急:場所は変わって人の気配より野犬の気配のほうが多そうな廃墟区。

場所は変わって人の気配より野犬の気配のほうが多そうな廃墟区。

「本当にこんなところにパパが……?」

「ああ、ついてくるのは勝手だが、静かにしろよ?」

テツの険しい表情に、半信半疑のオッドアイ少女マキは無言で頷く。


テツはまるで来たことがあるかのように一歩も迷わず瓦礫だらけの路地を進んでいく。

「ヤス、ズレはないか」

テツはイヤーカフ型通信装置でヤスと交信する。


「今のところ問題ないでヤンス」

ヤスは少し離れたワゴン車の中で答える。ワゴン車と言っても、ただの車ではない。全面スモークガラスで覆われ、中には無数の電子機器とモニターが詰め込まれている。ハッカーであり後方支援約であるヤスの移動要塞だ。


「よし、このまま予定通りに進んでいくぞ」

テツは足を止めること無く進む。すでに道は“視”えているのだ。では、ヤスのサポートは不要なのかと言われると、そんなことはない。少なくとも、今はまだ必要な段階ではないというだけだ。


テツは更に少し歩き続けて、1件の廃ビルの前で足を止めた。

「ここまではシンプルトッピングなしでいいが……」

テツの目の頂点がぼやけ、曖昧になる。すでに脳内ではラーメンを食べたときの“幻視ビジョン”が再生され、現実世界ととんこつラーメンが重なって視えているのだ。


「ね、ねえ。大丈夫なの?」

マキの不安はさらに高まる。本当にこんな狂った男がパパを助けられるのか?この男がやったことといえば、ラーメンを作ってラーメンを食べただけだ。マキも“幻視ビジョン”のことは噂程度に聞いたことがあるが、ラーメンを食べることが条件の“幻視ビジョン”など聞いたことはない。


「心配するな。いいか、此処から先は一気に行く。はぐれるなよ?」

もはやテツはどこを見ているかわからない。テツの“幻視ビジョン”は完璧にガン決まっていた。


テツは武装した敵すりおろしニンニク重火器粗挽きコショウの暗示に備えを少々加え敵が建物内奥に潜んでいることを想定してなじませるように軽く箸で溶かしてから扉を蹴破る麺を啜る


ドガアアアツ!!ズゾゾゾゾッ!!


テツはそのまま一気に廃ビルの奥に駆け込み、階段を目指す。だが、そんなテツを待ち構えていたナイフ男が不意打ちを仕掛ける!


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


「ば、馬鹿な……」

一瞬の出来事だった。倒れたのは無言で不意打ちを仕掛けたナイフ男。タイミングは完璧だった。しかし、テツはそれが来ることを分かっていたかのように強烈な回避カウンターパンチをナイフ男の頭部に叩き込んだのだ。


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


更に連続で別方向から襲いかかるナイフ男二人に、テツは連続回し蹴りを食らわせる。盲目の武人は気配で殺気を読み取るというが、テツのこれは違う。“幻視ビジョン”で一度“視”ているのだ。それこそ二度目の経験に等しい!


その証拠に、テツに焦りや緊張の色はない。ただ、目の焦点は確実に合っていなかった。

「次は二階だ。行くぞ」

奥の階段を目指して大口を開けて廊下を一気に走り抜けるチャーシューを一気に放り込むと、じっくりと慎重に一歩一歩階段を上り噛み締めて旨味を味わい上りきる飲み込むと同時に更に正拳突きを繰り出す麺を啜る


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


待ち構えていた見張り二人が為す術もなく失神!


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


テツの接近に気がついた見張りが不意打ちを食らって失神!


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


バキィイイッ!!ズゾゾゾゾッ!!


立て続けざまに駆けつけてきた見張りも為す術もなく連続打撃失神!


「す、すごい……」

あまりの手際の良さにマキはただ「す、すごい……」としか言えなかった。

「ふう……」


「ここからもう一山だ《替え玉硬め青ネギ追加》」

テツは三階に繋がる階段を見て一呼吸置く。まだ今まで倒してきた敵と同数程度の替え玉が待ち構えている。しかも手強い相手硬めだ。手早く倒さなければ不利になるゆっくり食べると伸びてしまう。さらに、おそらく敵のボスはこれまでにはない武器青ネギを装備している。


だが、今更思案しても仕方がない。すでに結果は“視”えている。テツは腹をくくって階段を駆け上がる!


テツを待ち構えていたのはたった一人。サイバーサングラスを装備した機械義手の男だ。

「おいおい、下のほうがやけに騒がしいと思ったが、侵入者はまさかお前一人か?」

「ノダ製麺のヤマダはどこだ?」

テツは焦点の合わない目で義手男を睨みつけて問う。

「んー?ああ、あのオッサンなら奥の部屋にいる。もちろん、殺しちゃいないさ。生け捕りの依頼なんでね」


「随分とペラペラ喋ってくれるじゃあないか。依頼人が知ったら泣いて悲しむぞ?」

「なあに、心配してくれるなよ」

義手男が義手の掌をテツに向ける。まるで、照準を合わせるかのように。


「どうせお前はここで死ぬんだよォッ!」


ズダダダダダダッ!!


義手男の掌から射撃音!仕込みマシンガンだ!


「だろうな!」

テツは落ち着いて側転回避し、太い柱の裏に隠れる。このフロアは広くて見通しがよく、射撃武器に有利だ。だが、広い分だけ太い柱や廃棄放置された机など、遮蔽物にできる物は多い。


(ど、どうしよう……)

マキは階段に隠れてチラッと三階の様子をうかがう。奥の方に扉が見えるが、どう考えても自分が飛び出せる状況ではない。

(パパは奥の部屋にいるって言っていた。ラーメン屋が気を引いている内にパパを助けられれば……)

マキはチャンスを伺うことにした。テツははっきり言ってよくわからない怖い狂人だが、とにかくめっぽう強いことは確かだ。であれば、ここはテツを信じるしかない。だが、もしもの時は、自ら行かなければならないだろうと決意した。


一方、とりあえず柱に隠れたテツはヤスと交信する。

「おい、ヤス!ありゃ何だ!?あんなもん“視”えなかったぞ!?」

「こっちでも調べてるでヤンス!!」

ヤスは慌てた様子で答え、二つのキーボードを左右の手で同時に叩きながら並列情報処理で義手男を調べる。


テツの“幻視ビジョン””は完璧ではない(そもそも未来を予測する“幻視ビジョン”はもれなくブレはあるのだが)。テツは同じラーメンを同じように食べることで、食べた者の深層心理をキーとしてネットワークに接続して各種監視カメラの映像等と掛け合わせて演算することで未来を見る。


だが、完全に同じラーメンを食べることは不可能なのだ。コンマ数秒の湯で時間差、数ミリ単位の具材のサイズ差、湿度気温風向きによる香り差、その他諸々の誤差が、現実と“幻視ビジョン”の差異を生む。


「……分かったでヤンス!あいつは遠隔操作の人形兵器でヤンス!」

ヤスがテツに答えを返す。その所要時間わずか数秒!


テツの“幻視ビジョン”では重火器を装備した男との戦闘が“視”えていた。しかし、現実の相手は全身武器ロボットだ。

「オイオイ、マジかよ」

「マジでヤンス」

「そうか……」


この絶望的な状況で、テツはニヤリと笑う。もはや“幻視ビジョン”は役に立たない。だが、テツの脳内ではまだ替え玉を入れたばかりのとんこつラーメンが目の前に広がっていた。


「それじゃあ、こっから先は好きにやら食わせてもらうぜ!」

テツは柱の陰から飛び出し、殺人の心配がないロボット相手替え玉を入れたばかりのラーメンサブマシンガン黒胡椒ミルを構え、躊躇なくぶっ放したこれでもかと振りかけた


ズガガガガガガガッ!!ガリガリガリガリッ!!


「おおっと、急にやる気になったようだが、そんなんじゃこの体は……むう!」

テツは、サブマシンガンを食らってよろめいた粗挽き胡椒でいい感じにアクセントの効いた義手男ロボラーメン滑り込むように突進一気に啜り込む!!!!


「なにィ!?」

うろたえる義手男ロボ。懐に潜り込まれてしまっては仕込み銃を使うことはできない。だが!

「全身生身の体でこの殺人マシーンに勝てると思ってるのか!?」

義手男ロボにはロボットならではの怪力がある。この距離では銃を使う必要すらないのだ!


「死ねえッ!!」

義手男ロボ渾身の頭蓋粉砕パンチがテツに襲いかかる!!あわや万事休すか!?


否!!

「な……なんだと……」

義手男ロボがうろたえる。渾身の頭蓋粉砕パンチを振りかぶった右腕が動かない。それもそのはず。その肩にはテツの投げたナイフが刺さっており、電子回路が破壊されていたのだ。


手痛い一撃胡椒の辛味先手打たせて味玉追加させてもらったぜ」

テツは脳内で粗挽き胡椒の効いた硬めの麺を啜り込み、ビリリとした辛さを堪能してすぐさま半熟の味玉を齧る。とろける黄身が口いっぱいに広がり、刺激を味わった舌を休ませる。


そして、その脳内の食事はそのまま現実の動きに反映される。追体験による“幻視ビジョン”が使えなくなった今、テツは自分流にアレンジすることで新たな“幻視ビジョン”を生み出して現実と重ね合わせているのだ!


「ええい!まだ右腕が動かなくなっただけよ!」

義手男ロボの左腕が振りかぶられる!だが、テツは焦点の合わぬ目で不気味に笑う。

「ククク、そうだな。まだ左腕が残っている」


「な……」

不気味な迫力に当てられたが、義手男ロボの腕が鈍る。その隙を見逃すテツではない。

「フン!」


テツは回転させ持ち直し義手男ロボが振り下ろした左腕大量の青ネギと麺絡め取る絡め取ると、そのまま左肩にナイフ一気に麺叩き込む啜り込む


ズガシャアッ!!ズゾゾゾゾッ!!


「このやろ……」

義手男ロボが言うが早いか、さらにテツはナイフを二本取り出す。

「一気にカタをつける平らげるぞ」


テツはうろたえる義手男ロボ残り少ない麺に対し、構えたナイフ左右の股関節丼に沈む麺に向けて連続で突き立てる拾い上げ啜る!!


ズガシャアッ!!ズゾゾゾゾッ!!


ズガシャアッ!!ズゾゾゾゾッ!!


「ち、ちくしょ……動けね……」

四肢を破壊された義手男ロボはその場に倒れ伏す。このまま破壊してマキの父親を助ければ今回の仕事は終わりだ。だが、まだテツの仕事食事は終わっていない。


「さぁて……最後の仕上げ最後のスープ決めさせてもらうぜ味わわせてもらうぜ……」

テツは義手男ロボの頭部を両手で掴む。それはまさにラーメンどんぶりを両手で掴み、最後の一滴までスープを飲み込まんとする姿だ。


「あ、あああああ!!!!」

突如、義手男ロボが何かを思い出す。

「お、お前は!まさか!テツ!!襲った敵の情報を残らず啜り上げる狂気の探偵!!」


時は3XXX年くらい。有象無象のネットワークと100G回線の電波が世界を覆い尽くす電波特区の首都圏では、極度集中によって不可思議な“幻視ビジョン”を見る者たちが現れた。いつからか、彼らはネットワークの深みへと至る“潜る者ダイバー”と呼ばれるようになった。


そんな“潜る者ダイバー”の中でも、裏の世界でまことしやかに囁かれている噂があった。麺を啜るように情報を啜り、スープを飲み干すように敵を飲み干す狂気の私立探偵がいる。だが、それを誰も見たことがない。しかし、その名前だけは、奇妙な噂とともに独り歩きしていた。


「ラーメンダイバーテツ……!!」

半ば都市伝説であるテツが目の前にいる。その恐ろしさが義手男ロボの操作をしていたハッカーの表情をこわばらせる。


だが、テツには義手男ロボの恐慌など眼中にない。今はただ、目の前の敵最後のスープ片付ける飲み干すことしか考えていない。

「……ダイブ!!」

テツが義手男ロボの額に頭突きをぶちかます!


「うぎゃあああああ!!」

叫んだのは義手男ロボの操縦者だ!!現実と“幻視ビジョン”が完全にリンクしたテツの脳波はネットワークを逆流し、激しい衝撃となって義手男ロボ操縦者のニューロンに襲いかかった!!操縦者気絶!!


それはわずか数秒の出来事だった。テツは義手男ロボから額を離すと、満足そうにつぶやいた。

「ごちそうさまァ……」

テツは“幻視ビジョン”のラーメンを堪能した。これこそが、数多のラーメンを作るテツの根源行動概念なのだ。美味いラーメンを食いたい。そのために古今東西のラーメンを用意し、“幻視ビジョン”を見せてくれる依頼者を待ち構える。伊達や酔狂ではない。テツは本当に、ただラーメンが好きなだけなのだ。


「シンプルな細ストレート麺に癖の少ないスープ、替え玉で味に飽きそうになたところにコショウと味玉と青ネギでアクセントを付けることで最後のスープまで一気に飲み尽くさせる完成度の高いとんこつラーメン。星4つってところか……」

薄ら笑みを浮かべながらレビューをつぶやくテツは、まだ遠くを見てぼんやりとしている。


戦いの一部始終を見ていたマキはすぐさま駆け出し、奥の部屋に向かう。未だ余韻に浸っているテツは当てにならない。


「パパ!」

「マキ!」

奥の部屋には椅子に縛り付けられていたマキの父親がいた。心身に異常はない。義手男ロボ操縦士の思惑がどうだったかはもはや確かめることはできないが、しかし、焼きの父親が助かったのは確かなことだ。



……数日後。テツのラーメン屋はいつもどおり閑散としていた。

「今日も暇でヤンスね」

「暇でいいんだよ。俺たちが忙しいってのはろくなことじゃねえ」

テツは新聞から顔を上げずにぶっきらぼうに答える。


殺風景な店内を多少なりとも盛り上げるかのように、通情報ラジオが店内を賑やかす。

「それにしても、マキちゃんの事件は無事に終わってよかったでヤンスね」

「いつものことだ。ヤスにも世話になったな」

「えへへでヤンス」


義手男ロボ操縦士が発狂した後、ヤスはハッキングで義手男ロボ操縦士の居場所を割り出して警察に通報していた。もうアイツが再び襲いかかってくることはないだろう。


そして同時に、テツの噂も広がった。この件に関わればすべてを啜られると分かっていて突っ込んでくる命知らずはそうそういない。しばらくはマキもマキの父親も安泰だろう。


マキの父親を誘拐しようとしていた黒幕にはおおよその検討がついている。ノダ製麺のライバル企業はいくつかあるが、そのうちの一つだ(ヤスがあっさり突き止めた)。ライバル企業の社長のスキャンダルによって株価が崩壊するのは数日後の話になる(ヤスがあっさりぶち抜いた)。


「よう、やってるかい?」

ガラガラと扉を開けて入店してきたのは、ヨレヨレのトレンチコートとベテラン刑事の気配を羽織った男だ。


「いらっしゃいでヤンス!」

「チャーシュー麺と餃子、もらおうか」

「はい、チャーシュー麺一丁!餃子一枚でヤンス!」


この注文は符丁だ。

「あいよ」

テツは新聞を折りたたみ立ち上がると、堪えきれず舌なめずりをする。

(さあて、今日はどんなラーメンが食えるかね……)



SFコメディ探偵活劇:ラーメンダイバーテツ~とんこつラーメン替え玉硬め青ネギ追加麺職人誘拐事件


おわり

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SFコメディ探偵活劇:ラーメンダイバーテツ~とんこつラーメン替え玉硬め青ネギ追加(麺職人誘拐事件)~ デバスズメ @debasuzume

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