131_近づく強敵

「また無茶するわね……」


 ロルフは、ひとりで深い霧の中に突っ込んでいった。

 私も自ら斬り込むことが多いけど、あそこまであからさまな単騎駆けはできない。


「リーゼさん、援護を出しますか?」


「いえ、ここは展開を待つわ」


 モニカの問いに、私は首を振った。

 いま味方を踏み込ませても、ロルフの邪魔にしかならないだろう。

 彼を信じるべきなのだ。

 あの真っ白な霧の中で、ロルフはきっと状況を動かす。


「リーゼさん! また撃ってきます!」


「障壁維持させて!」


 霧の中からオレンジ色の魔力光が複数見えた。

 あれは『灼槍』ヒートランスだ。

 私たちは、再び防御態勢を敷いた。


 でも、炎の槍はこちらへは飛んでこない。

 どうやら敵たちは、ロルフへ向けて魔法を放ったみたいだ。

 しかし……。


ぜませんね」


 モニカが言う。

 『灼槍』ヒートランスは、着弾したら爆音をあげて炎をまき散らすのだ。

 でもその音がしない。


「斬ったんでしょうね。何本もの『灼槍』ヒートランスを、全部」


「………………」


 冷静なモニカも、いつもと違う表情を見せる。

 事実を受け入れるのにやや難儀している、そんな表情。

 ロルフの力を知っていても、やはりそういう表情になってしまうのだ。


 モニカに同調する私をよそに、敵の怒号と悲鳴が聞こえてきた。

 その声からは、済生軍がまさに恐慌へ陥っていることが分かる。

 まあ、あんなのに懐へ飛び込まれたら、恐怖しか無いだろう。


「撃て!」


 その声は霧の中から届いた。

 よく通る声だ。

 そして聞き間違えようの無い声。

 ロルフが発したその指示の意図を理解し、私は命じる。


「魔導部隊! 霧の中へ向けて斉射!」


「い、いいんですか?」


 モニカが驚いている。

 それはそうだろう。

 あの霧の中にはロルフが居るのだ。

 味方を撃ってしまったら目も当てられない。

 でも。


「大丈夫よ」


 私は自信を持って言った。

 そして味方の魔導士たちが魔法を放つ。

 火の玉や氷の礫が、霧の中へ吸い込まれていった。


 敵の悲鳴が大きくなる。

 隊列はかなり乱れたみたいだ。

 攻めるならここだろう。


「行くわよ! 前衛部隊は突撃! 私に続いて!」


 双剣を手に、私は霧の中へ突っ込んだ。


 ◆


 霧で視界が悪いことを利用し、俺は敵の隊列へ飛び込んだ。

 敵もすぐさま魔法を放ってきたが、それを処理し、そして剣を振るう。

 魔導部隊を一気に討ち減らし、次いで斬りかかってきた剣士たちを倒す。


 そして味方に号令し、今度はこちらから魔法攻撃を実行した。

 俺は短く「撃て」と叫んだだけだったが、リーゼが正しく意を汲んでくれた。


 嬉しいものだ。

 戦場で味方と相通ずる瞬間、俺は有難みを感じる。

 命がけの場にあって、自分はひとりではない。

 それを思い出させてくれる友人たちは、本当に得難い存在だと思う。


 魔法はどんどん撃ち込まれてくる。

 それに当たらぬよう立ち回りつつ、俺は剣を振るっていく。

 敵の隊列は大きく崩れていた。

 ここがチャンスだ。


 いや、しかし。

 多いな、魔法。

 信頼してくれているのは嬉しいが、ここまで遠慮なく撃ちまくってくるとは。

 俺の場合、ひとつでも被弾したら致命傷なのだが。


 まあ良い。

 シビアな戦いなんだ。

 過度に安全マージンをとった戦いをしていては、どこかで足を掬われる。


 俺は全身の感覚を励起させ、魔法が着弾しない位置をとりながら、剣を振り続けた。

 そして魔法が止んだのちも、研ぎ澄ませた感覚はそのままに、敵と戦う。

 その感覚が、自陣から猛スピードで突っ込んでくる者を捉えた。

 来てくれたようだ。タイミングも完璧だな。


 俺がそう思うと同時に、霧の向こうからリーゼが現れる。

 前衛部隊と共に斬り込んだのだ。


「ロルフ! 来たわよ!」


「助かる! このまま押し切るぞ!」


 俺が言い終わるや、リーゼは双剣を手に、済生軍へ躍りかかった。

 そして凄いスピードで、敵たちを倒していく。

 舞うような戦いは、いつにも増して美しい。

 霧の中、幻想的でさえあった。


「リーゼさんに続け!」


 ほかの兵たちも果敢に踏み込む。

 こうして敵味方が入り乱れる状況を作ってしまえば、魔法で一方的にやられる不安は減る。

 最初の突撃で魔導部隊を大きく削ったし、この一帯は制圧まであと一歩だ。


「ロルフ! さっきの魔法での援護! いい判断だったでしょう? ロルフの意図はちゃんと伝わったわよ!」


「あ、ああ。俺たちの連携は中々だ」


 あんなに遠慮の無い斉射が来るとは思わなかったが。一瞬ヒヤっとしてしまった。

 とは言え、まあ、信頼というのはありがたいものだ。


「リーゼさん! ロルフさん!」


 そこへモニカが声をあげる。

 こちらが優勢と見るや前線を押し上げ、自らと共に中衛を敵陣へ踏み込ませたのだ。

 やはり彼女は優秀である。


「この一帯の趨勢はほぼ決しました! 右翼方面はシグさんらの活躍もあり、同じく優勢! ただ……!」


「左翼か。援護が要るか?」


「はい! 敵の魔導士がかなり強いらしく……! おそらく、アルフレッド・イスフェルトです!」


 済生軍で最も高名な魔導士。司令官イスフェルト侯爵の息子だ。

 だがその立場によって高名なわけではない。強いのだ。折り紙つきと聞く。


「俺が麾下きかを連れて向かう! リーゼ、ここを頼めるか?」


「ええ!」


 頷くリーゼの声は、信頼で満ちている。

 俺もリーゼを信じてこの場を任せ、そして駆け出した。


 ◆


「前衛は崩されずに頑張ってる! 押し返すぞ!」


「俺たちが出る! 前を開けろ!」


 ギードとグンターが声をあげ、駆ける。

 ふたりはレゥ族でも名うての戦士で、本来なら部隊を束ねる器だ。

 それなのに、ヴァルターを守るのは俺たちしか居ない、などと言って僕に付いてくれている。


「はぁっ!」


 そして彼女も居る。

 族長の娘、エリーカとは長い付き合いだ。

 僕が過分な評価を与えられるずっと前からの友達である。

 幼馴染みというやつだ。


 傍に居てくれるこの人たちのためにも、期待を裏切るわけにはいかない。

 僕は魔族の英雄、ヴァルターなのだ。


『雷招』ライトニング!」


 さっき撃った『雷招』ライトニングを、もういちど放った。

 今は敵に勢いがある状況だ。それを鈍化させる必要がある。

 そのため、まずは魔法が持つ面の制圧力を活かし、敵の隊列全体に圧力をかける。


「撃ってきてるぞ! ヴァルターだ! 警戒しろ!」


 敵もさるもので、障壁を張ってしっかり被害を抑えている。

 でもこれで良い。

 討ち取ることを目的とした魔法攻撃じゃない。

 足を止めさせて戦場を組み立て直すためのものだ。


「負傷者下げて! 中衛、隊列を保ったまま前へ!」


 指揮権を持つエリーカが声を張り上げる。

 その指示は僕の意図を汲んだものだった。

 押し込まれて決壊寸前だった前線が、構築され直していく。


「おおおぉぉっ!」


「であっ!」


 ギードとグンターが槍を振るい、敵の正面を痛打する。

 一瞬、敵の隊列が乱れを見せた。


 それでも第二騎士団の統率力は恐るべきものだ。

 すかさず兵を動かし、隊列を整え始める。

 見事な部隊運用。

 美しさすら感じる、完成された組織の力だ。


 でも、その穴は塞がせない。


『氷礫』フロストグラベル!」


 面の次は点だ。

 敵の乱れた隊列が組み直される前に、その乱れた箇所へ氷の礫を割り込ませた。


「うわあぁぁぁ!」


 十数個の礫を、一か所へ集中させる。

 がこりがこりと、鎧に礫がぶつかる鈍い音が響いた。

 鎧は大きく陥没し、着ている者は重傷を負う。

 騎士たちが倒れ、第二騎士団の隊列が初めて崩れるのだった。


「そこよ!」


 エリーカの合図と共に、味方が攻撃を加える。

 敵の隊列に開いた穴は、じわじわと広がっていった。


『火球』ファイアボール!」


 前衛の攻撃を、魔法の火球で援護する。

 魔法の精密射撃は、僕の最も得意とするところ。

 敵と味方が入り乱れる状況にあっても、確実に敵だけを狙っていけるのだ。


「よし! 皆、この機をモノにするわよ!」


 エリーカの号令を受け、味方が敵陣へ踏み込んでいく。

 戦場の流れはこちらが掴んだ。

 少しずつ、レゥ族の兵たちが敵を削っていく。


「くそっ! 奴を何とかしろ!」


「居るぞ! あそこだ! ヴァルターだ!」


 僕の姿を捕捉した敵が、こちらへ向けて矢を放ってくる。

 でも僕は対応しなかった。

 僕の魔力は攻撃にのみ使う。

 第二騎士団は、そうしなければ勝てない相手だ。

 障壁を張るのにリソースを使うべきじゃない。


 それを理解しているギードとグンターが、盾を持って僕の前に立つ。

 矢は、彼らの盾に阻まれた。


「ヴァルター、大丈夫か?」


「ああ、ありがとう」


 敵の隊列を乱すという仕事を終え、大急ぎで一気に後衛まで戻ってきたのだ。

 おそるべきスピードと運動量。

 彼らが味方で本当に良かった。


 八面六臂の活躍を見せるふたりの行動原理が、義務感だけではなく友情にあることへ心から感謝し、僕は杖を構える。

 杖の指す先は、敵正面から右翼寄り、やや中衛の一点だ。


 さっき、敵は僕を見つけて矢を放ってきた。

 でも部隊のかなめを捕捉したのは敵だけじゃない。

 第二騎士団の組織力は凄いが、ああも整然と隊列が動けば、そこにある規則性も知れるというもの。

 指示がどこから出ているか、僕は看破していた。


『灼槍』ヒートランス!」


 十分に魔力を練り上げて生成した炎の槍。

 それが狙った場所へ飛び込んでいく。

 そして爆音と共に、障壁が割れる音が響いた。


「ぐああぁぁっ!」


 女の声だ。

 『灼槍』ヒートランスは敵に命中したのだ。

 敵がざわめく。

 そして、彼らは目に見えて統率を失っていった。


「副団長がやられたのか!?」


「駄目だ! 退がれ!!」


 落としたのは副団長だったようだ。

 敵は皆、色を失っている。


 そこを好機と味方が斬り込もうとするが、その足が止まる。

 凄い圧力を感じさせる男が、敵の中から前に出てきたのだ。


「皆、落ち着け。中衛を前に出しつつ、全体を下げるんだ。各部隊長はフェリクスの指示に従い隊列を組み直し、指揮系統を回復させろ」


 男は朗々と告げた。

 ごくり、と。誰かが唾を呑む音が響く。

 喧噪満ちる戦場で、そんな音が聞こえるはずも無い。

 だが、いつの間にか戦場は、気味が悪いほどに静まり返っていた。

 敵と味方の視線を集めるその男は、落ち着き払った態度で続ける。


「兵の損耗は皆が思うほど大きくない。流れに目をとられて大勢たいせいを見失うな。部隊長は特に肝に銘じるように」


 そう言って剣を掲げ、「では行け」と男は言った。

 すると弾かれるように敵たちは動き出す。

 それを見届け、男はゆっくりと首をこちらに向けた。

 かなり距離があるが、確かに目が合う。


「ヴァルター、来るわよ!」


 台詞に緊張を滲ませ、エリーカが言った。

 男が誰なのか、彼女には分かっているのだ。

 もちろん僕にも。


 その直後、男の姿が人波の中へ消える。

 僕の魔法を警戒してのことだろう。


 だが、こちらへ向かってきている。

 男は僕と戦いたがっているのだ。

 彼は一軍の将だが、僕を倒すことを自分の仕事と心得ている。

 さっき目が合った瞬間、僕はそれを理解させられたのだった。


 視線にそういう意志を込めることのできる強者。

 向かってきている男は第二騎士団団長、ステファン・クロンヘイムである。



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