第170話 エピローグ
◆
その日は日曜日だった。
私、
いつもは共働きの両親だけど、今日は二人とも休みだったから私が朝食でも作っておいてあげようと思い、台所に向かった。
下に降りるために廊下を歩き、いつものようにとある部屋のドアにチラリと目をやる。
私の兄、双葉 一成が突然の失踪をしてからすでに一年以上が経っていた。
いなくなったあの日、特に争った形跡も無かった事から事件の線は薄く、かといって家出するほどの理由も無い。
自分で言うのもなんだけど、家族仲も良好だったと思う。
だから兄が失踪してからというもの、両親の(私もだけど)落ち込み様は酷かった。
時間が経ち、なんとか日常に戻りつつはあるけれど、それでも不意に思い出してはため息を吐いてしまう。
まったく、本当にどこに行ったんだろう……。
そんな風にほんの少し物思いに耽っていた時、何か兄の部屋の中で物音が聞こえたような気がした。
何となく予感めいた物を感じた私は、ソッと兄の部屋のドアを開ける。
その瞬間、すごい光が溢れ出して私を包み込んだ!
訳もわからず目を閉じて身を固くした私の耳に、懐かしい声が聞こえてきたような気がした……。
◆
「……菜、和花菜!」
私を呼ぶ声がする……って、この声は!
目を開けると、そこには久々に見る懐かしい顔!
「良かった、目が覚めたか。久しぶりだな和花菜」
「お兄ちゃん!」
私の眼前には、失踪した兄の一成がにこやかに私の顔を覗き込んでいた!
「いや、心配を……」
何か言いかけた兄の言葉を無視して、私は思いきりその横っ面に平手打ちをかます!
「ぐはっ!」
目を白黒させる兄の胸ぐらを捕まえて、溢れそうな涙を堪えつつ、私は今まで溜まっていた鬱憤をぶちまけた!
「何が『久しぶりだな』よ! いきなり居なくなって、皆がどれだけ心配したと思ってるの!」
「い、いや……ちょっと待て……」
「待たない! とにかく、今まで何処で何をやってたのか、洗いざらい吐いてもらうわよ!」
怒りの形相で詰め寄る私に、たじろぐ兄。
しかし、そんな兄への助け船が横合いから入った。
「落ち着くがよい、妹御。そう責め寄られては、一成も話すに話せんではないか」
口を挟んでくるその人物に目を向けて、一瞬言葉を失った。
……すごい綺麗な人だ。
でも、なんでこんなに美人さんが兄を庇うんだろう?
「あの、失礼ですが、うちの兄とはどういうご関係で?」
私の問いに、謎の美人は照れたようにモジモジしながら答える。
「あー、ワシの名はラービ。関係は、その……『一成の嫁』かの?」
はい? なんです?
「
いや、呼ばないし!
って言うか、いきなり兄の嫁ですって自己紹介されて、今後ともよろしくなんて返せる訳がないじゃない!
「ハイハイ! 私は、レイと申します!」
すると、兄の傍にいたもう一人の美少女(たぶん私より年下)が、ラービと名乗る美人さんに遅れまいと手を挙げて名前を告げてくる。
「私は御主人様の
おふっ……何を言ってるの、この子は……。
いや、もしかして言わされてるの?
「お兄ちゃん……あんたまさか……」
「待て、誤解するな! まずは俺の話を聞いてくれ!」
……そうね、聞かせてもらおうじゃない。
◆
「────と、言う訳で今に到るって事だ」
話を終えた兄は、コップに注がれた水を飲んで喉を潤した。
対して私の反応と言えば……何て言えばいいんだろう?
え、なに?
異世界に召喚されて、『神獣』とかいうものに見初められて、『神器』とかいうのを支配下に置いて、『英雄』とか『魔神』とかいうのを相手にドッタンバッタン大騒ぎ?
で、結局のところ帰還魔法は失敗で今に到る、と。
……それ、なんてラノベですか?
お父さんとかお兄ちゃんがそういうのが好きだっていうのは知ってるけどさ、夢と現実はちゃんと折り合い付けてほしかったな、私は。
「おいおい、現実逃避するな。お前がいる
そう……兄の言う通り、私は『兄の部屋』から『見知らぬ建物の一室』にいつの間にか移動していた。
天井も高く、大人数が一度に食事できそうなこんなにも広い部屋は、我が家にはない。
だから、百歩譲ってここが家じゃ無いっていうのは認めるわ。
でも、だからといって異世界ですって言われても……。
「まぁ、信じる信じないはお前の判断に任せるよ。ただ、俺達はもう
……なによ、それ。
今、サラリと酷いこと言わなかった?
だけど、兄は真面目な顔をしてもう一度「俺達は戻れない」と口にした。
「俺は『神獣』や『神器』といった、この世界の根幹に近い物達と強く結び付きすぎた。ようは、『地球の重力に魂を惹かれた人々』みたいなもんだ」
正直、その例えもよくわかんない。
だけど、一度帰るために使用した魔法は効果を発揮しなかったそうだ。
ここには居ないけれど、お兄ちゃんと同じような境遇の仲間の人達も一緒だったらしく、結局みんなこの世界に残る事になったらしい。
「まぁ、イスコット達はこっちに家族を呼んで一緒に暮らす事にしたんじゃが、一成の家族となるとそうもいくまい」
「だよなぁ……現代日本の人間がこっちで暮らすなんて、平成の東京から開拓時代の北海道に住むより無茶だもんな」
よくわからないけど、とにかく苛酷だという事は理解できたわ。
「でも、お兄ちゃんが帰れないなんて、そんなのないよ……お父さんもお母さんも、すごく心配してたんだよ? お兄ちゃんが無事だったのは良かったけど、もう二度と会えないなんて言える訳ないじゃない!」
じわりと涙が滲む。
兄が居なくなってからの両親の落ち込みを知っているだけに、またあんな悲しい思いをさせるのかと思うと、とてもそんな話は伝えられない。
「あ、いや……別に、二度と会えないわけじゃないぞ?」
あっさりと言う兄に、私はガクリとコケそうになる。
え、そうなの?
「ああ。こっちで出会った召喚師のハルメルトって娘なら、お前達を喚んだり帰したりは出来るからな。まぁ、難を言えばこちらから一方的に呼びつけることなっちまうって事かな?」
うん、確かに勝手に呼びつけられるのは迷惑かな。
でも、そういう事なら早く言ってほしい!
それならお父さん達にも報告できるわ。
「だから、父さんや母さんにこれを渡してくれ」
そう言うと、兄は一通の手紙を差し出した。
兄いわく、今の現状と心配をかけたお詫びがしたためてあるらしい。
だけど、私は一つ気になる事がある。
「お兄ちゃんはこれから、この世界でどうするつもりなの?」
そんな私の問いかけに、兄達はニヤリと笑った。
「俺達はこれから、世界を開拓しようとしている英雄達の手伝いをしようと思ってる」
キラキラと目を輝かせながら、兄は宣言する!
この世界はまだまだ前人未到の場所がほとんどらしく、そこを切り開きに向かう人達に力を貸して大冒険をするらしい。
冒険……その響きにはすこし惹かれる物があるなぁ。
「でも、それって危ないんでしょう? お兄ちゃんが着いていったって、迷惑になるだけじゃ……」
「おいおい、あまり馬鹿にしてくれるなよ? こう見えても結構凄いんだぞ、俺は」
何が凄いのかはよく解らないけど、そんな兄の言葉には自信に満ち溢れていた。
「なぁに、一成にはワシらも付いておる。大船に乗ったつもりで、任せてくれ!」
兄の嫁と名乗ったラービさんが、ドンと自分の豊かな胸を叩く。
……揺れたなぁ。凄いなぁ。
私との圧倒的な
「私も、一生懸命頑張って御主人様と危険を切り抜けますので、どうか和花菜様も心配しないで下さい」
意気込むレイちゃんが、ぐっと拳を握って見せた。
むぅ、なんか可愛い……。
しかし、こんな美人と美少女にここまで慕われるなんて、まるでラノベの主人公ね。
父さんが聞いたら羨ましがりそう。
「ああ、それで俺の部屋が
ラービ達も紹介したいしなと、兄は照れたように笑った。
そうだね……きっとお父さん達もビックリするよ。
「さて……積もる話もあるけれど、そろそろ時間だ」
そう言った兄は、部屋の外へと呼び掛ける。
するとレイちゃんと同じくらいの年頃らしい、眼鏡の可愛い女の子が部屋に入ってきて頭を下げた。
「彼女は、召喚師のハルメルト。他の仲間も紹介したい所だったけど、あいにく今日は皆出掛けていてな。またの機会にするよ」
兄の話に出ていた、破天荒な仲間の人達か……。
一体、どんな人達なのかと想像していると、ハルメルトちゃんが、兄となにやら話していた。
すごい……何言ってるのか全然解らない。
謎の言語で話すハルメルトちゃんに、兄は思いきり日本語で返している。
あれで、意志の疎通は出来てるんだろうか……?
それでも話は終わったようで、兄はハルメルトちゃんから離れると、私の方へ歩いて来た。
「じゃあ、またな。次に喚ぶ時期はその手紙に書いてあるから、よろしく頼む」
まるでちょっと出掛けるみたいな気楽さで、兄は私の肩を叩く。
あー、そうね。今度はお父さん達も連れてくるわ。
それで、お説教でもしてもらうといい。
「では、またの!」
「ごきげんよう」
ラービさんとレイちゃんが挨拶したところで、ハルメルトちゃんが一歩前に出てきた。
彼女は私に向かって一礼すると、何事かを話しかけてくる。
うん……でも私、こっちの言葉が解らないよ……。
「『これから元の世界にお帰ししますので、リラックスしていて下さい』だってよ」
兄が通訳してくれたので、意図を悟った私はハルメルトちゃんに向かって、頷きながらニコリと笑いかけた。
すごっ……本当に意思の疎通ができてたんだ。
やがて、彼女は独特のリズムで呪文らしきものを唱え始める。
それにともなって、私の足元に光が集まり始め、徐々に光量を増していった。
兄達が手を振る姿も光に飲まれて行き、私の視界は白一色に染まっていく。
そうして、またも感じたふわりとした浮遊感と共に意識が遠退いていった……。
◆
「……ん」
気が付いて辺りを見回すと、そこはいつもの兄の部屋だった。
そのあまりにも見慣れた風景に、ひょっとして兄と会っていたのは夢だったんじゃないか……そんな考えが頭をよぎる。
しかし、あの再開が現実だったという証拠として、私の手には兄からの手紙が握られていた。
「やっぱり……本当だったんだ……」
本当に兄は、異世界に行ってしまったんだと認めざるを得ない。
一抹の寂しさ……そして、背筋がゾクゾクするような興奮!
んんん~っ! だって、本当に異世界だよ?
しかも、また喚ぶって言ってたんだもん、こんなのワクワクするなって言う方が無理でしょ!
興奮しすぎて変なテンションになった私は、一人で踊り出しそうになりながらもハッとして我に返る。
そうだ、早くお父さんたちにも知らせてあげなきゃ!
ビックリするだろうな、喜ぶだろうな!
予期せぬサプライズ報告を両親に告げるべく、私は大急ぎで階段を駆け降りていった。
─完─
インセクト・ブレイン 善信 @zensin76
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