130_それぞれの戦場

 霊峰の南側、中腹。

 ロルフたちとほぼ時刻を同じくして、レゥ族も接敵した。

 北側と違い、こちらは霧が薄く、前方が見渡せる。


「これは……ツイてるかもしれん」


 レゥ族兵の誰かがそう言った。

 見渡した先に展開しているのが第二騎士団だと気づいて漏らした感想だった。


 少なくとも最悪の相手、第一騎士団は引かずに済んだ。

 第二騎士団と済生軍のどちらが強いかは判断の分かれるところだ。

 王国序列二位が伊達であるはずは無く、市井しせいに問えば第二騎士団と答える者の方がおそらく多い。

 だがその一方で、戦場に立って彼らを相手取る者は、また違った考えを持つ。


 魔導の大部隊との戦いは多くの者にとって未知であり、警戒せざるを得ない。

 どのような戦いになるか、予測が立ちづらいのだ。

 そうなると、第二騎士団の方がマシということにもなる。この戦場に居る敵勢力のうち、最も与しやすい相手ということに。

 それを思い、男は「ツイてる」と漏らしたのだ。

 決して、敵を侮ったつもりは無かった。


 だが十数分後、彼は自らの不見識を知った。

 侮っていたのだ。

 第二騎士団は、彼の想像を超えて強かった。


「おおおおおっ!」


「ぐぁっ……!」


「出すぎるな! 各個撃破されるぞ!」


 レゥ族の部隊長が声を張りあげる。

 それを掻き消すように、圧力のある攻撃を正面から展開してくる第二騎士団。

 レゥ族兵が一人、また一人と、斬られ、刺し貫かれていく。


 当然の如く精鋭ぞろいの第二騎士団だが、その本領はハイレベルな連携にあった。

 彼らは決して隊列を崩さず、確実に歩を進めながら戦っている。

 巧みに多対一の状況を作りながら、レゥ族兵を討ち減らしていくのだ。


「自陣内に引っ張り込め!」


 レゥ族は、敵を誘って引き込み、第二騎士団の強固な隊列を崩そうと試みた。

 だが、騎士たちは誘いに乗らず、横の連携を保ったまま進んでくる。

 そして確実にレゥ族を削っていった。


「崩されるぞ! 踏み留まれぇ!!」


 必死に抗うレゥ族。

 彼らは決して弱くない。

 むしろ、かなり強い部類に入る。

 何せ先の戦いでは、アルテアン領に攻め込み、そして陥落させたのだ。


 その直前に、王国領は立て続けに二つも陥落しているため、印象が薄れる感はある。

 だが王国から領土を切り取るというのは、歴史に特筆される大事件だ。

 ヴィリ族、ゴルカ族と同様、レゥ族もそれをやってのけた氏族なのである。


 だがこの戦場には、シンプルな、そしてレゥ族にとって不本意な事実がある。

 第二騎士団も強いのだ。


「前進やめ! 障壁張り直せ! 矢が来るぞ!」


 油断なく、そう指示を飛ばすのは、第二騎士団副団長のアネッテである。

 堅実な用兵だった。

 もっとも、アネッテは堅実より速攻を好む傾向にあり、我慢を強いられる用兵は好きではない。

 今回の戦闘プランは参謀長のフェリクスによるものなのだ。


 アネッテとしてはその点が気に入らないが、とはいえ栄えある第二騎士団の副団長を務める人間である。

 戦いに私心は持ち込まない。

 クロンヘイムに信頼される部隊運用能力を遺憾なく発揮し、騎士たちを的確に動かしていた。


「矢はダメだ! 障壁張られた! もういちど近接でいくぞ!」


 レゥ族も、士気を損なわず戦っている。

 だが攻め切れない。


 隊列に穴を開けても、後列の兵ですぐにそこを埋められてしまう。

 第二騎士団は、前列と後列で即時的に兵を流通させ、軍の回復力を十全に発揮していた。

 完璧な連携である。


 この組織力こそが、まさに第二騎士団の強みなのだ。

 彼らは、完成された全体の力で敵をすり潰す。

 一枚岩と言うべき布陣には、まったく隙が生まれない。


 王国東部の戦線を、目立った損害も無く支え続けた第二騎士団。

 その背景には、ひたすらに磨き上げられた組織の強さがあったのだ。


『雷招』ライトニング


 そこへ聞こえてくる詠唱。

 さして声量の無い詠唱だったが、それは不思議と響き渡った。


 次の瞬間、第二騎士団の隊列を雷が襲う。

 『雷招』ライトニングは雷系の基本魔法だが、現出したのは轟雷と呼ぶべきものだった。


「うわあぁぁぁっ!」


「来たぞ! 奴だ!」


 第二騎士団が警戒を露わにする。

 危険度を最高レベルに定めていた相手が前線に出てきたのだ。

 情報どおり、学者のような風体の優男。

 だが強さは折り紙つきである。


「よし、いこう」


 彼の言葉に、傍らのエリーカ、ギード、グンターが頷く。

 全員の瞳に信頼がたたえられている。

 そして魔法を放った男、ヴァルターは、前方の敵を見据えていた。


 ◆


 反体制派のリーダー、デニスは、霊峰の東側で開戦を迎えていた。

 岩ばかりの山は荒涼としており、普段ならそこに熱など感じない。

 だが、早くも両軍は激しく衝突しており、怒号と熱気を周囲に振りまいていた。


「いやー、こんなことになって残念だね」


 デニスは言う。

 "こんなこと"とは、人間同士が戦うことだ。


 彼は国への反抗を指揮してきた者であり、すなわち人間と戦ってきた。

 だが、戦場で人間の集団同士がぶつかり合うという状況は初めてである。

 これまでの戦いとはわけが違う。戦争なのだ。


「悲劇だよ」


 誰に告げるでもなく零すデニス。

 反体制派と済生軍。同胞であるはずの人間同士だ。

 それが戦っている。


 魔族に対する反抗が組織化され、それが広がり、やがて国が出来上がった。

 それがロンドシウス王国の成り立ちである。

 建国の時点から、魔族との戦いを命題とする国なのだ。


 その国で人間同士が戦っている。

 戦場で、叫び声をあげながら殺し合っている。


「いや、ままならない。ままならないよなあ、世の中」


 デニスは嘆息した。

 冗談めかした軽い口調だが、本音である。

 戦わなくて済むなら、その方が良いに決まっている。


 だが、彼と彼の家族を襲った悲劇は許容し得ぬもので、同じようなことが国の各所で起きているのだ。

 それを思えば、戦いを選ばざるを得ない。

 戦いもまた悲劇であることが分かっていても。


「おっと!」


「がっ……!」


 襲いくる敵の刃を躱し、返す刀を振り入れるデニス。

 現役からは退き、今はデスクを居場所とする男だが、もともと名うての傭兵である。

 領内で知らぬ者は居ないほどに高名なのだ。

 最盛期のデニスには、今の自分もまったく敵わない、とフリーダは述懐する。


 さすがにそのころの力はもう無いが、しかし戦士としてのキャリアを全うし生き延びた者の凄みは、余人に測れぬものがある。

 彼は当然のように老獪で、そして周りがよく見えていた。

 何より感情の制御に長けており、死が乱れ飛ぶ戦場にあっても、普段とまったく変わらぬままなのだ。


 だが「人の死に慣れているのか」と問われれば、その時は彼も不快感を禁じ得ぬことだろう。

 確かに長く戦い、多くの死に立ち会ってきた。

 だが慣れることなど無い。

 彼はただ、受け入れるすべを知っているだけなのだ。


「デニス! 敵は済生軍みたいだけど、様子が変じゃないかい?」


 戦いながら傍らに来たフリーダが問う。

 デニスには質問の意味が分かっていた。


 相手は済生軍だが、その多くが剣や槍を装備しているのだ。

 済生軍の代名詞と言うべき魔導士が少ない。


「軍を分けたんだろうな。本隊と言うべき魔導部隊は、別方面に回したんだよ」


「そういうことか」


 デニスもフリーダも、「ナメやがって」と、剣を握る手に力を込めたりはしない。

 彼らにそのような価値観は無いのだ。

 特にデニスは口元に笑みすら浮かべていた。


「妥当な評価を頂けたようで」


 そのデニスに、槍が二本突き込まれてくる。

 剣を振るって一本を捌き、そのまま敵を斬り伏せた。


「がは!」


「げぁっ!」


 もうひとりの敵はフリーダが倒していた。

 彼女が動いてくれることは分かっていたのだ。

 楽ができる場面では楽をするというのがデニスの信条である。


 予想どおりにフリーダが動かなければ危なかった場面だ。

 それが分かっているフリーダは、やや非難がましい視線を向けるが、デニスには気にしたふうも無い。


「年寄りには楽をさせろよな」


 それが敬老精神だ、とばかりに言い放つデニス。

 彼はまだ四十代だが、くさして自身を年寄りと主張したがる壮年は珍しくない。

 しかしデニスのそれは、フリーダにしてみれば鬱陶しいのみだ。

 戦場に居る時点で老いも若きも関係ないのだから。


 だがデニスに言わせれば、フリーダの頼もしい戦いぶりこそが、彼に老いを自覚させるのだ。

 後進の台頭ほど、人に歳を意識させるものは無い。

 フリーダの見せる流麗な剣技は一流と言って良いもので、彼女を昔から知っているデニスとしては、時の流れと人の成長について考えてしまう。


 彼から見て、フリーダには危うい時期もあった。

 男に対するやや拗らせた敵愾心や、危険を冒すことを上等の証と捉える思想が垣間見えたのだ。

 それは腕の良い女傭兵にしばしば見られる過ちで、そのままでは不幸な末路へ至っていたかもしれない。


 しかし彼女はただしく成長し、世界の趨勢に関わる戦いへ、こうして最前線で参加している。

 人としての正道を歩いてくれているように見える。

 デニスはそのことが嬉しい。


「ちょっと、なにニヤニヤしてんの? 戦場だよ?」


 辛い目にも遭ってきた彼女だが、きちんと強さと気高さを手にしてくれた。

 その原因の一端は、あの男、ロルフにもあるのだろう。

 ならば彼女の保護者として、返すべき恩があるというもの。

 それを思い、剣を振るう。


「ほっ!」


 巧みに敵を退けるデニス。

 フリーダの美しい剣技もあり、二人は戦場の注目を集め始めていた。

 当然そこには、強い戦力が向けられる。


「向こうだ! あの男と女をやってくれ!」


 周りに導かれて出てきたのは、デニスと同年代と思われる男だった。

 中肉中背で、だらりと下げた腕に剣を持っている。


「神器は持ってこなかったのか?」


「要らんよ、あんなもん。多分リスクあるしな」


 目の前の男らの会話に、デニスは警戒感を強める。

 教団は、神器と称せられる強力な武器を幾つか所蔵している。

 この霊峰にもあるはずだ。

 男の手にその神器は無いようだが、彼はそれを持つことを許されるレベルの者ということだ。


「スヴェンです。よろしく」


「これはご丁寧にどうも。デニスです。こっちが娘のフリーダ」


「娘じゃないから」


 戦場に似つかわしくない挨拶を交わしながら、デニスは内心で溜息を吐く。

 本隊の魔導部隊と戦わずに済んだと喜んだのも束の間、やはり楽はできないらしい。

 何せ、スヴェンと言えば済生軍最強の剣士である。


 心の底から御免こうむりたい相手。

 だが残念ながら、戦いは避けられないのだ。



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