第3話 ホテル カシマールイン

 街と非武装地帯を隔てるバリケードは果てしなく長く、警備の手薄な部分も多い。

 国連軍の追跡をかいくぐって、パディとパディーノは町外れのバリケード基部に辿り着いた。

 バリケードは頑丈な骨組みに目の細かい金網が張ってあり、昇って超えられないように地上高6メートルに及ぶ上部には有刺鉄線が何重にも巻き付けてある。

 突破するには爆破が手っ取り早いが、パディ達は爆薬を持っていないしあったとしても爆破は目立ちすぎる。

 パディはかばんの中から銃剣を取り出した。

 銃剣のブレードには穴が開いており、カラシニコフ側の着装部のピンに差し込んでハサミ状にすれば丈夫なワイヤーを切断することが出来る。さらにグリップ部分に銃剣の鞘を差し込めばグリップ部を延長でき、子供の力でも切断可能だ。

 パディーノと協力しつつ、まずは基部の有刺鉄線を排除、そしてバリケードの金網の部分のワイヤーを一本ずつ切断していった。

 なんとか一人が通れるだけ金網を切り開き、パディとパディーノは非武装地帯への進入に成功した。

 先にフェンスをくぐり、パディーノがくぐるのを待つ間、パディは紛争地帯の奥を見つめた。

 いまだに遠い雷鳴のような銃撃音が聞こえる。

 火災なのか、何箇所か炎上する明かりも見える。

 フェンスをくぐってきたパディーノもフェンスの向こう側を見つめて言った。

「スーノならきっと大丈夫。朝には来るよ」

「そうだな」

 切り開いたフェンスの穴が目立たないように切ったワイヤーを元のように伸ばしてから二人は出発した。

 あとはバリケードに沿って北に行けばいいだけだ。

 二人は念の為に、紛争地帯からは見えないように、建物の裏手に周ってから移動することにした。

 二十分ほどで政府軍が警備をする検問所の付近まで来た。

 検問所の警備は厳重だが、紛争地帯側からの侵入に備えての警備であり、国連軍の本格的な攻撃のせいか、こちら側の見張りは無いも同然で、パディ達が物陰に身を隠しながら通り抜けるのは思いの外簡単だった。

 検問所のすぐ横にある詰所の人影に注意しながら、二人は小走りでカシマールインを目指した。

 ホテル・カシマールインは検問所の北側数百メートルのところにある。昼間であれば検問所からでも十二階建てのビルを見ることが出来る。

 通りに面した立地だが、建物と通りの間は大きな庭園となっている。

 もともと庭園の中央にあった噴水は壊されて埋められており、現在は政府軍がヘリポートとして使用している。

 カシマールインの前に到着した二人は建物の奥を覗き込み、入念に確認する。

 庭園をゆっくりと進み、正面入口の前に立つ。

 営業はしていないので、照明は消えているし当然ドアボーイなどはいない。

 パディは大きな回転扉を押してみた。施錠はされていないらしく軽い力でも動いた。

 パディはパディーノに振り返り、互いにうなずくと回転扉を通って中に入った。

 施錠されていなかったところを見ると、頻繁に人が出入りしているのだろうか。締めきった建物特有のカビ臭い匂いは感じなかった。

 二人は通りから目立たないように、ロビーの奥にあるソファーに座った。

「着いたな」

 パディはソファーの上で大きく伸びをしながら言った。

「そうね」

 パディーノは反対側のソファーに横になった。

「スーノは、まだ来ないかな」

 パディーノは体を起こし、外を見た。

「来るよ。すぐに来る。朝までには、きっと来る」

 そう言うとパディーノはまたソファーに寝転がった。

「待つ間、少し……休みましょ……」

 今日は夜明け前から戦場を走り回ってきた。まだ幼い少年兵には過酷な一日だった。パディーノは気が抜けたのか、すぐに眠りに落ちていった。

 パディはパディーノのかばんからヤギの毛皮で作ったベストを取り出すと、パディーノにそっとかけた。

 それから自分のベストを取り出して羽織ると、カラシニコフをソファーの下に隠し、深々と腰を下ろして外を見ながら背もたれに体を埋めた。

「今日は……いろいろあったな。……スーノ、早く来いよ。俺たち……待って……」

 パディの意識も深い深い闇へと落ちるように眠りについた。

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