149_山頂の決戦2

 ヘンセンの町。

 夕暮れの木陰に座り、少女は遠い空を見上げていた。


 優しい風が吹き、絹糸のような少女の髪を静かに揺らす。

 少し前からは想像もつかないほど穏やかな日常が少女を包んでいた。


 しかし少女は知っている。

 その日常のために、今も戦っている人たちが居る。

 傷つき、喪いながらも、身命を賭して立ち向かっている。

 そしてその先頭に、あの人が居る。


「ミア、心配?」


 少女の姉が近づき、気遣わしげに問う。

 だが少女はふるふると首を振った。


「約束、してくれたから」


 ────大丈夫。必ず帰って来る。


 彼はそう言った。

 そして、少女はその言葉を微塵も疑っていない。


 彼は約束を守る人。

 だから帰ってくる。

 少女の待つ、この場所へ。


 ────ロルフ様は負けません。…………いちばん、いちばん強いですから。


 出兵の前夜、彼にかけたその言葉は、心からの本音だった。

 だから少女は信じている。

 信じて、待っている。


「あ……」


 宵の明星が空に瞬いた。

 美しいその星へ向け、少女は早い再会を願うのだった。


 ◆


 山々の稜線を薄暮が覆いつつある。

 朝から始まった霊峰ドゥ・ツェリンの戦いは、最終局面を夕闇と共に迎えようとしていた。

 ここから見える雄大な風景は、夕暮れに至ってもやはり美しい。


「景色に目を向けるとは、余裕じゃないか?」


 クロンヘイムが言う。

 確かに、剣を手に、腕から血を流しながら景色を愛でるのもおかしな話だ。

 もっとも油断してはいない。

 むしろ向こうから近接戦闘を仕掛けてきてくれればありがたい。


 だが彼は、斬りかかってはこない。

 俺が隙を作ったわけではないと分かっているのだ。


「宵の明星が出ている。美しい星だ」


「僕も好きだよ。ぽつんとひとり光ってるところが良いよね」


 俺は少しずつ距離を詰める。

 まだ『刎空刃』ビヘッドラプチャーのクールタイム中だ。

 やはり近接戦闘への警戒は十分と見えて、踏み込む隙は見当たらない。

 だがこのまま待っていてもジリ貧だ。

 リスクを冒してでも行くしかない。


「せっ!」


 突っ込みながら、体重を乗せた中段斬りを放つ。

 クロンヘイムは剣でいなすようにガードし、返す刀で同じく中段斬りを繰り出した。

 それを俺は、クロンヘイムの方へ前転しながら躱し、すかさず膝立ちからの斬り上げに移る。


「でい!」


「ふっ!」


 飛び込んでの斬り上げは虚を突けるかと思ったが、それにもクロンヘイムは反応する。

 彼は斬り上げを剣で払いながら、背後へ大きく跳んだ。


 また距離を置いての仕切り直し。

 そして、たったこれだけの攻防に、俺は激しく消耗する。


「ふぅっ……!」


 ほんの僅かでも、判断が遅れたり、あるいは迷ったりしていれば、即座に斬られる。

 少しも気を抜けない戦いだ。

 それは向こうも同じはずだが、現状、負わされた傷は俺の方が深い。厳しい状況である。

 だがクロンヘイムは軽々けいけいに仕掛けようとはせず、狩人のように機を窺う。


「やはり簡単に押し切らせてはもらえないか。まあ、当然だろうけど……」


 半歩を後ろに動き、間合いを調節しながら彼は言う。

 『刎空刃』ビヘッドラプチャーにとって最適な距離を取ろうとしているのだ。


「そうだ。王都で妹さんに会ったよ」


「唐突だな。今する話なのか」


 クールタイムは終わっているはずだ。

 だが、彼は不可視の刃を放つではなく、話をしたがった。


「良いじゃないか。名残惜しいんだよ」


 名残惜しい。

 クロンヘイムはそう口にする。

 この戦いを終えることが、俺と別れることが名残惜しいと。


「第二騎士団の団長は、ずいぶんウェットな男なんだな」


「たぶん君も大概だけどね」


 殺気を乗せた剣を突きつけ合いながら、しかし俺たちは言葉を交わす。

 まもなく、いずれかは世界から去ることになる。

 それは確実で、そして双方とも、それは相手であると思っている。

 だから確かに、話したいことがあるなら話しておいた方が良いのかもしれない。


「妹は、兄の不始末について責任を追及されただろうか?」


 父母の蟄居ちっきょについては聞いているが、フェリシアについて処断されたという情報は入っていない。

 だが気になってはいたのだ。

 そんな俺に、クロンヘイムはにこりと笑って答える。


「追求したがる者たちも居たけど、王女が彼女を許した。だから何の責も負わされてないよ」


「…………」


「黙らなくて良いよ。自分に心配する権利は無い、とか思ってるんなら、そんなことは無いから」


「…………」


「その権利は誰にでもある」


「かもな……」


 正道の騎士、ステファン・クロンヘイム。

 強くて優しい英雄か。


「さて、終わりは近い。行かせてもらおうかな」


 そう言って、彼はゆったりと上段の構えをとる。

 そしてそのまま、一拍おいた。

 何かを思うような視線を見せ、頭上で剣を強く握る。

 それから振り下ろした。


「てぁっ!!」


 横へ躱させて、そこへ二撃目を合わせる算段だろう。

 そう予測しながら、俺は精神を集中させる。


 斬撃の鋭さを僅かに抑制し、俺の対応能力の裏をかいたクロンヘイム。

 俺は、彼が放ち得る最高の斬撃には対応し切れていなかった。


 だが対応せねばならないのだ。

 俺はすべての神経を迫りくる刃に向ける。

 目に見えぬそれを心で見る。

 クロンヘイムの殺気は刃に乗り、薄暮の中に明々めいめいと輝いていた。


 それがびりびりと俺の肌を刺す。

 分かる。刃が見える。


 百パーセントを超えたクロンヘイムの斬撃は、凄まじい代物だ。

 だが、その凄まじい斬撃も、もう三回見た。


 いけるはずだ。

 やれるはずだ。

 彼が如何に素晴らしい剣士で、その剣筋が余人に測れぬものであろうとも、三度も見れば対応できる。


「でい!!」


 煤の剣を振り抜いた。

 至高を極めたクロンヘイムの斬撃を、黒い刃が捉える。

 そして前方で、不可視の刃が消失した。


「ここへ来て……!」


 想定外だったようだ。

 クロンヘイムは歯噛みし、しかし予定どおり、二撃目のモーションに入る。


 ここへ来て。

 それは俺こそ言いたい台詞だった。

 事ここに至って、彼の挙動はなお淀みない。

 二撃目を振り入れようとするその動作は、流麗で迫真だった。


 その姿に、俺は危険を察知した。

 今の斬撃を、更に超える剣が来る。

 ここで再度の迎撃を試みるのは、慢心の表れでしかない。

 それを理解した俺は、床を蹴って後方へ跳んだ。


 そしてそこへ、クロンヘイムの袈裟斬りが繰り出される。


「!!」


 ぞくりと悪寒を感じ、俺は更に床を蹴って遠間とおまへ。

 そして俺が着地すると同時、俺の左前方で石柱が両断された。


 壁の無いこの広大な空間にあって天井を支える石柱は、どれも直径一メートル近くある巨大なものだ。

 そのひとつが、ナイフを入れられたバターのように、すぱりと斜めに斬られる。

 ずず……、と低い音をたて、石柱は斬られたところで斜めにスライドし、崩れ去った。


 この巨大な石柱を一刀のもとに両断するあの刃は、やはり凄まじい威力を持っている。

 だが、いま問題にすべきはそこじゃない。

 この石柱は、射程外にあったはずなのだ。


「もう、なりふり構ってられないからね」


 額に汗を浮かべつつ、そう言うクロンヘイム。

 そこには疲れが見えた。

 どうやら彼は、いよいよケリをつけようとしている。


「…………」


 状況は概ね把握できる。

 まず『刎空刃』ビヘッドラプチャーは世間で言われている風の魔法剣ではない。

 剣で受ける限り、風など感じなかったし、いま石柱が両断されるのを見て確信した。

 あの刃は空間を断っているのだ。

 たぶんヴァルターは、もっと詳しいところまで気づいていたのだろうな。


 しかし、魔力の消費が極めて大きいということは俺にも分かる。

 だから、継戦能力を維持するための射程とクールタイムが設定されていたのだろう。

 巧みな魔力運用で、技に制限をかけていたのだ。


 そして今、彼はその魔力運用を止めた。

 継戦能力を捨て、不可視の刃に本来の暴威を取り戻させたのだ。

 おそらく数分のうちに、彼の魔力は枯渇する。

 だが、そうしない限り勝ち切れぬと踏んだのだろう。


「いくよ!」


 そう言って、剣を振るクロンヘイム。

 同時に俺も振る。

 そして手応え。

 振った先で不可視の刃が消失したのだ。


 やはりクールタイムも短縮されている!

 これは危険極まる。

 射程もまだ伸ばしてくるかもしれない。

 四の五の言わず、突っ込むしか無い状況だ。


 俺はクロンヘイムの間合いへ踏み入る。

 それを狙っていたかのように、彼は切っ先を俺に向けた。

 気づき、すかさず半身になるが、不可視の刃が真っすぐ俺を削っていく。

 首を一センチほど斬られ、真っ赤な血が美しい床に飛び散る。


 さらにクロンヘイムは下段の構えに移行した。

 不可視の刃は、まだ連撃できるのだ。

 だが俺は一瞬早く剣の届く距離へ踏み込む。

 そして煤の剣を構えた。


 しかし、その構えた剣で斬撃には及ばない。

 クロンヘイムが斬撃をガードし、カウンターを取ろうとしていることに気づいたからだ。

 俺は剣を持ち替え、その柄を彼のみぞおちに叩き入れる。


「ごふっ!?」


 体をくの字に曲げ、悶絶するクロンヘイム。

 正道の騎士に似合わぬ姿だ。


 そこへ向け、俺は煤の剣を振り上げた。

 だが、クロンヘイムは体を曲げながらも、ぎらりと目を光らせる。

 そして崩れた姿勢から、しかし完璧な刃筋で斬り上げを繰り出してきた。

 近接距離だが、この剣も不可視の刃を纏っている。

 退がって躱すことはできない。


 振り上げていた煤の剣を、俺はすかさず彼の剣へ叩きつける。

 消失する不可視の刃。


 だが流れはまだ切れていない。

 クロンヘイムは、更に連撃の体勢へ入る。

 彼は後方へ剣を引いて、居合のような姿勢をとっていた。


 鋭いのが来る。

 一度逃れるか?

 駄目だ。射程が読めないのだ。

 刃の射程外に逃れて仕切り直す、というかたちはもう取れない。


 クロンヘイムは、背後側に引いた剣を、前方へ向け振り抜いた。

 床と平行に半円が描かれる。

 俺は、剣戟の常識から外れた行動を選択する。

 垂直にジャンプしたのである。


 俺の爪先の下を刃が通過し、背後でまたしても石柱が両断された。

 そして俺は空中で剣を上段に構え、着地しながら振り下ろす。


「であ!!」


「ぐぅっ!?」


 すんでのところでガードしたクロンヘイムだが、衝撃を殺し切れない。

 黒い剣先は彼に届き、頭蓋を撫でながら、その額を通過した。

 眉間を真っすぐ斬られ、血を流すクロンヘイム。


「やってくれる!」


 顔を鮮血に染め、しかし闘志を衰えさせること無く、彼は逆袈裟を繰り出す。

 着地後、俺が選択していたのも逆袈裟だった。


 がきりと剣がかち合う。

 剣の正面衝突においては俺に、そして煤の剣に分がある。

 ここまでの戦いで、クロンヘイムにもそれは分かっているのだ。

 彼は鍔迫り合いへの移行を嫌い、すぐに剣を引き、跳び退すさった。


「はぁっ! はぁっ!」


「ぜぇ……はっ……!」


 互いに息を荒らげる。

 ここで距離を与えるわけにはいかない。

 一足先に呼吸を整え、俺は間合いを詰める。


「おおおっ!」


「く!」


 クロンヘイムも、いよいよ表情に焦燥を強めている。

 だが、その剣はなお鋭さを失わない。

 強烈な中段斬りが、不可視の刃を伴って迫る。


 しかし、もうタイミングは掴めている。

 煤の剣を一閃し、刃を消し去り、そして踏み込んでもう一閃。


 スウェーバックで剣から逃れようとするクロンヘイム。

 だが、俺の剣は彼の胸を捉えた。

 今度はやや深い。

 右胸に走った傷は、肋骨にこそ届かなかったものの、肉を抉り、血を噴き出させた。


「せぇあ!!」


 それを意に介さず、後ろへ跳びながら剣を振るクロンヘイム。

 不可視の刃は垂直に俺を襲う。

 俺は半身になってそれを躱すが、肘を刃がかすめていく。


 かすめるだけでも、刃に触れた箇所へ確実に断裂をもたらすその剣。

 肘に刻まれた傷は、骨まで到達していた。


「おおおぉぉぉっ!!」


「はあぁぁーー!!」


 血と激痛に構うことなく、俺は剣を振る。

 クロンヘイムも同じく剣を振る。

 荘厳な神殿の一角に、剣の音が響き続けた。


 横合いへ跳ぶクロンヘイム。

 同時に俺は逆方向へ跳ぶ。


 そして息を吸い、すかさず相手の方向へ跳び込む。

 一瞬で肺の空気を入れ替え、再び斬りかかるのだ。

 クロンヘイムもそれを選択した。


「ロルフ・バックマン!!」


「ステファン・クロンヘイム!!」


 剣をかち合わせる俺たち。

 終局は近い。

 まもなくクロンヘイムの魔力は切れるだろう。

 だが。


「ぐ……っ!」


 剣戟の中、俺の動きはやや精彩を欠いていく。

 先に深い傷を負った分、俺の方が出血が多いのだ。

 血を失い過ぎた。

 そこへ、大きく振りかぶったクロンヘイムが、全力の上段斬りを見舞ってくる。


「ぜぇぇぇい!!」


「が……あっ!」


 剣でガードするも、膝が折れる。

 俺は後転して距離をとった。

 そしてすぐに立ち上がり、クロンヘイムへ剣を向け直す。


「はぁ……はぁ……」


「ぜぇ、はぁ……」


 互いを見据える俺たち。

 呼吸を整え、そしてクロンヘイムは言った。


「先に、君にタイムリミットが訪れたようだね」


「…………」


「君は、傷つくことに無頓着すぎた。早い段階で上腕を深く斬られたのは大きなミスだ。もう血が足りないだろう?」


「そうみたいだな……」


 彼の言うとおりだ。

 傷は両者とも負っているが、太い血管の流れる上腕深くに『刎空刃』ビヘッドラプチャーを受けたのはマズかった。


「惜しむらくは、君に十分な経験が無かったことだ。僕は数え切れないほどの戦場を知っているが、君は違う。そもそも戦う機会をたいして与えられなかったんだ」


「…………」


「素晴らしい剣技を持つ君にも、ダメージコントロールという技術は身につかなかった」


 確かにな。

 鍛錬こそたゆまず続けてきたが、それはひとりで剣を振る日々だ。

 クロンヘイムに比べれば、実戦の経験は少ない。


「……僕は王国の軍事におけるひとつの記号だ」


「知っている。それが?」


「敗北は許されないんだよ。まして大逆犯と斬り結んで敗れたとなれば」


「戦局に影響するだろうな」


「そういうこと」


 クロンヘイムは、散りゆく者に最後の言葉をかけているのだ。

 そして自身の記憶に、俺という男を刻みつけようとしている。


「だから僕は、君を殺す」


 一歩を踏み出すクロンヘイム。

 次に来る『刎空刃』ビヘッドラプチャーは渾身の一撃になるだろう。

 俺は不可視の刃にギリギリで対応し続けてきた。

 出血によって身体能力を損なった状態で躱すのは、いよいよ厳しい。


「クロンヘイム。確かにあんたに比べれば、俺には経験が少ない。だが少ないなりに、俺にも歩んできた道がある」


 そう言って、俺は剣を振った。

 傍らの石柱に斬りかかったのだ。


「!?」


 クロンヘイムは俺の行動の意味を掴み損なっている。

 石柱への攻撃は、彼にとって理解の範疇外だったのだ。

 だが、これこそ俺にとって、経験に基づいた選択である。


 ゴドリカ鉱山。

 暗い坑道で魔牛カトブレパスと戦った時、俺はこの策を採ったのだ。


 壁面が無く、石柱が天井を支えるこの一帯。

 クロンヘイムの刃は、既に二本の柱を崩している。


 そして俺は看破していた。

 目の前にある柱が、決壊に至る最後の一本であること。

 そして、今クロンヘイムがいる位置が、最も危険であることを。


 ただ、クロンヘイムと違い、あらゆるものを両断する技など俺には無い。

 そしてこの柱は、直径一メートルにも及ぼうかという巨大な代物。

 普通は、剣で斬れるものではない。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」


 しかし、それは問題ではない。

 何故なら、俺の手にあるのは煤の剣。

 古竜の炎を浴びた、超硬度超重量を誇る剣である。


 そして……。

 そして俺は強いのだ。




 ────ロルフ様は負けません。…………いちばん、いちばん強いですから。




 そうとも! 俺の強さを信じる子が居る!

 ならば柱一本! 斬れぬはずが無い!!


「おおおぉぉぉ……おおお!!」


 ばごりと音をあげ、黒い剣が白い石柱を折り砕く。

 同時に、一帯がみしみしと泣き始めた。


 建造物の崩壊というものは、始まれば一瞬である。

 次の瞬間、この区画の天井が轟音をあげて落ちてきた。


「な……!!」


 クロンヘイムの居る位置からの退路は見えている。

 彼が跳ぶ先を、俺は完全に特定できていた。


 俺はそこへ先に跳び、煤の剣を振り入れる。

 全力の斬撃。

 踏み込んでくるクロンヘイム。

 彼は、俺の剣の軌道へ飛び込むかたちになった。

 巨石が降りそそぐという状況にあって、彼は警戒心を上へ向けなければならない。


 刃を躱すことも、防ぐことも叶わず。

 俺の両腕に、どしゅりと響く決定的な手応え。


 煤の剣はクロンヘイムを斬り裂いた。


「がっ…………!?」


 一瞬、視線を交わす。


「…………」


「…………」


 時が止まったかのようだった。

 意識が加速し、時間が圧縮された世界。

 落ちる瓦礫が空中で静止したように見える。


 その中に、俺とクロンヘイムは居た。

 視線は互いを捕らえながらも、ここに無い世界をている。


 そこでは、俺たちは友になっていた。

 ステファン・クロンヘイムは敬愛すべき男。

 人品に優れ、剣には学ぶべきところがあまりにも多い。

 手を取り合わぬ理由が無い。


 肩を組んで笑い合う俺たちの姿が視えた気がした。


「…………」


「…………」


 だが、世界は残酷で。

 再び時は動き出し、そんな光景も瓦礫の山に掻き消える。


 そして俺は後ろへ大きく跳び退すさった。

 目の前に、崩れた巨石が降り落ちる。

 白い石の群れは、たおれたクロンヘイムの上に積み重なっていった。


 それが正道の騎士の墓標となった。



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