142_敢然と戦う

『聖帳』グリームカーテン!」


 アルフレッドが選択したのは障壁魔法だった。

 百余名の、戦う力を持たない魔族たち。

 彼らを大きく囲う、ドーム状の障壁である。


 本来、ここまで大きな障壁を張れるものではない。

 アルフレッドの図抜けた力の為せるわざであった。


 ただし、『聖帳』グリームカーテンは物理攻撃に対する障壁である。

 魔力を纏った武器による攻撃は防ぐが、純粋な魔法は防げない。

 そしてこの場には、魔族たちを移送してきた十数名の済生軍兵士のほか、リドマンら魔導士も数名いる。

 本来は物理、魔法両面防御の完全障壁を張りたいところだ。


 だがそれは高等魔法である。

 魔導の天才と謳われるアルフレッドをもってしても、百余名を守る規模の完全障壁を、持続性を保って展開するのは不可能だった。

 そして戦闘の常識から言って、たとえ戦力にまさっていても、百余名の護衛対象を抱えて勝つのは無理である。


 しかし、ここには好材料がふたつあった。

 ひとつは、アルフレッドが愚か者ではないという点。

 彼は名望を集める天才だが、万能感に身を横たえる類の男ではない。

 周囲にそのような印象を与えはするが、実際は大きな挫折を知る男だ。

 世の中には、できないことが幾つもあると分かっている。


 彼がすかさず物理障壁を張ったのは、故にこそである。

 必要な妥協を瞬時に選択したのだ。


 そして今ひとつ。

 アルフレッドには、仲間が居た。


「女! 物理障壁を張った! 先に魔導士を倒せ!」


 彼はそこに居あわせた女の、"マレーナ"という名も知らない。

 同じ済生軍に所属する者ではあるが、面識は無かった。


 だが、名など知らずとも、彼はマレーナを信じた。

 彼女は今、命を賭して守るべきを守ろうとしたのだ。

 アルフレッドはそんな彼女を、信じるに足る者と理解していた。


 一瞬戸惑ったマレーナだったが、アルフレッドの目に嘘が無いことを見て取ると、魔導士たちの方へ踏み込んだ。

 そして大きく戦鎚を振るう。


「でああっ!」


「ぐぉっ!」


 巨体から繰り出される攻撃は、魔導士たちを紙のように吹き飛ばした。

 先の戦いでは、済生軍最強の剣士、スヴェンに賞賛されたほどの女である。

 今まで正しい評価を与えられてはいなかったが、その強さは一兵卒のものではない。


 一兵卒と言えば、アルフレッドも同様だ。

 彼の場合はマレーナと異なり、養父イスフェルト侯爵の方針により、修行の意味合いで与えられた身分だった。

 だがマレーナと同じく、その力は一兵卒のものではない。


「く……こんな規模の物理障壁を!」


「アルフレッド様! 血迷われたか! 障壁を解除されよ!」


 禁術の実行を急がねばならない済生軍は、障壁を破ろうとしている。

 『聖帳』グリームカーテンは、通常さして強力ではない。

 武器が通らぬとは言っても、波状攻撃で破ることは可能だ。

 だがアルフレッドが張った障壁は強固で、小動こゆるぎもしなかった。


「おのれ!」


 魔導士のひとりが叫んで、マレーナに杖を向けた。

 だが詠唱するより早く、彼はマレーナの戦鎚によって打ち倒される。


「ごぶっ!?」


 魔導士たちは、戦う力を持たぬ魔族を、ただ殺すためにここへ来ていた。

 戦闘に及ぶ予定など無かったのだ。

 移送のために居あわせた兵たちとの間にも連携など無い。

 兵たちは、魔導士を守る前衛として立ち回ることができなかった。


「ぎゃっ!」


 あっという間である。

 その巨体からは想像できない機敏な動きで、マレーナはたちまち魔導士の半数をなぎ倒したのだ。

 侯爵の側近リドマンを含めた残りの魔導士たちは、泡を食って部屋の壁際まで後退した。


 逆に、剣を持つ兵たちは前へ出る。

 気弱なだけの雑用係であるマレーナに後れを取るはずが無い。

 マレーナから感じる強いプレッシャーは何かの間違いだ。

 自らにそう信じ込ませ、斬りかかった。


「このデブがぁ!」


「せっ!」


 襲い来る剣を、マレーナは戦鎚で迎え撃つ。

 がきりと音がして剣が撥ね返された。

 彼女は大きな鎚を精密にコントロールし、剣を迎撃していく。


 マレーナの武は卓越したものだった。

 才もあり、またいつか認められるようにと、ひとり鍛錬を欠かさなかったのだ。


 その認めて欲しかった同僚たちと戦うことになってしまったが、選択を後悔はしない。

 ここに至ってマレーナは、彼女が本来持っていた心の強さを発露させていた。


「だぁぁっ!!」


「ぐぁ!」


 打ち倒されていく兵たち。

 彼らは、マレーナに感じる恐怖を認めたくなかった。

 見下していたこの女から後退するなど、あってはならないのだ。


「奴をやれ!!」


 だからリドマンの命令は有難かった。

 彼はアルフレッドを指さしている。


 本来なら、強い封建主義を持つロンドシウス王国において、侯爵家の息子に剣を向けるなど、まず考えられないことだ。

 だが、魔族にくみするという事実はそれをすら帳消しにする。絶対にあり得ない、あってはならないことなのだ。

 女神に背く人間の存在など、許してはならないのである。


 まして禁術は絶対に実行せねばならない。

 もはや、アルフレッドは明確な障害であった。


「所詮は平民の出! 下賤が本性を現したのだ!」


 口角泡を飛ばすリドマン。

 兵たちはその命令に従い、標的をアルフレッドという名の神敵に変えた。


 彼は障壁を展開中で、無防備である。

 だが、臆した様子は無い。

 アルフレッドはその場から一歩も動かぬまま、口を開いた。


『風刃』ブリーズグリント


「なっ!?」


 兵たちは瞠目する。

 障壁は張られたままだ。にも関わらず、アルフレッドは詠唱した。

 魔法の並列起動は魔導士にとって奥義のひとつである。

 アルフレッドは天才だが、ここまでの高みにあることを兵たちは知らなかった。


「ぐあぁっ!?」


 風の刃に蹂躙される兵たち。

 そしてその中へ果敢に踏み込み、マレーナは戦鎚を振るう。

 彼女は刃が自分を裂かないことを確信していた。

 今日初めて共に戦うアルフレッドを信じたのである。


「っせい!」


 殆どの兵が倒れ、残った二名が屈辱に顔を歪めながら後退する。

 だがその間に、魔導士たちは魔力を練り上げていた。

 蹂躙されながらも、兵たちは魔導士の前衛として機能したのだ。


 そして魔導士たちは魔族へ杖を向ける。

 彼らを殺すことが勝利条件であると分かっているのだ。


『雷招』ライトニング!」


 複数の杖から雷光が迸る。

 だが、アルフレッドも魔法を詠唱していた。


『撥壁』プロテクション!」


 物理障壁を、すかさず魔法障壁に切り替えたのだ。

 果たして雷光は、障壁の前に霧散した。

 その光景に絶句する魔導士たち。


「裏切り者めぇ!!」


 それと同時に、残る二名の兵がアルフレッドへ斬りかかっていた。

 だが彼は、迫る刃から退こうとしない。

 ただ信じ、次の魔法の準備を優先した。

 そして彼が信じたとおり、横合いからマレーナが割って入り、兵たちを倒す。


「でぇい!!」


「ぐぁっ!」


 同時にアルフレッドは障壁を解除し、すかさず魔法を放った。


『雷招』ライトニング!」


 魔導士たちが見せたそれとは、発生の早さも威力も段違いだった。

 轟雷が、魔導士たちを一気に飲み込む。

 悲鳴をあげ、彼らは崩れ落ちていった。


 それを見届けると、アルフレッドとマレーナは残るひとりに顔を向ける。

 そこには、リドマンが立ち尽くしていた。


「おのれ……! こ、このような……許されぬぞ……!」


「リドマン。許しなど求めていない」


「黙れ!」


 リドマンが杖を構えた。

 そして魔法を詠唱しようとする。

 だが、その前にマレーナが踏み込み、戦鎚を振り抜いた。


 声をあげることもできず、壁まで撥ね飛ばされるリドマン。

 そしてずるりと横たわり、動かなくなった。


「…………」


「…………」


 すべての敵は掃討された。

 視線を交わらせるアルフレッドとマレーナ。


「……女。名は?」


「あ、あの。おらは……」


「待て!」


 名乗ろうとするマレーナを、アルフレッドは手で制した。

 びくりと驚くマレーナ。

 それから一拍を置き、アルフレッドは言った。


「私はアルフレッドだ。それで女。名は?」


 名を訊く時は先に名乗る。

 アルフレッドは、紳士の流儀に従った。



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