(五)
「子どもっぽいのはどっちだろうね」
春香は言った。
彼方がすこしうらやましかった。
幽霊の話は創作だろう。そんな話をでっちあげてまで仕返しするのはやりすぎのような気もしたが、同じ話を何度も繰り返されていい気がしないのは、春香も同じだった。東条は、したり顔で相手が知らない話をできれば、だれに話をしてるかなんてどうでもいいのだ。春香だって、もちろん、どこのだれでもどうでもいいやつと扱われたくなかった。当然のことなのに、なんで自分はそう言えないのか。
「つよいなあ彼方さん」
春香は言った。
「そうかしら」
「なかなかそういうこと言えないと思う」
「言いすぎだったかな?」
「ううん。私は感心しちゃった」
春香を見る彼方の瞳が、はじめて、すこしだけ泳いだ。照れているのだ。
「まあ、私は口下手なんだよね。自覚はあるのよ。だからついてきてくれる人とそうじゃない人がいるからね」
「私はそういうのちょっと憧れるかな」
「でもいいことばかりじゃないわ。見えるというも」
彼方は言った。
「うん?」
「幽霊ってすごくバカで構ってチャンがおおいの。もうどうしようもないくらい。公園であいつと目が合ったのもたまたまなんだけどね、私、もともと霊媒(ミーディアム)でしょ? だから、あいつ私ならいけると思ったみたい。私のところについてきちゃったの。私にはこの護符があるから、憑いたりなんかできないんだけどね」
彼方は髪飾りを指さして言った。
「でもあいつ、あきらめないの。
「それからしばらくは毎日のように夢に出てきて、なんの包み隠しもなく言うんだ。私は生まれ変わりたいから、あの木のところへやってきて、あなたの身体をちょうだい、って。そんなことを言われて、私が身体を渡すと思う? バカにしてるわ! まあ、なかには、生前のあいつみたいに、身体を捨てたい人もいるかもしれないけどね」
春香は話がおかしな方向に向かっていることに気づいた。
「さいきん、あいつの夢を見なくなったの。やっと私のことをあきらめたのかと思ったら、こんどは教室に現れたんだ。でも、やっぱり幽霊ってバカだから、こんなに人がたくさんいるとだれが私だかわからなくなったみたい。
「わけもわからず見当違いなところばかりウロウロしているわ。そのうち変なことするんじゃないかって、私、見てたんだけど、このごろ授業中に吉井さんの耳元でなにかささやいてるのをよく見るようになった。
「祈りの木の話のほんとうの出所はあいつよ。吉井さんじしんが忘れてるのがいい証拠。あの噂がひろがって、誰かが首吊りの木にやってくるのを待ってるんでしょう。まったく、バカのくせに変なところで知恵が回るのね」
茜はため息をついた。
さっきから訊きたいことがあったが春香は口をはさめなかった。が、いまやっと訊くことができた。
「あの……、彼方さん、あいつってだれのこと?」
「サオリのことよ」
「サオリって?」
「ごめん、言ってなかったっけ?」
彼方はとぼけ顔で言った。
「首吊りの木の幽霊の名前、柚木沙保里って言うの。これも夢で本人から聞いたわ」
「そうなんだ」
春香は言った。
彼方はうなずいた。
「でもちょっとだけ責任を感じてきたかな。元はといえば私が学校までつれてきちゃったようなものだしね。……あいつが勝手について来たんだけどさ。吉井さんの噂話に影響されて、じっさいに首吊りの木まで行く子、そのうちぜったいでてくるよ。授業中のあれ見たでしょ?」
彼方は中指と中指をくっつける仕草をした。
「あれじゃ時間の問題だわ。たいした霊じゃないから、憑かれたところで大きなサワリにはならないでしょうけど、なんかあったら、私、夢見が悪いし……」
彼方は一瞬視線を落とし、ほほに指をあてて考えこんだ。
「やっぱりおばあちゃんに頼んで供養してもらおうかなあ」
「おばあちゃん?」
「私のおばあちゃんはカミサマなんだよ」
彼方はすこしだけ冗談っぽく言った。
「でもそうなると人形が必要ね。乙部さん、いらない人形とか持ってない? 私は……、引越しのときに失くしちゃって、持ってないんだよね」
春香が見たところ、彼方は変な子だった。妄想が強すぎるのか、構ってほしくてウソばかりついているのか。両方ということも十分ありそうだ。友だちにならないほうがいいタイプかもしれないと思った。ただ、春香をまっすぐ見つめる彼方のひとみはとてもきれいだったし、春香の作文を面白がってくれはしたけれども……。
彼方は言った。
「ねえ、よかったら、あとで一緒にオバケ退治に行かない?」
春香は言った。
「いらない人形なら家にあるよ。いいよ、ちょうど私もヒマだったんだ」
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