蓮華 ミルキー

 *****


 幼いころに作った秘密

 蓮華の花畑で一緒に遊んだあなた

 まぶしいくらいに輝いているあなた

 私の憧れのあなた

 私から離れていかないで

 ずっと一緒にいて

 そのために私は……


 *****



 本日は晴天なり。夏がもうすぐという暑さもついた雲一つない6月の青空だ。こんな日に、どうして外で写生をしなくてはいけないのだろうか。右側に車が時折通る道を小学生のように2列に並んで歩いていく。一歩進むごとに暑さとめんどくささで体が重くなる。もう帰りたい。30分ほど歩くと、ようやく目的地のリサイクル公園についた。クラスごとに少し離れて集まり、その場で座る。先生の注意や説明を聞いて、やっと自由行動ができる。ずっと体育座りをしていたせいで、スカートが砂ぼこりでおおわれている。制服を汚すなと言っておきながら、こういう場所では汚していいのか。矛盾していると思う。


「日葵ちゃん。どこに行く?」

「何が見ごろなんだろ? とりあえず一周してみない?」


 おさげ頭の鈴香が笑顔でうなづいた。入口近くのカフェに入りたいと思いつつ、園内をくるりと公園を一周してみる。

 走れば5分で一周してしまう前方後円墳のような園内には様々な種類の花や樹木が植えられている。芝桜やラッパ水仙などは見ごろが終わって、だだっぴろい花壇にしなびた数本が残っているだけだった。なんか親父の残り少ない髪の毛のように感じた。可哀そうだ、どっちも。だが、ラベンダーと薔薇、紫陽花はちょうど見ごろを迎えており、涼しい風に吹かれて華やかな香りを振りまいている。


「うーん、人も多いしどうする? 違う場所に行く?」

「あそこはどうかな? ちょうど人も少ないし」


 鈴香が指さした場所は、少し花壇から離れているが三種類の見ごろの花が見渡せる木陰であった。風が吹くと後ろの木々がさわさわと揺れ、初夏の訪れを感じる最高の場所である。そのまま、二人で黙々を色鉛筆で写生を始める。手前には、ピンク、紫、青と一株ごとにグラデーションのように変化する紫陽花、右奥には一面紫の雲のように風に揺られるラベンダー畑、左奥のピンク、赤、オレンジ、黄色、白と色とりどりの薔薇はここにいても匂いが漂ってくる。


「二人ともできた?」


 完成まで、あと少しというところで奈央が話しかけてきた。


「あとちょっと、奈央は終わったの?」

「私は、終わったよー」


 ケラケラと笑いながら、紫のラベンダーが描かれた絵を見せてくる。細部まで書かれていてとても上手だ。


「私も今終わったよ」


 鈴香も、ここからの景色が描かれた絵を見せる。


「えっ、終わってないの私だけ? ちょっと待ってて!」 


 急いで埋まっていない、空と花壇の部分を描いていく。


「そういえば、知ってる? ここに昔、幼稚園児のバラバラ死体を殺人犯が埋めた話」

「ううん、確かリサイクル公園じゃなくて、この山の麓に埋めたらしいよ」

「そうなの? まあ、そのバラバラにされた幼稚園児の右の小指だけ見つかってないの。その子が霊になっても、小指を探してるの。『僕の指がない。』って話しながらね」


 ようやく描き終わって、二人の話に参加する。


「なんかよくある都市伝説だね」

「都市伝説ってそんなものでしょ。誰々が殺されたからとか、何かの祟りや呪いが襲ってとかばっかだもん。でも、だからこそロマンがあるよね」


 目をキラキラと輝かせながら、夢見る乙女のように言う。顔がアイドルみたいに可愛いのに、相変わらず中身が残念過ぎる。


「奈央ちゃんはホラーが大好きだもんね」

「うん! そうそう、今度最新のホラー映画が上映されるけど、一緒に見に行かない?」

「へえー、どんな映画なの?」


 そのまま三人で新作映画について話していると、


「うわああああああーーーーーーー」


 突然、叫び声が園内に響き渡った。何事かと思い、声のしたほうに行ってみると、立ち入り禁止のロープが張ってて、2,3人の男子が心配そうな表情で、崖の下を見ている。


「これ、先生を呼ばなきゃダメじゃない」

「いや、もう来るよ」


 振り向くと、先生方が厳しい表情で走って来ていた。何人かの生徒もこっちに向かっている。


「ぎゃあ、幽霊だ!」

「えっ、幽霊!」


 そんな言葉が聞こえたとたん、奈央が立ち入り禁止内に入ってしまった。


「あっ、ちょっと! 奈央!」


 慌てて私と鈴香もロープ内に入る。そして今にも崖下に行きそうな奈央を止める。


「離して~。千載一遇のチャンスなの~」

「いや! 危ないから!」


 もみ合っていると、バランスを崩して私が崖に落ちてしまった。いてて…。


「きゃあ! 日葵ちゃん、大丈夫!?」

「うん、平気」


 鈴香の声に返事をする。斜面のようになっていたおかげで、お尻から落ちることができた。おかげで怪我一つない。


「おい、大丈夫か?」


 隣から先に落ちた男子の声が聞こえる。顔を上げて横を見ようとしとき、上に何かがいた。ゆっくりと斜めのほうを見ると、黒い影がこちらに向かって手を伸ばしている姿が見えた。何あれ……


「おい、大丈夫か!?」


 先生が駆け付け、崖の斜面を滑り降りてきても、私は黒い影から目を離すことができなかった。肩をゆすられて先生のほうを見た。もう一度木のほうを見ると、そこには何もいなかった。登れる斜面から上に戻ると、


「日葵ちゃん! 大丈夫?」

「日葵、ごめん!」


 二人が駆け寄ってきた。奈央のほうは半泣きになっている。


「どうしよう、私も幽霊見ちゃった」


 声が震えてしまった。


「日葵ちゃん、あり得ないよ。だってここに小指は埋まってないから」

「えっ?」

「その子は山の麓に埋まっていたの、だから現れるとしたらその付近だと思うよ。多分、木の影を幽霊だと勘違いしたんだと思うよ」      


 冷静な鈴香の言葉に思い出してみる。確かに木の陰にいたな。


「えっ、じゃあさっきの男子も見間違い!?」

「だと思うよ」


 なあんだ。びっくりして損した。


「大林、小倉! お前たちもこっちに来なさい。どうしてこんなことになったのか話を聞こう」


 先生が怒った顔で私たちに言った。うぇー、めんどくさいなぁ。


「じゃあ、二人の荷物とってくるね」


「あっ、ありがとう」


 まあ、私はとばっちりを受けただけだから、説教はされないかな。あれ、なんで鈴香は小指は埋まってないって知ってるんだろ?



 *****


 写生をした木陰を通り越して、森の中にある小さな蓮華畑に行く。大事なあの子が埋まっている蓮華畑に

 あの子が行方不明になって、私は何か手がかりがないか、この公園を訪れた。だけど、何も見つからなかった。気を落として地面を見つめながら帰っていた時に、あの子とのお揃いで買ったハンカチが見えた。この近くに、あの子がいるのかと思い、慌てて山の麓の森に入った。しばらく走って見つけたのは、桜の花びらの絨毯の上に鎮座された

 あの子の……あたま……

 私は後ずさりした。怖い? 違う…

 美しいと思った。血の気のないほほ、紫色の唇、無造作に地面に散らばった黒い髪、すべてが美しかった。

 私は、それを手に入れたいと思ったけど、そうすると犯罪者になってしまうだろうと考え、頭の近くにバラバラに置いてあった体の一部、小指を持ち帰り、蓮華畑に埋めた。

 だって、そうしたらずっとあなたは私を忘れないでしょ。

「これからも、私を忘れないでね?  ……ちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宝来文学222号 「時差号」 奈良大学 文芸部 @bungeibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る