137_君を守るために

「はぁっ……! はぁっ……!」


 エリーカが激しく息を吐いている。

 ほかの皆も、消耗が激しい。

 一瞬をせめぎ合う攻防が続き、誰もが疲労の極致にあった。


 僕も、敵も皆、肩で息をしている。

 ただひとり、クロンヘイムを除いて。


「………………」


 彼は乱さぬ呼吸、乱さぬ視線で、剣を構え続ける。

 何度も斬り込みつつ魔法を放つこちらへの対応に、かなりの運動量を強いられているはずなのだ。

 それなのに、まったく疲れを見せない。


 驚異的な体力だが、真の脅威はあの剣だ。

 不可視の刃を纏う魔法剣、『刎空刃』ビヘッドラプチャーは恐ろしい技だった。

 彼はその技で、何人もの魔族兵を斬り倒した。


 だが、こちらも敵の騎士たちをかなり削っている。

 仲間たちの頑張りのおかげで、僕の魔法は幾度も敵を捉えたのだ。

 クロンヘイムを守る騎士たちは皆すごい精鋭だが、それも大分少なくなった。

 双方、いよいよ終わりが近い。


「英雄ヴァルター、君の魔法はたいしたものだよ。正直、ヒヤッとする場面もあった。部下が守ってくれなければ、僕も危なかっただろう」


『刺雹』スティングヘイル!」


 仲間に守られているのは僕も同じだ。

 そう答える代わりに、魔法を行使した。

 棘状の氷で刺し貫く魔法だ。


 珍しい魔法ではないが、僕流にアレンジを加えてある。

 氷柱つらら状に伸ばした棘を、敵の足元から直上へ突き上げるのだ。

 これは躱しづらい。

 しかも放射系の魔法を何度も見せた後だ。虚を突けたはず。


 果たして、氷柱は数人の騎士たちの体を貫いた。

 だがクロンヘイムは跳び退すさり、そして剣を振る。

 騎士たちの背後に隠れ、死角から放つ剣閃だった。


「はぁっ!」


「ぐぉあっ!!」


 攻撃範囲の外に逃げられなかった味方がやられた。

 だがクロンヘイムとの間に居た騎士たちに傷は無い。

 あれがあの技の、いや彼の恐ろしいところだ。


「魔力運用か……。物凄い技術だ」


「そこに気づくのか。普通は分からないと思うんだけど、やっぱり凄いね。魔族の英雄は伊達じゃない」


 彼の技は風の魔法剣と解釈されているが、実際は違う。

 おそらくクロンヘイムは、誤認をあえて放置しているのだろう。


 あの魔法剣は、空間へ干渉している。

 魔力が通過した空間に断裂を割り込ませているのだ。

 彼が斬った空間は、一瞬、完全に分かたれる。

 結果、そこにあった存在は、逃れようもなく切り離されてしまうのだ。


 この魔法は炎や風とはわけが違う。

 とんでもない量の魔力を食うはず。

 普通は使用に耐える技じゃない。


 クロンヘイムは、それを巧みな魔力運用でカバーしているのだ。

 空間への干渉を常時発動させず、剣を振り、インパクトの瞬間だけ、その箇所に断裂を発現させている。

 即ちあの刃は、対象に触れる時だけ存在するのだ。

 それ以外の時は、剣の延長線上にただ魔力の帯が放出されているのみである。


 魔力は、事象として顕現することで初めて意味を為す。

 炎や風を起こしたり、武器や防具を覆って力を付与したり、身体能力を強化したりだ。

 事象化する前の魔力はただの無害な粒子だ。当然だろう。人の身に宿されているのだから。

 それは障壁で防げない。

 そのため、あの技は障壁をすり抜け、かつ周囲の味方を巻き込まずにいられるというわけだ。


 そこまでやって刃の発現を最小限にし、かつ十分なクールタイムがあって、やっと実戦で使えるのだ。

 絶技を、極限までエネルギーコストを下げて行使する。彼の強さは、その魔力運用の巧みさにあった。

 いや、巧みという言葉では不足だろう。余人には不可能な、凄まじい技術だ。

 見事な剣閃と、派手な技に目を奪われた者は、そこに気づくこと無く敗れてきたのだ。


「エリーカ。勝負に出る」


「分かった。策を言って」


 何も問い返さず了承するエリーカ。

 彼女は常に、僕を信じてくれる。

 この信頼があればこそ、僕は戦えているのだ。


「彼の強さはハイレベルな魔力運用に支えられている。その魔力運用の邪魔をするんだ。要するに、間断ない攻撃で畳みかけるのが最適解だ」


「でも畳みかけるのに失敗したら、二分後にあれが来る。それが問題ってことね?」


「二分というのは信用できない。実際はもっと短いに違いない」


 クロンヘイムは、あえて実際より長いクールタイムを見せている可能性がある。

 いや、可能性と言うより、それを前提とすべきだろう。


「でも一度の攻撃で畳みかけなければ、勝ち筋は無い。僕も突撃する。次のターンで仕掛けよう」


「………………」


 押し黙るエリーカ。

 僕の言葉に、悲愴なものを感じ取ったのだろう。

 昔から彼女には隠しごとができない。


「エリーカが言うとおり、魔力運用の邪魔に失敗したら、あの刃が襲ってくる。それもおそらく、二分のクールタイムを待たずに」


「………………」


「そうなっても、なお畳みかける。何人かは斃れることになると思う。でも、これしかない」


「……そうね。このままでは敗ける。勝負に出ましょう」


 彼女には状況が見えている。

 このままいけば、先に削り切られるのはこちらだ。

 覚悟を決めて行くしかない。


 要するに特攻だが、それがベストなのだ。

 恐ろしい暴威と相対あいたいした時、その懐に飛び込むのが最善であることは、しばしばある。

 今がそれだ。


「済まない」


「謝んないでよ。私はヴァルターを守るために居るんだから」


「エリーカ……」


 視線が絡み合う。

 子供のころから、ずっと僕の傍に居てくれるひと

 いつも僕を守ってきてくれた人。


 見せたいものだよ。

 君が守ってくれた僕は、こんなに強くなったって。


「作戦会議は終わったようだね? もう次の攻撃の分のチャージは出来てるけど、良かったのかな?」


「みんな! 次のを躱したら、一気に仕掛けるわよ!」


「心を決めたか。なら見せてもらおう!」


 やや語気を強め、クロンヘイムが剣を振るった。

 皆、大きく跳び退すさる。

 何人かが刃に捉えられ、崩れ落ちた。

 それを横目に歯噛みしつつ、僕たちは突っ込んでいく。


「はあぁぁぁぁっ!!」


 エリーカの剣が閃く。

 過去最高の美技。

 騎士のひとりを、一刀のもと斬り伏せた。


「ぬぅおおおおぉぉぉ!!」


「ぜえぇぇぇい!!」


 ギードとグンターも必殺の気合いで槍を突き込む。

 ここですべての力を使い切るつもりなのだ。

 そして、負けじと僕も飛び込む。


『圧刻』コリジョンカーヴ!」


 僕は杖を捨て、風系の近接魔法を詠唱した。

 そして拳を振るう。

 拳の先で、ぼこりと音がして騎士の鎧がへこんだ。


 圧縮した空気を両手に纏い、叩きつける魔法だ。

 クロンヘイムの刃に比べれば威力にも射程にも劣るが、近接距離での連打力がある。

 今は、細かい手数が必要なのだ。


「だああぁぁぁぁぁぁっ!」


「ぐ……がはっ!」


 騎士が沈む。

 僕は何度も拳を振り、敵たちに圧縮空気を叩きつけた。

 エリーカらも、全力で攻撃し続ける。

 ここが勝負のきわだ。


「せいっ!」


「でぇぇあっ!」


 そろそろ二分が過ぎるが、不可視の刃はまだ来ない。

 おそらく、クールタイムはもう終わっているはずだ。

 だが、魔力運用の阻害が効いているのだ。


「ぐぉあっ!!」


 遂に、騎士を倒し切った。

 あとはクロンヘイムただひとり!


「単なる特攻ではなく、手数で……! なるほど、僕が魔力を練るのを邪魔したいわけか!」


 クロンヘイムが初めて表情を歪ませる。

 しかし退こうとはしない。


「だが! それでも君たちに勝ちは無い!」


 向こうも回転を上げ、剣を振り立てる。

 こちらの攻撃を純粋な剣技で迎撃していく。

 僕たちも数で圧倒せんと押し込む。


 まだ不可視の刃は来ない!

 まだ行ける!


「うおおぉぉぉぉぉ!!」


「ぐぅっ!」


 手応えがあった。

 圧縮空気のひとつが、クロンヘイムの肩口を捉えたのだ。

 おそらく誰も聞いたことが無い、クロンヘイムのうめき声が響く。


 だが苦悶に歪む彼の表情には、強い意志が込められていた。

 ぎらりと光る瞳が、僕たちを捉えている。


「来るぞ!!」


 僕が叫ぶと同時に、クロンヘイムが剣を振る。

 ほぼ予備動作なしの中段斬り。

 全員が回避行動に移った。


 僕は思い出していた。

 先日のアーベルでの模擬戦を。


 彼は。

 竜が好きで、僕と実に趣味の合うあの新しい友達、ロルフは、僕の『風刃』ブリーズグリントをすべて迎撃していた。

 『刎空刃』ビヘッドラプチャーほど強力ではないが、あれも不可視だ。


 しかし見えないはずの風の刃を、彼はすべて捕捉していた。

 そう、目に見えるか見えないかは重要ではないのだ。

 ましてクロンヘイムの刃は、剣の延長線上にしか存在し得ない。

 ならば躱せるはず!


 思い出すんだ。

 ロルフの姿を!

 彼は、恐れることなく刃を迎え撃っていた。

 そうだ! 恐れるな!


 僕は退きたがる体を奮い立たせ、クロンヘイムの手元を注視する。

 そして刃がこちらに到達すると感じた瞬間、身をかがめた。


 頭上を魔力の帯が通過するのを感じた。

 そして僕はどこも斬られていない。

 見ると、ギードとグンター、そしてエリーカも伏せて、刃を躱している。

 しかし、ほかの皆は……。


 だが、ここだ!

 ここで行くしかない!

 クロンヘイムが剣を振り抜くと同時に、僕たちは再度飛びかかった。


 こちらも、もはや前衛をほぼ失った。

 距離を取っての魔法攻撃に戻っても、彼が相手では勝ち目が薄い。

 ここで決めるしかない!


「!!」


 瞬間、背筋に悪寒が走る。

 クロンヘイムの目には、まだ意志が込められたままだ。

 彼は振り抜いた剣を反転させ、再び逆方向への横薙ぎを放った。


 連撃……!

 あの刃は、一度のクールタイムで二度振れたのか!

 彼はこれを、ここまで見せずに戦ってきたのだ!


 ステファン・クロンヘイム!

 これほどだったとは!


 ────ざしゅり


 肉を裂く、嫌な音。

 それ以上に嫌なのは、僕の頭を押しつけ、伏せさせる手のひらの感触。

 だって、それは。


「グンター……」


 目を上げると、咄嗟に僕を伏せさせたグンターがそこに居た。

 玉の汗が浮かんだ顔は、笑顔だった。

 そして、胸に直線が。

 切り取り線のように真っすぐな線が入り、そして。

 そこから体が二つに分かれた。


「う……おおおおぉぉぉぉぉ!!」


 昔の僕なら、ここで自失して、そしてただ殺されていただろう。

 でも、今は違う。


 勝つんだ!

 命に報いるんだ!


 クロンヘイムは剣を振り終え、元の構えに戻した。

 三連撃は無い!


「来い! 英雄ヴァルターとその盟友たちよ!」


 クロンヘイムが吠える。

 僕は『圧刻』コリジョンカーヴに残りすべての魔力を込め、彼に飛びかかった。

 エリーカとギードも、最後の攻撃に賭ける。


 ここに至ってもクロンヘイムは強い。

 振り入れられる剣を払い、突き込まれる槍を躱し、なお剣を見舞おうとしてくる。


 五合、十合、二十合と打ち合い、皆の息が続かなくなってくる。

 それでも、止まることはできない!

 勝たなければならない!


「てぇぇあぁぁ!」


 クロンヘイムが雄たけびをあげる。

 彼も、気合をもって自身を奮い立たせているのだ。

 向こうも追い込まれている。もう少しだ!


「せやあぁぁぁ!」


「ぬおおぉぉぉぉぉ!」


「はあぁぁーーー!」


 僕ら三人も、すべての気力を振り絞る。

 一瞬が無限に感じられる時の中、拳と剣と槍を、ありったけ叩きつける。


「そこだっ!」


 叫んだのはクロンヘイムだった。

 狙われたのは僕だ。

 近接戦闘に長けたものを持たない僕に、隙が生じたのだった。

 真っすぐ突き込まれてくる、クロンヘイムの剣。


 あ……。


 すべてがスローモーションに見える。

 顔に、ついぞ見たことの無い焦燥を浮かべ、エリーカが割って入ってきた。


 ────私がヴァルターを守るからね


 それは、小さいころからの彼女の口癖。

 今なお、それを為そうとしている。


 でも、僕には見えてしまう。このまま彼女が突き殺されれば、そのままクロンヘイムはもう一歩を踏み込み、僕も斬る。

 タイミングも角度も、完全に整えての剣閃なのだ。

 やはりクロンヘイムは別格の剣士だった。


 しかし、クロンヘイムもすべての未来を見通しているわけではない。

 彼が描く、僕たちの殲滅という結末を回避するために、僕は動いた。

 考えるより先に、体が動いていた。

 そうするべきだと、心の深いところで感じたのだろう。


「エリーカッ……!!」


 腕を伸ばし、彼女の体を押しのける。

 いつの間にか、その体はずいぶん軽くなっていた。

 そして『圧刻』コリジョンカーヴで彼女を吹き飛ばす。


「ヴァル……ッ!?」


 腹に痛み。

 何かが貫通した。刺し貫かれた。

 だが構わない。

 手のひらを眼前に突き出す。

 最後。これが最後だ。

 すべてを叩きつけるんだ!



『雷招』ライトニング!!」







 ────ほらヴァルター、泣かないの。本を取られたぐらいで


 ────だって


 ────まあいいわ。取り返してきてあげる。また何かされたら言うのよ


 ────………………


 ────ほら、大丈夫だから立ちなさい。私がヴァルターを守るからね


 ────………………


 ────ヴァルター。ほら立って


 ────…………ぼくも


 ────うん?





 ────ぼくもいつか、エリーカを守るから




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