133_冷たく射抜く目

「来るわヴァルター! 右よ!」


 人波の中に消え、しかし確実に向かってきていた男。

 ステファン・クロンヘイムは団長自ら僕と戦うことを望んだのだ。


 そしてエリーカが叫んだ直後、彼は右方向から現れた。

 僕を捕捉している。


 でも、まだ距離がある!

 いけるか?

 完全に接近される前、魔導士の距離を保てるうちに倒し切りたい。


 それに、高名な団長なら当然、戦巧者いくさこうしゃだろう。

 戦いを長引かせれば、きっと不利になる。

 早い段階で勝負に出るべきだ。


 杖を構える。

 そこに赤黒い雷が、ばしばしと音をあげながら集まった。

 『赫雷』イグニートスタブの体勢だ。

 だが、まだ距離がある中、雷の音を掻き消すようにクロンヘイムが叫んだ。


『刎空刃』ビヘッドラプチャー!」


 事前に共有されていた情報を思い出す。

 クロンヘイムは風系の魔法剣を使うのだ。

 剣の力を大幅に高めるそれは、威力は元より、攻撃範囲の増幅が大きい。

 ひと振りで周囲十数メートルを攻撃できると聞いている。


 しかし見たところ、彼の剣には何の変化も無い。

 いや、でもこれは……!


「伏せろぉ!!」


 魔法を破棄し、僕は叫んだ。

 周りの味方たちが、すかさず身をかがめる。

 その前方、何も無い空間へ向け、クロンヘイムが横薙ぎに剣を振り抜いた。

 僕たちの頭上を、魔力が通過する気配がする。


 同時に悪寒が背筋を撫でた。

 僕は脂汗が浮く顔を上げ、周囲を確認する。


「な……!!」


 ギードが絶句した。

 同じく身をかがめていたエリーカやグンター、ほかの皆も、言葉を失っている。


 回避が間に合わなかった何人もの魔族兵が、体を腰の上下で完全に分かたれていた。

 どさりどさりと、上半身が彼らの足元に落ちる。


「………………!!」


 誰もが青ざめていた。


「ヴァルター……」


「エリーカ。臆しちゃ駄目だ」


 これが、ステファン・クロンヘイム。

 王国序列第二位の騎士団を預かる埒外らちがいの英雄。

 そんな人物が今、僕たちの前に立ちはだかっているのだ。


 ◆


「あれか!」


 左翼方面で味方劣勢の報を受け、俺は部隊を率いてそこへ向かっていた。

 そこには済生軍最強の魔導士、アルフレッド・イスフェルトが居ると思われたのだ。


 果たして、俺が見据える先では、凄まじいまでの爆雷が魔族軍を襲っていた。

 吹き荒ぶ魔法の余波か、霧は飛び散らされている。

 そしてその先、魔導士であるにも関わらず、最先鋒に立って魔法を行使する男が見えた。


『水蛇』ヘイルウィップ


 男が詠唱すると、ほぼタイムラグ無しで現出した水の鞭が、魔族軍を痛打した。

 鞭は大蛇もかくやの大きさで、隊列を広範に渡って削る。


 あの魔導士、単身で戦況を決定づける強さだ。

 長めの金髪に、白皙はくせきの肌。

 そして美しい面立ち。

 間違いない。あれがアルフレッド・イスフェルトだ。


「全員、部隊の援護に回れ!」


「はっ!」


 部下たちに戦線を支えるよう命じる。

 そして俺の役割はあれの相手だ。

 危険極まりない敵だが、ゆえにこそ、俺が対抗しなければならない。


「…………」


 近づいてくる俺に気づいたらしい。

 こちらに目をやると、次に杖を向け、奴は詠唱した。


『炎壁』フレイムウォール


 ごう、と音を上げ、炎の壁が現れる。

 これまでに見てきた、どの『炎壁』フレイムウォールより大きい。

 左右へ逃れる隙が無いのだ。

 普通ならどうすることもできず、焼かれるのみだろう。


 だが俺は違う。

 足を止めて剣を構え、そして振り抜いた。


 ぼしゅりと音がして、炎が霧散する。

 それを見て顔色を変える済生軍の兵たち。

 だが、奴は驚きも焦りも見せなかった。


「黒髪の人間。お前が大逆犯ロルフか」


「じゃあ金髪の人間の名は何という?」


「知っているのだろう? 私は有名らしいからな。お前のように悪名ではないが」


 そう言って、奴は再び杖をかざす。

 冷たい目が俺を射抜いた。


『火球』ファイアボール


 空に現れる太陽の如き火球。

 以前フェリシアが見せたそれよりも、更に大きい。


 そして火勢もスピードも段違いだった。

 赤熱する火球は、目にもとまらぬ速さで飛来する。


 だが俺の剣速も、フェリシアと戦った時より上がっているのだ。

 下段から上へ振り抜いた剣は、確実に火球を捉える。

 その瞬間、先ほどの『炎壁』フレイムウォールと同じく、炎は消え去った。


「……ふむ。本当に魔法を斬るのだな」


「たとえ知られていても、人に名を訊くときは先に名乗るのが礼儀だぞ」


「私はお前と違って一兵卒だ。名乗るほどでもないのだがな。まあ良い。アルフレッド・イスフェルトだ」


 言い終わると、アルフレッドは再度杖を構える。

 そして俺が斬り込むより早く、魔法を繰り出す。


『氷礫』フロストグラベル


 彼も、俺と相対あいたいする魔導士たちと同じ結論を得たようだ。

 剣で魔法を斬るのなら、剣の対応能力を超えた攻撃をすれば良い。


 奴の『氷礫』フロストグラベルは、十六個もの礫を現出させた。

 驚くべき数だ。

 フェリシアでも十二個だった。


 だが、十六個という数が俺には見えている。

 礫をすべて捕捉できているのだ。


 横へ跳び、八つの礫を躱す。

 残りの八つは、巧みにタイムラグを持って飛来してきた。

 俺は慌てず、その八つをすべて斬り落とす。

 かきりかきんと高い音を残し、氷が消えていった。


「なるほど。大した剣技だ」


 お前の魔法も大したものだ、とでも言えば格好がつくのだろうか。

 だが芝居じみたことを言うより、俺は奴の全身を注視して隙を探すことを優先した。


 そして驚かされる。

 まるで剣士のような隙の無さ。

 踏み込まれることへの警戒がその身に漲っていた。


 それでも手に持つ得物が剣ではなく杖である以上、斬り込めばアドバンテージは取れるだろう。

 だがフェリシア同様、近接魔法は装備されていると思うべきだ。

 慎重にいかなければ、たちまち危機に陥る。


「…………」


 奴の体から目を離すことなく、距離を詰める。

 だが踏み込むタイミングが取れない。奴の身に剣を振り入れるイメージが湧かない。


 周りでは、俺の麾下きかが戦線を支え、ほかの敵を引きつけてくれている。

 おかげでアルフレッドと一対一の状況を維持できるが、俺への援護も見込めない状況だ。


 判断ミスは許されない。

 奴の呼吸を見定め、リズムを捉える。

 そして最も心身が弛緩したタイミングを掴むのだ。


 ここだ!

 俺は一気に踏み込む。

 やや遠く、アルフレッドに魔法の行使を許す間合いだが、どんな魔法が来ても俺は斬る。

 そして二の太刀で奴を倒す。

 タイミングは測れている。


『虚踏』ホロウムーヴ!」


 アルフレッドが繰り出したのは近接攻撃魔法ではなかった。

 奴はふわりと浮くと、風に晒された紙人形のように後方へ跳び退すさる。

 そして着地と同時に、次の魔法を詠唱した。


『水蛇』ヘイルウィップ!」


 さきほど魔族軍の隊列を大きく削った水の大蛇が、俺に向けられる。

 足を止めた俺はすかさず剣を構え直し、大蛇を斬り伏せた。

 霧散した水の向こう、アルフレッドは悠然と佇んでいる。


 重力への干渉は超高等技術だが、奴は当然の如くやってのける。

 やはり厄介だ。


「理解した」


 表情を変えぬまま、アルフレッドはそう言った。


「何をだ?」


「お前を倒す方法だ」


「そうか。教えてくれ」


 いま教えてやろう、と言わんばかりに奴は杖を構える。

 何を使ってくる?


 『赫雷』イグニートスタブ『凍檻』コキュートスが来ても、今の俺ならきっと対応できるはずだ。

 落ち着いて、確実に迎え撃つ。

 そう思い、身構える俺の耳に聞こえたのは、予想外の魔法だった。


『雷招』ライトニング


 雷系の基本魔法、『雷招』ライトニング

 杖から迸る幾筋もの雷光が、俺を襲った。


 やはり、並の術者のそれとは違い、その雷には相当な圧力を感じる。

 だが斬れぬということは無い。

 俺は横薙ぎに剣を振り抜き、雷を迎撃した。

 ぱしりと音を残し、消える雷撃。


 しかし。

 間髪入れず、次の雷が杖から迸り出る。

 初撃と同じ圧力をもって、雷が轟く。俺は振り抜いた剣を止めずにそのまま反転させ、再度振った。

 消える雷。


 この時点で展開は予測できている。

 それをなぞるように、間隔を空けず、雷は轟き続ける。


 アルフレッドは、一度の詠唱でいつまで雷を出し続けることができるんだ?

 魔法は、術者によってその強さを変える。

 威力は元より、出の早さ、弾速、数、大きさなど、術者が優れていればいるほど、強くなるのが魔法だ。

 そしてその持続性も、術者によって大きく変わる。


 目の前の男、アルフレッド・イスフェルトの『雷招』ライトニングは、その持続性において類を見ない代物だった。

 奴と俺の間を迸る雷光は、途切れることなく轟音をあげ続ける。

 俺は何度も剣を振り、雷を消し去っていくが、後から後から次の雷が殺到する。


「ぐ……おおおぉぉぉぉぉ!!」


 剣を振る。振り続ける。

 普通では目視できない速度で両腕を動かし続け、雷撃を斬り続ける。


「おおおおぉぉぉあああぁぁぁぁぁ!!」


 ばしりばしりと迸る雷撃。

 それを斬る黒い刃。


 斬る。斬り続ける。

 手を止めれば、その瞬間、雷が俺の体を直撃する。

 威力も並の『雷招』ライトニングとは段違いのこの魔法。

 俺が食らえばそこで終わりだろう。


「おおおぁぁぁ! はあぁぁぁぁぁーー!!」


 いつ終わるのか、いつ止むのか。

 分からない。

 とにかく、到来する雷をただ斬り続ける。

 それ以外に無いのだ。


「…………ッ!」


 アルフレッドが、この戦いで初めて表情を歪ませた。

 額に汗が浮かんでいる。

 奴も限界が近いのだ。


「ぐっ……がああぁぁぁぁぁーー!!」


 なお剣を振る。

 雷を斬る。

 一体どれだけ振っただろうか。

 その果てに、俺は限界を迎える。

 それは雷が止んだ直後のことだった。


「がっ……は……! はぁ……はぁ……はぁ……!」


 ぱしりと最後の雷が消えた。

 俺は剣を杖にし、崩れ落ちそうになる体を押し留める。

 向かいには同じく、杖で体を支え、激しく息を吐くアルフレッドが居た。


「ぜぇ……はぁ……し、信じられん。貴様、今のを切り抜けるとは……!」


 瞳に力を込め、俺を睨みつけるアルフレッド。

 表情には怒りと屈辱が滲んでいる。


 だが危なかった。

 俺は完全に肺活量を使い切っていた。

 シグと共にこの数か月、体力強化に励んでいなかったら、確実にやられていただろう。


 奴が動けない今が好機だが、俺も動けない。

 剣を手に踏み込むまで、もう数秒必要だ。


「でぇあぁぁーー!!」


 息を整える俺の眼前。

 敵の隊列を突破した魔族兵のひとりが、アルフレッドに斬りかかる。

 彼も好機と見たのだろう。


 だがマズい。

 済生軍の兵もひとり、反応している。

 アルフレッドとの間に割り込みつつ、槍を突き入れていった。


「ぐぅあっ!」


 槍が、魔族兵の脇腹を抉る。

 次の瞬間、アルフレッドが杖を振りかざす。

 同時に、俺も行動の自由を回復していた。


「いかん!」


 俺は突っ込む。

 激しい焦りがあった。

 誰であれ、ここに居る魔族は仲間であり、守るべき対象だ。

 だが、いま杖を向けられているその兵の危機には、焦燥を強めざるを得ない。


 彼の名はフランク。

 俺の隣家の住人である。


 彼と妻のエマは非常に仲が良く、とても温かい家庭を作っている。

 隣家の俺のことも気にかけ、何くれと無く世話を焼いてくれる。


 そして笑顔を絶やさぬエマは、今も夫の帰りを信じて待っている。

 フランクの好物を作って待っている。

 誰も望まぬ報せを持って彼女に会いに行くのは絶対にゴメンだ。


「おおぉぉぉっ!!」


「げぁっ!」


『冷刃』チリィブレイド!」


 一気に割り込み、フランクに槍を突き立てた敵兵を斬り伏せる。

 だがその瞬間、アルフレッドは詠唱を終えていた。

 そして氷の刃が現出する。

 その数は…‥三十!


「ぐ……おおぉぉぉっ!!」


 フランクを背に、再び剣を振る。

 これはフェリシアも使った近接攻撃魔法だ。

 だが、数もさることながら、技巧が違う。


 フェリシアは刃という武器の扱いに慣れていなかったが、アルフレッドはそこからして違うのだ。

 剣士さながらの怖い角度で、氷の刃を振り入れてくる。


「貴様ァァーーー!!」


「おおおおおっ!」


 ついに激昂するアルフレッド。

 さっきまでの能面が嘘のようだ。


 俺はひたすら迎撃し、氷の刃を割り砕く。

 ばりんばりんと消え去る刃たち。

 だがすべての刃を斬るまで、一瞬も気は抜けない。


「ッガアァァァァーーー!!」


「うおおぉぉぉぉぉーー!!」


 二十八枚目の刃を砕いたところで、一枚の刃が俺の腕をかすめた。

 魔力によってできた刃は、かすめただけでも大きな傷を作っていく。


「ぐぅっ……ああぁぁぁーー!!」


 零れる血に構うことなく、更に剣を振る。

 そして残りの二枚を砕き、刃はすべて消滅した。


「はぁっ……はぁっ……はぁ……!」


 まだ剣を振れる!

 激しく呼吸し、体に空気を取り込みつつ、アルフレッドに向けて剣を振り上げる。

 だが、アルフレッドもまた、余力を残していた。


『虚踏』ホロウムーヴ!」


 再び重力の頸木くびきを外れ、距離をとるアルフレッド。

 離れた場所へふわりと着地した彼だが、表情はその優雅な動きに似つかわしくない。

 彼の顔は怒り染め上げられていた。


「貴様……! 魔族を守るか!」


「…………」


「その男を! 魔族を!」


「……当然のことだ」


 俺の言葉を受け、奴はさらに眉間の皺を深める。

 魔族を守る人間の存在は、彼にとって許せぬものであるようだ。

 俺という人間が魔族に与する者と分かっていても、実際にフランクを守る姿を見るにつけ、怒りを強めたのだろう。


「人間として生まれておきながら……! ましてその男を守らねば、いま私を殺せたはず!」


 そうかもしれない。

 守りながらの剣で互角だったのだ。

 それが無ければ、俺の剣がアルフレッドに届いていた公算は高い。

 だがそんなものは意味の無い仮定だ。

 同じ状況がまた訪れたとしても、俺はフランクを守る。


「彼は友人だ。友を守る。それの何がおかしい」


「友……! 友、だと……!!」


 ぶるぶると震えだすアルフレッド。

 凄まじいまでの怒りだ。


 その時、戦場の中央付近から勝鬨があがった。

 これは魔族軍のものだ。

 リーゼたちはあのまま敵を押し切ってくれたらしい。


「アルフレッド様! 中央を抜かれました! 右翼方面も駄目です!」


「……だから何だ」


「さ、山頂でほかの仲間と糾合します。スヴェンも健在です」


「分かった」


 そう言って、俺に向き直るアルフレッド。

 表情からは、あの激しい怒りが消えていた。

 ものの数秒で感情のコントロールを取り戻したのだ。


「私は貴様の如きを決して許さぬ。そして……良いか。この戦で貴様は死ぬ。私の手によってな。それは確実だ」


「俺の意見は違うが」


「……山頂、大神殿だ。来るが良い」


 そして敵たちは撤退していく。

 周囲を再び白い霧が覆い始めていた。

 魔法が止み、吹き飛ばされていた霧が戻ってきたのだ。


 そして霧の向こう、アルフレッドと済生軍の気配が遠ざかっていった。

 だが、しばしの後、また戦うことになるのだ。


「ロ……ロルフさん……」


「フランク、喋るな。いま回復班のところへ連れていく」


 槍に抉られた脇腹の傷は浅い。

 命に別状は無さそうだ。


「済まない……。俺のせいで、大物を取り逃がすことに……」


「逃がしていない。奴はすぐそこの大神殿に居る。頼むから喋らないでくれ。お前に無理をさせたら、俺が細君に怒られる」


 さっき彼らは、他方面の兵と糾合すると言っていた。

 高名な剣士、スヴェンの名も口にしていた。

 山頂には、あのアルフレッドのほかにも強敵が居るということだ。


「ロルフさん……。あんたも手当てが要るぞ……」


 そうだな。

 まったく、毎度手傷を負わされる。


 怒りに満ちた、アルフレッドのあの表情。

 それが、傷の痛みと共に俺の胸中で燻り続けた。



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