Walk to alive おにぎりまる

「あ」


 間抜けた声が一つ、静かな山道に響く。風が唸って、烏が鳴いた。

 ……鳥の鳴き声がする。

 何度見てもスマホのコンパスは南を表示している。


「……どうりで中学校が見えないわけ」

 

 無意識のうちに言葉を口にする。



 

 五月晴れの空、鮮やかな若緑と白んだアスファルトの上で辻村真は己の過ちにようやく気が付いた。


「これ、逆に向かってたんじゃん」


 長く息を吐き、頭を抱える。


「あー! 遭難した! なんでだよ!」

 

 

 ───事の発端は遡ること一週間前。

 長めの漫画を一つ描き終えた。これは描くのに一年もかかった超大作だ。何度もプロットを練り直し、台詞を慎重に選んだ。

 幼い頃からペンを握り続けていた辻村にとって、何かを描き続けるのは呼吸と同義だった。長い長いその時間の中で、一つの物語を完結させることは夢でもあった。背景も、何もかも全て自分でやったのだ。辻村にとってそれが初めてちゃんと完成させた『そこそこ長い話』だった。他でもない自分の手で夢を叶えたのだ。

 だからなのだろう。

 描き終わった途端に、一切合切のやる気を失ったのは。

 それから少しだけ無気力な生活を送った。何もしないで、ただただベットで横になってツイッターを眺めていた。

 もちろん、生活に関わることはちゃんとやっていた。人間としての尊厳を失うのは、プライドの高い辻村が一番避けたいことだった。それでも他のことはほぼ放置していた。端から見れば、死に掛けながらペンを握っているかのような状態だった。

 さて、それから少しして昨日の夜に辻村は急にどこかへ行きたくなった。このご時世がどうだとか、もう気にしていられなかった。昨年の春から幅を利かせている感染症がどうだとか知ったことではない。辻村真という人間は、元よりアクティブな方なのだ。引きこもってやることが無くて退屈……なんてことはない。ただ、引きこもることに飽きた。それだけだった。好きなことだろうが、飽きてしまったらどうしようもなく退屈になる。気を病むほどに、だ。

 感染リスクを取るか、このままベランダからフライハイ! してしまうか。

 その二択を迫られた彼女は、今までの我慢を捨ててあっけなく外に出ることを選んだ。

 

 新しい日常に飽きた辻村は、かねてより気になっていた山間にある里に行くことにした。某人気漫画の聖地もあるらしい。漫画家を志望する彼女としては、押さえておきたい場所でもあった。人気作を分析するのは趣味でもある。誰もが面白いと思う作品を描くために、人気作を研究と称してすべてを洗いざらい暴き出すのが趣味なのだ。

 そこからは早かった。前日にルートを確認し、用意する。天気と気温を確認して服装もきちんと考えておく。スケッチブックを当たり前のようにリュックに入れて、財布の中身を確認する。もちろん感染対策のグッズも入れておく。…

 …別に怖くないわけじゃないのだ。そして意気揚々と九時に出るバスに乗って、山間の里……岩里を目指した。


(案外人が乗ってるな……)


 座席でリュックを抱え込みながらそんなことを思う。やはり某漫画の影響なのだろうか。意外と人がいるのかもしれない。そう思うと少し嫌な気もする。一人になりたいからわざわざ山奥の里にしたのに。土曜日だからか。土曜日だから人が多いのか。そんなことが浮かんでは消えていく。流れる車窓は深い緑色をしている。

 予想に反して人は目的朕つく前にごっそりと消えた。

 とある停留所でみーんな降りてしまった。それに少しがっかりするような、ほっとするような複雑な感情を抱く。それでも、密でないのならいいとするべきなのだろう。

 そういう世の中になっている。

 

 

 降りるためにボタンを押す。そしてちゃんと料金を支払ってバス停に降り立つ。涼しい風が横髪を揺らす。田舎道をバスが走り去っていく。


「…………あ、ここ違くね?」


 次の目的地へと走って行くバスを眺めて、ふと気が付く。さっき支払ったのは七百五十円。だが、昨日見た目的地までの料金は九百七十円だったはずだ。どう見ても今支払った金額が安い。バスの停留所には『大岩里』と書かれている。声も出ない。

 次のバスは……二時間後だ。スカスカの時刻表をじっと眺めるが、やっぱり二時間後だ。やってしまった。こんなテンプレみたいなことを、まさか自分がやらかすとは辻村は微塵も思っていなかった。


(いや、でもなんか昨日迷子になりそうな予感したもんな……どうなんだろ……)


 目的地までの距離を確認すると、その距離は五キロほどあった。山道を五キロ。舗装された道路を歩くことになるだろうが、坂は坂。地獄は目に見えている。


(二時間なにも無い所で待つなら、一時間歩いた方がいいな)


 そんな素早い決断をして歩き出す。位置情報は山の中にあるせいか、反応が無かった。少し歩いたところでやっと反応を示す。目印になりそうなものは郵便局と中学校くらいだろうか。行き先を見て思う。

 穏やかな山村の、うねった道を一人歩いて行く。陽射しは真夏ほどではないが、少しうっとおしく感じる。うっすらと汗をかいてきたところでマスクを外して帽子を被る。どうせ一人なのだ。たまーにトラックが走って行くくらいで、すれ違う人はいない。どう足掻いても感染症の心配はないのだ。


(てかこのままマスク付けてたら、感染するより先に熱中症で死にそう)


 水の張られた田を横目に坂道を行く。目的地にたどり着くためには峠を越えなくてはならない。黙って歩を進める。視界をうろつかせながら、イヤホンから流れる曲にだけ耳を傾ける。このくらいのアクシデントならばまぁいいかで済ませられる。真夏でもないのだから、これもまた一興。そう言い聞かせるように何度も思いながら坂を登っていく。アスファルトを蹴る足は軽快だ。


 

「……おかしいな」


 しばらく進んだ所で辻村は立ち止まる。目印にしていた中学校が未だに見えない。三十分くらい歩いたので、一キロくらい歩いているはずなのに、まだ見えない。それどころか道は鬱蒼とした森の中に入っていっている。舗装された道路で、昼間なのに薄暗くて不気味だ。涼しいのは助かるが、どうにも嫌な予感がする。


(でも、途中で郵便局っぽいのはあったのにな。ずいぶんとしけていたけど)


 途中、寂れた建物の前にポストがあった。


(これが郵便局か。なんだか寂れているな。でも田舎だしこんなものか)


 なんて辻村は思っていたが、そこでようやく気が付いた。そんなわけがない。あれはポストであって、郵便局ではないのだ。ポストはポストだ。嫌な予感は確信に変わる。スマホに入れていたコンパスアプリを起動させる。以前流星群を観測する際に、方角がすぐに解るようにとインストールしていた。


「あ」


 間抜けた声が一つ、静かな山道に響く。風が唸って、烏が鳴いた。

 ……鳥の鳴き声がする。

 何度見てもスマホのコンパスは南を表示している。


「……どうりで中学校が見えないわけ」


 無意識のうちに言葉を口にする。

 

 五月晴れの空、鮮やかな若緑と白んだアスファルトの上で辻村真は己の過ちにようやく気が付いた。

「これ、逆に向かってたんじゃん」


 長く息を吐き、頭を抱える。


「あー!遭難した!なんでだよ!」


 空しく声が響く。そんな辻村をあざ笑うかのように、すぐ隣りを車が走って行く。目的地とは逆に、二キロ半も歩いていた。目印にしていた郵便局は、どうやら位置情報が復活した地点の後ろにあったらしい。そのあとすぐにスマホを仕舞って歩き出したから気が付かなかったのだろう。……ここに至るまでに再び位置情報がロストしたので、気が付けなかったのだ。一気にやる気が失せる。予定は既に崩れているが、これは想定外すぎる。全部辻村の失態が招いた結果なのだが。

 空を仰ぐ。


「あー……ちくしょー……舗装された道で遭難とかマジであり得ないわ……」


 このままどうなってしまうのだろうか。ヒッチハイクでもして目的地に乗せて行ってもらおうか。 ───それで女子大生が殺されて山に埋められた事件があったな。

 疲れているせいか嫌な可能性を考えてしまう。いや、全員が全員悪い人ではないのだろうが。一応それなりに鍛えているが、疲れている今はどうだろうか。頭の中でチラつく暗い未来をかき消そうと、頭を振る。そんな人間がこんなところにくる確率は限りなく低いだろう。が、それでもそんな終わりを迎える可能性が無いわけではない。万が一があるのなら、それは回避したい。どこの馬の骨とも知らない奴に最期を任せるのは辻村としては許せないことだった。

 じゃあ、このまま引き返すしかないではないか。余分に五キロ歩くことになるが、このままここでぼーっと立っているよりも、そして何より変なドライバーに捕まって死ぬよりよっぽどいい。せめてバス停まで戻れれば帰れる。

 ふとこんな時、友人や知り合いたちならどうするだろうかと考える。


(にぎり飯先生はそもそも歩きで来そうにないな……遭難したらそのまんま死にそう。可愛い甥っ子君はどうだかな……ありゃ遭難しても道を開拓するか……滅多なことじゃ死にそうにないもんな。あの鳥好きの女は失敗しそうにない、し……なんかそれムカつくな)


 ふわりふわりと彼らの顔を浮かべて、辻村は決心した。

 水筒の水を一口飲んで汗を拭う。こうなれば意地だ。せめて元居た場所に帰る。このままここにいても体力が尽きるだけ。ここから先に民家は無さそうだ。せめて少し戻ったところにある集落へ帰る。そうやって元来た道へ一歩を踏み出す。

 ───この足でそんなつまらない DEADEND コースから抜け出してやる!

 意地っ張りで前に進む。かつてこんなにもムキになって歩いたことがあっただろうか。ただひたすらに、無心で足を前に出し続けた。時計は見なかった。どうせバスは来ないのだから時間なんて関係ない。


「あーあ、まじ、こんなことってあるー?」


 未だに辻村の中で燻る絶望感の中、口をついて意味のない言葉が出る。どうせ誰もいない。すれ違うのは車かライダーだ。聞いているのはこの鬱蒼とした杉のたちだけだろう。


「あちぃなー」


 体感そこまで暑くはないが、とりあえず暑いと言う。風やら森から降りてくる冷気のおかげで暑くはない。それでもなんだか暑いと言ってしまう。

「あ、烏。いいなー代わってよ。私も空飛びたい。飛べたらもーちょい早く軌道修正できるのにー……」


 木の上にとまっている烏に文句を投げかける。もちろん返事は無い。普段なら絶対にこんなことはしない。というか、これはもはや不審者だ。


「あーなんでこんなことになっかなぁ。これでも我慢してたんだぞ、本当に」

 それでも止めないのは、ただ黙々と歩くのが退屈だからか。それとも疲労で意識が混濁しているせいか。


 

 ブツブツと何かを呟きながら、さっき登った坂を独りで下りていく。そして、ようやく郵便局まで戻ってきた。十時四十分。バス停に降りたのが十時前であったから、もう四十分以上も歩いている。歩いて大学に行くときはこのくらいかかるのだったか。


「まだ四十分しか経ってないのー?」


 もう一度時計を見るが、やっぱり四十分しか経っていない。


「……これ、行けるな」


 正常な判断力など元からあったかも怪しい。辻村はよく分からないテンション(ヘヴン状態)に突入し、なんとそこから五キロ、山道を歩くことにした。このままこの民家と田んぼしかないところにいるより、歩く方がいい。その時の辻村はそう思ってしまった。


「えー……あの山越えなきゃいけないのか……」


 行先……北の方を見て肩を落とす。青いなだらかな山々がそびえて居る。それでももう足は止められなかった。


「遭難ってまじであるんだ」

「いやでもこれって遭難なのかな」

「……半分迷子かなぁ」


 少し歩いたところで、辻村は誰かがいるかのように独り言を言い始める。重い足取りで歩きながら一人で会話するという、完全なる不審者に成り下がる。


「夏じゃなくてよかったじゃん?」


 途中途中に立てられている『不審者に注意』の看板が嫌によく辻村の目に留まった。


「うん、まぁ、それもそうか。悪運が強いなーあーでも、これは凡ミスだから運の話ではない……かぁ」


 ただひたすらに歩いた。田んぼの脇をすり抜けて、ガソリンスタンドを横目に進み、中学校を後ろに歩いて行く。


「この田舎道いい感じに資料になりそう」

「ま、こうやって色々撮るけどちゃんと使うことあんまないよねー」


 途中田んぼで作業しているお爺さんに挨拶をして、青少年野外活動センターを見ていつぞやのキャンプを回顧する。気が触れそうなのを抑え込むために───もう既に手遅れな気もするが───息切れしながら坂を登り、歌を口ずさむ。

 最終的に辻村は休憩をほとんど取らなかった。いつぞや待ち合わせのために路肩に立っていたら、車に乗っていた人にわざわざ車を止めて異様に心配されたことを辻村は覚えていた。こんな所で── ─まだ田んぼがあるようなところならともかく───もうここは山の中に切り開かれた道路だ。歩道なんてありはしないし、歩く人もいない。そんな所で座り込んだりしたら、声を掛けられるに決まっている。いや、案外ドライバーの皆さんは冷たいかもしれないが。それでもそんな気がしていた。


「まぁ……人間不信じゃないけどさぁ」


 それがなんだか嫌だという一心で、辻村が立ち止まることはほとんど無かった。

『ようこそ剣聖の里、岩里へ』その大きな看板が坂の上に見えてため息が出る。やっとだ。そこからは下り坂だった。道路脇に捨てられた数々のごみを見ながら山を下っていく。結局山を三つくらい歩いて超えたのか。実感が無いが、身体は確実に疲労を訴えている。そのまま下って下って、うねる道を行く。

 ───山を越えて岩里に降り立った。

 どうせなら大きな目立つ看板を立てておいてくれたらよかったのに。地味な里の入り口に、辻村のテンションは凪いでいる。実感が無さ過ぎる。さっきの大きな看板をここに置いてくれればいいのに。

 そんなことを思いながら町へ出る。


「……お昼、かぁ」


 目的地に着いたのは十一時半を過ぎた頃だった。水を飲んでいたせいか、疲労のせいか空腹感は無かったが、何か食べるべきだ。そんな意識に支配された辻村は適当に見つけた食堂に入った。


「はー……」


 席について注文を済ませて長く息を吐く。向こう側の席に座っている三姉妹を連れた家族が楽し気に食事をしている。近くに置かれたテレビでは最近流行りの曲をアレンジしたCM が流れている。日常的なあれこれに触れて、なんだかほっとする。それでも、まだちゃんと歩いてこれたのか実感がなかった。歩いている間、時間の感覚はほとんど無かった。時計を見ていなかったわけじゃない。それでもどうしてかふわふわとした感じがしてしょうがない。


「おまたせしました。冷やしソーメンですー」

「あ、ありがとうございます」


 注文した品が届く。早速割り箸を手に取り、麺をすする。


(素麺ってこんなに細かったっけ)


 変な所で疑問を抱きながら完食する。後で確認してみれば、自分がソーメンだと思っていたのは冷や麦だった。そんな勘違いに気が付けないくらいには披露していたのだろう。

 冷たい素麺は、動き続けて温まってしまった辻村の身体を冷やしていく。それがひどく心地がよくて、眠気を感じる。それでも、やっと目的地に着いたのだからと立ち上がって会計を済ませる。

 長い長い運動の後にある、独特で奇妙な浮遊感を抱えたまま、辻村は目的であった聖地を目指した。


 

 ※※※


 

「……てな感じで」

「……いや、たくさん聞きたいことはあるけどさ」


 その日の夜。聖地巡礼を済ませ、手持無沙汰になった辻村は予定よりも早く観光を切り上げて帰宅した。帰ってから即座にシャワーを浴びて、ひと眠りする。夜の七時くらいには妙に上がったテンション以外は回復していた。これが長距離を移動できるように進化した人類の力か……と辻村は変に感心した。

 それから暇になったので、作家仲間である湊本に電話をかけた。彼は小説家で、書いたそれを売って生活している。辻村とは同人時代にSNS で知り合った。

 唐突に電話かけられた通話先の彼は困惑している。


「なんだよー、面白いだろう?自称ノンフィクション人気作家としてはいいネタになるんじゃないのかーい?」

「あのね……いや、なんだろう、そりゃあ面白そうだけどさぁ」


 湊本は自身の体験をもとに作品を作るタイプだ。その作品の内容はどれも実体験とは思えない、非日常的なものばかりだが、本人は本当にあったことだと言っている。

 そんな彼であるからこそ、辻村は今日の話をしようと思った。


「ネタになりそうっちゃなりそうだけど、ツッコミどころ多すぎないかなぁ……そもそもなんで突然山なんかに」

「病んだから。メンヘラが病んでリスカするように私は病んだら山に行く」

「……あー、うん。なるほどね?」「なんだい! つまんない質問しちゃってさぁ!」

(なんか今日は妙にテンション高いなこの人)

「え、それっていつの話?」

「今日だよ。さっきまで昼寝してたんだけどね」

「今日……」

「なんでか昼寝から起きたら体中が痛くて痛くて……人間って全身で歩いてるんだ! 下半身だけじゃないんだ! って感動した」

「何この人おかしい……」


 元より狂人の疑惑があるが、ここまで妙なハイテンションに遭遇したことが無かった。ここまでハイテンションだったのは酒が入った時くらいか。


「結局今日は十五キロ歩いてたってわけ。疲れたー」

「普通に頭おかしいと思うんだよねぇ。ねぇ本人? 山の中で中身入れ替わってたりしない?」

「アガリビトの話的な?」

「違うよ。あれは野生に帰るんでしょ」

「……そうだっけ」


 山に入ると人が狂うといった類の話はよくある。それと同じくらいに、中身がよく分からないモノに入れ替わって帰ってくる……なんて話もあった。湊本はそれがチラついて仕方がない。この場合一番怖いのは自分だ。不安になった湊本はある質問をしてみることにした。強烈な、それでいてよく辻村真という人を表している答えが返ってきたあの質問だ。


「えーと、ちょっといいかな。君はいつもどんな気持ちでペンを握ってるって言ってたっけ?」


 この質問をしたのは出会ってからそんなに経っていない時だったか。お互いに創作活動を始めたきっかけについて話していた時のことだった。あの時も、そして今日も。彼女は同じ言葉を返してきた。


「え、なんだ急に。どんな気持ちって……そりゃあ他の創作者にくたばれって思いながら、中指立てながらペン握ってるけど」

(……本物かぁ)


 辻村真という人は、他人への嫉妬やら恨みやら呪いなんかを動力に活動している人だ。彼女のために言っておくが、それらの感情は決して他人へ向かうことはない。己の中で創作欲に変換して作品として昇華していく。


「ははは」


 もはや笑うしかない。こんな答えが間髪入れずに返せるのは確かに彼女なのだ。まごうことなき辻村真だ。


「それで、それをわざわざ報告するために僕に電話したの?」

「うん、まぁ……あとは私も帰ってきた実感が湧かなくてね。どうにも一人だと確認できてる気がしなくてさ。こんな状況じゃあ人と話すことも無いし」

「あー……なんだぁ、自分でも不安だったんだ」


 なんだかんだ、非日常的な体験をしたのだ。そういった体験を常日頃から求めている辻村でさえも、ちゃんと自分が家に帰れているのか確信が持てていなかった。湊本もそれはなんとなく予感していた。


「まーね。あとはそう」

「なに?」

「やだなぁ、とぼけちゃって。にぎり飯先生ならこの私が言いたいこと、解るだろう?」

「あー……」

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