124_模擬戦

「で、どうなの? そいつの腕のほどは。あんまり失望させて欲しくないんだけど」


 会合が終わり、俺たちは互いに勝利を誓って会議室を後にした。

 アルバンとドゥシャンは、デニスに声をかけ、連れ立って出て行った。

 人間との溝を埋めるため、一席設けてあるらしい。


 そのへんは文官に任せ、俺は俺でレゥ族の面々と向かい合っている。

 こちらの腕前を確認しておきたい、という先方の求めに応じ、俺たちは訓練場にやって来たのだ。

 かつて領軍が使い、今はアーベルの駐留軍が利用している場所である。


 先方の求めと言っても、ヴァルターは申し訳なさそうに頭を掻いている。

 これを望んだのは、彼の随行員のエリーカだ。

 ずいぶんと勝気そうな女性で、訓練場に着くなり、俺の力量について訊いてきたのだ。

 それに対しリーゼが答える。


「あんたんとこの英雄サマより余程強いわよ」


「はぁ? 協力を求めておいてその言いぐさは何?」


「それはお互い様でしょ。あんたこそロルフに失礼な態度とらないで」


 会合中から、リーゼとエリーカが旧知であることは何となく分かっていたが、どうも互いの態度に棘がある。

 気安さも見て取れるし、不仲というわけではないと思うが。


「ヴァルターが居なきゃ、今度の戦いは勝負にならないんだからね!」


「それはロルフも同じですぅー! むしろロルフの方が強いし重要ですぅー!」


「あんたアタマ沸いてんじゃないの!? そいつがヴァルターに勝てるわけないでしょ!!」


「本気!? うちのロルフの方が百倍強いわよ!!」


 何だろう。

 何が始まったんだこれは。

 帰って良いのだろうか。


 やや困惑する俺へ、ほかに二人居たヴァルターの随行員が小声で伝えてきた。

 ちなみに二人は男性で、名はギードとグンターというそうだ。


「エリーカはリーゼ殿と同じく、レゥ族の族長の娘なのだ」


「同い年で、子供の頃から何かにつけて張り合っているらしい」


 なるほど、二人は同じ立場にあるのか。

 どうやらライバルのようなものみたいだ。


「ヴァルターがどれだけ強いか理解してないでしょ! アルテアン領の戦いでは『赫雷』イグニートスタブで敵将を一撃だったんだからね! 分かってる? 超高難度魔法よ!」


『赫雷』イグニートスタブ? ああ、アーベルの戦いで、ロルフが斬った魔法ね」


「滅茶苦茶言ってんじゃないわよ!!」


「事実よ!!」


 さらにヒートアップしていく二人。

 ヴァルターはおろおろするばかりで、ギードとグンターは額に手をあて溜息を吐いている。


 俺が止めた方が良いんだろうか。

 そんなことを思っていると、エリーカがこちらにつかつかと近づいてきた。

 彼女は慣れた動作で剣を抜く。

 そして鋭い風切り音のあと、切っ先が俺の喉元に突きつけられた


「ふん! ぜんぜん反応できないじゃない!」


「お、おいエリーカ!」


「人間とは言え、約定ある相手にそれは駄目だ!」


 ギードとグンターが諫めるが、エリーカは口を三日月にして勝ち誇っている。

 俺はと言うと、手に持った短剣を返すべきか迷っていた。


 初太刀に目を引いて、本命の短剣を突き入れる戦法であることはすぐ分かったので、一応、エリーカの腰から短剣を抜き取ったのだ。

 殺気が無かったから放置でも良かったが、短剣を失った場合の技の展開に一瞬、興味を覚え、つい動いてしまった。

 彼女が短剣を奪われたことに気づいていないので、特に展開は無かったが。


「これ……」


 その短剣を差し出す。

 柄に綺麗な彫りが入った、中々の業物だ。


「え……」


 彼女は俺の手にある短剣に気づいたあと、自分の腰に目を向け、ぶら下がる空の鞘を見た。

 次に笑顔が強張り、そしてその顔が真っ赤に染まる。


「あーーーっはっはっは! 取られてるじゃん! 剣、取られてるじゃん!」


「~~~~~~!!」


「"ふん、ぜんぜん反応できないじゃない" だっけ? ねえ、もっかい言って! さっきのもっかい言って!」


「ぐぐ……!!」


 腹を抱えて大笑いし、煽るリーゼ。

 エリーカはぶるぶると震えだしてしまった。

 ギードとグンターは目を見開き、驚いた表情をしている。


「だ、だから何よ! ヴァルターの方が強いのは変わらないわ!」


「悪いけどそれは勘違いなのよね。あんたは剣を取られたことにも気づかない程よわよわだから、強さについて理解できないんじゃない? 私はロルフを理解できてるけど」


「もういちど言ってみなさいよ!!」


 俺は剣士、ヴァルターは魔導士である。

 そして剣士と魔導士は、戦場における運用方法がまったく違うので、単純に強さを比較できるものではない。

 研鑽のほどを競い合うのは良いが、適切な相手と競う方が建設的だ。

 それは割と常識的な話で、二人にも分からぬはずは無いのだが、どうも理屈の外で口論を続けている。


「ロルフは『凍檻』コキュートスに閉じ込められても、それを斬って生還したのよ」


 ふふんと胸を張るリーゼ。

 その姿を見て、俺はなるほどと胸中で手を打つ。

 彼女は俺を自慢したがっているのだ。

 俺という友を誇ってくれている。


「さっきから妄言のスケールが滅茶苦茶なのよ!」


「事実だっつってんでしょ!」


 誇りたいと誰かに思ってもらえているなら、誇られるに相応しくあるべきだ。

 意気に感じるとはそういうこと。


 騎士団では大切な人たちを失望させてしまった。

 自分の歩んだ道を恥じてはいないが、期待に応えられなかったのは事実だ。


 この場面で一歩を引くのは正しくない。

 信じてくれているリーゼに、恥をかかせてはならないのだ。

 自身の強さを強調すべき場面だろう。


「フッ。俺に勝てると思っているのか」


「きゅ、急にどうしたの?」


 リーゼが困惑している。

 台詞を間違ったかもしれない。


「あ、あの。強い弱いはともかく、手合わせするのは構いませんよ。魔法を斬るって話、僕も興味がありますし……」


 ヴァルターがおずおずと言った。


 ◆


 距離を取って向き合う俺とヴァルター。

 頭を掻きながら、恐縮したように彼は言う。


「貴方が魔法を斬るって話は聞いてました。それで、一体どういうものなのかと……。ここに来たのはそれを見せてもらうという目的もあって……」


 申し訳なさそうな口調だが、彼の目には、興味や探求心といったものが強く見て取れる。

 会った時、彼のことを学者のような風貌だと思ったが、あながち間違っていないようだ。

 その探求心のもと、彼は今の強さへ至ったのだろう。


「魔法を斬れるのは、この剣があるからだ」


「おお! それが煤の剣ですね! 貴方しかさわれないという……!」


「それ以前に魔法を剣で捉えられるわけないでしょ!」


「ロルフにはできるんですぅー!」


 まだ騒いでいる。

 確信できたが、やはりこの二人は仲が良いようだ。


「えーと……ははは、何かすみません」


「謝罪なんか止してくれ。それより、あんたは敬意と信頼を得ている。俺も魔族社会でそうなる必要があるんだ。色々手本とさせてもらいたい」


「今さら殊勝に振る舞っても遅いのよ! 魔法なんか斬れませんって言いなさい!」


「ロルフ! そういうのいいから! 負けたらぶっとばすわよ!」


 ………………。


「あの、やっぱり何か、すみません」


「こちらこそ」


 そう言って、両者構えをとる。

 リーゼとエリーカはまだ何か騒いでいるが、俺はその音を世界から消した。

 対面するヴァルターの表情はさっきまでと打って変わり、細めた目で俺を見ている。

 彼も今、俺と同じ世界に居ることが分かる。


 ずしりと周囲が重くなった。

 空気が質量を主張している。

 フェリシアと相対あいたいした時も、この感覚を味わった。

 だが、感じる重さはあの時を大きく超える。


 渦巻く魔力の奔流を纏い、ヴァルターが杖を構えている。

 本来なら踏み込んで斬りかかる場面だが、これは力を見せ合う場。

 彼は魔法を見せ、俺は魔法を斬らねばならない。


 だが、ここが戦場だったとしても、俺は踏み込まなかったと思う。

 彼が纏う魔力は図抜けており、そして全身に油断ならぬ迫力がある。

 あそこに踏み込むのは危険だ。


 その警戒を裏付けるように、更に空気が重くなり、そして冷えた。

 呼応して、俺の精神も一段深い場所へ潜り、集中を強める。

 次の瞬間、ヴァルターが詠唱した。


『風刃』ブリーズグリント!」


 発生が速い。

 詠唱が終わるや、ほぼ……いや、一切タイムラグ無く、風の刃が射出された。


 そして数がおかしい。

 この魔法で生成される風の刃は、通常一つだ。

 稀に熟練の術者が二つを同時に撃ち出すらしいが、いまは、俺に向けて六つの刃が飛来している。


 そのうえ不可視である。

 『風刃』ブリーズグリントは魔力光を纏うため、刃の位置が相手に知れてしまう。

 だから技術によって上手く魔力光を抑えることが重要なのだ。

 それでも押さえ切ることは通常不可能で、そこは運用の仕方でカバーするのが常であった。


 だが、飛来する刃は見えない。

 凄い。驚くべきことだ。

 エリーカがあれだけ誇るのも頷ける。


 だが風である以上、音はするし、肌で感じることもできる。

 だから六という数も分かった。

 聴覚と触覚で対応できるなら十分だ。

 俺は全身を脱力し、それと反比例するように感覚を最大限高め、刃を捕捉する。


 …………!

 見事な技術だ。

 六枚の刃は、すべてが俺の体をギリギリ掠める位置と角度で飛来している。

 完璧にコントロールされているのだ。


 こちらも全力の剣技で応えねばならない。

 俺は脱力した体に一瞬で力を込め、剣を振った。

 一振りで刃を二枚。三振りで六枚を処理する。


 ひゅっと消失音が響き、すべての刃が無くなった。


「えっ?」


 エリーカが声を上げた。

 ギードとグンターは声を失っている。

 そしてリーゼは腕を組み、満足げだ。


「ふふん!」



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