価値のある言葉

 そんな物があったら、教えてほしいものだ。皆が口をそろえて言う事など一つもないと分かっているからこそ、聞く意味もあるというものだ。そして、言う皆々の口はこう伝えるのだ。「自分がその様に思った」。そこには自分があって、自分の価値観があって、それはまさしく他者の感覚で、僕が知りたいのはそれなのだ。価値のある言葉の方ではない。


 あるいは含蓄がんちくというものが、その言葉には含まれているのかもしれない。そういう言葉だからこそ、価値があると認められるのかもしれない。あるいは、それは何気ない日常会話の一部なのかもしれない。だからこそ、心にひびいたおもむきがあったのではないか。どうであれ、それは自分の経験ではない。どこまで価値を語られてもそれは追想ついそうにすぎないのだ。そしてそれはその人自身のものであって、自分のものではないのだから。


 だから、僕から何か価値があると思えた言葉をここにつむいだところで、特にその事が他者の興味をそそる様にはなってくれないのだろう。例えば、僕がどうにかこうにか苦心しつつも書き終えた物語があって、それは自分にとって途轍とてつもなく魅力的であったとしても、他者からすればそれは数多あまたある物語のうちの一つにすぎないものであって、それだけ価値も急転直下の勢いに乗せられていくのだ。つまり、ページのスクロールに乗せられて飛んでいく、どうでもいいものになるのだ。その時、価値は下がる事も上がる事もない。ただ忘れ去られていくだけだ。


 それでも伝えたいと思うのなら、それはもう自分の感覚でしかないのだ。それに価値が無いと思ってしまったら、そこには何が残ってくれるのか? 価値のある言葉か? そんなものが、どう自分を保ってくれるのか? 自分を保たせているのは自分ではないか! 僕はそうと信じているからこそ、文章を連ねている訳だ。そうでなければ消えていくばかりの影なのだ。消える事を恐れるばかりの影なのだ。そしてやがては消えていくのだ。ただ、今そうなっていないだけで、それで何の価値があるというのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る