ペンネームなんて誰が見てるんだ

 どうしても思いつかなかった理由を、そうやってありもしない場所にぶつけていくばかりだ。誰かに見られるとは露程つゆほども思っていない文章のペンネームともなれば尚更なおさらだ。やさぐれている訳ではない。本当に見られたいのなら、こんな世界のはじっこの方で書かれている様な文章など書かないはずだと言いたいのだ。


 いや、世界のはじっこで書かれていたって、読まれはする。読まれる様な文章というものは、書く手段ではなくて、読まれる手段が重要なのだ。認知される事がだ。そういう努力をするべきなのかもしれない。そういう努力をして、どこにでもいる様な人のうちの一人になるべきなのかもしれない。どうして、そうなろうとしないのだろうか。


 どうせ、僕というのは世界で一番ろくでもない人間なのだ。そうでなければ、僕よりもろくでもない人がこの世界にはいて、そのせいで苦しんで、それは僕にとっても辛い。苦しみが絶えず残ってしまうのなら、それを全部ぜんぶ僕に集約しゅうやくさせてしまいたいのだ。それがペンネームを適当に並べておく事につながるのなら、成程なるほど確かにうわごとらしい。


 伝えたいという気持ちと、伝えたい気持ちのが違っていた。ただ一心に書いているという事と、この世で一番に苦しみを享受きょうじゅする人間になりたいという気持ちが重なって、何だか訳の分からない事になっている。僕は傷つくのは嫌だ。それ以上に、誰かが傷ついているのが嫌なのだ。僕は誰も傷つけたくはないし、傷つける様な言葉を吐きたくもない。そうやって考えあぐねた結果、丁度ちょうどいいペンネームが思いつかないでいる。どういうことだ。


 そうやって僕一人ちょっと優しかったところで、世界は何にも変わらないのだ。僕一人傷ついたところで、挫折ざせつしたところで、ぼんやりと世界平和を願ったところで、何にも変わりはしないのだ。どこかで誰かが傷ついて、挫折ざせつして、世界に混沌こんとんをもたらそうとして……そのどうしようもない潮流ちょうりゅうを、はたから眺めているばかりだ。僕が影響力えいきょうりょくに長けた人物であったなら、どうしようもない潮流ちょうりゅうを少しでもゆるやかにしてやれたかもしれない。だが、そんな人ではないし、ましてやそんなもの一つで、世の中が変わる訳もないのだ。世の中が変わる時は、人が変わっている時で、それが本当にどうしようもない事なのだ。誰にも左右できない事なのだ。それは、僕に確かなペンネームを付けさせる様に困難こんなんなのだ。そうなのだ。そうなのか?

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