135_英雄対英雄
「うう、なぜ私が……」
第二騎士団、隊列後方。
参謀長フェリクスは、気絶したアネッテを背に担いでいた。
「ああ、もう……」
フェリクスは、副団長であるアネッテの傍で参謀の任に就いていたのだが、彼女が突然、魔法攻撃を受けて倒れたのだ。
遠距離から障壁を削り切っての攻撃だった。
放ったのは、かの英雄ヴァルターだ。
フェリクスは悔いる。まさか、あの距離を攻撃してくるとは思わなかった。
彼もアネッテも、相手の力を読み違えていたのだ。
だがアネッテは第二騎士団の副団長。
為す術なく倒れたわけではない。
咄嗟に体へ魔力を満たして防御体勢を整えつつ、回避行動をとって直撃を避けたのだった。
強力極まるヴァルターの
周囲の騎士たちは即座にアネッテを回復班の居る後方へ連れていこうとした。
しかし彼女は拒んだのだ。
意識を消失させる直前、フェリクスに自身を運ぶよう命じたのだった。
責ある者の務めとしてフェリクスを指名したのか、それとも単に一兵卒に身を委ねることを嫌ったのか。
いずれにせよ、フェリクスはアネッテを背負って歩く羽目になるのだった。
「フェリクス殿! 団長が前線へ! フェリクス殿の指示を仰ぐようにとのことです!」
「……ああ、直接ヴァルターを押さえに行かれたか。それで私に指揮せよと?」
「は。そのようで」
「うく……」
胃のあたりに、きりきりとした痛みを感じるフェリクス。
第二騎士団の参謀長に迎え入れられた時は喜んだものだ。
だが、彼を待っていたのは連戦に次ぐ連戦だった。
彼は激務は嫌いだが、それ以上に責任が嫌いなのだ。
重要な判断を幾度も任されることにストレスを感じるのである。
そのような者が戦争に、しかも重職に就いたうえで関わるなど理屈に合わない話だが、それが彼の性分なのだった。
そのうえ今回は、王国の行く末に影響するであろう一大決戦である。
いつも以上に胃が痛むのも仕方がなかった。
「前の方はだいぶ削られただろう。団長は中衛を出しつつ全体を下げ、後ろで糾合するよう言ってなかったか?」
「は、はい。仰るとおりで」
「はぁ……分かった。ここで指揮を執る。それと回復班を連れてきてくれ。副団長が負傷している」
「はっ」
走り去る騎士を横目に、溜息を吐くフェリクス。
各部隊長に連携させ、隊列を組み直して……。それと敵戦力の再評価も必要だ。
大神殿に伝令も飛ばさなければ。状況を逐一共有しないと、侯爵がうるさい。
やることが多すぎる。大きな戦だから仕方ないが。
これほど大きな戦が起こる情勢になってしまったのだ。
魔族が霊峰にまで攻め寄せてくる情勢に。
「なぜ私が……」
それはフェリクスの口癖だった。
なぜと問うたところで、参謀長だからという答えしか無いだろうが、問わずにはいられなかった。
「フェリクス殿! 前線の団長への援護はどうしますか?」
別の騎士が駆け寄り尋ねる。
フェリクスはすげなく答えた。
「要らないよ。前の方にもまだ人員は残っているんだろう? それで十分だ」
「し、しかし」
この騎士も、クロンヘイムの強さは分かっているつもりだった。
だが、ヴァルターも只者ではない。
援護はあった方が良いと思えるのだ。
何より、自分も役に立ちたかった。
そのような、騎士の矜持と言うべき心情に気づきながら、フェリクスは首を振る。
そんな矜持は戦場において一文の得にもならないというのが彼の考えだった。
「いいから。敵も強いが、団長に負けは無い」
本音であった。
ヴァルターの魔法はこの目で見たし、彼の強さを改めて理解した。
魔族の英雄とされるのも頷けるというものだ。
だが、クロンヘイムには勝てない。彼の強さは圧倒的だ。
フェリクスは、クロンヘイムの勝利を前提に戦場を組み立て直し、指揮を執るのみ。
「団長がヴァルターを排除したら、こちらもすぐに動いて敵を押し返せるよう、隊列と指揮系統を回復させる。それが団長の狙いなのだから、いま後方に居る部隊はすべて糾合する」
「は、はい。承知しました」
クロンヘイムが勝つ。
フェリクスにとって、ほかの可能性など無いのだ。
◆
「
ギードやグンターが守り、僕に時間を作る。
そして魔法を繰り出して敵にダメージを与える。
きつい状況においても、いや、きつい状況だからこそ、僕たちの戦術に変わりは無い。
敵の前衛が盾で氷の礫を防いだ。
だが幾つかは敵の体に着弾し、隊列を削る。
「来るわ! 気をつけて!」
しかし、損耗はこちらの方が激しい。
エリーカが叫んだとおり、またアレが来る。
「はぁっ!」
クロンヘイムが剣を振った。
不可視の刃がこちらを襲う。
今度は下段だ。身をかがめても躱せない。
全員、跳び
近づき過ぎていた者は、足を斬られ、悲鳴をあげて倒れ伏した。
「くっ……!」
エリーカが歯噛みする。
あの刃は厄介だ。
僕の
触れれば確実に両断する威力といい、振りぬく先すべてを斬る攻撃範囲といい、凄まじい。
そして何より、クロンヘイムという不世出の剣士が振る剣なのだ。
その剣閃は常人に対応できるものではなかった。
そのうえ、楯も魔法障壁も意味を為さない。
楯は両断され、信じ難いことに障壁をすり抜けてくるのだ。
反則と言うしか無い。
しかし負けるわけにはいかない。
僕も仲間も、ここが天王山だと理解している。
クロンヘイムを倒せば、この戦場を制することができる。
だがここで敗れれば、その逆の事態になるだろう。
「敵の前衛は削れている! もう少しでクロンヘイムに攻撃が届くぞ!」
グンターが叫び、味方を鼓舞する。
こちらの被害も大きいが、敵だって同じなのだ。
倒れゆく味方の姿に膝を落としそうになるが、踏みとどまって戦うしか無い。
「行くわよ! もう一度突撃! ただし一撃離脱を忘れないで!」
エリーカが叫んで斬りかかる。
同時に、味方も一斉に踏み込んでいった。
あのクロンヘイムの攻撃は、常時発動させることはできない。
一度の攻撃のあと、再びあの刃を出すのに、およそ二分かかっている。
その間に、こちらが攻撃へ転じるのだ。
敵たちの攻撃も激しく、大きな魔法を放つ余裕は無いが、コストの低い魔法で細かく削れば良い。
たとえばこうだ。
「
僕は、敵と同じく見えない刃を繰り出した。
クロンヘイムの刃に威力で劣っても、数がある。
幾つもの刃が敵に襲いかかった。
敵も巧みで、魔力を十分に通した楯を並べて刃を防ぐが、その隙に横をとった味方たちが斬りかかっていく。
「うおおぉぉぉっ!」
僕を守っていたギードとグンターも前衛に混ざり、突撃する。
僕が落とされたら終わるという状況で離れるのは危険だが、仕方が無い。
斬りかかれるのは二分間だけなのだ。
ここで可能な限り戦力をぶつけなければならない。
長引けば、いずれ不可視の刃で全員やられる。
だが。
「シッ!」
「ぐぁっ……!」
いざ近接距離の剣戟となっても、アドバンテージは向こうにあった。
味方の何人かが敵をかいくぐり、クロンヘイムに斬りかかるが、易々と返り討ちに遭ってしまう。
強い。当然だ。彼は最強の剣士のひとりなのだ。
「
乱戦状況の前線に向けて魔法を撃つ。
距離も近く、同士討ちの危険がある状況だが、そこはコントロールでカバーする。
味方を巻き込まないよう細心の注意を払いながら、僕は攻撃した。
ばしりと雷光が爆ぜて、敵が倒れる。雷が騎士を捉えたのだ。
だが本命には当たらない。
クロンヘイムには、このタイミングでの魔法攻撃は読まれている。
「ふッ!!」
「がは!」
彼は雷を躱し、中段を振り抜く。
隙の無い剣技。剣のことは僕には分からないが、彼の技は、正道を極めた本格の剣技という印象だ。
「全員、下がって!」
エリーカが叫ぶ。
時間切れだ。またあの剣が来る。
どうにか近づいても、凄まじいまでの剣技に跳ね返されてしまう。
あれは、僕が会ってきた中でも最強の剣士だ。
「………………」
いや、最強かどうかは分からないな。
先日も会ったじゃないか。凄い人に。
僕の脳裏に、新しい友達、ロルフの顔が浮かぶ。
凄い剣技だった。あんなのは見たことが無い。
彼の方が強いんじゃないか?
魔力こそ無いが、思うに彼は古竜から認められた存在なのだ。
そして僕は、そんな彼と認め合った仲。
そうだ。そうとも。恐れることは無い。
僕も強いのだ。
それを思い、戦場を見据え、そして決意を新たにする。
必ず勝ち、そして生きて帰るのだ。
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