疾中の微笑み
おり。
疾中の微笑み
私が記憶している中で、一番古い感情といえば、それは途方もない寂しさです。
私が三歳にも満たない赤ん坊の頃、
この兄が、家の中で一番精彩でした。彼の通った後には、必ず泥の足跡が残っていたし、家にある障子の大半は、彼の手によって穴だらけになっていました。彼は地面を
しかし実際、素足で駆け回ることはおろか、外に出たことすらない私にとっては、彼の言っていることの半分も理解できなかったのです。ですが、こちらが曖昧な顔をしたところで、彼は子供ながら機微に
私にとっては、それが何よりも恐ろしい瞬間でした。
兄はよく外で遊ぶせいか、肌は浅黒く焼けており、その
その頃にもなると、兄は学校へ通い始めており、わざわざ
私はそれでも、彼の気紛れな訪問を楽しみにしていました。何に関心を寄せていたのかというと、彼の
彼はよく食べ、よく動いたので、その身体付きは中々にしたたかなものでした。動くたびに収縮される筋肉。角張った鎖骨が浮き出ると、そこに溜まり出した影が、首の位置を変えるほど、滑らかに彼の身体を動き回る様子は、
また、彼の身体から発せられる、あの独特な匂いが好きでした。近づくと、汗の染み込んだ
その匂いこそが、私が初めて
◯
月明かりがガラス戸の向こうから、青白く私の
私は一瞬の夢から覚めた気分でした。洋灯の元、じっと我が身を見てみると、荒れた肌が火傷の跡のようになっていて、所々の皮膚が剥がれているのです。その剥がれた箇所から、また切り傷に似た様子で皮膚が裂け、血の固まったものがこびり付いて、やはり私を醜く見せているのでした。
骨と皮ばかりの身体……。この身体を実感するたびに、私はひどく恥ずかしい思いをしてきました。他人と触れ合えないことではありません。両親に愛情を注がれなかったことでもありません。私が何よりも恥ずかしく思ったのは、私があの兄──英雄のように
ある日の昼間、それはその頃にはめっきり減ってしまっていた、彼の希少な訪問日だったのです。その日私は、彼のその筋肉質な腕に、そっと撫でられました。全くの突然の行為。彼の、今にも私を包み込まんとする
誰が私に罪を断ずることができましょうか。私には歳の近い異性など、兄しか知りませんでした。身を狂わすほどの甘美な感情を、私は兄を想うことでしか慰められなかったのです。その
私にとって兄は一人の男でしたが、数年を経ると、また血を分けた兄に戻っていました。その方が都合が良かったのです。神に背くための都合です。悪魔と通じるための都合です。
しかし私は兄に触れられ、
兄の手に触れられた皮膚は、茹でた卵の
私は
兄の顔を盗み見ることさえ、そのときの私には到底不可能なことでした。湧き上がっていた興奮も、冷や水を浴びせられたように、
兄はどんな気持ちだったのでしょうか。恋人が
兄の心情を推し量るには、私はあまりにも経験不足でありました。しかしその
疾中の微笑み おり。 @user_hyfh2558
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