113_呼ぶ声

 バラステア砦へ急ぐ俺たち。

 俺と共に先行しているのはシグとリーゼ、そしてリーゼ隊の者たちだ。

 本隊はやや遅れて付いてきている。


 それにしても胸騒ぎがする。

 急がなければ取り返しがつかないことになる。それは分かっている。

 砦をられたら、こちらは全軍が危機に陥るのだ。


 だがそれだけじゃない。

 なぜかは分からないが、とにかく俺は急がなければならない。

 何かが俺を駆り立てるのだ。

 一秒でも早く、あの砦に行かなければならないのだ。


 それを思いながら、馬上で俺は、改めて今回のことについて考える。

 そして自分の見通しの甘さを悔やんでいた。


 出し抜かれてしまった。

 フリーダからの手紙を受けて、タリアン邸を突くという行動に出ていなければ、俺は敵の思惑に気づくこともできなかっただろう。


 敵の戦略は、自領を捨てるという本来あり得ない前提に立ったものだ。

 どうやら敵の中でも意志の統一が為されておらず、その結果として、彼らはタリアン領を犠牲にした策を選んだのだ。

 この事態はかなりのイレギュラーだった。


 だが、それを理由に自身を納得させることはできない。

 そもそも、王国も完全な一枚岩であるはずが無いのだ。

 彼らのなかで、異なる行動原理を持つ者たちが異なる挙に出る可能性には気づけたはず。

 それなのに、俺はそこを考えなかったのだ。


 結果、敵に砦を突かれている。

 もし砦が掌握される前に彼らを撃退できなければ、俺たちは飛び地で枯死させられてしまう。


 自分が不甲斐ない。

 俺は一軍を任されているのだ。

 ただ一剣を取って戦っていた時とは違う。

 俺の過誤は、俺を信じる者たちへ害となって降りかかるのだ。


 これでは、俺への信頼が過分なものであったことを証明したようなものではないか。

 俺は……。


「おい! おいロルフ!」


 悔恨に沈む俺の思考を、怒声が引き戻す。

 隣の馬上から声をあげているのはシグだった。


「要らねんだよそういうの! 反省だけしてろボケ!」


「…………!」


 犬歯を剥き出しに叫ぶ表情と、その迫力ある声が、俺の心臓に蹴りを入れる。

 痛烈だった。

 だが、馬上だから怒声で済んだのだ。

 そうでなければ、シグは俺の胸ぐらを掴み、頬を張り飛ばしていたことだろう。


 いつもシグに纏わりついている少年、アルノーのことが思い浮かんだ。

 シグにもヘンセンに守るべき者が居り、焦燥に近い感情もあるはずだ。

 だが、悔いても何も始まらないと、彼には分かっている。


 そうだ。この男は正しい。

 反省は必要だ。繰り返さないよう、省みなければならない。

 だが悔恨には意味が無い。彼の言うとおり、そんなものは要らない。

 悔やみ、思い悩むことで、何になると言うのか。


 そもそも、俺はきっとこう出来たはず、などと考えるのは思い上がりだ。

 出来なかったのだ。その事実を受け止め、そして、すべきことをするのだ。


 それと重要なことを忘れてはならない。

 いま敵の思惑に気づいて砦に向かっているのは、偶然の結果などではないのだ。


 フリーダは、俺を信じたから助けを求めてくれた。

 その結果、俺たちはタリアン邸へ突入することになった。

 そしてそこで、同じく俺を信じてくれるカロラから、敵が北を突こうとしていることを知らされたのだ。


 これは下らぬ運命論とは違う。

 紡いできた縁があって、信頼があるから、ここへ至れたということだ。

 歩んできた道が意味を成し、その結果、俺はギリギリのところで敵の思惑に気づけたのだ。

 それを忘れてはならない。


 その道を途切れさせないため、俺は持てる力のすべてを使って戦う。

 砦へ急ぎ、敵を倒し、そして守るべきを守るのだ。


 決意を新たに前を見据える。

 まもなく砦に着くはずだ。

 そう考えるや否や、リーゼとシグが声をあげた。


「ロルフ! あれ!」


「はっ! こういう展開かよ!」


 前方にバラステア砦が見えてきた。

 幸い、敵はまだ砦を掌握できていない。

 それどころか、その砦からは火があがっていた。


 砦を確保したい王国軍が、その砦を燃やすはずが無い。

 失火か、あるいは魔族側があえて火を放ったのか。


 いずれにせよ、あれは好材料だ。

 王国軍の足並みは見るからに乱れている。


「ロルフ! 策はあるの!?」


「正面突破だ! 敵の隊列は崩れ、門の周囲も薄い! 一気に突入し、敵を排除する!」


「いいねえ、正面突破!」


「中には民間人も居るし、時間が無い……。それしかないわね! よし、いくわよ!」


 俺たちは、意を決して敵の隊列に飛び込んでいった。


 ◆


 私は、ロルフとシグ、それに私の部下三十余名と共に、敵が布陣するバラステア砦へ突っ込んだ。

 火勢に狼狽える敵の虚を突き、一気に門を突破する。


 そして門の内側へ飛び込んだ私たちを出迎えたのは、敵軍と砦の防衛隊が戦っている光景だった。

 防衛隊も敵を押し返そうと頑張っているけど、隊列はだいぶ崩れている。

 既に砦内部への敵の侵入を許してしまったようだ。


「ロルフ! 敵がもう中に!」


「俺が突入する! 内部に侵入した敵を掃討しつつ、民間人を助ける!」


 そう言ってロルフは馬から飛び下りた。

 私たちも下馬し、すぐさま戦闘に入る。


「リーゼ! ここを頼む! 防衛隊の指揮系統が死んでるから、彼らと連携してくれ!」


 ロルフはそう叫んで走り去った。

 見ると、確かに防衛隊には指揮が利いていない。

 彼らを立て直して、こちらの指揮下に組み入れる必要がある。


 それでも数ではだいぶ劣るが、ここに居る私の部下たちは最精鋭。

 無茶な行軍にも付いてくることのできた、直接の麾下きかだ。

 それに、ロルフが認めるこの男も……ん!?


「おぉぉぉうるぁぁぁぁーーーー!!」


「なにやってんのよアンタ!?」


 シグがいきなり敵の隊列に突っ込んでいった。

 そして、瞬く間に三人を斬り伏せる。

 凄い強さだけど、そんな場当たり的な戦い方では……。


「隊長ーー!」


 え?

 シグが倒した中に敵の部隊長が居たらしい。

 中級指揮官だったらしく、敵たちが血相を変えている。

 ぱっと見では、そこに指揮官が居るとは分からなかったけど、シグは気づいたみたいだ。

 そう言えば、彼には"嗅覚"があるってロルフが言ってた。


「ボサっとしてんじゃねえ! 動けハゲ!」


 ハゲとはひょっとして私のことだろうか。

 どう考えてもハゲてはいないんだけど、私の目を見て言ってるし、私のことらしい。

 まあ、アイツとはあとで話し合うとして、今は行動しなければ。


「防衛隊のみんな! 聞こえる? ヴィリのリーゼよ!」


 まだ敵を押し返すべく踏みとどまっている防衛隊に、大きく声をかける。

 圧倒的不利な状況下で、この時点まで頑張ってくれている彼らは、心身ともに間違いなく強者だ。

 しっかり連携をとることができれば、頼もしい存在となるに違いない。


「左に寄って、隊列を固めて! こちらとの挟撃を意識して!」


 あえて敵に挟撃の意図を知らせ、意識を分散させる。

 防衛隊は疲労を蓄積させながらも、私の声に反応し、表情に戦う意志を見せてくれた。

 そして彼らが隊列を組み直すのを確認し、私は部下と共に突っ込む。


「いくわよ!」


 ◆


「せぇあっ!!」


 俺は敵を斬り伏せながら砦の内部を走っていた。

 火の手はなお勢いを強めているが、まだ敵は多い。

 だが廊下で会敵するぶんには、多対一の状況になり難い。

 連戦と強行軍の疲れはあるが、まず負けはしない。


 敵を倒しつつ、民間人も救わなければ。

 そう思って三階まで来たが、今のところ民間人は見つかっていない。

 だが幸いなことに、遺体も無かった。


 人々は敵から逃れて三階まで来ていると思ったが、首尾よく脱出してくれたのだろうか。

 もしそうならありがたいのだが。


 それを思いながら、ばちりと火が爆ぜる廊下を走る。

 このあたりは火の回りが早い。


 それにしても、畏塊熊イカイグマの革の耐火性能は大したものだ。

 火の近くでも、まったく行動を阻害されない。

 この外套を仕立ててくれたディタと、彼女に優しさを教えた母君に感謝せねば。


「貴様! ロルフ・バックマンか!?」


「こちらへ来ていたとはな!」


 王国騎士の多くは、俺の素性に気づいた。

 このデカい体と黒い剣は目立つうえ、そもそも敵対する人間である時点で、今は俺とシグしか居ないからな。

 あくまで"今は"だが。


「ぐぁっ!?」


 斬りかかってくる王国騎士を、俺は都度、倒していった。

 そして倒した敵の亡骸を踏み越え、なお走る。

 敵には何度も会ったが、未だ民間人は見当たらない。


 やはり脱出できたのか?

 そうであれば重畳ちょうじょうだが、どうにも安心できない。

 焦燥感を俺にもたらしていた存在が、今もまだ何かを言っているのだ。


「いや……だが、なんだ? …………分からない。何か……どこだ?」


 燃える廊下に立ち止まり、呟く俺。

 俺は今、明らかに要領を得ない行動をとっている。

 だが、無視できない何かが、俺に語りかけてくるのだ。


「何を言っている? 俺にどうせよと言うんだ?」


 何なんだ。

 言っておくが、俺は女神を信じない。

 お前が何者かは知らないが、この戦いは、大地に生きる者たちが、自らの責において───


「……下? 下とはどういう意味だ?」


 どうにも煩わしい。

 俺は今、急いでいる。見れば分かるだろう。


 なんだ? それは怒りか?

 悪いが、高みから人を見下ろすような存在の怒りを買ったところで、俺はどうとも思わん。


「分かるように言え! 勿体ぶるな!」


 まわりくどい奴だ!

 用があるなら手早く、そして簡潔に伝えろ!

 俺に何かを求めているのか?


「この下か? この下なんだな!?」


 悠長に話している場合じゃないんだ!

 そこに約束が居るんだろう!?

 助けを求めているんだろう!?


「もういい! 黙ってろ! 呼んでいるんだ! 俺を!! 呼んでいるんだよ!!」


 俺は煤の剣を振り上げ、その超重量を全力で足元に叩きつける。

 床は、ばきばきと音をあげて崩れ去った。



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