第5話 怪しい心肺蘇生


「ちちちちちち違うんです! そそそそそれには深い訳があるんでつ!」


 イント様は、なぜこんなに狼狽しているのだろう。やはり図星だったのだろうか? 女の子に興味を持ち始める年頃なので仕方ないかもしれないけど。


「深い訳?」


 いやしかし、よく考えてみれば。この子は確かにわたしを蘇生させた。そこに嘘はない。


「そう。そこが知りたいのです! 即死攻撃とは何で、どうやって止まった心臓を回復させたのですか!?」


 院長先生も興奮して早口になっている。


「ししし心臓というのは、血液を体中に循環させるポンプの役割を果たしてるんです。そして肺は、赤血球に空気中の酸素を渡して、全身を巡らせるんです」


 イント様の説明は、よくわからない単語が紛れ込んでいる。”ポンプ”、”赤血球”、”酸素”。前後の文脈から意味は理解はできるが、知っているどの知識とも当てはまらない。


 心臓は生命の源という点は一致するけど、イント様は血の循環といってた。確かに血は生命を象徴するが、イント様の話は血の具体的な機能を把握しているような気がする。


「循環というのは面白いですな。しかし、結局止まってしまっては戻せないのでは?」


 院長の言うとおり。止まった心臓を動かせるのは護法神術による奇跡だけ。それも、かなり高位の神術で、時間が経つにつれ成功率が下がるという不確実な術だけで、使い手は少ない。


「即死攻撃の正体は、電気ショックだと思われます。心臓は筋肉で、筋肉は電気刺激で動いてるから、外部から電気ショックを受けると止まることがあるんです。でも、外から無理やり動かせば、再度動かせるんです」


 そんな話は聞いたことがない。心臓が止まるというのは死を意味し、死は不可逆だ。心臓を外から動かすことで死を避けられるなら、不死も不可能ではないという話にならないだろうか。


 いや、東方にいるという伝説の仙人は不老不死と言われている。そして、目の前にいるイント様の父であるヴォイド様は、仙術の使い手として有名。


 もしかすると、東方にはそんな秘術もあるかもしれない。


「しかし、どうやって」


 院長が代表してイント様に疑問をぶつけた。


「ちょっとこの辺を触ってみて欲しいんですけど」


 イント様は迷うことなく、自分の胸の中心を触って見せる。


「肋骨同士が合わさる部分の下側に、三角の窪みがあると思うんですけど、その少し上あたり、そうそう、その辺を胸骨っていうんです。」


 わたしも、服の上から胸骨の位置を確認した。確かにある。


「ここを、こうやって、手を組んで真上から圧迫します。これが心臓マッサージといいます」


 これは確かに、胸をまさぐるように見えるかも。


「これで蘇生ができると?」


 院長が怪訝そうに聞くが、この程度のことであればこれまでに誰かが発見していただろう。それに、わたしはキスまでされている。ここまででキスの要素は何もない。


「いえ。人間が生きるためには酸素が必要で、呼吸がないとどのみち死にます」


 ほらやっぱり。でも、あのわからない単語もまた出てきた。それに呼吸か。仙術は呼吸を重視すると聞いたことがある。こちらもコンストラクタ家にはなじみの技術だろう。


「ほうほうほう。じゃあどうすれば良いと?」


 イント様がチラリとこちらを盗み見て、顔を赤らめる。


「鼻をつまんで、口を密着させて、あごを引き上げて気道をあけて、こう肺に直接息を吹き込みます。これを、人工呼吸といいます」


 確かに口づけではある。が、鼻をつままれているのは少しロマンチックさに欠けるような?


「心臓マッサージと人工呼吸は、数回ごとに切り替えて行うと良いらしいですね」


 イント様の早口の説明は、これで終わりらしい。タレ目のおっとりとした顔に、びっしりと汗をかいていて、明らかにわたしを意識してチラチラと見てくる姿に、ちょっとほっこりする。


「なるほど、こうですかな?」


 院長先生は、地面に膝をついて、枕に心臓マッサージをはじめた。一見滑稽だけど、イント様は笑わず、細かく回数や手順に指示を出していく。やっぱり、咄嗟に考えたものだとは思えない。これは訓練されている流れだ。


「ねぇ母さん。わたしもあんな感じだった?」


 それを横から眺めながら、隣で一緒に見ている母さんに聞く。わたしは意識を失っていたので、蘇生に立ち会ったのは母さんだけだ。


「ええ。あんな感じでしたわね。ただ―――」


「確かに左右のアバラの間の胸骨というのはわかりやすいですな。さすが聖霊と契約して得た知識というだけはあります。土壇場でそんな高位の聖霊と契約できるなど、奇跡としか言えませんな」


 母さんの言葉が、院長の言葉に停止する。


 今、凄いことを言わなかった? 聖霊と契約して、知識? は?


「高位の聖霊!? では、あの輝きは聖霊との契約の輝きだったのですわね。しかし、そのような契約が可能とは…」


 母さんの目の色が変わる。聖典によれば、聖霊はこの世界に無数にいるらしい。そして創世を完成させるために神が戻ってくるまでの間、悪魔が使う魔術で歪められた世界の修復を担っているのだそうだ。


 そんな聖霊が、人間に知識を与えるというのは、ちょっと考えられない。


 聖霊研究は父さんの領域だからか、母さんは違和感に気づいていない。


 やっぱり怪しい。


 怪しいが、何が何でもこの謎を解き明かしたい。


 高鳴る鼓動と、緩む頬を隠すために、わたしは母さんの陰に隠れた。

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転生した受験生の異世界成り上がり ~別視点バージョン~ hisa @project_hisa

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