143_神宿る剣

 神殿には門も城壁も無い。籠城には不向きだ。

 だがそれでも、寄せ手が有利ということは無い。

 戦いが長引けば、こちらの被害が大きくなる。

 急ぎ突入しなければ。


「ロルフさん! 前! 開きました!」


「ああ!」


 そう考える俺へ呼応するように、仲間たちが敵の隊列を削り、穴を開けた。

 俺は煤の剣を構えつつ、そこへ踏み入る。


「せい!」


 飛び込みつつ左右へ二閃。

 敵を散らし、穴を広げる。

 そしてそのまま、突入した。


「通すか!」


「はっ!」


「ぐぉ!?」


 槍を突き込んでくる敵を斬り倒す。

 俺はプレッシャーを利かせ、退かずに踏み込んでいった。


「調子に乗るなァ!!」


 正面から、怒りを剣に乗せて男が斬りかかってきた。

 かなり大柄な髭面の男だ。

 剣には鋭さがあり、この場に居る敵の中で、上位の強さを持つことが分かる。


 俺は一歩をずしりと踏みしめて、煤の剣を横薙ぎに振り抜いた。


「でぇぇあっ!!」


 ばごりと鈍い音があがる。

 男は銀の鎧ごと、体を上下に両断された。


「ひっ!?」


 敵たちが顔色を失う。

 それを好機として俺はさらに斬り込み、敵隊列を縦断していった。


「どけ!!」


「うわぁぁぁっ!?」


 そしてほどなく、人波を突破する。

 俺は巨大な神殿を眼前にした。


「このまま突入する!」


「ご武運を!」


 部下の声を背に、神殿へ駆け込んでいく。

 俺はプランどおり敵の本丸へ飛び込んで戦う。

 この場は皆を信じて任せるのだ。


 ◆


「これが大神殿か……」


 神殿へ入った俺は、周囲を見まわしながら走る。

 ヨナ教の信仰において、象徴のひとつとなっている霊峰ドゥ・ツェリン。

 その頂にそびえる神殿は荘厳だった。


 全面石造りの見事な造形。

 磨き上げられた床は、鏡かと見紛うほどだ。

 巨大で真っ白な円柱が立ち並び、美しい空間を作り出していた。


 この一階は一般信徒たちが訪れる場だ。

 教団関係者の執務や居住の部屋は上階にある。

 イスフェルト侯爵もそこだろう。

 俺は横合いに見えた階段を上った。


 上階では、廊下の全面に臙脂えんじの絨毯が敷かれていた。

 一般信者が立ち入らないフロアだが、体裁は美しく整えられている。

 俺はその絨毯の上を走った。


 前方の曲がり角から足音が聞こえてくる。

 軽くて速い足音だ。

 俺はおそらく不要であろう警戒を胸に、その角へ至った。


「やぁぁっ!」


「俺だ」


「あ! ごめん!」


 警戒が不要ということも無かったか。

 俺は出会い頭に斬り込まれる双剣を躱し、声をかける。

 走ってきたのは予想どおり、リーゼだった。

 彼女も敵を突破し、この大神殿へ突入していたのだ。


「本当ごめんね! 怪我なかった?」


「大丈夫だ。リーゼこそ、ここまで負傷していないか?」


「うん。問題ないよ」


 胸を張って答えるリーゼ。

 このまま敵将撃破といきたいところだ。


「こっちには侯爵は居なかったわ。ロルフは何か見つけた?」


「いや……む?」


 物音が聞こえた。

 しかもこれは戦闘の音だ。

 リーゼも気づいたらしく、俺たちは顔を見合わせた。


 俺たちより先に突入していた者が居るのか?

 何にせよ、行ってみなければならない。

 俺とリーゼは音のした方へ走った。


 そして扉の前に取りつくと、それを蹴り開ける。

 同時にリーゼが飛び込み、双剣を構えた。


「え?」


 リーゼが困惑に声をあげる。

 俺も同じ気持ちだった。


 かなり広い部屋。それも何か特別な部屋であるようだ。

 魔法陣による何らかの措置が部屋中に施されている。


 そしてそこには、大勢の魔族が居た。

 皆、民間人だ。囚われていたのだろう。

 百人ほども居そうだ。


 そして怯える彼らの周りに、済生軍の兵たちが倒れ伏していた。

 いや、ふたりだけ立っている。

 うちひとりには見覚えがあった。


「来たかロルフ」


「ロルフ、知り合い?」


「アルフレッド・イスフェルトだ」


「えっ!?」


 済生軍最強の魔導士であり、要注意人物とされていた男の名。

 それを聞いて、リーゼは警戒を強めた。

 だが、状況を見る限り、これは……。


「そっちの貴方は?」


 リーゼが誰何すいかすると、体の大きな女がおずおずと答えた。

 アルフレッド同様、済生軍の兵であるようだ。


「お、おらはマレーナというだよ。あの、済生軍が酷いことをしようとしたから……」


「私の父と済生軍は、この地に備わる禁術を用いるため、百人からの魔族を殺そうとしたのだ」


 そしてそれを阻止した。

 人間のふたりがである。


「あ、あの! この方々は、私たちを守って……!」


 魔族のひとりが、前へ出て声をあげた。

 周りで、ほかの者たちが頷いている。


「どうやら、守られたのは貴方たちだけではないみたいね」


 リーゼが言った。

 これほどの生贄を必要とする大規模な術式だ。

 禁術とやらが発動していれば、取り返しのつかないことになっていたのだろう。


「………………」


 そして俺は、敵地の只中、感慨に黙り込んでしまう。

 この状況が意味するもの。

 またも枷を引き千切ちぎる者が現れたのだ。

 しかも、ヨナ信仰を象徴するこの霊峰で。


「なんか、どんどん……」


 どんどん世界が変わっていく。

 リーゼの言葉に、若干の高揚が見て取れた。


 それをよそに、アルフレッドは歩き出す。

 俺はその背中に声をかけた。


「どこへ?」


「気づいていよう。第二か済生軍か分からぬが、外に居た者たちが階下へ戻ってきている」


 彼の言うとおり、僅かに鎧の音が聞こえていた。

 外に居た敵軍の一部が神殿内へ入ってきているのだ。

 突入した俺やリーゼを追ってきたのだろう。


 彼らがここへ至り、魔族たちを見つければ、望まぬ事態が訪れる。

 アルフレッドにもそれは分かっているらしい。

 彼は振り返り、魔族たちを一瞥すると言った。


「守った以上は最後まで責を負わねばならぬ。マレーナ、貴公はどうか」


「お、おら、はらは決めてるだよ。おっ父とおっ母に顔向けできる人間になるだ」


 王国に居ては、それになれない。

 マレーナは言外にそう主張し、両手で戦鎚を握りしめた。


「アルフレッド。マレーナ。ありがとう。君たちは友人だ」


「えっ!? お、おら……」


「礼など要らぬ」


 目を見開いて驚くマレーナと、冷然としたままのアルフレッド。

 ふたりの反応は対照的だった。


「……だがアルフレッド。俺とこのリーゼは、お前の父を倒そうとしている」


「好きにせよ。養父との間に親子の情愛は無い」


 そう言って、再び背を向け歩き出すアルフレッド。

 マレーナは、きょろきょろして俺とリーゼに目礼し、それからアルフレッドの後に続いた。


「侯爵に決まった居室は無い。三階に居るはずだが、そのどこに居るかは分からぬ。急ぐことだ」


 言って、ふたりは歩き去った。

 階下での戦いに赴いたのだ。


 ◆


 扉を施錠して静かにしているよう魔族らに言い含め、俺とリーゼは最上階である三階へ向かった。

 人員が居れば魔族たちを守らせたいところだが、今はそれができない。

 アルフレッドとマレーナが階下の敵を抑えているうちに、侯爵を討たなければ。


「彼が言ったとおり、急がなければならない状況だ」


「そうね。それじゃ私はあっちへ」


 話は早かった。

 答えるとリーゼは即座に走っていく。

 二手に別れ、侯爵を探すのだ。

 まだ強敵は神殿内に居るはずで、こちらとしても戦力を分散させたくはないが、やむを得ない。


 俺も走り出した。

 角を曲がり、南側へ。


「む……」


 自然、声が出る。

 こちらの区画には壁面が無かった。

 大きな円柱が立ち並び、高い天井を支えている。

 そして円柱の間からは、一面に、この山頂からの景色が広がっていた。


 霧を纏う尾根と、周囲の雄大な山々。

 美しかった。神々しいという表現がぴたりと当て嵌まる光景である。

 こういうものを見れば、神を信じたくもなるかもしれん。


「いよぉ」


 その光景にそぐわぬ、軽い口調。

 立ち並ぶ円柱の向こうから男が歩いてきた。


「外に出なくて正解だった。お前さん、ロルフだろ? 単騎で突っ込んで来ると思ったんだよ」


「あんたは?」


「スヴェンっていうんだ。よろしく」


 高名な剣士であることは見れば分かったが、返ってきた名は、予想どおりのものだった。

 済生軍で最も優れた剣の遣い手と謳われる男、スヴェンである。

 最強の魔導士とは再戦せずに済んだが、最強の剣士と戦うことになったらしい。


「いかにもロルフだ。よろしく頼む」


 そう言って、煤の剣を正眼に構える。

 スヴェンはだらりと下げた腕に剣を持ち、近づいてきた。


 そして、戦いは即座に始まる。

 ひゅるりと、素早いがしかし余裕を感じさせる体捌たいさばき。

 彼は極端なまでに身を低くして踏み込んできた。

 頭が俺の腰より低い位置にある。彼が下段に構えた剣の出所でどころが見えない。


 このまま迎え撃つのは無策に過ぎるが、下がるのも恐らく危険だ。

 俺は横への跳躍を選択した。

 そうすることで彼の手元を視界に収めようとしたのだ。


 しかしその選択は読まれていた。

 跳ぼうとする先へ剣を突き出すスヴェン。


 だが俺にとってもそれは、幾つか予想していた動きのひとつだった。

 スヴェンの剣を払い、返す刀を振り入れる。


「おっと!」


 後転して黒い刃を躱し、彼は距離を取った。

 その表情には、なお余裕を浮かべている。


「今のを読んじゃうかあ。こりゃ面倒な相手だ」


 そう言って薄く微笑むスヴェン。

 それを見つめながら、俺は敵を分析していた。


 この男は当然ながら相当強い。

 済生軍最強の剣士というのは事実だろう。


 だが今の剣を見る限り、上手さはあるが粗もある。

 技量で上を行かれたら勝ち目が薄いが、そうでなければやりようのあるタイプだ。


 無論、だからと言って対応を誤ってはならない。

 こういう独自のリズムを持った相手との戦いでは、ペースに乗せられないことが重要だ。

 俺は流れを引き込むべく、やや強引に踏み込んだ。


「であ!」


「とっ!」


 スヴェンはすかさず迎撃を試みてくるが、その剣筋は読みどおりだった。

 俺は剣を大きく躱し、下段からの振り上げを見舞う。


 剣の振り終わり、ベストのタイミングを狙った一撃だった。

 しかしスヴェンは体を捻りながら跳び退すさり、俺から離れる。

 無理な体勢からでも、五体を十分に操ることができるようだ。

 相当に優れた身体能力である。


 だが、俺は剣先をスヴェンに届かせていた。

 彼は胸を、ざくりと深く斬り裂かれている。

 致命傷だ。


 戦いをあまり長引かせたくない相手だ。早い段階で終わらせたかった。

 俺は狙いどおりの展開を引き寄せることができたらしい。


「ぐ……!」


 大きく裂けた胸。

 その胸の傷に、変化が起きた。


 分かたれた肉が、まるで縫合されるようにくっつき、そして傷を閉じていったのだ。

 目の前で起きていることに、俺は理解が追いつかない。


「ふぅ……いやはや」


 何事も無かったかのようなスヴェン。

 ほぼ一瞬だった。

 傷は完全に消失していた。


自動再生リジェネレーション……?」


 回復効果を継続的にもたらす魔法は存在するが、これは明らかにおかしい。

 致命であったはずの傷を瞬時に塞ぐなど、そんな魔法があるのか?

 あれでは、それこそ神の奇跡のようではないか。


 いや、奇跡?

 そうか、奇跡か。


「……神器だな」


「即座に見破っちゃうのな」


 霊峰に存在するという神の武器。

 奴の手にあるのはそれだ。

 どうやら超高度な自己再生能力を、持ち主にもたらすらしい。


「いいだろコレ。欲しい?」


「要らん。俺はこいつの方がいい」


 手にある黒い剣を、俺は構え直した。

 そして厳しい戦いの予感に、心を強く引き締めるのだった。



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