貴族ビアンカの憂い3

機関独自の移動手段によって美星の実家に向かった。

機関が保有する小型飛行機に揺られ、退屈な時間を過ごす。外を眺めていても仕方がないので本を読んでいた。イギリスから持ってきた小説だった。日本語は読めるが、やはり母国語には叶わない。イギリス英語が一番馴染み深いのだ。

 手持ち無沙汰にページを捲っていると、向かいの席に座っている彼が言った。

「そんなに退屈そうになさるなら、私たち機関に任せればいいのに」

 夜でもサングラスを外さない彼の名は、聖川慎という。彼が機関の養成校に通っていた頃に、一時期面倒を見ていた。サングラスの奥には金色に光る眼があり、若い頃はそれを理由に化物扱いされていたらしい。その金の特殊な眼はありとあらゆるものを見てしまう。

 この世ならざるものも、呪いも。

 少なくとも私よりはよく見えるのだろう。特異な眼を持つ十文字蒼夜も、彼には叶わないに違いない。その代償に、彼の眼は日に弱い。そして一般人として生きることもできない。彼は機関に所属するしか未来のない孤独な子だった。

「退屈だからこうやって外に出ているのよ。日本の生活は窮屈だわ。私には向いてない」

「そうでしょうね。日本の……特に田舎は、異物を排除したがりますから」

 彼も昔は気弱で頼りなさげな子どもだったが、気がつけば酷薄な笑みを浮かべる大人になっていた。そのことに一抹の寂しさを覚えつつも、彼の成長を否定しない。親というものは子どもの成長を見守るものだ。肝心の子どもたちは、私を親と思っているかは甚だ疑問だが。

 要するに、私が親の真似事をしたいから親の顔をしているだけなのだ。

 誰とも関わりたくないのに、育てた子には親の顔をする。矛盾に満ちた人生を送っている。私の姿は、彼らには滑稽に見えているのだろう。

「一つ聞いていいですか?」

 普段私と関わろうとしない慎がそんなことを言ってきたものだから、私は平静を装って頷いた。

「ええ。いいわよ」

「どうしてあの娘に肩入れするんです? どこにでもいそうな保有者じゃないですか」

「……美星のこと?」

「はい。私から見れば、あなたは彼女をとても気にかけています」

 彼には私が美星の世話をしているように見えるのだろう。実際その通りで、私は彼女に様々な教育を施していた。家事や日常生活のマナーはもちろんのこと、呪いや霊能についても少しずつだが教えている。美星はマナーこそしっかりしていたが、家事は甘いところがあった。彼女の家は裕福だから、使用人に任せっきりだったのかもしれない。家事をこなせないわけではないのだが、しっかりできるわけでもなかった。加えて、霊能関係は壊滅的だ。呪いにかかった年数が長くなればなるほど魂の気配を感じ取りやすくなったり、視えるようになったりするが、彼女の場合、視えるようになる前に呪いで死んでしまいそうだ。

 それでも呪いとうまく付き合っていくには、知識と経験が必要になってくる。彼女が生きていくためには必要な教育だった。

 だから私は、素直に答えるしかなかった。

「そうかしら。必要以上に関わってはいないと思うけど……」

「へえ。どの口が言うんですかねえ。無駄なお節介、いい加減やめたらどうです?」

 慎は表情に嫌悪の色を浮かべず、さらりとした笑顔で嫌味を言う。彼は私のことをあまり快く思ってはいない。彼は私を侮蔑の意味合いを込めて「魔女」と呼んでいる。彼は口を開けば私を罵倒するが、気にしたこともなければ言い返したこともない。憎らしいが、少し遅めの反抗期だと思えば可愛いものだ。

「あっちからわざわざ絡んでくるのよ。無下にはできないわ」

「相変わらず偽善者ですね」

「人に振りまく善なんて私にはないわ。ねえ、あなたなら知ってると思うけど」

「なんです?」

「呪いの強さは、人の心根で変わってくるという仮説があるわね。純粋な善人であるほど、呪いは強くなる。そして必然的に長く生きられない。この仮説が真実だとするならば……私はさぞかし極悪人なのでしょうね」

 言葉にすれば、思わず皮肉な笑みが口から漏れた。

 私の笑いをどう受け取ったのか、慎は白い貌から笑みを消した。サングラスの奥に隠れている金の眼はさぞかし凍りついているのだろう。温度をなくした表情だった。

「……あんたのそういうところが嫌いだ」

「そう」

 彼の喉から発された声は、少しだけいじけていた。だから私は笑って返す。この子も、弱かった昔とそう変わってはいない。

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