第15話 その炎は積み重ねた歴史の象徴
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言葉が出ない、とはまさに目の前の男のような状態を言うのだろう。先導御剣が先ほど軍からの連絡を受けてその事実を目の前の男に伝えた後の表情を見て思っていた。
「そっちの上からも今連絡があったみたいだね」
「馬鹿な……! ありえん! 貴様はともかく、他の人間に狩られるなど」
「俺もほっとしているよ。自害はしなくて済みそうだ。代価は気にしなくていい。お前は約束通りここから動かなかった。それだけで俺としては儲けものだ」
七光子天が声を荒らげる理由となっているのはこの戦いの結果だけではなかった。感情を大きく動かす連絡が入ったからだった。
「伊東様はあなたに失望したと仰せです。私が思うに『人間如き下等生物の賭けにのり何もしなかったこと』がお怒りの原因なのでしょう。確かに先導御剣は警戒対象ですが、人間という下等生物を前に呑気にお話? あってはならない醜態ですよ?」
正論だった。何も言えなかった。
(私は傲慢だったのか。――傲慢? いや、ありえない。こんなことが起こっていいはずがない。私の見る目がなかったのか。私の部下は人間にも負けるほど弱かったのか?)
「部下は人間に負けるほど弱かったのか? って顔だな。俺たちがお前らの相手になる脅威だったとは認めないんだな」
「下等種が我々と同格と認めるならば死んだ方がいい」
「俺が思うに、その傲慢がなければもう少しましな戦い方がお前らにはできたと思うがね。まあいい。お望みならせっかくの機会だ。俺が介錯してやるよ」
先導御剣は既に剣を構えていた。刃には銀の炎が灯っている。
「……勘違いするな。たとえ1人になってとしても、埃の集まりは掃除すればいい。そしてお前は脅威であっても、ただ落としにくい汚れというものだ」
既にこの男も剣を握っていた。先導の持つ反った剣ではなく、西洋文化にある直剣を持っている。そして翼には天使兵を思わせる翼が生えていた。
「お? 君も剣を使うのか。いいね」
「これが本来の役割を果たすことはない。これは指揮棒のようなものだ」
直剣の先が天空を指すと共に、終わったと思われた天使兵の更新が再び始まった。空から地上に残るただ1人の人間を狙って降りてくる。
10、20、まだ増える。上級天使の数々のうち半分は地上に残り、もう半分は空からの援護射撃のために残り、万能粒子を素に創り出された槍の多くを先導に向けて発射した。
先導は走り出した。
銀の炎を灯す剣を一振り、天空に撃ち出された銀の炎の斬撃は、先導の呼びかけに応えて大きく膨らみ、槍をすべて炎が食らいつくして天使たちに襲い掛かった。
同時に地上では先導御剣が走り出す。もう一度放たれた撃月、その斬撃を盾に天使へ肉薄したあと、銀の剣は戦場を電光石火で駆け巡り天使兵を1体ずつ斬り倒していく。
(上級天使が目で追えていないのか……?)
ここにもまた誤算があった。先導御剣は速かった。そして銀炎の斬撃があまりにも強かった。
刃に灯る銀の炎は天使兵をさくさくと斬っていく。銀の炎はシールドや盾はあまり効果がなかった。それはこの炎の特性によるもの。
そして先導自体が近接戦闘を得意とする天使兵を翻弄するほどに速く、そして剣技が圧倒的で近接戦闘こそ相手にならない。そのような怪物にこそ遠距離攻撃による支援が要となるのだが。
飛ぶ炎の斬撃が何度も連続で飛んできて支援どころではない。
「数が増えてきたなぁ!」
先導御剣がようやく本来の戦闘スタイルを解放した。それはもう1本の刀を持つ双剣スタイル。
彼の戦いを、銀炎の翼を持つよう、と述べる者は多い。二刀流の剣技から放たれる2つの炎による圧倒的な斬撃が美しい演舞を評価して、という理由もあるにはあるが。
「あの話は本当だったのか」
七光子天が実際に見て驚きの声をあげた、剣に灯る銀の炎を広げ飛翔するこの光景こそ『銀炎の翼』という言葉の理由だろう。
支援攻撃をしようと空に残る天使兵に襲い掛かるのは銀の炎による斬撃の旋風と、その中を地上と同じ速さでザクザク斬り墜落させていく先導御剣本人。
滑空して次々と追加される天使兵まで同じ末路をたどり、しかしその顔には苦労とは無縁の顔を浮かべる。
(おかしい。この男は常軌を逸しすぎている。これは本当に人間なのか?)
もう最後。標的は七光子天。
翼がはためく。
七光子天に青い翼が生えた。呪力で再現したこれは自分が大天使に改造されたときのイメージそのもの。翼ある者の究極の理想形であり、その翼自体も強力な武器となる。
数回、指揮棒の役目を終えた剣と銀の炎の刀が数度ぶつかった。空での戦いは地上にいる軍隊員の注目の的になった。
電が閃く光球を銀の翼が斬り裂く。
巨大な光の剣を銀の斬撃が折る。
翼持つ天使は銀の翼と何度もぶつかるが、どちらが捕食者で獲物かと聞かれれば地上にいる者は間違いなくこう答えるだろう。
銀の翼をもつ剣士こそ翼を折り人外へ踏みだした男を撃ち落とし殺すだろう、と。
七光子天が雄たけびと共に先導の上をとり、七つの光を召喚する。それらはすべて地上に着けば文明を焼き払う隕石のようなもの。
内包するエネルギーは通常人間ではどうにもならないものだが、先導は違った。6つの隕石を銀の炎で破壊し、最大の光に翼と共に突撃。そのまま光は2つに割れることとなった。
攻撃の真ん中を最短距離でぶち抜いてきた男に、自分の2番目に高い火力技を正面からつぶされた七光子天が驚くの無理はない。
準備が遅れた隙に銀の炎の翼が指揮棒を翼ごと斬り裂いた。
「が……はぁ?」
墜落する。人間を前に。自分が?
地面に落ちて、シールドを足場に空に立つ先導御剣を見上げる七光子天は、人間に対して抱いてはならない畏怖を持っていた。
(あれは……本当に人間なのか?)
歯を食いしばる。
こんなことがあってはならない。こんなことはあってはならないのだ。
伊東は翼に選ばれたもの。翼をもつ者。古き人類を終わらせ、人類の次のステージ立つ生命体として完成する生物。
プライドが彼をここで終わらせることを許さない。
腕は戻らなくとも、己を炎として、最後まで天使となる者としての埃を見せるのだと。
「ぐぉおああああああああああああああ!」
部下が見たら自分の身憎さにどれほど嘆くだろうか。一瞬よぎった余分な感情を次には捨て、全身を炎上させ破壊兵器と化し、再び先導の銀の翼へと挑むために飛びあがった。
2つの炎が空を縦横無尽に動き周りながら何度もぶつかる様子が地上からも確認できる、が10秒後その激突は止まった。
先導が地上に戻ってきた。七光子天が自分を核に巨大な炎の塊となり地上へと接近する。先ほどの隕石の如き攻撃よりもさらに強力な力を持ち、地上の要塞を焼却しようと襲い掛かる。
先導は動じなかった。
「歴代の守護者が警鐘してきた初代守護者の銀の炎。神人と悪霊に抗ってきた歴史と過去の戦士たちの執念がこの炎を燃やすための薪となってきた。故に炎はすべてを覚えている」
剣を構え――振りぬいた。
〈銀翼撃月〉。守護者第一位の放つ銀炎の斬撃。特にこの名前を念じて放つ場合、先導がこの一撃で決着をつけると覚悟して放つ最大火力となる。
その炎は、いとも簡単に、上位存在としてのプライドを両断することとなった。
失墜、あるいはたった今の一撃をもって存在ごと銀炎に燃やし尽くされた男に、先導は最後の言葉を残した。
「歴代守護者の頂が継承するこの炎は京都を守る結界の素であり、京都を守護する力だ。たとえ御門がいなくとも、この炎がある限り京の守護の盤石は揺るがない」
(第16話 新人は身の程をわきまえろ につづく)
神秘と悪霊の魔”京”へようこそ! とざきとおる @femania
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