147_新しい私へ

 大神殿三階。

 扉の前に護衛が置かれた部屋を見つけたリーゼは、迷わずそこへ走り込んだ。


「せぁ!」


「ぐわっ!?」


 護衛は済生軍の剣士たちだった。

 それを倒し切り、そしてリーゼは扉を開く。

 その向こうには、槍を持った兵が五人と、さらに魔導士が二人。

 そして奥に、身なりの良い男が居た。


 年のころは四十代。

 やや長い赤茶色の髪を持った長身の男。

 情報と一致する姿であった。


「バルブロ・イスフェルト侯爵ね?」


「無作法者め。まず自ら名乗れ」


「ヴィリのアルバンが娘、リーゼよ!」


 言うが早いか、リーゼは駆け出す。

 ヴィリ族でも随一のスピードを持つ彼女は、一気に侯爵へ近づいた。

 だがこの場に居る護衛は皆、当然ながら精鋭だ。

 すかさず三人が同時に槍を突き込んでくる。

 一糸乱れぬ動きであった。


「はぁっ!」


 リーゼは、その槍を躱しつつ前方へ跳躍する。

 そしてそのまま、護衛たちの頭上を跳び、イスフェルト侯爵へ躍りかかった。


 やや常識を無視したその動きに、護衛たちは一瞬たじろぐ。

 リーゼはそのまま、双剣を侯爵の喉元へ。


 しかし、がきりと音がして、双剣は槍に防がれる。

 護衛が割って入ったのだ。

 着地したリーゼは、囲まれる前にすかさず横へ跳躍し、さらに後ろへ跳んだ。

 そして元の場所へ戻り、再度身を低く構える。


 一瞬の間に、侯爵の喉元近くへ刃を突き出され、護衛たちは緊張に身を引き締める。

 侯爵も、額に汗を浮かべていた。


 対してリーゼの方は、好機に昂る感情を自覚する。

 目の前に居るのは敵のトップ、バルブロ・イスフェルト侯爵で間違いない。

 敵軍の総大将である。


 それを前に、リーゼは思う。

 彼女には、かねてよりロルフに追いつきたいという思いがあった。


 彼女は、強い者への劣等感に自身を卑下するようなことはしない。

 不毛な嫉妬に捕らわれたりもしない。

 強きを強きと認めたうえで、払うべき敬意を払う。

 そういう公正な人である。


 だが、その一方で、強き人としっかり肩を並べたいという思いはある。

 戦功を挙げ、認められたいという思いもある。

 そして目の前には、敵の最高司令官が居るのだ。


 彼を倒し、大将首を挙げる。

 今、リーゼは、それを目標に定めた。


 ストレーム領を落とした際も、タリアン領を落とした際も、リーゼは大将首を獲っていない。

 イスフェルト侯爵を前に、今度こそという思いを強くする。

 ロルフに置いていかれないために。


 もっとも、実のところロルフも大将首を獲ったことは無い。

 ストレーム領主、アーロン・ストレーム辺境伯を斬ったのはシグであり、タリアン領主、バート・タリアン子爵を倒したのはフリーダなのだ。

 収容所の戦いでヴィオラ・エストバリをロルフが討ったのは、大将首を挙げたに近いが、彼女は正確には代理の司令官に収まっていただけである。


 だがそれはそれとして、リーゼは大将首を獲る。

 そう決めたのだ。


 そのリーゼの視線が、杖を掲げて魔法を準備する魔導士の姿を捉える。

 そうはさせじと、彼女は床を蹴った。

 だがその前方に槍を持った護衛が立ちはだかる。


「ちっ!」


 普段は比較的行儀の良いリーゼだが、戦場でそんなことは気にしない。

 盛大に舌打ちすると、素早く判断し、後方へ跳んだ。

 槍を処理している間に魔法を撃たれることを嫌ったのである。

 そしてリーゼが距離を取ると同時に魔法が詠唱される。


『火球』ファイアボール!」


 大きく横合いに跳んで、火の玉を躱すリーゼ。

 ギリギリを小さく躱して次の攻撃に繋げたいところだが、距離感が上手く掴めなかった。


 彼女は、元より魔法の処理を苦手としているのだ。

 魔導士を含む部隊とひとりで交戦するのは、彼女にとって難しいチャレンジだった。

 しかし、それを気にせず言う。


「侯爵。一応、降伏の意思を聞いておくわ」


「馬鹿なことを。私は貴様に降伏など許さぬぞ」


 アルフレッドとスヴェン。

 済生軍最強の魔導士と剣士が健在で、この神殿に居る。

 さらに、第二騎士団団長、大英雄クロンヘイムもである。

 目の前に居る女は網をくぐり、ここへ辿り着いてしまったが、ほかの侵入者は問題なく処理されるだろう。

 対応を終えた味方が、ここに駆け付ける可能性も高い。


 そして何より、大神殿とその周囲に居るすべての魔族を焼く禁術が、今にも発動するのだ。

 それはもう、次の瞬間かもしれない。


 イスフェルト侯爵は、有利を自覚している。

 降伏などあり得ないのだ。


「一応言っておくけど、アルフレッドはここへは来ないわ。それと、禁術も発動しない」


「!?」


 侯爵と、そして護衛の兵たちは驚愕に顔を歪める。

 ハッタリだと信じたいが、彼女が禁術の存在を知っているはずは無かった。


「どういうことだ……。アルフレッドを倒したとでもいうのか」


「どうかしら。いずれにせよ、守勢に回って時間を稼ぐのはお勧めしないわよ」


 その言葉に、考えを巡らせる侯爵と兵たち。

 それはリーゼにとって十分な隙だった。

 最も近くに居た兵へ、瞬時に肉薄する。そして双剣を振るった。


「っ!?」


 兵は喉を斬られた。

 声帯を失い、断末魔の悲鳴も満足にあげられぬまま、彼は絶命する。

 それを見て、兵たちは激昂した。


「貴様!!」


 またも突き込まれてくる槍の群れ。

 ここだ。

 ここで飛んだり跳ねたりしているから、毎回同じリズムになる。


 知覚を加速させ、圧縮された時の中でリーゼはそう考えた。

 自分が殻を破るには、踏み留まる勇気を手に入れなければならない。


 床を踏みしめ、交差させた腕に双剣を構えるリーゼ。

 そして、襲いくる槍を迎え撃った。


 右で一閃、左で二閃。さらに右で一閃。

 都合四本の槍を、一秒足らずの間にすべて打ち払った。

 がき、ばきんと金属音をあげ、槍は軌道を曲げられてしまう。


 パワーでは、兵たちの槍が上回っているはずだった。

 だが速度と技術でそれをカバーし、リーゼは槍を防ぎ切ったのだ。

 そして、それで終わりにはしない。


 そこから一歩を踏み込み、兵たちの懐へ。

 ひとりの首に刃を通し、ひとりの腿へ刃を突き立てる。

 頸動脈と大腿動脈を的確に損傷せしめた。


「がはっ!?」


 同時にリーゼは、目のはしで魔導士の動きを捉える。

 ふたりの魔導士が、杖を構えていた。


『炎壁』フレイムウォール!」


『氷礫』フロストグラベル!」


 魔法が詠唱される。

 これまでの彼女なら、必要以上にマージンを取って大きく跳び退すさり、結果戦闘の流れを切っていた。


 だが、スピードで流れとテンポを作るのがリーゼの戦い方である。自ら流れを切るのは正しい行動ではないのだ。

 それを考え、彼女は体に魔力を満たす。


 魔力運用が苦手だったリーゼだが、ヘンセン侵攻よりこっち、たゆまず鍛錬してきた。

 強いくせに地道な鍛錬に少しも手を抜かないロルフの姿を見て、反省したのだ。

 今までの鍛錬は不十分だった。


 そして今、鍛錬の結果は出ている。

 これまでとは段違いのスピードで体に魔力を満たすことができたのだ。

 そして彼女は、そのまま回避行動に移った。


 恐れず魔法を見定め、そして必要最小限の回避行動を取る。

 炎の壁は彼女の横数センチを通過した。

 氷の礫は、六つが彼女をかすめつつ、通り過ぎていく。

 だが礫は七つあった。一つがリーゼの肩に当たる。


「つっ!!」


 だが、十分に魔力を満たした体は、その衝撃に耐えた。

 もう華麗に舞うだけのリーゼではない。

 彼女は正面から押し通る強さを手に入れているのだ。


 そしてリーゼは魔導士たちに肉薄すると、双剣を大きく横に振った。

 二本の短剣が、彼女の前方で半円を描く。

 その半円が魔導士たちを巻き込み、彼らは膝をついて倒れた。

 ふたりとも、喉を完全に斬り裂かれている。


 なおもリーゼは流れを切らない。

 彼女は振り返らぬまま後ろへ跳んだ。


 降り立った場所は、槍を持った兵の真横だった。

 そのまま双剣を兵の脇腹に刺し入れる。


「ぐぁ……!」


 槍を取り落とし、倒れる兵。

 その悲鳴に重ねるように、別の声が響く。


『雷招』ライトニング!!」


 魔導士はすでに倒し切っている。

 だが、今ひとり。

 イスフェルト侯爵も強力な魔導の使い手なのだ。


 彼が放った雷は、轟音をあげてリーゼに迫る。

 だがリーゼは、侯爵が詠唱するより早く、最後の兵へ近づき、そして、そのみぞおちへ強烈な蹴りを刺していた。


「がっ!?」


 軽い体重ながら、優れたスピードと体捌たいさばきによる蹴りは強烈だった。

 兵は声を上げて蹴り飛ばされ、そして飛来する雷と接触する。

 ばしりと音をあげ、雷は兵に直撃し消滅した。


 膝をつき、倒れゆく兵の横を風のように駆け抜け、そしてリーゼは侯爵に肉薄する。


『水ヘイル……」


 杖を向け、詠唱に入る侯爵だが間に合わない。

 リーゼは侯爵の杖を双剣で撥ね上げた。


「ぐっ!?」


 たたらを踏みながらも杖を離すことなく、リーゼから離れる侯爵。

 その彼へ向け、リーゼは言った。


「イスフェルト侯爵。護衛はすべて倒れたわよ」


「……せい!」


 侯爵は、懐から出した短剣を投げつけた。

 刃がリーゼの胸へ向け飛来したが、彼女は半身になってそれを躱す。

 追い詰めながらも、リーゼに油断は無かった。


「はぁっ……! はぁっ……!」


 顔を絶望に染めるイスフェルト侯爵。

 待てど暮らせど禁術は発動しない。

 どうやら、リーゼが言ったことは本当らしかった。


 そのリーゼは、双剣を構えて踏み出る。

 今日を勝てば、自分は殻を破れるだろう。

 それを思い、彼女は目の前の敵を睨みつけた。



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