第4話 レイユウ
机に立てた何本もの蝋燭の明かりが揺らめく中で、その女はディナーの最中だった。
およそ欠点というものが見つからない美しい顔には表情がなく、冷たい印象だけを相手に与える。
「失礼します。レイユウ様」
突然に静けさを乱す部下の入室にも所作を乱すこともなく、簡潔な返事のみで応えた。
「なにか」
レイユウに報告を許された黒いスーツの男は一礼すると報告を始めた。
「一階に怪しい侵入者が居りました」
男が合図をすると、後ろに控えていた揃いの黒いスーツの男が二人の子供を連れてきた。
パディとパディーノだった。ソファで寝ていた所を取り押さえられ、後ろ手に手錠をかけられて連れて来られたのだった。
レイユウは興味なさげに一瞥しただけで前菜に手を付けた。
「どうして殺さなかったのだ」
「はっ、それが二人共に焼き印が……失礼、入れ墨がいれられております」
レイユウはぴたりと手を止めた。
静かにナイフとフォークを机に置くと二人を凝視する。
レイユウの冷たい眼光が二人を精査するがごとく向けられる。
その冷気はパディとパディーノが思わず硬直するほどだった。
「お前たち、少年兵だな」
パディとパディーノは恐怖に怯え、ただレイユウを見つめるだけだった。
「質問に答えろ。お前たちは少年兵だな」
「……はい」
答えたのはパディーノだ。
「よろしい。では次に所属を言え」
パディーノは続けて答える。
「わ、私……達はカシマール解放戦線、少年義勇兵のパディーノ。それから同じく弟のパディ」
「現在の所属に就いて何ヶ月経つか」
「……五百……十二日」
「ほう……約十七ヶ月か。この街で一年半生き延びたか……結構、結構」
レイユウの顔から僅かに笑みが溢れる。
「その少年兵が、なぜここにいる」
顔を見合わせて黙る二人を見て、レイユウの顔から再び表情が消えた。
パディーノは考えた。すぐに殺されていてもおかしくないところだった。それが捕らえられ、この女のもとに連行されたということは、この女の判断に自分たちの命は委ねられているということだ。
今、殺されるわけにはいかない。どうすれば、この状況を切り抜けることが出来るのか。
パディーノはレイユウの顔をじっと見つめた。表情はなく、何を考えているのかを窺うことは出来ない。
ただ、どれほどの言葉を並べても、自分が思いつく程度の嘘も、誤魔化しも通用しそうではなかった。
「今朝早くから国連軍が攻撃を仕掛けてきたの。砲台も銃座も、戦車もすぐにやられてしまって……大人達もいなくなってしまうし……街まで偵察を出したのだけれど国連軍の姿しかなくて……」
「偵察は誰が出すよう命じたのだ」
「それは……私が」
「……ほう」
レイユウは何度も頷くような仕草をした。
「それで、お前たちはここまで逃げてきたのか」
「キャンプに……留まっていては……いずれ見つかってしまう。国連軍と……夜に戦うことは……私達に勝ち目はないと考えたの」
一言答える度にレイユウの顔を伺い、どう返されるのか、あるいは機嫌を損ねて殺されるのかと気が気ではないパディーノは緊張のあまりに汗が止まらなかった。
「なるほど、それで……これからどうする」
この問いにはパディーノ自身、明確な答えを持っていなかった。
どう答えるべきか、レイユウの顔を伺いながら必死で考えた。
レイユウは表情も変えず、すぐに答えないパディーノを急かすこともなく、その答えを黙って待ち続けた。
「わ……私は……」
嘘も出まかせも通じない。パディーノはレイユウと会話する際の『ルール』を感じ取っていた。
全ての決定権はレイユウにある、一方的な力関係。
パディーノは言いかけたまま硬直し、生唾を飲み下しパディのほうを見る。
同じ緊張感を感じ取ったのか、パディもひどい汗を流しながらパディーノを見つめていた。
「……私には……分からない。ここまで逃げてきたけど、これから先は何も分からない」
レイユウは鼻で笑った。続けて、くすりと吹き出して笑う。
「くっくっく……そうだな。確かにそうだ、聞いてみれば当たり前の話だ……くくくっ」
レイユウは指を鳴らし、黒服の男を呼んだ。
「ユーファン、この者らの手錠を外してやれ。それから食事も用意してここに持ってくるように」
黒服の男二人が、パディとパディーノ、それぞれの手錠を外しにやってきた。その作業を見ながらレイユウは話し始めた。
「私はお前達がまともな教育も情報も与えられていないことは知っている。教えられることといえば、せいぜいが『夜の相手の仕方』といったところだろう。恐らくはこうしてまともに会話ができる者すら少ないだろう。
そんな所で君がどうして『自分で考えて行動』できるのか非常に興味がある……のだが、とりあえずそれは後回しにしよう。
君達はここで十七ヶ月戦い抜いて、生き残ってきた。それは賞賛に値する。
まずはお前達に私からの労いだ。共にディナーを楽しもう」
レイユウと同じテーブルに座らされ、しばらく待っていると見たこともないような料理が綺麗な皿に乗って二人の前に並べられた。初めて見るものだが、それがごちそうであることだけは理解できた。
ナイフもフォークも、使ったことはなく戸惑うが、レイユウが丁寧に使い方を教えた。
手づかみで食べようとしたパディはきつく叱りつけられ、見かねてやってきた黒服の男がレイユウの真似をしろと教えてくれた。
不思議な時間だった。
あれほど冷たい印象だったレイユウが、食事中にはまるで母親のように感じられたのだ。
二人にとって本当の親など知る由もなく、レイユウに感じた偽視感は幻のようなものかも知れない。それでも二人はレイユウに母親を感じるのだった。
「さて、ここからが本題だ」
食後に供されたワインを飲み干すと、レイユウは前触れもなく、そう言い放った。
急に雰囲気の変わったレイユウに二人は背筋を凍らせた。
「私は武器商人だ。死の商人と言ってもいいだろう。小銃、弾薬、ロケット砲に戦車、何でも売っている。もちろん少年兵もな。……つまり、君達も私の商品だったことになる」
パディーノ達は思い出した。
自分らがこの戦場に来た日のことを。
物心ついた時には銃を撃ち、敵を倒す訓練に明け暮れていたことを。
「私は立場上、居場所が知られるとまずいことになる。お前達は私の居場所を知ってしまった。……つまり私はお前達を殺さなければならない。だが、今夜の私はとても機嫌がいい。そこで君達にひとつの選択を与えよう。
ここで死ぬか、私の側で働くか……だ」
パディーノには自ら死を選択させるという意味が分からなかった。そんな者はいるはずがないと思ったからだ。
しかし、もう一つの選択をすると、スーノを置き去りにしてしまう。
「あなたの側で働くことは構わない。……だけど、条件を付けたいの……です」
直後、レイユウから向けられた視線は凄絶なものだった。
殺意、というほど熱のこもったものではない。
静かに銃を頭に突きつけられた。というよりも、いつの間にか細い串で心臓を貫かれているような錯覚を覚えた。
「条件? 条件だと?」
しくじった。もう駄目だと思いながらパディーノは続けた。
「も……もうすぐ、ここで合流予定の味方が……来ます。彼女が来るまで、待たせてほしいのです」
パディーノを凝視していた目が窓の外を向いた。
明かりのない、瓦礫の街を見つめるレイユウには、やはり表情はなく何を考えているのかうかがい知ることは出来ない。
「何名だ?」
「それは、い……一名だけです」
「その者もお前達と同じだけ生きてきたのか?」
「いえ……スーノは少し短くて四百日と少しです」
レイユウは少しの間考えるような素振りを見せた。
「その者がもしもやって来たなら一緒に連れて行く。拒否するなら殺す。それでいいか?」
パディーノの表情が明るくなった。
「構いません」
レイユウは頷いた。
「お前達の条件を聞いたのだから私も条件を出す。私はもうしばらくここに滞在してすることがある。用事が終わり次第ここを発つがそれまでにその者が現れなかった場合、そいつは諦めろ」
パディーノは安堵の表情で答える。
「分かりました」
レイユウは黒服の男を呼んだ。
「ユーファン、交渉成立だ。すぐにこの二人を風呂に入れて服を着替えさせろ。臭くてかなわん」
「かしこまりました」
パディーノとパディは黒服の男に襟を掴まれ連れ出された。
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