123_歴史的会合

 俺はヘンセンを南へ出て、旧領都アーベルに来ていた。

 アルバンと、ゴルカの族長ドゥシャンも来ている。それとほかの文官たち、そしてリーゼも一緒だ。

 レゥ族と反体制派。これからその代表たちと、決戦に向けて最後の意識合わせを行うのだ。


 会合の場所は、普段アーベルの参事会が使っている会議室である。

 俺たちは、その室内で先方を待っていた。


 それにしても、このアーベルに来たのがずいぶん久しぶりに思える。そう時が経っているわけでもないのだが。

 こう目まぐるしく状況が変わる日々の中に居ると、少し前のことが遥かな過去にも感じられてしまう。


 あの官舎を訪れてみようかと思ったが、今日は時間が無い。

 今度あらためて、ミアと共に行くとしようか。

 官舎での日々は、俺にとって価値ある思い出だ。

 彼女にとってもそうであってくれたら嬉しい。


「ロルフ。反体制派の代表が着いたみたい。もうすぐここに来るわ」


「分かった」


 リーゼに答え、懐から一枚の手紙を取り出して、再度目を通す。

 フリーダがヘンセンの議会へ宛てたものだ。

 首尾よく反体制派の合意が得られたことを伝える手紙だった。


 吉報である。最も欲しかった報せだ。彼女は本当によくやってくれた。

 あのアールベック子爵邸の地下で会った時からずっと、とても頼りになる人だ。


 いま、俺を取り巻く誰も彼もが、同じ目的に向けて邁進、腐心している。

 フリーダやトーリら人間たちは、渉外に情報収集にと時間を惜しんで動き続けている。

 それにヴィリもゴルカも、魔族の高官たちは日々、計画を詰めているのだ。

 そして戦いに向け、たゆまず訓練を続ける戦友たち。そこにはトマスやダンのような新たな希望も加わってくれた。


 皆がひたすらに同じ方向を見据えている。

 それを思うと、どうも熱に浮かされるような感覚に包まれる。

 どうやら俺は、この状況に軽い高揚を覚えているらしい。


 守るべきものがあって、目的があって、そして共にそこを目指す者たちが居る。

 これだけで、こうも日々は意味を持つのだ。


 そんなことを思いながら、フリーダの手紙に目を落とす。

 それにしても、前回のタリアン邸へ救援を願う手紙でも思ったが、妙に丸みのある可愛らしい文字だ。

 彼女のイメージと少しばかり合わない。

 そんな、やや失礼かもしれないことを考えていると、部屋に入室者があった。

 数名の随行者を連れて現れたのは、反体制派の代表者だ。

 俺たちは起立して迎える。


「呼びかけに応じてくれてありがとう。ヴィリ族の族長、アルバンだ」


「ドゥシャンだ。ゴルカ族の族長をしている。今日の出会いに感謝する」


「デニスです。アルテアンの傭兵ギルドの長で、反体制派の、まあ、リーダーですな」


 続いて、俺やリーゼたちも挨拶をして、それぞれ席についた。

 デニスは、挨拶の際、俺を興味深げに見つめていた。


「にしても、まさかこんな日が来るとはね。驚いてますよ」


 席に着くや、彼が言う。

 嘆息しながら肩をすくめていた。


「魔族なんぞと手を組む日が来るとは、かな?」


「そうですが、"なんぞ"とは言わない方が良いでしょうな、ドゥシャン殿。正規の同盟でこそないが、同じ目的のために手を組むのですから」


「然り。我らの間に上も下も無い。その思いが何より重要だ」


 アルバンの言うとおりだ。

 それさえ分かっていれば、共に戦える。


 まだこの場に、ぎこちなさは多分にあるが、この戦いが終わればそれも変わっているはずだ。

 魔族と人間が手を組んで戦いに勝つという前例を作ることができれば、それは歴史において宝石のような価値を持つと俺は信じている。


「ロルフ殿。フリーダがよろしくと言ってたよ」


「いま彼女は?」


「旧アルテアン領で傭兵たちを纏めてる。大丈夫。みんな言うこと聞いてるよ。彼女、凄く人気あるから」


 人気か。頷ける話だ。

 あの器量にあの剣技だからな。

 気風の良い性格も、戦う者たちから好まれることだろう。


「彼女、君のことを話す時、やたら熱っぽい目をするんだよ。傭兵たちに恨まれるようなこと、しない方が良いかもよ」


「していない。二度ほど裸を見たが、それは───」


「駄目だろそれ」


「いや、不可抗力で」


「隣を見た方が良いよ」


 デニスの言葉に従い横を見ると、リーゼが物凄い目で俺を睨んでいる。

 なるほど、どうやら俺の不徳だったようだ。

 前後の事情がどうであれ、女性の裸を見てしまうような無作法に及んだのなら、ただ反省すべきなのだ。

 不可抗力などと言い訳をする時点で、心得違こころえちがいというものなのだろう。


「分かった。大いに反省する」


「………………」


「分かってなさそうだけど、まあ良いか」


 にやりと笑うデニス。

 それからリーゼの顔を見て、興味深そうに言った。


「人間と魔族がね。それが叶えば……ふむ、まあ」


 どこか感慨を感じさせる声音だった。

 よく分からないが、アルバンとドゥシャンが得心したように頷いている。


「お着きになりましたよ」


 そこへ係の者が声をかける。

 レゥ族の代表も来たようだ。


 旧アルテアン領を含めたレゥ族の支配地域からこのアーベルへ来るには、途中イスフェルト領を、つまり王国を通らねばならない。

 元より氏族間の交流はあり、隠密に行き来できるルートも確保されているそうだが、それでも重責ある者がおいそれと来られるものではない。

 にもかかわらず、彼は現れた。


「ど、どうも。ヴァルターです」


 先のアルテアン領奪取でも活躍した、魔族の英雄ヴァルターだ。

 無造作に伸ばした髪に、線の細い体。

 浮世離れした学者のような風貌だった。


 先ほどと同じように挨拶を交わす。

 そのたび、や、どうもどうもと妙に恐縮するヴァルター。

 対照的に、彼に随行するレゥ族の者たちが俺やデニスへ向ける視線は、やや険しい。

 現状、仕方の無いことだが。


「では始めよう。まずはヴィリ・ゴルカ側の編制から。リーゼ」


「はい」


 アルバンの指示を受け、リーゼが説明を始める。

 決戦へ向け、最後の会合が始まった。


 ◆


「これにより、三正面作戦が確定しました。北からヴィリ族とゴルカ族。南からレゥ族。そして東から反体制派が攻め入るかたちです」


 常に無く整った言葉で説明するリーゼ。

 表情がやや凝り固まっている。緊張しているようだ。

 この会合が重要を極めるものであると分かっているのだ。


 彼女も緊張などするのだな、と考えていると、それが顔に出ていたのか、ぎろりと鋭い目を向けられた。

 今日はよくリーゼに睨まれる日だ。


「デニスさんたち人間側と、よく渡りが付きましたねえ」


 ヴァルターが言った。

 敵意は無く、ただ驚きを声に乗せただけのものに聞こえる。


「要するに、世界が新たな局面を迎えつつあるということでしょうな」


「そう。俺がこの場に居ることが、ひとつの証左だよ」


 デニスの言葉を俺が補足する。

 何せ将軍なのだ。皆と違う色の肌を持つ者が、軍を率いている。

 それにヴァルター一行は、このアーベルに来て、魔族と人間が協業する光景なども見ているはずだ。

 これらの事実に、一定の説得力はあることだろう。


「まあ、心配は分かります。わだかまりはありますよ。でも」


 頭を掻きながらデニスは言う。


「この戦いに勝ち、生きて再会できたら、我々の関係も変化するかもしれません」


「ええ、それを望みます」


 ヴァルターが答え、皆が頷いた。

 その点から言っても、この戦いは重要なのだ。


「まあ、当初から三正面作戦が望まれていたわけですし、それが成るなら重畳ちょうじょうというものですよね」


「そうね。で、リーゼ。敵軍に関する予想は?」


 ヴァルターに続いて発言したのは、彼の随行員のひとりで、エリーカという女性だ。

 どうも口ぶりから言って、リーゼと旧知らしい。


「まずは当然ながら済生軍。それから、ロルフの予想では第一騎士団が出てくるわ」


 王国最強、第一騎士団の名をリーゼが挙げると、場に緊張が満ちる。

 ヨナ教団にとって霊峰ドゥ・ツェリンは絶対に守らねばならない、信仰の象徴なのだ。

 そしてヨナ教団と王国は、優先事項を共有している。

 ゆえに王国はこの戦いに最高戦力を使おうとするだろう。


「やはり第一騎士団ですか……かの英雄、ティセリウスが出てくるわけですね」


「本当の英雄はヴァルターよ! それを分からせてやりましょう!」


 英雄と称される者の随行員なら、副官のような任を帯びていることだろう。

 慎重な判断を促すのが役割のひとつであるはずだ。

 だがこの二人は、ヴァルターが慎重派で、エリーカが猪突を是とするような関係にある。

 ほかに、もう二人の随行員が居るが、いずれも少し困った顔をしていた。


「それと、ローランド商会から報告が来ている」


 やや重々しく言ったのはアルバンだった。

 卓上に紙束を広げながら、報告の内容を告げる。


「王国は各地で、騎士たちの任地を大幅に組み替えているようだ。見る限り、これは……」


「第一を動かしつつ、かつ第二騎士団も動員するためのもの、か」


 俺が継いだ言葉に、皆が口を引き結ぶ。

 有利な防戦側にある王国だが、対するこちらは大兵力だ。

 もし反体制派の合流まで敵が読み切っていれば、済生軍と第一騎士団を合わせても兵数で劣ることに気づく。

 そうなれば、当然そこを埋めようとするだろう。


 だが、第一と第二を同時に動員するなど、並大抵のことではない。

 たいへんな手腕が必要だ。

 人と物とカネが濁流のごとく動く中、その流れを把握してコントロールし切り、すべての差し障りを排除することで初めて可能になる。

 それほどのブレインが居るのだ。やはり中央は油断ならない。


「ステファン・クロンヘイム……」


 リーゼが口にしたのは、第二騎士団を率いる団長の名だ。

 清廉かつ公正。だが過度に厳格ということもなく、柔軟な優しさを持つ人物と聞く。

 その優れた人品から、清騎士、正道の騎士と称される男だ。

 そして言うまでも無く、恐ろしく強い。


「第一騎士団と第二騎士団。ティセリウスとクロンヘイムが同じ戦場に出てくるとはな」


「加えて済生軍も強いぞ。騎士団と同等以上という評価もある。所属する者の中では、侯爵の息子が有名だな」


「侯爵の子。アルフレッド・イスフェルトですね。確かに彼も要注意です」


 ドゥシャンの述懐を、アルバンが補足した。

 そしてヴァルターが口にした名は、俺も知っている。

 騎士団長に匹敵する力を持つとされる魔導士だ。


 改めて考えるまでも無く、敵の戦力は凄まじい。

 だが、俺たちも打てる手はすべて打ち、策を整えて戦力をそろえた。

 そして士気では決して負けていない。


 勝つのだ。

 至るべき未来のために。



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