第2話 狙撃兵を狩る子供達 2

 砦は街を見下ろす岩山の中腹にある。

 大きな対空レーダーが設置されていて、山腹には多数の陣地があり機関銃や対空ミサイルが据えられている。


 砦まで戻ってきたあたし達は見たことのない惨状を見ることになった。

 夜明け前から始まった国連軍の攻撃。

 叩き起こされて出撃した直後、あたし達の背後でレーダーは大爆発を起こした。

 それが国連軍による爆撃だったとあたし達でもすぐに分かったのだが、夜が明けてから改めて見ると爆撃の破壊力の正確さと凄まじさは言葉を失わせた。

 頑丈な鉄骨造りの骨組みは針金を曲げたみたいにひしゃげている。レーダーのドームは踏みつけられたヤギの糞のようだ。

 もっとも驚くべきはレーダー以外に爆弾の当たった形跡がないことだ。暗闇の中、正確にレーダーだけを狙い破壊できる国連軍の恐ろしさを見せつけられたようだ。

 レーダーの前の広場まで戻ると、他の部隊の子たちも戻ってきていた。

 あの偉そうに声を荒げているのはいつもパディーノにつっかかってくるブチャイだ。

「よう、パディーノ、遅かったじゃんか」

 ブチャイの前には国連軍の兵士が後ろ手に縛り上げられ頭に布を被されて跪いている。

「俺は捕虜を捕まえてきたぜ、そっちはなんかあったのかよ」

 パディーノは一瞥するとすぐに視線を逸らす。

「大通りを見張っていたスナイパーを排除してきた」

 ブチャイはニヤニヤと笑った。

「それで三人だけの帰還かよ。ほんとに味方を囮にするのが上手いよな」

 パディーノは睨み付けるようにブチャイを見た。

 ブチャイはいつもそう。何かあるとパディーノに絡み、張り合おうとする。

 パディーノと同じように大人達から信頼されてるし部隊を任されるんだけどパディーノと比べると乱暴というか勢いに任せてって感じであたしは好きじゃない。

 一緒に出撃することがあると後ろから撃ってやろうかと思うことが時々ある。だからあたしは言ってやった。

「ブチャイだって新しい子たちにお前らは弾除けなんだから先頭に並んで進めとか言ってて軍曹に怒られてたじゃん」

 ブチャイが今度はあたしを睨んだ。

「弾除け進軍なら俺だってやった、お前らもさんざんやらされただろ。あれを生き抜けなきゃここじゃ生きていけない」

「そんな話はもういいよ」

 ブチャイの話を遮ったのはパディーノだった。

 パディーノは捕虜に近付くと頭の布を剥ぎ取った。

 捕虜は不安そうに辺りを見回す。

「あなた、何でもいいから話してみなさい」

 捕虜はパディーノの話を聞くとまた辺りを見回す。

「おい、捕虜に勝手なことすんじゃねえよ」

 怒鳴るブチャイを無視してパディーノはスーノを呼んだ。

「何でもいいから話してくれればわたしか、この子のこと好きにしていいのよ」

「ええっ、あたしやだよぅ」

「生きて帰りたいんでしょう?」

 捕虜は不安そうな顔を向けるだけだった。

「へっ、なんだよパディーノ、ヤリたくなったのか? 軍曹が言ってたぜ、パディーノは上手だ、ってよ。俺にも同じことやってくれよ、なあ」

 ブチャイの言うことは無視したままパディーノは振り返り捕虜を指さして言った。

「ブチャイ、あなたこいつらの言葉は分かるの?」

「ああ? んなの分かるわけねえだろ」

「こいつらもわたし達の言葉は分からないみたいよ」

 ようやくパディーノの真意に気付いたブチャイは舌を打った。

「ちっ、じゃあ手足を切り飛ばして捨ててくるか、お前ら準備しろ!」

 パディーノは砦に向かって歩き始めた。

「スーノ、中で何か食べようか」

「うん、お腹ぺこぺこ。パディ! 中で何か食べようだって!」

 パディとブチャイはものすごく仲が悪い、何も言わないけどずっとブチャイを睨んでいたから声をかけた。

 パディはあたしを見て頷いた。

「おい、パディーノ! 俺たちは日が暮れたら撃って出る。お前達も来ないか?」

 ブチャイが大きな声で誘ってきた。

 パディーノは振り向きもせずに

「夜は危険よ」

 と呟くように言った。それがブチャイに聞こえたかどうかは分からない。ただブチャイは舌を打ち、大きく貧乏ゆすりをした。


 あたし達は食堂にやってきた。

 爆撃は受けたけど、地下にあるここは大丈夫みたいだった。

 あたし達は一日に一度だけ、ここで食事をとることが出来る。だけど大人達はいなくなってしまい皿を持って並んでも何も出てこない。

「どうする? 俺たちで何か作るか?」

「えっ? 作ったり出来るの?」

 あたしは思わずパディに向かって大声をあげてしまった。

「おう、ここに来たばっかりの頃は炊事係もやったことあるんだぜ」

「へえ、そうなんだー」

 あたしは炊事係なんてやったことないから料理なんてものはまったく知らない。

 夜明け前から叩き起こされて街に送り出され、街を守る大人達の部隊とは合流できず、夜が明けてから偵察を行ってみても合流どころか死体以外に何も発見出来なかった。

 疲れ切っていたしお腹もぺこぺこだった。

「そうだね、厨房に入ってみよう」

 パディーノ達は厨房に入っていったのであたしも後を追った。

 二人は棚や引き出しの中を見て回り中央にある調理台の上に数個の芋と小麦粉を置いた。あたしは何が出来るのか楽しみで二人の手がどう動くのか見つめていた。

 パディーノは器に小麦粉をどさっと入れてから瓶から水を汲んで手で混ぜ合わせていく。少しずつ水を足しながら混ぜていくと次第に粘りが出て大きな団子のようになっていった。

 パディを見ると芋を刻んでいる。これならあたしも手伝えそうだ。

「ねえ、あたしも手伝おうか」

「ん? じゃあそこの芋を適当に切ってくれ」

「分かった」

 あたしは芋を三個掴んで目の前に置いた。それからナイフを抜いて、とりあえず一つを半分に切ってみた。

 けっこう固い。

 刃を食い込ませておいて上から手で刃を叩いてみる。これはなかなかいい感じ。

 どんどん芋を刻んで三個の芋はあっという間に細切れの山になった。

 ちょうどパディが声をかけてきた。

「スーノ、お前、皮剥かな……いや……あの、切り方が……まあ、食べれりゃいいか」

「スーノは炊事係やったことなかったっけ」

 パディーノもそう言って笑った。

 あたしはパディの刻んだ芋と自分の切った芋を見比べて納得した。パディの刻んだ芋は大きさも揃っていて見た目にもきれいで、あたしのと比べるとなんだか恥ずかしかった。

 刻んだ芋はパディーノがこねている生地と混ぜて一緒にこねる。

 芋を練り込んだ生地をパディーノはちぎって三つに分けると熱した鍋の底に押しつけて平べったく伸ばす。そしてそのまましばらく焼いた。

 香ばしい香りが広がる。

「おいしそう」

 あたしは早く食べたくて鍋をのぞき込む。

「はいはい、もう焼けるから食堂で待ってて」

 パディーノはあたしの肩を押して鍋から遠ざける。

「はーい」

 あたしは食堂に出て席に着いた。すぐにパディとパディーノは焼けた生地を皿にのせて出てきた。

 パディーノが皿を並べてる間にパディは水を汲んで持ってきてくれた。

「じゃあ食べよっか」

 あたし達は焼けたばかりの生地にかぶりついた。

 焼きたての生地は表面はカリカリしていて中はふんわり、小さく刻んだ芋もほくほくですごく美味しかった。

 普段食べているのはバケツの中に山積みにされている冷めてしなびたもの、焼きたてだとこんなに美味しいなんて初めて知った。

 三人でテーブルを囲み、食事をしながら今日のことをみんなで話した。

 夜明け前から国連軍の攻撃が始まった。あたし達はこの砦から街の守備隊と合流するべく送り出されたが、守備隊は壊滅したらしく合流出来なかった。

 あたし達の部隊はパディーノの提案で街の偵察を行うが味方は発見出来ず、街にあった司令部もやられていたし砦のレーダーもやられた。

 三両あった戦車も砲塔が吹き飛んで燃えていた。

 そしてあたし達少年兵部隊に命令をくれる大人達がどこにもいなかった。

「ねえパディーノ、大人達いないけどこれからどうしたらいいの?」

 あたしは水を飲みながら聞いた。

 パディーノはコップを見つめたまま何かを考えているようだった。

「まさかブチャイ達と攻撃に行くのか?」

 パディが慌てた様子で聞いた。

「それはない、夜に国連軍を相手にするなんて無謀すぎる」

 パディーノは即答で否定した。

 それから見たことの無い思い詰めたような顔でパディーノは考え込んだ。

 無理もないとあたしは思った。

 大人達はいつも怒鳴り散らしたり殴ったりしてくるだけなんだけど、大人達が命令してくれないとあたし達は何も出来ないし何も決められない。

 パディーノだって同じのはず。いつもあたし達を指揮してくれるけど、それも大人達に陣地を攻撃してこいとか、この橋を渡る敵を掃討しろとか言われるから配置とか分担をするだけでやるかやらないかは大人が命令してくれないと出来なかった。

 そう考えるとあたしは急に不安になってきた。


「ここにいても殺されるのを待つだけ」

 突然パディーノは呟くように言った。そして何かを決意したように頷いた。

「二人ともよく聞いて」

「うん」

「なんだよ」

 あたしもパディもパディーノを見つめた。

「わたしは、非武装地帯へ行くのがいいと思う」

 思わず言葉が出なくなった。

 非武装地帯とは、この街の周りに張り巡らされたバリケードの外側。今までに何人か脱走した少年兵がいたが連れ戻されると、その全員が皆の前で殺されている。

 あたし達少年兵にとっては絶対に行ってはいけない場所、だった。

「なんで? なんで非武装地帯なの?」

 パディーノはすぐには答えてくれなかった。苦しそうな顔でしばらく考えた後、ゆっくりと話しはじめた。

「たぶん、軍曹たち大人はもう帰ってこない。ここのレーダーもやられちゃってるし街の司令部も駄目、戦車も対空砲の陣地も全滅、戻ってきても敵とは戦えない」

 たしかにそうだ、今もどってきても国連軍とは戦えない。

「非武装地帯に行くのはいいんだけど、それからどうするの?」

「詳しいことはわたしも分からないんだけど、あそこには難民キャンプというものがあるらしい」

「難民キャンプ?」

「前に軍曹たちが話しているのを聞いたことがあるんだけど、誰でも受け入れてくれて水や食べ物を分けてくれるみたい。どこにあるかまでは分からないんだけど街の近くらしいからとりあえずこの街を出て、それから探せばいいと思う」

「そっかー、いいんじゃないかなあ」

 あたしはパディのほうを見た。

「おう、そうだな。ここにいても日が暮れれば国連軍がくる。そうしたら俺たちじゃ敵わない」

 こうしてあたし達は街を出て難民キャンプを目指すことにした。あたし達を連れ戻して処刑する大人はもういない、きっと戻ってこない。

 とりあえず生き延びるためには最善の選択だと思った。

「じゃあ食べ終わったら準備だね」

「そうだな、今からなら日が暮れる前には街を出られそうだ」

 パディーノは静かにうなずいた。

 食べ終わるとあたしはまず水筒の水を補充した。それからみんなで弾薬の補充。

 あたしは今日は一発も撃たなかったからたっぷり残ってる。かばんの中の弾倉のチェックだけしておいた。

 準備を整えて砦の外に出るとブチャイ達の姿は無く、あの捕虜のものであろう両腕だけが残されていた。

 あたし達はひとまず川を目指した。

 街を抜けるために下水孔を使うので川から繋がる横坑から入ることにしていた。

 国連軍は空からあたし達を見ている。だから開けた場所は避けて入り組んだところを選んで移動していく。

 川に出たら三人で警戒しつつ藪の中に突き出した、しゃがんで通れるほどの横坑から下水孔へと入っていく。先頭はやっぱりパディーノだ。

 横坑の角を曲がって主管に入ると立って歩けるくらい広くなる。少し進めば中はもう真っ暗だった。

 あたし達はいつものように左手を壁に付けて暗闇の中を進んでいく。

 時々縦坑の鉄蓋から漏れる光を見て位置を確認する。もしかすると敵の真下を通ることにもなるかも知れない。出来るだけ外の物音にも警戒する。

 先頭を進むパディーノは考えていた。

 国連軍はこの下水孔の存在を知っているだろうか?

 否、知らないはずがない。知っていて放置しているはずもない。

 知っているとすればクレイモアと呼ばれる地雷か、あるいは何かしらのトラップを仕掛けている可能性はある。

 もう街の中心部に近い、そろそろ下水孔を出て移動した方がいいかもしれない。

 縦坑の鉄蓋から漏れる光を見るとそろそろ夕暮れが近いようだった。思ったよりも時間がかかってしまった。

 一番まずいのはこの下水孔を調査中の敵と鉢合わせることだ。

 街の中を移動するのは危険があるがそろそろ下水孔は出た方がいいかもしれない、そう思いながら踏み出した足が何かを踏んだ。

 思わず全身が硬直する違和感、何を踏んだのかすぐに分かった。

 パディーノは突然立ち止まった。

「地雷を踏んだみたい、二人はすぐに地上に出て」

 あたしは声が出なかった。

 パディーノが? まさか、信じられない。

「おい、本当かよ」

 パディも慌ててる。

「踏んでる間は爆発しないから、二人は早く地上へ」

「待って、あたしが解除する」

「スーノ、出来るの?」

『出来る』とは答えられなかった。

 あたしはこういう爆発物の専門の大人と組んでいたことがあった。そのときにいろいろ教わって何度か解除もやったことがある。

 解除の方法は知っているけどそれでも成功するかどうかは良くて半分くらい。

 とにかくやるしかない。

 あたしはパディーノの肩に手を置いた。それから体を伝ってつま先の下の地雷を探った。

 缶詰ほどのそれは、確かにパディーノの足の下にあった。

「どうだ? スーノ、解除できそうか」

 心配そうな声でパディが聞いてくる。

「ちょっと待って、いまどのタイプか調べてる」

 あたしは暗がりの中で少しでも多くの情報を得ようと地雷を触って指先の神経に集中した。

「スーノ、ありがとう。もういいからパディと地上に出なさい」

 パディーノらしくない諦めの言葉だ。

「まてよ、スーノがいま解除してくれてるだろ」

 二人が言い合いを始めたがあたしの耳には入らなかった。

 あたしの知っている地雷の中でこんなのあったっけ……たしかに知っているような気はするんだけど……

「ああっ!」

 地雷の種類を特定できたあたしは思わず声が出た。

「なんだよ、なんかあったのかよ」

 パディも驚かせちゃったみたい。

「これ、国連軍のじゃないよ」

「えっ?」

「どういうことだよ」

「だから、この地雷は国連軍が使ってるやつじゃないよ」

「だから、どういうことなんだよ」

 パディは興奮気味に言った。

「あたしたちが使ってるやつ」

 二人とも驚いてる。

 つまり、大人達が撤退するときに追跡を逃れるために設置したものなんだろう。理由は分からないけどそれなら解除もやりやすい。

 国連軍の使用している地雷は点火するのに電気式を使っているものが多い。これは作動させた後で外から解除するのは至難の業というか、たぶんあたしじゃ解除は出来ない。

 だけどあたし達が使っているタイプなら構造をよく知ってるから何とか出来るかもしれない。

 地雷の構造っていうのは一番下の部分に炸薬が詰まっている。そんで上の方には圧力をかけると留め金が外れて、その後で圧力が無くなると撃鉄が信管を叩き炸薬に点火するような構造になっている。

 これを爆発させないためには撃鉄と信管の間に何か固い物を割り込ませてやればいい、そうすれば撃鉄は信管を叩けない。

 あたしはナイフを抜いて地雷の横を少し掘って広げた。

 パディーノの手があたしの肩に触れた。パディーノは何も言わなかったし、それがどういう意味なのか分からなかったけど、あたしの中で力が湧いてくるようだった。

 失敗すればあたしは顔を吹き飛ばされて、パディーノは片足が無くなってしまうだろう。

 あたしはそれでも良かった。目の前で仲間が死んでいくのは毎日見てた。腕や足が無くなって苦しんで泣いている子はとどめをさしてあげたこともある。

 わたし達はそういうものだ。

 だけど今はパディーノを助けたくて気持ちがみなぎっている。

 地雷の横にナイフを差し込むだけの隙間が出来た。

 ナイフを地雷の横側から刺して、薄い金属製の外郭を切り割く。

 そしてナイフを深く差し込んで刃先で中を探る。粘土のような柔らかい炸薬の上には固く小さな信管が差し込んである。

 刃先に集中して信管と撃鉄の隙間を探る。中に詰めてある金属片のせいではっきりとは分かりにくいが信管らしきものに刃先が触れた。その信管を伝い撃鉄との隙間を探り当てた。

 ナイフの柄を叩いてさらに奥まで差し込む。

 刃を少しこねて位置を確認、よし、これで多分大丈夫だ。

 気が付くとあたしはものすごい汗をかいていた。

「パディーノ、ゆっくり足あげていいよ」

「わかった」

 パディーノがそっと足を浮かせると、中でカチンと撃鉄の落ちる音がした。

 あたしは思わず肩をすくめたけど、爆発はしなかった。

「やった!」

「すげえな、スーノ」

「スーノ、ありがとう」

 あたし達は抱き合って喜びあった。

 パディーノを助けられたのが何よりもうれしくて、思わず涙ぐんでしまったけれど暗いところだから誰にも見られなかったと思う。

「これ以上進むのは危なそうだな」

 パディが言った。

「うん、ちょっと戻って上に出よう」

 あたしはナイフを地雷から抜き、地雷をそっと置いてからパディーノ達についていった。

 パディが一番にマンホールを上って慎重に地上の様子を窺っている。下からだと傍に人が立っていても見えないから慎重に少しだけ開けてから周囲をゆっくりと見渡して安全を確認しなきゃならない。

 しばらく周囲を見ていたパディが蓋を開けて横にずらした。

「いいぞ、上がって来い」

 あたしとパディーノはラッタルを伝ってパディの下まで上がる。

「遠いが国連軍の姿が見えた。せーの、で上がって一気にあっちの建物まで移動するぞ」

 パディはそう言って外へ出た。続いてパディーノが出てあたしも這い出した。

 出た所は裏通りで道はそう広くないが散乱する瓦礫もなく見通しが良かった。

 パディが手で合図するので、着いて走った。

 すでに陽は沈み、もうじきに暗くなる空が見える。

 建物と建物の隙間に潜り込み周囲を確認する。

「国連軍はこっちの方向に見えた。見えたのは三人だけだが、あの様子だと見えないところにもまだいそうだった」

 パディが敵のいた方向を指して言った。

「ここから先はやつらがうろついてる中を進まなきゃいけないね」

「そうだな」

 パディーノを見ると頷いた。

「行こう、もう日が暮れる」

 そこからあたし達はすぐ裏の通りに国連軍がいる、なんて所や見回りの車を隠れてやり過ごしたりしながら進んでいった。

 すっかり日が暮れたころ、国連軍の管理する非武装地帯へとつながるゲートまで数区画のところまで辿り着いた。

 もちろんあたし達はゲートを通って非武装地帯へは行けない。そこから離れてバリケードを突破できるところを探さなければならない。

 いずれにせよゲートは厳重に警備されている。バリケードに沿って移動していくしかない。

 物音に気を配り人の気配を探りながらあたし達はいくつかの通りを渡り、なるべく建物の中を移動するようにしていた。

 そうして少し大きな通りに突き当たり、ここを渡らなければ進めなくなってしまった。

 街の地形はほぼ頭に入っている。この通りがどこへつながっているのかも分かる。だけどあたし達はこの辺りには来たことが無く、身を隠せる場所の見当がつかない。

 暗闇の中、通りを見張る国連軍はいないか目をこらしてみるがぼんやりと闇が広がるだけだった。

「どうする? なんにも見えないよ」

 あたしは小さな声で言ってみた。

「渡らなければ進めない、行こう」

 普通なら敵の確認が出来ないのに見通しのいい場所を渡るなんてことは絶対にしない、だけど進むためにはここを渡るしかなかった。

 この三人だとあたしが一番足が速い、だからわざと少し離れて後ろを着いていくことにした。

 パディがパディーノの肩を叩くとパディーノが駆け出し通りを渡り始める。すぐにパディが追う。

 あたしは少し遅れて駆けだした。

 通りに駆けだしてすぐにあたしの中に冷たい物が奔った。誰かに見られている、狙われている、そんな悪寒だった。

 思わず暗闇の奥を凝視するが何も見えはしなかった。見えなかったけど、『狙われている』という直感が頭を掠める。

「あぶないッ!」

 あたしはすかさず全力で駆けだし、パディの背中を思い切り蹴っ飛ばして後ろに飛び退いた。

 パディはパディーノを突き飛ばしながら前のめりに倒れていった。

 次の瞬間、曳光弾が目の前を掠めていく。機関砲の斉射だった。

 パディたちはすぐに起き上がり走った。

 機関砲の弾は二人を追って火花を散らしていく。

 あたしはパディを追おうとしたけど離れすぎてしまった、今追うと今度はあたしが狙われる。さすがにあれは逃げられそうにもない。仕方なく引き返し、建物の陰に飛び込んだ。

「スーノッ! スーノッ!」

 あたしを呼ぶ声が聞こえる。無事に通りを渡り切れたんだろう。

「パディ! パディーノ!」

 二人の名を呼んで身を乗り出すと、目の前で機関砲の弾が火花を散らす。

 二人を追ってここを渡るのはもう無理だ。

「あたし、そっちへ行けない! 後から合流するからッ!」

 あたしが叫んでから少し間があって返事がきた。パディーノの声だ。

「スーノ! ホテルカシマールインが分かる?」

 カシマールインといえばバリケードの外側、ゲートから何区画か離れたところにある大きな廃ホテルだ。行ったことはないけど地図で見たのは覚えていた。

「バリケードの外、ゲートの近く!」

 あたしは思い切り返事をした。

「そこで合流しよう」

 エンジンの音が近付いてくる、敵が動き出した。

「絶対行くから! 絶対行くからッ!」

 あたしはすぐに移動した。建物の陰に潜みながら走る。

 三区画くらい移動するとエンジンの音は追って来なくなった。

 あたしにはバリケードを突破出来そうな場所の心当たりがあった。

 ほんの何ヶ月か前まではあたし達の組織がこの街の大部分を占拠していた。その頃に脱走したり敵前逃亡したりした少年兵を捕まえた大人達がバリケードに手錠で縛り付けていた所がある、そこのバリケードはゲートの近くみたいに何重にも重ねて立ってはいないのでワイヤーを切ってしまえば脱出は簡単だった。

 ゲートからはだいぶ離れてしまうけどとりあえずそこを目指すことにした。

 いつの間にかすっかり夜になってしまっていた。

 空を見上げると薄っぺらい皮だけになったような月と星が輝いていたが、あたしにとってはただ方角を知るための手段でしかなかった。

 夜の移動はとても神経を使う。特に今夜のように月明かりのない夜は目の前にすら何があるかよく見えない。それでもしばらくすれば目が慣れてくる。

 こんな瓦礫だらけの街でも虫の声や小動物の蠢く音などで雑音は多い。

 僅かな視界と音の気配で周囲を確認しながら移動を続ける。

 国連軍は暗闇の中でもこちらが見えている。だから夜でも体を晒して移動することは出来ない。慎重に、慎重に進む他ない。

 時折遠くで人の声が聞こえる。それでも警戒しながらひたすら進んでいく。

 そうやっていくつもの通りを渡り、数ブロックも進んで町外れまで到達した。ここから先はほとんどの建物が倒壊していて瓦礫だらけの平原となっている。スーノの目指す場所にはここを突破しなければならない。

 あたりに敵の気配はなく虫の声だけが響いていた。

「お腹空いたな……」

 スーノは何か食べるものはないかとカバンに手を突っ込んでみるが弾倉と手榴弾の他、口に入れることが出来るのは水筒に満たされた水だけだった。

 瓦礫に身を隠しながら水を飲み、瓦礫にもたれかかって少し休むことにした。

「はあ~、疲れたぁ」

 今日は夜明け前から国連軍の攻撃が始まり、ずっと動きっぱなしだった。このまま目を閉じてしまえばすぐにでも眠りにつけそうなほど疲れていた。

 それでもあの双子のことを思い出すと眠ってなどいられない。

 疲れている。だけど感覚は研ぎ澄まされて冴えていた。

 月明かりの乏しい闇の中でも歩き回れるほど目は闇に慣れていたし、瓦礫の中で鳴く虫の足音すら聞こえるほどに耳も冴えていた。

「パディたちはもう着いちゃってるかなあ」

 あたしは体を起こし、水筒をカバンにしまうと大きく深呼吸した。

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