第169話 帰還の時
◆
…………………………ぬ?
なんだ、ここは?
気がつけば、俺は暗い空間に一人立っていた。
えっと……確かバロストを倒してから、すごく眠くなって、それから……んん?
ひょっとして、力を使い果たして……俺死んでる?
いやいやいや! 待て待て待て!
死んでない、死んでないよ!
死んでたら、こんな風に物事を考えたりできないだろう!
……できないよね?
だけど……ここはどこなんだ?
雰囲気で言えば、脳内組手とかやってる精神世界に近い感じもするんだが、いつもいるはずのラービやレイも居ない。
ちょっと寂しい……。
『すまんね、君と一対一で話したかったので
いきなり何者かに話しかけられ、俺はそちらに振り返る!
そこに居たのは……。
「バロスト!」
人間の姿に戻ったバロストが、驚く俺を見て肩をすくめて立っていた。
な、なんでこの野郎が!
しかも、招待したってどういうことだ?
あれか、某木星帰りの男みたいに「お前の魂も連れていく」的なことか?
やめてよ、俺ニュータイプじゃないんだから!
『やれやれ、何を言っているのか解らんが騒がしい事だな……』
ため息と共に、めちゃくちゃ呆れた顔をされてしまった……つーか、なんでお前はそんなに冷静なんだよ!
あの時、確かに倒した筈なのに……もしかして、仕留め損なったのか?
『いいや、今の私はまぁ……なんというか、残り香みたいな物だ。本体はキッチリと
ニヤリと、意地の悪そうな笑みを浮かべるバロスト。
ふん、良心の呵責を誘ってるならお生憎様だ。
好き勝手やりまくった挙げ句、こっちを殺そうとしていた奴を殺した所で、罪悪感なんぞほとんど感じちゃいねーよ!
それに、この世界に来たばかりの時から野性動物と食うか食われるかの戦いばかりだったんだ、その手の覚悟はとっくに完了してるっつーの!
『なんだ、つまらんな。若いくせに達観しよって』
思ったより俺の反応が悪かったからか、バロストがまたも肩をすくめる。
そんなことより、そのバロストの最後っ屁がわざわざ俺に何の用なんだ?
『そうそう、それだよ。君に聞きたいことがあるんだ』
俺に話したい事はない。とっとと成仏しろ!
『そう邪険にするな。最後の力を振り絞ったんだから、話くらいいいだろう?』
好き放題やっといて今更何を言って……最後の?
『ああ。肉体が死んで、私の中にあった神器、魔神、蟲脳……それらの力を全てかき集めて、私は今ここにいる。まぁ、もうすぐ消滅するだろうがね』
……こう言うのもなんだが、それだけの力が残ってたんならギリギリ命は保てたんじゃないのか?
『いやぁ、肝心の蟲脳がやられてしまってはね。かなり厳重に守っていたハズなんだが……大したものだ』
意外にも、スッキリした顔でバロストは俺達の勝利を認める。
むぅ、けっこう潔いな。
『まぁ、確かに延命だけならできたかもしれないが、自由に動けなくもなるだろうし、それじゃあ意味がない。だったら、この後に元の世界に帰る君の話を聞けるのは今しかないんだから、死んでも知りたい事は知っておきたいのさ、私は』
なんて野郎だ……。
こいつがやってきた事を肯定するつもりは微塵も無いけど、延命より知識欲を優先する態度や我の強さには、正直感心せざるをえない。
……はぁ、わかったよ。冥土の土産だ。
それで、何が聞きたいってんだ?
『ズバリ、君の元いた世界についてさ!』
俺の……って、日本の話が?
『そう、他の蟲脳達と違って、君からは一風変わった文化の香りがする。その根源となる世界について、色々と教えてもらいたい』
そ、そんなに変かな、俺の故郷は。
『うむ。自らの蟲脳から生まれた別人格を伴侶としたり、多彩な技法の格闘術だったり、土壇場での突拍子のない発想だったり、なんとも興味深い』
ううん、誉められてるのか呆れられてるのかわからんけど、純粋に日本の事が聞きたいみたいだな。
なら、歴史的背景から現代の娯楽に至るまで、俺の知る限り話してやろう。
なんだかんだで、お国自慢はちょっと楽しいしな。
そうして、時間を忘れて奴の問いに答えたりしていたのだが、やがてバロストは小さく『おっと、時間か……』と呟いた。
『面白い話を、色々と聞かせてくれてありがとう。では、そろそろ逝くとしよう』
そう言うと、バロストの体が足元から崩れていく。
満足そうな顔の奴に、少しだけしてやられた気持ちになる。
望んだ事をやりきったって意味では、確かにバロストが一番かもしれないしな。
『せめて、君達が無事に元の世界に帰れるよう……ついでに、私もその世界に転生できるように、祈らせてもらうよ……』
そう最後に言い残して、完全に灰になったバロストは暗闇に溶けて消えていった。
やめてよぉ……。
バロストが日本に転生なんかしたら、すげぇ迷惑を振り撒きそうで怖いから、絶対に転生してくるなよ!
しかし……。
一人、この暗闇に取り残された俺は、途端に心細くなってくる。
え、戻れるんだよね、これ……。
不安に駆られて辺りを見回していたその時、不意に光が広がって俺の意識が引き上げていくのを感じた。
◆
「一成っ!」
眠りから覚め、ぼんやりとしていた俺の目に、涙ぐんだラービの顔が飛び込んでくる!
「心配させおって! 一週間近くも、目覚めなかったんじゃぞ!」
そんなに!?
抱きついてくるラービに一声掛けようとしたが、ミシミシと体に痛みが走る!
ぐおぉっ……この懐かしい痛み……久しぶりの切り札を使った後の後遺症か!
は、早く薬……薬をくれぇ!
「御主人様!」
ジャンキーみたいに回復薬を求めていると、バンと派手な音と共にドアが開き、ラービの声を聞き付けたレイが部屋に飛び込んで来た!
ラービと同じように、涙目でしがみついて来るが、痛いのでもう少し手加減してほしい。
「一体、何があったんじゃ。精神世界でも眠りっぱなしじゃったんから、気が気ではなかったのだぞ?」
そうなのか……。
そりゃ、ずいぶんと深い所に連れていかれていたみたいだな。
ともかく、心配してくれていた二人に夢……というかバロストと対面していた状況を語って聞かせる。
バロストの名前が出た時は二人ともたいそう驚いていたが、結末を聞くと呆れた顔になった。
「はぁ……もう、何も言うまい」
「ですね……」
あそこまで己の欲望に従える人間に、ラービとレイは言葉を失い話を打ち切った。
うん、まぁその気持ちはわかる気がするわ。
「で、俺が寝てる間に、
今度は、こちらがラービ達に質問する。
「うむ。それがな……」
──ラービ達から聞いた話をかい摘まんでみると、ひとまず事は上手く進んでいるらしい。
あの戦いの後、英雄達の信任を得たキャロリアは、無事に六国の統一女王として即位したそうだ。
もちろんナルビーク達のような、現地貴族達の反乱やら治安の悪化等もあるようだが、そこは旧体制の協力者達と力を会わせて頑張っているらしい。
英雄達もそれぞれの国に戻って、新体制を支えるべく尽力しているそうだ。
ただ、キャロリアの政策の目玉であった島外探索についてはまだまだ時間がかかりそうとの事。
外海へと乗り出すために、英雄達を乗せる大型船の建設や、それに伴う物資の調達など、一朝一夕にはいかない事も多いみたいだ。
もっとも、その辺もキャロリアの計算通りらしいので、近い内になんとかするんだろう。
そして、肝心の俺達の帰還について。
こちらは今の所、キャロリアから受け取った古代の魔導書を相手に、ハルメルトが頑張ってくれているらしい。
なんでも、六杖の連中も協力してくれているそうだから、もうすぐ形になるだろうとの事だった。
「順調だな。もうすぐ一件落着か」
「少し……さみしい気もするがの」
ラービの言葉に、俺も同意する。
めちゃくちゃでキッツい事も多々あったけど、それらも今となってはいい思い出に成りそうだ。
「とはいえ、それまで寝て過ごす訳にもいくまい。今、この世界は猫の手も借りたい状況じゃ、ワシらも力を貸してやろうではないか」
ああ、そりゃいいアイデアだ。
聞けば、『魔人撲滅』やら『神獣説得』やら、英雄達が島を出た後の事を見越して、やるべき事が多々あるみたいだしな。
若干、手荒すぎねぇかと思うような計画も立ち上がってるみたいだが、それはこの世界の人間とっては必要なのだろうから、
……さぁて、最後のご奉仕といきますか。
◆
──それから、さらに三ヶ月がたった。
ようやく完成した帰還魔法をもって、俺達は今日、元の世界に帰る事となった!
魔法を使って、俺達を帰す役目のハルメルトとの他にも、数人の英雄が見送りに来てくれている。
しんみりした雰囲気は苦手なので、それぞれとあっさりした別れの言葉と握手を交わす。
そうして、最後にハルメルトが魔法発動の前に挨拶をしてきた。
「み、みなざん……ご迷惑どお世話をおがげしまじた……」
涙で顔をグシャグシャに歪めながら、彼女は声を絞り出す。
「うむ。まぁ色々あったが、
ラービを初め、ノアやジーナ、さらにはユイリィにもお礼を言われ、益々ハルメルトの顔が酷いことになる。
ああ、もう。
……でも、まぁ確かに日本じゃ絶対に体験出来ない事ばかりだったし、終わり良ければ全て良しだ。
俺達も彼女に礼と別れを済ませて、いよいよ帰還の途に着く。
「それでは、いきます!」
涙を拭ったハルメルトが、魔力を集めはじめて帰還魔法を発動させていく。
長々としたお経にも似た呪文の詠唱と共に、俺達の足元にあった魔方陣から光が広がってきた!
その光はどんどんと強まって俺達を飲み込み、やがて視界が全て光に染まる。
手を繋いでいるラービやレイ以外には、他の面々の姿も見えないし気配も感じられなくなっていた。
やがて、ふわりとした浮遊感を感じると、それに伴ってハルメルトの声が遠ざかって行く。
心の中でもう一度さよならを告げながら、しばらく浮遊感に身を任せていたが、やがて徐々に体の重さが戻って来るのを実感する。
足裏が地面についた感触があり、ゆっくりと踏みしめて体勢を整えると、閉じていた目を開く。
眩しい光でいっぱいだった世界に、徐々に色が戻って来て……やがて視界がハッキリとした、その時。
俺の目の前には、見慣れた風景が広がっていた。
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