第2話
道はずっと空いていた。ぼくは夜の高速なんて久しぶりだなとわくわくしながら西に向かって車を走らせていた。4年ほど前に仕事用に買った中古の軽ワンボックス。「餃子屋 いしだ」と側部にでかでか書かれたこぎたないバンはおおよそ神奈川の瀟洒な海辺に不似合いだろうなと思いはしたけれど、張る見栄も30年弱の人生の中ですっかり捨ててしまったからどうでもいいといえばどうでもよかった。
篠岡なつめから連絡があったのは1ヶ月ほど前のことだった。
*
在学中そのやんちゃぶりで名を馳せていた同級生がFacebookで「卒業して15年の節目ということで」というふれこみとともに同窓会の案内をばらまいているのを送信日時から2ヶ月遅れで目にしたとき、ぼくの中にまず浮かんだのは「少なくとも俺は行かないな」というもはや聞かれてもいない返答だった。
中学の同級生なんて話したい相手がろくにいないどころかもはやほとんどが顔も名前もぱっと浮かばない。こっちがそうなら向こうにしたって同じことだろう。互いを忘れ去ったぼくたちは今やおのおのまったく違った人生を送っていて、子どもを1人産んだやつもいれば3人も産んだやつもいるし、地元に根を張っているやつもいればはるか遠くに移ったやつもいる。伸び広がった木の枝と枝が時とともに隔たりの度合いを増しけっして交わることがないように、あまりに違う人生を送る人間どうしはついに相見えることなく終わっていく。それでこそ自然だとぼくには思える。
そんなわけで同窓会そのものにはまったく興味がなかったのだけれど、かつて親しくしたりしなかったりしていた同級生にいったいどんなやつがいたっけ、という出歯亀根性のようなものが少しだけ芽生えて、ぼくは「○×中学校20XX年卒業生」というグループに加わっているメンバーを上から順々に追ってみた。見覚えのある人間もいればまったく見覚えのない人間もいる。中学時代はよくつるんでいたけれど今となってはまったく交流のないやつもいる。ときどき個人のプロフィールページを見てみたけれど、まともに更新されているもののほうがよほど少なかった。他方でせっせと更新されているページもまれにあって、そういうページのほうがかえって自分との遠い距離のようなものを感じさせた。
そうこうして何人目だったか、その整った顔立ちのために学年でも比較的目立っていたあるクラスメイトのページを見ていたとき、その「友達」の欄に見覚えある名前を見つけた。「Natsume Shinōka」。篠岡なつめ。プロフィール写真は学生の頃にでも撮ったものだろうか、画質が悪くて顔がはっきりと見えない。個人ページを見ると、更新は8年前を最後に途絶えている。
篠岡なつめ、と名前を頭の中で繰り返すうち15年前の記憶が自然と掘り起こされてくる。なぜかピアノを聴くためだけに元々さして親しくもなかったクラスメイト——それも異性——の家にたびたびやってくるようになったという点を除けば、どこにでもいそうなごく普通の女子だった。結局あのよくわからない関係は受験期を迎えると少しずつほころびはじめ、卒業とともに完全に途絶えた。最後に篠岡の前でピアノを弾いたのは卒業式の3日ほど前のことだったと記憶している。春の甘ったるい匂いが混じりはじめた空気のなかで、自分たちがそれぞれ別の道を行こうとしていることを、ぼくらは言葉にしないながらはっきりと予感していた。
篠岡なつめ。どこかで元気にしているのだろうか。8年前の夏を最後に更新の途絶えたページを開いたまま、ぼくはしばらく考えるともなく考えていた。
*
それから1週間も経たずして、篠岡のほうから連絡があった。驚かされたけれど、思えば最初から篠岡なつめとはそういう人間だった。
「元気? 久しぶりにFacebookを開いたら名前が目に入って、どうしてるかなと思って連絡してみました。」
言葉少ないメッセージを繰り返し読みながら、15年分の空白が必要最低限以上の言葉を飲み込ませたのだろうとぼくは想像した。ぼくだって万が一自分から連絡する勇気が湧いたとしてもそうしていただろう。ましてやぼくにはその勇気すら湧かなかったわけだ。思えばあの意味不明な関係の発端をつくり出したのも篠岡であってぼくではない。
しばらくのやりとりを経てぼくたちは15年ぶりに会うことになった。神奈川の事務所兼自宅まで来ないかという篠岡の申し出を受け、ぼくは店の定休日の前夜、店じまいのあとで営業用の中古のバンを発車させた。ほかの人間からの誘いだったら疑いもしただろうが、あの篠岡のことだからと思うとわりあいすんなり受け入れられてしまったのだった。
夜道をドライブするのは実に久しぶりで、ぼくの気分は穏やかに浮き立った。光るビルや規則正しく後ろへと駆け抜けていく常夜灯、大型車の色とりどりのランプを横目に、ぼくはBGMもかけず車を走らせた。低いうなりのような音だけが立ち込める夜をくぐり抜けながら、ぼくは今の篠岡について思いをめぐらせずにはおれなかった。自分が年とともに良かれ悪しかれ変化してきたように、篠岡も15年前とはすっかり違っているだろう。メッセージに書かれた言葉の風合いから察するに、ぼくなどよりずっといい歳のとり方、成熟のし方をしているにちがいない。
結局ぼくは高校時代の途中でピアノをやめた。1年生の早い段階でアルバイトを始め、2年生の終わりかけから周りに先んじて大学受験に向けた勉強をし、のらりくらりとピアノから逃げつづけた。そのうち母親もついに愛想を尽かしたのか、ピアノに関してぼくに何やかやと言うことはなくなった。ぼくは奨学金を借り、高校時代に貯め込んだアルバイト代と大学入学後のアルバイトの稼ぎを使って一人暮らしをしながら地元から離れた大学に通った。それ以降一度としてピアノは弾かなかった。
篠岡のほうはどんな大人になっているのだろう? どうしようもない大人にだけはなっていてくれないでほしいとぼくは祈った。醜いエゴだとわかっていても祈らずにはいられなかった。15年経っても変わらないものがあると信じたままでいさせてほしい。そうでなくては、記憶の底に沈んでいた思い出をわざわざ掘り起こす意味がどこにあるというのか。
*
高速を降りてから道は一気に暗く静かになった。旧式のナビに従って、ぼくは篠岡から送られてきた住所をめざしていく。緑が多いところらしく、あちこちからにぎやかな虫の声が聞こえる。ときどきコンビニを見かけたけれど、時間帯もあって客はほとんどいないように見えた。
目的地にたどりつくまで、高速を降りてから25分ほど車を走らせた。そこにはのっぺりとした白くて高い塀に囲まれて、見るからに立派な家がそびえ立っていた。ぼくはひとまず門の前に車を停め、軽く息を整えてからインターホンを押した。
返事があるより先に、ドアの鍵の開く音が夜の闇に高く響いた。
「石田?」
呼ばれた瞬間、軽いめまいのような感覚におそわれた。記憶の底に沈んでいたのとまったく同じ声の響き。地元を遠く離れた海沿いの街にいながら、一気に遠い過去へと引き戻された気がした。距離があって姿はほとんど見えなかったけれど、それはたしかに篠岡なつめだった。
「車、どうしたらいい?」
せり上がってくる感情を抑えようとして声がこわばるのが自分でもわかった。ガレージ開けるからそこに停めちゃって、と言った篠岡のほうは変わらず落ち着いた口調だった。ぼくは返事をして再び車のエンジンをかける。なだらかな勾配のある道を少し下っていくと、乗用車なら3台は入りそうなガレージがあり、すでに1台、家の立派さに比すればちぐはぐとも言える平凡なセダンが停められていた。
車を停め、ガレージを出て道を門のほうへと戻っていく。ほどなくして門の内側から人影が現れる。まっすぐこちらに歩いてくる。ぼくも足を止めずに進んだ。中間地点で二人して立ち止まった。
「迷わず来れた?」
ほほえみながら篠岡は言った。髪型や服装はすっかり年相応だけれど、面影ははっきりと残っている。その表情は15年前と比べて角の取れた感じはあったけれど、たしかに篠岡のそれだった。一応ね、と返しながら、ぼくは自分の中に泡のように湧き上がる色とりどりの感情を味わっていた。
わざわざ遠くからありがとねと言い、篠岡はおもむろに歩き出す。ぼくもその後をついていくかたちで歩き出した。ずいぶん自分の身長が伸びたことを、篠岡のつややかな長髪を後ろから見下ろしながら、ぼくは今さら知ったかのように実感した。15年経ったんだ、とあらためて思わずにいられなかった。
*
案の定それは大した豪邸で、古くはあったけれどそれがかえってエレガンスを引き立てているとぼくには思えた。縁あって安く融通してもらったのだと篠岡は言った。「スタジオを兼ねた住まいを持ちたくて物件を探してるんだけどいいところがないんだって言いふらしてたら、ちょうどいい話があるって教えてもらったの。」大人が3人横並びになってもまだゆとりのありそうな立派な階段を上がりながら、ぼくは吹き抜けの広間を上から下まで何度も見渡さずにはおれなかった。
通された2階の広い一室も、飾り気はないながら立派な部屋だった。外に面した壁の一面は全部がガラス張りの窓になっていて、眼下すぐには真っ黒い雑木林が、その向こうには暗い夜の海が広がっていた。部屋の真ん中には窓に寄せるかたちでオリーブ色の布張りのソファーと真っ白なローテーブルが置かれていた。反対の壁際では空気清浄機が静かに自分の仕事をこなしていた。そして奥では、1台のグランドピアノがじっと場所を占めていた。
前衛的なSF映画に出てくる宇宙船の一室のような空間だった。何もかもが違うはずなのに、その雰囲気はぼくの実家の「レッスン室」——今となってはどんな使われ方をしているのかも把握していない——とどこか似ていた。
「もうピアノは弾いてないの?」
ソファーに座るようぼくにうながしながら篠岡は訊く。高校に入ってからわりと早いうちにやめてしまったんだと言うと、篠岡は少し寂しそうに笑いながら「そうだよね」と言った。そして部屋の奥で眠るように静まり返っているピアノのほうに顔を向け、「あのピアノ、もともとこの家にあったものなの」と言った。
「石田が来ることが決まってから、調律師の人に来てもらってできる限りで手を入れてもらったの。絶対弾いてくれないとも限らないかもって思ったから。きっともう石田はピアノ弾いてないだろうとも思ったんだけどさ。」
そこまで言って篠岡は少し黙った。その後でぼくに何か飲むかとたずねた。酒以外ならなんでもと答えると、篠岡はぼくに少し待つよう言い残して部屋を出ていった。篠岡がいなくなるとぼくは本当に遭難中の宇宙船に取り残されたような気持ちになった。
一人で座っているのも落ち着かなくて、ぼくは立ち上がって恐る恐るピアノのほうに近づいてみた。実物のピアノを目の前にするのは本当に10年以上ぶりだった。
年季を感じさせないほどに、それはよく手入れされたピアノだった。埃もかぶっていないし、傷らしい傷もついていない。蓋に指をかけてみて、すぐ離した。絶対に弾くまいと意固地になっているわけではなかったけれど、距離感のようなものがまるでわからなかった。篠岡にそんなうろたえたところを見られるのも嫌だった。ぼくはピアノから離れ、ソファーに腰を下ろし、篠岡が戻ってくるのを待った。
だだっ広い部屋に一人でいると、ものの5分がものすごく長く感じられる。なんとなくそわそわしだしたころ、篠岡は背の高いガラスピッチャーとグラスを2つ、それから軽食を載せたトレーを持って帰ってきた。慎重にかがんでトレーをテーブルに置く篠岡を見ながら、ぼくは急に自分の置かれている状況が奇妙に思えてきて、そのことをそのまま口にした。篠岡はふふっと笑って、中学のときとおんなじだよね、と言った。
篠岡がグラスに注いでくれたジャスミンティーは、よく冷えていて本当にうまかった。香り高い液体がつるつると体内を通り抜けていくのを感じるうちに、少し呼吸が軽くなった。身も心もが思ったよりこわばっていたらしい。どうやら向こうにもそれは伝わっていたのだろう。
「元気だった?」
篠岡はようやくぼくに尋ねた。ぼくはうなずき、ピアノは弾いてないけど、と付け加える。そして、篠岡も元気そうだねと言うと、それなりにね、と笑った。
「本当はもっと早く連絡したかったの。ふと思うタイミングはいっぱいあったんだけど、毎回踏ん切りつかなくって先送りにしちゃった。なんかダメだったんだよね。時間がたてばたつほど、中学のときに自分がやってたことがどんどん理解不能に思えてきちゃって。」
じっさい理解不能なんだけどさ、と付け加えて冗談めかした篠岡に、ちょっとわかるよ、とぼくは言った。
「怖かったわけじゃないんだけどね。会って近況を話し合うだけでもきっと楽しいし、たぶんそれでも十分成り立つとは思ってた。でもやっぱりどうしても連絡できなかったの。美しい思い出は思い出のままに、なんて言うと陳腐すぎるけど、実際会ってみて『変わっちゃったな』なんて一瞬でも思ったらやっぱり嫌だなって。」
そこまで言って、篠岡はジャスミンティーのグラスを手に取り、口につけた。ぼくは言うべき言葉を探した。率直に言って、篠岡がぼくのことを考えていてくれたようには、ぼくは篠岡のことを考えていなかったと思ったのだ。ぼくの中で篠岡とのことは中学を出た瞬間から「思い出」としてカテゴライズされてしまって、もうそこに手をふれることもないのだろうと、思うともなくずっと思っていたから。
「篠岡にはずっと感謝してた。」ぼくは言った。
「あのわけのわからない関係にぼくを導いてくれて、飽きずにピアノを聴いてくれて。俺は救われてたよ。あんなに幸福な時間ってほかになかったと思う。わけはわからなかったけどね。」
篠岡は目を伏せてほほえんだままじっとぼくの話を聴いている。
「嬉しかったんだ。自分のやってることに意味がないわけじゃないんだって思えて。どうせやめるピアノだって確信だけは捨てられなかったけど、それでも篠岡のことだけはがっかりさせたくないって思ってた。期待に応えようとすることさえ裏切りになるだろうって気がしてたよ。それくらい本気になれてたと思う、篠岡が隣で聴いてたときは。」
「意味があったんだね、石田にとっても。」
ぼくはうなずく。「俺にとってこそ意味があったよ。」
ならよかった、と言って篠岡は顔をほころばせた。そしてしばらく沈黙が流れた。
ふと「ちょっと待ってて」とだけ告げて篠岡は立ち上がり、部屋の外に出ていった。そしてすぐに戻ってきた。両手に黒い革張りのギターケースをたずさえていた。
「石田のピアノを聴きにいくようになってから、従兄からお古のギターをもらって少しずつ練習しはじめたの。内緒にしてたけど。」
ケースから取り出されたギターはいかにもものが良さそうで、手入れもよく行き届いている。しゃべりながら、篠岡はおもむろにチューニングを始める。
「お金のこともあるしピアノは無理だって最初から思ってたけど、なんでもいいから音楽をやりたいって思ったの。石田のピアノのせいでね。だから今の私がある。それは絶対に一度は伝えなくちゃって思ってきたし、その決心がついたから連絡したの。」
ぼくはなめらかに光るギターとその上を慣れた様子ですべる篠岡の手指を目で追いながら、夢見るような気持ちでいた。
「あとで弾かせて。今の私を石田に見てほしい。身勝手かもしれないけど、気の済むようにさせてくれない?」
わずかに潤んだ目で笑いながら篠岡は言った。ぼくはもちろん、と応じてうなずいた。篠岡の身勝手は今に始まったことじゃない。ぼくはその身勝手にかつて救われていたし、今もきっとそれは変わらないのだ。
*
篠岡のギターに耳を傾けながら、ぼくは久しぶりに音楽というもののすばらしさを存分に感じた気がした。あとで聞いたところ、篠岡は今やかなりの成功を収めている気鋭のミュージシャンなのだということだった。実にさまざまなところで手がけた楽曲が使われていたり、大きな舞台でもしょっちゅう演奏していたりしているらしかった。そんなことをぼくはてんで知らなかったわけだけれど、それはここ数年のあいだぼくが餃子ばかり焼いていたせいで、素直にそう弁明すると、篠岡はむしろ楽しげに笑いながら「それでこそ石田だわ」と言った。
結局そのあと、ぼくはピアノの前に座らされた。15年弱ぶりに弾いたピアノは本当に下手くそで、ぼくは自分で思わず笑ってしまったし、篠岡も遠慮なくげらげらと声をあげて笑っていた。指が多少ほぐれたところで勘は全然戻ってこなかった。それでも、他の誰かの前だったら感じていたにちがいない気恥ずかしさや情けなさみたいなものを、篠岡の前ではほとんど感じることなくすんだ。
夜通しぼくたちは語り合い、音楽で遊び、喉が渇いたらジャスミンティーを飲んだ。話は尽きなかったし、ギターの音色はいつまでも心地よかった。飲み物はつねに香り高くそしてよく冷えていた。掛け値なしに最高の夜だった。
そんな夜のあとでも、朝は必ずやってくる。窓の外の空が白みだすと、ぼくらはお互いおのずと言葉少なになった。潮時と見て、名残惜しさを抑えつつ家を発つことにした。「餃子食べに行くね。楽しみにしてるから」と篠岡は言った。
外に出ると空気はまだひんやりしていたけれど、すでに太陽が地上を炙るように強く照らしはじめていた。まぶしい光にぼくは思わず目を細めた。ぼくはガレージまで送ると言ってくれた篠岡にともなわれながら、またしばらく会うことはないんだろうな、という漠然とした予感を味わっていた。それはたしかにもの哀しい予感ではあったけれど、けっして苦しいものでもつらいものでもなかった。
いつか今日のことが遠い記憶になった頃、閉店まぎわのぼく以外誰もいない店にふらっと篠岡が現れ、ぼくが餃子を焼き、篠岡が黙ってそれを食べる日が来るだろう。おそらく、いや必ず。BGMもない閉店後の店内で、ぼくは篠岡がじっくりと餃子を味わうのを眺めるのだ。あるいはぼくがピアノを弾くかもしれない。今は持っていさえしないピアノをどういうわけか持つことになって、篠岡が餃子を食べるかたわらぼくはそのピアノを弾くのだ。やっぱり中学のときみたいにはいかないな、なんて言い訳しながら。そして夜明けとともに篠岡は店を去り、ぼくらはまた長いあいだ別々の道を歩んでいくことになる。……
そんな夢想をしながらぼくはガレージまでの道を歩いた。篠岡は何を考えていたのだろう? ぼくを送ってくれるあいだ篠岡もぼくも終始無言で、最後まで尋ねることはしなかった。
車のエンジンをかけ、薄暗いガレージからまぶしい路上へと進み出ながら、ぼくは窓を開けて篠岡に手を振った。そしてもう一度「ありがとう」と声に出して伝えた。篠岡は「こちらこそ」と言って笑った。ぼくは窓を半分だけ閉め、車を発進させた。
サイドミラーに映る篠岡は、振り返した手を下ろして後ろで組み、こちらをまっすぐ向いてじっと立っている。ぼくはその姿を確かめるたびに、また会う日までちゃんと生きなくちゃな、と思った。そして、窓を開けてもう一度手を振りたい衝動を何度も抑えた。車は前進しつづけ、篠岡の姿は限りなく遠ざかり小さくなっていった。
餃子屋の石田 @otofu_be_strong
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