他の誰にもなれないし

 ここにいる、一人だけだ。おそらく、自分だと言えるものは。


 そんな風に格好つけなくてもいい話ではある。誰もがそうであるし、そうでなかったとしても、どうでもいいだろう。どうせ地球は回っていく。僕がそこにどれだけいても、一人でも、消えてしまっていたとしても、太陽系の運行に影響が及ぶことはないだろう。僕の方も、太陽系を気にかけている訳ではないから、お互い様だ。


 どうであろうと、なんであろうと、僕はここにいる一人だけだ。他の誰にもなれないし、なりたくもない。ここにいて、ここから離れて、ここに戻って……ただそうやって、どこにでもいられるような人でありたいと思う。混じる訳ではなく、疎外されるのでもなく、近づいて、離れて、思い出して、忘れていく……そんな、なんでもない人でありたいと思う。そして、そんなことは願わなくとも、自分からそうなっていくのだろうと。


 そのことに気づくのは、ここにいる一人だけだ。おそらく、およそ自分以外には気づけないことだ。些細な変化だ。生じたことに本人も気づかないような、極小の力加減なのだ。僕は、そういうものを受け止めながら、少しずつ薄れていくのだろうと思う。命を落とすというよりも、元々そこには誰もいなかったようになるのだと思う。はじめに、僕はいないところに生じていったように、終わりには、いるところから消えていくのだろうと思う。そうしてそこには染みも残らない。望んではいないが、自分からそうなっていくのだろうと。




 産まれなければ、消えることはない。なら、消えることがないということは、産まれることがなかったということだ。産まれたことに関して、まだどうにも感謝する気にはなれないが、いつかしてみせようと思っている。いや、気持ちがないのではない。おそらく今は、幾らどのように感謝を示したとしても、感謝として受け取られることはないだろうと、そういうことだ。どこか独善的なのだ。感謝はその時、自己の存在を論じることに終始しているからだ。だから、その感謝に他者の部分がない。自己以外の事物の存在がない。染みも残らないというのは、そこでいずれ消えるであろう自己にしがみついているからなのだろうと。


 だけれども、他の誰にもなれないし、自分を変えていくしかない。自分を少しずつ研磨けんまする他にはないのだ。ずっとそうしてきたつもりだ。これから、ずっとそうしていくつもりなのだろう。実際には、何も変わらずに過ぎ去っていくのだろうと、そう思う。

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