148_山頂の決戦1

「シグ! そいつは剣の力で自動回復する! 気をつけろ!」


「ああ!? 何だそのフザけた力は!」


 そう言いながら、剣を構え直すシグ。

 台詞とは裏腹に、口角が上がっていた。


 スヴェンは強敵だが、シグなら大丈夫だ。

 彼を信じて任せる。

 それを即断し、俺は自らの相手へ向き直った。


「立ち直ってしまったか。たいしたものだよ、君も彼も」


「まあな」


 煤の剣をゆっくりと構える。

 目の前に居るのは、第二騎士団を任される英雄。ステファン・クロンヘイムだ。

 だが俺に恐れは無い。


「…………」


「…………」


 どちらともなく、俺たちは距離を測り始める。

 だが、俺には細かい差し合いをする気は無い。

 彼にあの不可視の剣、『刎空刃』ビヘッドラプチャーがある以上、距離は不利をもたらすだけだ。


「はっ!」


 床を蹴り、一気に間合いを詰める。

 近接距離での戦いに持ち込むのだ。


「速い──! だが!」


 がきりと響く金属音。

 俺の斬撃は彼の剣にガードされた。

 それ自体は想定内である。だがその先が違った。


 ガードされたら、そこから膂力で押し込むプランだった。パワーでは俺が上回っているはずなのだ。

 だが彼は剣を引きながらの巧みなガードで、柔らかく衝撃を吸収してしまう。

 やはり技術も超一流だった。


 いや、技術の妙を見せてくるのはここからだ。

 危機を察知し、俺はすぐに剣を戻して下段をガードする。


 そこへ、閃くような剣が振り入れられた。

 またも響く金属音。


 彼はガードを解き、すかさず下段斬りを見舞ってきたのだ。

 視線は俺と合わせたまま、足元をまったく見ずに放った下段だった。


「でぁっ!」


 それを防いだ体勢から、そのまま煤の剣を上へ振りぬく。

 クロンヘイムは慌てず半歩を下がって躱し、そのまま横薙ぎを一閃。


 再び煤の剣で阻み、俺は突きの体勢に移行する。

 だが突きを入れる相手は、既に居ない。

 彼は床を蹴って大きく後ろへ跳んでいた。

 距離を取り、両者剣を構え直す。


「ふぅ……なるほど。やはり強いね」


 クロンヘイムの口調は穏やかだが、そこへ潜む殺気に俺は気づいていた。

 次の瞬間、彼は遠間とおまから動かず、剣を真一文字に振る。

 同時に、俺は煤の剣で右前方の空間を斬った。


 不可視の刃が消失する。


 訪れる静寂。

 それを経て、クロンヘイムが口を開いた。


「本当、馬鹿げた話だよ。なんでアレを斬れるのかな?」


「これはそういう剣だ」


「いや、そうじゃなくて。寸分たがわぬタイミングで剣を合わせないと、君が両断されてるはずなんだよ。手前味噌だけど僕の剣は凄く速いし、そもそも見えないわけで、斬れてしまうのはおかしいんだよね」


「………………」


『赫雷』イグニートスタブをすら斬れるらしいじゃないか。一体どんな鍛錬を積んできたんだい?」


「別に特別なことはしていない」


 事実だった。

 俺はただ、懸命に剣を振ってきただけだ。


「そうかい」


 改めて剣を構え、中間距離で相対あいたいする俺とクロンヘイム。

 そのまま互いを観察し、次の手を探る。


 踏み込んで近接戦闘を仕掛けるという基本方針は変わらない。

 相手が誰であれ、俺は近づかなければ攻撃できないのだから。

 だが、単調に近接距離ばかりを取りにいっては、動きを読まれ返り討ちに遭うだろう。


 彼はそういうレベルの敵なのだ。今の攻防で、改めてそれを理解した。

 しっかり隙を見つけたうえで踏み込まなければならない。


 頭の中でプランを練る。

 クロンヘイムも、俺を見据えながら考えを巡らせているようだ。


 そんな俺たちの頬を、風が撫でた。

 ここは霊峰の山頂にそびえる大神殿。その最上階である。

 この区画はテラスのようになっており、壁が無く、立ち並ぶ石柱が天井を支えるのみだ。

 そして壁面の代わりに広がっているのは、雄大な山々である。

 

 霧を纏いながら広がる山領。

 遠くまでかすむように続く稜線。

 その美しい風景は、確かに神秘を感じさせる。


 そんな見事な景色を背景とし、俺とクロンヘイムは向き合っている。

 この霊峰の戦いに決着をつけるために。


「はっ!」


 静寂を破るクロンヘイムの声。

 距離を取ったまま、彼は剣を振る。

 今度はやや変則的な角度を選んできた。

 スリークォーター。斜め下からの斬り上げである。


 難しい軌道だ。だが俺も、あの技に対応でき始めている。

 刃を迎撃するために構え直していては、そのあとの攻撃に繋がらない。

 体をクロンヘイムに正対させたまま、煤の剣を横合いに振り入れて不可視の刃を消し去る。

 そしてすかさず、クロンヘイムへ向けて踏み込んだ。


「させない!」


 クロンヘイムは、遠間とおまに居たまま上段斬りを放ってくる。

 あの刃は、クールタイム無しでの連撃が可能だ。それは確認済みだった。


 ここで迎撃のために剣を振っていたら、動きにロスが生まれる。

 それを考え、俺は正面やや上方向へ向け、まっすぐ突きを繰り出した。

 黒い剣先は不可視の刃を直撃し、それを消失せしめる。


「ッ!!」


 顔に驚きを浮かべるクロンヘイム。

 その彼に向け、俺は突きの体勢のまま突撃する。


「ぜぁっ!!」


「つっ!」


 横へ跳び、突きを躱すクロンヘイム。

 彼のこめかみを、剣がかすめた。

 そこから僅かな血が零れる。


 だが彼は焦りを見せない。

 跳びながら、しっかりと下段を振り入れていく。

 俺の追撃を掣肘せいちゅうしたのだ。


 結果、俺は二の太刀を諦め、鋭い下段斬りから逃れて跳ぶことになった。

 そして、また中間距離で向き合う俺たち。

 両者とも肩を上下させ、大きく息を吐いた。


「ふぅっ……!」


「はぁー……」


 互いに油断なく剣を構え、相手を見据える。

 一瞬たりとも気を抜けない戦い。

 俺も彼も、精神を削りながらここに立っている。


「…………王都で会った時のことを覚えているよ。君は従卒だった」


 クロンヘイムは語り出した。

 当然その間も、彼に隙は生まれない。


「僕やヴァレニウス団長……当時のメルネス団長が、国事について話し合う時、君は彼女の椅子を引いていた」


「そうだな」


「だがそんな君が、僕と伍して戦っている」


「そのようだ」


 言葉を紡ぐクロンヘイム。

 さっきから意外に感じていることだが、彼には俺への興味があるようだった。


「君への評価は不当だったということだ。その事実を、君はどう思う?」


「さあな。知らん」


 俺は、境遇への怒りで国に背いたわけじゃない。

 俺が王国を許し難く思うのは、もっと別のことだ。

 俺への評価についてどう思うと問われても、別に感想は無い。


「王国の在りようをおかしいと思ったから、こんな行動を起こしたのだろう?」


 口ぶりから言って、彼にも体制への疑心があるのかもしれない。

 だが俺と違い、彼が国へ弓を引くことなど無い。

 そこは、こうして剣を交えれば理解できるというもの。


 しかし、いや、だからこそ、彼は問わずにいられないのだ。

 国に背いた男の胸のうちを。


「……俺が羨ましいのか?」


 自分では、国に背くという選択に至りようがない。

 だから彼には、それを選んだ俺への羨望があるのかもしれない。


「そうとまでは言わないけどね…………いや、どうかな……」


 苦笑し、しかし油断なく半歩を踏み込んでくるクロンヘイム。

 いざなわれるように、俺も踏み込む。


「…………」


「…………」


 沈黙。

 そろそろ『刎空刃』ビヘッドラプチャーのクールタイムは終わったはずだ。

 それを思い、俺は三歩の距離を一息で踏み込む。


 ぴくり。

 クロンヘイムの剣先が揺れる。

 それが迷いによる揺れであることを確信し、俺は残りの距離を一気に詰めた。


「でぇあぁ!!」


「うっ!?」


 今の距離。

 詰めて剣技で戦うか、不可視の刃を振り入れるか、判断に迷うギリギリの距離だ。

 俺はその位置を取った。


 あえて選択肢を与え、判断を強いたのだ。

 それでもクロンヘイムほどの男である。

 迷いが彼の動きを止めたのは、ごく一瞬だった。


 だがそれで十分だ。

 俺たちは一瞬を奪い合っている。

 その一瞬の隙に、俺は剣を突き入れた。

 しかし、予想に反して、クロンヘイムは叫び声と共に突っ込んでくる。


「だあぁぁっ!」


 彼は剣戟も魔法剣も選ばなかったのだ。

 一瞬でこの判断を下す胆力に、俺は舌を巻く思いである。


 彼は、距離をゼロにして自身の肉体をぶつけることを選んだ。

 懐に入ると頭を俺の顎先へ叩き込み、下からかち上げる。


「あぐ!?」


 俺はたたらを踏んだ。

 下顎への強打が視界を揺さぶる。

 その揺れる視界の中で、クロンヘイムが剣を下段に構えている。


 そして高速の斬り上げが俺を襲った。

 体勢を崩している俺は、剣を構え直すことができない。


「……っ」


 呼吸を殺す。

 そして一瞬、五体から力を消した。

 そのうえで、直後、指先にまで力を満たす。

 剣のために修めてきた脱力の技術がものを言った。

 これにより、限界値を超えた瞬発力を獲得し、俺は横へ跳ぶ。


 俺が居た空間を、刃が垂直に通過した。

 だが、これで終わりではない。

 二撃目が来る。


 無理な跳躍で、俺はなお体勢をもつれさせている。

 煤の剣で迎撃する余裕は無い。

 圧縮した時の中、後方へ逃れることが最適解と判断し、全力で後ろへ跳び退すさる。


「はぁぁっ!!」


 この二撃目が本命だったのだろう。

 雄叫びと共に、クロンヘイムが横薙ぎを放つ。

 そして、迫る剣は間違いなく不可視の刃を纏っている。

 巧みだ。一撃目は通常の剣で有利な体勢を作り、二撃目でこれを繰り出す。


 だが、回避はギリギリ間に合った。

 刃は、後方へ逃れる俺の、胸の前を通過する。


 そして距離を取り、再び構え直すふたり。

 ほぼ同時に、大きく息を吐く。


「今ので終わったと思ったんだけどな」


「俺も今の攻めには自信があったんだが」


 またも遠間とおまで仕切り直しだ。

 俺は、再び近接戦闘を仕掛けるタイミングを測る。

 剣を向けたまま、慎重に攻め口を探した。


 この敵を、俺は過小評価してなどいないつもりだった。

 だが、彼には想定の上を行かれてしまう。

 やはり恐ろしいまでに強い。

 当然ではあるが、ステファン・クロンヘイムという男は尋常な相手ではないのだ。

 そして次の一手で、俺はその思いをより深めることになる。


「よし……それじゃ、全開でいこう」


「……?」


 しばしの睨み合いのあと、クロンヘイムは剣を正眼に構えた。

 そして上段に振り上げる。

 その動作は今までと寸分たがわぬものだった。

 俺は、次の瞬間に飛来するであろう不可視の刃に備え、迎撃の構えをとるが……。


「!!」


 氷のナイフを心臓へ突き込まれたかのような感覚。

 頭の中で、警鐘がけたたましく鳴り響く。

 俺は迎撃を放棄して後ろへ跳んだ。

 そこへ不可視の刃が襲いくる。


「ぐっ!」


 刃は俺の体の前面を僅かに撫でながら通過していった。

 だが、クロンヘイムはこちらへ踏み込みながら、第二撃を袈裟斬りに放ってくる。


「せいっ!」


 逃れるため横合いへ転がるが、今度は回避し切れない。

 刃は、俺の前腕をかすめた。


 斬られた箇所から血が飛ぶ。

 その血に構わず、俺はすぐに立ち上がって構え直した。


「今のも躱してしまうのか……」


 クロンヘイムはそう言った。

 だが、今のは躱したことにならない。

 腕から零れる血がそれを証明している。


 俺は対応し切れなかった。

 彼の斬撃は、今までより鋭さを増しているのだ。


「……これまで本気じゃなかったというのか?」


「いや、間違いなく本気だったよ。だけど、最後の一滴までを絞り切ってはいなかった。人にはあまり分かってもらえない話だけど、君には分かるはず」


「…………」


 確かにクロンヘイムは本気で戦っていた。

 だが、剣を振り抜く時、最後の最後に一念を刃に乗せる、その行程を省略していたのだ。


 剣というものは、百パーセントを超えた先で、使い手に感応し鋭さを増すもの。

 百パーセントから百一パーセントへ。さらにそこからコンマ一パーセントでも先へ。

 そうやって剣に伸びを与え続けようと研鑽するのが本物の剣士である。


 当然クロンヘイムは本物の剣士であり、したがって彼の剣にはその領域がある。

 そして今までは、最後のコンマ一パーセントを出していなかったのだ。


 そこにはあまりに僅かな差しかない。

 コンマ一パーセント。それだけだ。

 それだけだが、俺たちの戦いでは、それがあまりに重大な意味を持つ。


「この僅かな差が重要なんだ。少なくとも、僕と君にとっては。そうだろう?」


 そのとおりだ。

 今までの戦いで、俺は不可視の刃への対応を済ませている。

 あの刃を迎撃するタイミングを、少しのズレも生じさせないよう体で覚えているのだ。


「…………」


 いや違う。

 覚え込まされたのだ。

 そこへ、今までより鋭さを増した斬撃が飛来する。

 これへの対応は、ことほか難しい。


「はぁっ!」


 クロンヘイムが横薙ぎを放つ。

 不可視の刃を消し去るべく、俺は下段に構えた腕へ力を込めるが……。


 駄目だ!

 やはりタイミングが合わない!

 俺は迎撃を諦め、後ろへ跳んだ。

 しかし刃は俺を逃がしてはくれない。

 不可視の刃が上腕を通過していく。


 ひゅっ、と軽い音をたて、上腕に傷が刻まれる。

 それはかなり深く、血が勢いよく噴き出した。


「く……!」


 俺は上腕に力を込め、血の流出を少しでも抑える。


「せっかく会えた対等の剣士だけど……」


 そしてクロンヘイムは油断なく剣先を向けてくる。

 その台詞は本音のようで、表情は残念そうだ。

 しかし瞳に込められた殺気には、一分の曇りも無い。


 だが、まだ終わらせはしない。

 いくら血が流れ出たところで、魂は少しも擦り減らないのだ。

 そして魂ある限り、俺は戦える。


 歯を食いしばり、クロンヘイムを睨みつける。

 そして床を踏みしめ、剣を握り直すのだった。



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