけの事をしながら、後方からの消音の射撃まで回避しているという荒業。

 女は恐怖を感じつつも、人外の動きをする白黒の男に目を奪われていた。

 そして、男の顔が改めて見えた。

 線の細い顔立ちだが、肌が病的なぐらいに白く、瞳が真紅に染まっている。

 街灯が余り光っていない薄暗い路地でも、余りにも浮きだって見えていた。

 ただ女は場違いにも、一瞬男の顔に見惚れてしまった。



「きれい・・・」



 白黒の男に振り回されながら、女はそんな場違いな事を呟いた。そして、


「テメーら下手過ぎるわ。もう終了な」


 白黒の赤眼男は回避行動を止め、男は刃物を持った敵達を次々と制圧していく。

 一人目の顎を蹴り上げながら二人目の男の襟首を、後ろを向いたまま乱暴に掴み一人目の脳天目掛けて投げつける。

 三人目には容赦なくついでに二人目から奪い取ったコンバットナイフを投げ付ける。

 極太のナイフが左肩に食い込み、三人目は声を上げなかったが思わず肩を押さえた。

 更にいつの間に奪ったのだろうか、既に倒した二人からコンバットナイフを他にも四本、それぞれ指で挟みこんでいた。

 そのままナイフ全てを空中に制止させたまま鞘から全て抜き出し、一本ずつ瞬息で銃の敵二人に二本ずつ投げ刺した。


 任務失敗と判断したのか、一人が指で何か合図を全員に伝え、敵達は息を潜める様に素早く退散した。

 暗がりの路地には女と赤眼の男だけ残された。

 女はまだ、赤眼の男に見惚れており、それに気付いた男は敵達に対して浴びせた冷ややかな声で話し出した。


「何見てるんや。護衛対象に死なれたら困るんや。

 さっさと行くで」


 やはりミスマッチな関西弁だが、女はそんな事すら気にならない程、穴が開く程見惚れいてた。

 だが、ふと我に返って急に赤面し出し、女は怒鳴り出した。


「べ、別に!!アンタの見た目が珍しかっただけよ!!

 そんな変な意味じゃないわよ!!」


 慌てて女は息を荒げながら訂正するが、頬の紅潮が全く引く気配がなかった。

 赤眼の男は全く気にもせず、その場でタバコを取り出してふかし出した。


「タバコ、嫌い・・・」


 非難の目で女は赤眼の男を睨んだ。

 男は容赦なく吸い、煙を周囲に捲くし立てる。


「うっせえわ。タバコぐらい好きに吸わせろや、架山優子」


 架山優子と呼ばれた女に向けて、男は全く表情を変えず毒づいた。


「フルネームで呼ばないでよ!何か気持ち悪い・・・。

 で、アンタは誰なのよ、ホントに何者?」


 優子の問いに、赤眼の男は吸い終わったのかタバコを足元に落として足ですり潰した。


「ジンと呼べ。テメーの護衛の依頼を受けた。それ以上でもそれ以下でもねえわ」


 ジンと名乗った男は、それだけ答えた。

 優子はジト目でジンの足元を睨む。


「ポイ捨て禁止」

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