ルスト帰路へ ―マリーツィアの旅立ち―
それから私は帰り支度を始めることにした。ほとんどの問題が解決し、誕生会も無事に終わったからだ。ブレンデッドでは私の帰りを次の任務が待っているだろう。
時間を考慮して帰りは馬車と運河船を乗り継いで行くことにした。
運河船のチケットを手配して翌日の出発に向けて荷物整理をしていた時だった。
セルテスが私の所にやってきてこう告げた。
「お嬢様、お客様でございます」
「えっ? どなたかしら?」
「はい。軍警察のリザラム候でいらっしゃいます。それとお連れの方がおられます」
「分かったわ。今すぐ行くわ」
「応接室にお通しして、お待ちいただいております」
「よろしくてよ」
こんな時にリザラム大隊長が何の用だろう? そう疑問に思ったが私は急いで彼と会うことにした。
屋内用のデイドレスを身につけていた私はそのまま応接室へと向かった。
応接室の扉をノックして扉を開ける。
「失礼いたします」
声をかけて中に入ればそこに居たのは意外な人物だった。
「リザラム大隊長、それに、マリーツィアさん?!」
リザラム候の隣にはマリーツィアさんが控えていたのだ。丈夫な木綿地の長期の遊行用のロングドレスを彼女は身に着けていた。肩から斜めにかける旅行カバンにブーツに腰に下げる護身用の戦杖、ボンネット帽にハーフマントといういでたちだった。
私が現れたということに気づいて二人は立ち上がると挨拶をしてきた。
「お忙しいところ申し訳ございません。エライアさん。少々お時間を頂けませんでしょうか?」
「本当に、お手を煩わせて申し訳ありません」
私は顔を左右に振った。
「いいえ。お二人でしたらいつでも歓迎ですわ」
速やかに歩み寄り握手を交わす。お互いに席について会話が始まった。
「お元気そうね。マリーツィア」
「はい。〝お父様〟のところで大切にしていただいております」
「リザラム候と一緒にしていると、血の繋がった本当の親子のようね」
「そうおっしゃっていただけるととても嬉しいです」
微笑みを浮かべてマリーツィアははにかんだ。
私は尋ねる。
「それで、これからどちらかへ行かれるのですか?」
その問いかけにはリザラム候が答えてくれた。
「実はマリーツィアはある学校に転入することが決まりました」
「転入ですか? どちらに?」
私がそう聞けば、マリーツィアが自ら答えた。
「看護学校です。お父様のツテで西方司令部付属の軍看護学校に転入させていただけることになりました」
そしてリザラム候が言った。
「転入試験に無事に合格いたしましてね、これから数年間、寄宿制の学校で自らを鍛えることになります、その出発の前にご挨拶をと思いまして」
看護学校にもいくつかの種類がある。特に軍司令部付属の看護学校となると相当に難易度が高い。さらには戦場での治療行為も想定されるため、より実践的な外科治療や投薬についても学ぶことになる。
私は言う。
「軍司令部付属の看護学校は競争率が高くなかなか入れないと言います。カリキュラムも極めて高度で卒業した方たちの中には医師に進む方もおられると言います」
そして私は自らの体を乗り出すとマリーツィアの手をそっと握った。
「頑張ったわね」
その一言にいかにも嬉しそうに笑いながら彼女は頷いていた。
その時応接室の入り口の扉がノックされた。
「どうぞ」
私がそう告げればドアは開いた。
「失礼いたします」
そう声をかけて入ってきたのはアルセラだった。
「マリーツィアさん」
「アルセラさん?」
恐る恐る入ってくるアルセラに対して、マリーツィアは驚きつつもいかにも申し訳なさそうだった。傍らのリザラム候に促されて立ち上がるとアルセラに歩み寄る。そして彼女は静かに深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした……」
彼女の声が震えていた。本当に心の底からのお詫びの気持ちだった。頭を下げたままのマリーツィアに対してアルセラは言った。
「もういいのよ。気にしないで、あなたにまつわるご事情全てお聞きしたわ」
そう言うとアルセラはマリーツィアの両肩にそっと手を触れて彼女の体を起こした。アルセラが言う。
「お辛かったでしょう?」
それは優しい赦しと労いの言葉。アルセラには苛立ちも責め立ても無かった。過ぎ去った事として全てを既に許していたのだ。
「本当にごめんなさい」
それでもなおマリーツィアからはお詫びの言葉が溢れていた。そんな彼女をアルセラはそっと抱きしめて言った。
「マリーツィアさん。もうその〝ごめんなさい〟は言わないで。あなたも自分自身を許してあげて。今やっと新しい未来を手に入れたのだから。ね? そうでしょ?」
アルセラは大人だった。全てを水に流し前と進む強さを持っていた。ようやくにマリーツィアは顔を上げ笑みを浮かべる。目尻には涙を浮かべていた。
「ほら、お化粧崩れちゃうよ?」
アルセラはハンカチーフを取り出すと涙を拭った。そして改めて二人でお互いを抱擁しあったのだった。
私はアルセラに告げた。
「マリーツィアさんはこれから、西方司令部のあるミッターホルムで軍看護学校で学ばれるそうよ」
「看護学校ですか?」
「えぇ、かねてからの夢だったんですって」
その言葉にマリーツィアは言う。
「まだ、夢の入口ですが、これからも精一杯頑張ろうと思います」
アルセラが彼女の手を握りながら言った。
「できるわ。あなたなら。やっと自分の人生を歩みだしたんですもの」
「はい! アルセラさんも立派なご領主になられるように心からご祈念申し上げております」
二人は再び抱擁し合う。対立と困難を乗り越えて新たなる友情を結びながら。彼女たちはまさに親友となったのだった。
そしていよいよ、マリーツィアの旅立ちのときだった。
モーデンハイム邸宅の正面玄関前で馬車へと乗り込んでいく。車上の人となった彼女にアルセラが声をかけた。
「マリーツィアさん」
「はい」
アルセラがマリーツィアの瞳をじっと見つめて告げた。
「私もあなたも、これからも辛いことが起きるでしょう。でもくじけずに乗り越えていきましょうね」
そして、アルセラは右手を差し出す。その手にはフェンデリオル聖教の護符が携えられていた。旅立つマリーツィアへの選別だった。それを受け取ってマリーツィアは言った。
「えぇ! これからも!」
――パシッ――
馭者が馬の背にムチを入れた。そして、馬車は走り出す。未来へと歩みだすマリーツィアを乗せて。
走り去るその馬車をアルセラはいつまでも見守っていたのだった。
† † †
こうして慌ただしくもあった休暇は終わった。
アルセラは元気に学校に通い始め、マリーツィアは西方司令部のあるミッターホルムへと旅だった。
マリーツィアが去った後にリザラム大隊長は事の顛末を報告しにいらっしゃった。彼いわくこう言う事になったそうだ。
「中央上級学校を私物化していた校長と教頭は獄に繋がれることとなりました」
「投獄ですか?」
「えぇ、寄付金強要が一種の恐喝であると判断されたためです。通学を断念して自主退学した両家の子女も多数居られましたからね。厳罰を求める声が殺到したそうです。収賄容疑もありますので最低でも10年は出てこれんでしょう」
因果応報、当然の結末だった。
「例の前理事長は?」
その言葉にリザラム大隊長は顔を左右に振った。
「あの若造はいま病院に居ます。学校で何が起きていたかを理解してから恐慌を来すようになり今では会話もままならないそうです。もともと、理事長にはふさわしくない人間だったんですよ」
「お気の毒ですね」
「えぇ、彼もまた被害者と言えるでしょうな」
そして、リザラム大隊長は別れ際にあるものを差し出してくれた。
「これはマリーツィアからです。エライア様に向けての礼状です。あの家から救い出してくれたことには心から感謝しておりました」
お礼の手紙だった。
過ちを正してくれたこと、親の横暴を見抜いてくれたこと、理不尽な権力者を排除してくれたこと、そして、未来へとつないでくれたこと、その全てに感謝の言葉が綴られていたのだ。
「未来はつながったわ」
私は自分の行った行動が間違いでなかったことに安堵していた。
そして私はブレンデッドへと帰ることにした。
アルセラやお母様やお爺様に見送られて馬車に乗り込む。そして私は車上から声をかけた。
「それでは行って参ります!」
お母様が言う。
「気をつけてね」
アルセラが言う。
「お姉様もお元気で」
そしてお互いに手を振りながら馬車は走り出す。私には傭兵としての忙しくも充実した毎日が待っている。
さあ行こう。光ある未来へと。
旋風のルスト・アナザーストーリー『英雄少女と無頼英傑たちのそれぞれの旅路』 美風慶伍@旋風のルスト/新・旋風のルスト @sasatsuki_fuhun
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